坊主が上手に屏風に……
怪我をしても「小便で洗えば膿まない」、病気になっても「酒を飲めば治る」、打撲をしても「気合で動け」という鎌倉武士の中で、嫡男の三郎だけが病弱でひ弱であった。
ひ弱と言っても、現代日本人では引くのが困難な弓を使うし、猛獣としか思えない馬にも乗る。
だがどうにも病気に罹りやすく、人前に出て来る事も稀だ。
だから側室の子の中で最年長・庶長子の太郎殿が家の事を仕切っている。
また万が一の事を考え、正室の次男・六郎は逞しく育てられていた。
なお「礼儀作法や家政については、明らかに三郎兄上が上」と六郎が言っていて、バックアップ要員である六郎は統治とか社交といった事は一切教えられておらず、本人も面倒臭いと思っているようである。
また正室が鎌倉幕府の結構重要人物の娘である事から、正室腹の子を差し置いて側室の子である太郎に家督を譲る事も出来ない。
三郎が家内比較で弱い人物であっても、当主としての務めは果たせるならそれで良く、他の兄弟はそれを支え、母の実家の方の後ろ盾もあるから十分とされた。
だから三郎さえ健康でいれば良い。
鎌倉武士は現代日本では戸籍が無い為、国民の義務は存在しないが、一方で権利も授与されていない。
保険証も持っていない。
それでも、刀一本売るだけで結構な金額を手に入れられる事もあり、金持ちではある。
売買における金銭授受で発生する税金とかどうなっているのか分からないが、家政担当の吉田民部と現代日本側からは顧問弁護士が相談して上手くやっているようだ。
だから三郎は、現代日本で病院の治療を受けている。
非保険で高額でも、払えるのだから。
まあ以前のように入院とはならないよう、病院の方から往診となっている。
……迂闊に通院されて、何か有った時に武士が大挙して押し寄せて来られても困るからだ。
そんな三郎の往診も終え、気管支の弱い三郎の為の薬も置いて帰ろうとした医師は、慈悟僧侶と遭遇する。
元々この家の五男で、幼少時の病気で盲目となり、武士として使い物にならないから出家させられた人物である。
すれ違う時に、医師は避けて通ろうとしたが、慈悟も反対側に避けていた。
これくらいなら目が見えなくても、気配とか音とかで出来る人もいるだろう。
だが慈悟は、医師の付き添いの俺(相変わらず俺の仲介無しでは現代日本人を敷地に入れようとしない)に向かって挨拶をするが、その言葉が医師には引っ掛かったようだ。
「今日はお寒う御座いますな。
日差しは有りますのに」
盲目の人でも、日光を錯覚する事はあるという。
日差しの強さで、皮膚にあたる熱から「日光が当たっている」と神経内で変換されるらしい。
だから冬の太陽で、大して温かくもないし、むしろ寒い中で光を感じているなら、もしかして……。
医師はその場で慈悟を診察したいと言い出す。
色々で検査した結論は
「視神経の方には問題無い。
長らく使っていないから弱くなっているかもしれない。
網膜とか水晶体の方が問題で、そちらを手術すれば少なくとも弱視くらいには視力を回復出来る」
というものだった。
だがその説明を聞いても、当主は冷淡であった。
「既に出家した者、還俗させるのは難しい。
回復したとしても、今の説明では武士としてはやはり働けない。
手術とやらも費用がかかろう。
側室の子で、既に出家させた者にそこまでの事は出来ぬ」
そんな訳で、可能性はあるが治療はされないように思われた。
だが救う者あり。
叔父である譲念和尚が治療費を持つと言って来た。
「まあ可愛い甥っ子の事じゃ。
これでも売って、どうにか出来まいか?」
そう言ってまた何かのオブジェを持って来る。
「言い伝えによると、その昔、西行法師が当家の領地に立ち寄った時に置いていった物のようじゃ」
また凄い物を……。
俺は急いで文化庁の知念さんに電話を入れた。
彼はすっ飛んでやって来て、そのオブジェ、銀で出来た猫の像を鑑定する。
「国宝とまではいかないけど、重要文化財級の物だ……。
平安時代の作で、とある公家から西行法師に贈られたものだが、消息不明になっている。
まさかここに出て来るとは……。
兎に角、知らせてくれて良かったよ」
そう言って俺の手を取る。
後は簡単だ。
金銭関係は文化庁と顧問弁護士との間で処理され、当主は懐を痛める事もなく、慈悟の目の治療が行われる運びとなる。
手術は成功した。
暫くして目も慣れて来た慈悟は
「ぼやけてはいるが、色が見える、形が分かる。
なんと素晴らしい事か!」
と感動していた。
治療費とか出す気は無かったのに、治療の様子だけは見に来ている当主も
「何とまあ……。
この時代の薬師の腕は凄いものじゃ。
盲目となった者を再び見えるようにする等、京はおろか、宋国もおるまい」
と感心している。
「亮太殿!
折角目が見えるようになったのだ。
是非にお願いが御座います」
「えーっと、何か予想は付くけど……」
「ならば話が早い!
あの、ですめたるとか言う音楽を、今度は耳だけでなく目でも見てみたい。
是非ともその機会を!
お頼み申す!」
「よく分からぬが、この時代の銭ならあるから、甥の頼みを聞いてくれぬか」
僧侶二人がデスメタルコンサートを頼むとか、よく分からん状態だ。
目が見えるようになったとは言え、逆に今度は日差しに弱くなっているし、度の強い眼鏡をつけてやっと視力0.1~0.2くらいだ。
楽しめるのか? と思いつつ、とりあえず調べたら海外のヘビメタバンドの公演を見つけたので、それを申し込んでみる。
かくして、どうにかそのバンドの来日公演を観られた慈悟と、鑑賞して何故かハマった譲念和尚は凄く充足した表情になっていた。
そして後日、武家屋敷を訪れた俺を慈悟は呼び止める。
「おお、亮太殿。
拙僧はあのらいぶとか言うのを観て、感銘を受けて、日々鍛錬しておった。
その成果を見て下さらぬか」
そう言って、俺を人気の無い場所に引っ張っていく。
(ギターか?
いや、この時代の楽器だと……三味線ではないから、琵琶だな。
琵琶法師ってのもいるくらいだし)
確かに琵琶を持って来た。
そして、絶叫とも猿叫とも言えぬ声を出しながら、地面に叩きつけて破壊し、そして口から火を噴きやがった。
やり切った表情で聞いてくる。
「どうですかな?
修行を重ねたのですぞ!」
そっちかい!!
そして、入り口を開けた時に中が見えないようにしている仕切り「屏風」に引火しているぞ!
おまけ:
俺「それにしても、油を噴くのは分かったけど、火種はどこに?」
慈悟「指の所に火打石を付けていて、爪弾きで着火します。
火種が小さいので、最初は霧のようにして吹かぬと上手く燃えず、難しきものです」
俺「それって、焔の錬金術師の技!
一体どうしてそれを?」
慈悟「八郎が教えてくれ申した。
絵草子に描いてあったそうでな」
俺(あいつ、一体どこでその漫画を読んだ?)
未来世界で友達作って遊んでれば、そんな知恵も身につくというもので。




