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幼児戦記

 鎌倉武士に限らず、昔の日本の貴人は子供を一人で歩かせない。

 乳母なり子守なり傅役なり郎党なりがくっついている。

 平安時代末期から、治安が悪い場所は所謂「ヨハネスブルク状態」「修羅の国」であり、公家の成長した娘ですら攫われる事がある。

 これについては、和歌で有名な藤原定家の日記「明月記」を読むと、


「奈良北山濫僧の長使法師、例人(一般人)の姿で尋常(民間)の家々の女子を拐かす」

「嵯峨洞院の姫君、広沢において強盗に会う、共の侍全滅、牛童手を切られる」


 という記述があり、女子は家の中に居ても攫われる、姫君は護衛の武士が居ても全滅して攫われ(後はお察し)という状態だった。

 だから護衛も無しで子供を歩かせる等、生まれたての仔馬を空腹状態のワニの大群の中に放置するようなものなのだ。


 そんな鎌倉時代の常識が、八郎には適用されていない。

 一番下の妹にはしっかり護衛がついているが、八郎は現代日本に限っては単独行動をしている。

 まず現代日本が、鎌倉時代とは比較するのもおこがましい程治安が良いのが一因である。

 DQN団地とか特殊自営業とか外国人窃盗団とか、確かに俺の町の治安は良くないかもしれない。

 それでも「恐怖と暴力の化身が支配者として君臨しているから治安が良い」という末法乃世(せいきまつ)の日本に比べれば、幼児が一人で商店街に買い物に行って、お釣りを誤魔化されずに帰宅出来るくらいに安全な社会なのだ。

 あとは、八郎があの年齢の割に恐ろしく喧嘩が強い事もある。

 腕力に劣る、体も小さいながら、情け容赦の無い攻撃と「卑怯、褒められたと思っておこう」という精神(メンタル)があって、現代日本でも高校生以上じゃないと勝てないんじゃないかな。

……高校生以上でも、八郎が武器を持ち出せば分からん。

 兎に角、あの時代にしてはチート級のインテリなのだが、一回スイッチが入るとかなり危険な鎌倉武士の面を見せる。


 そんな八郎だが、こちらの時代で友達が出来ていた。

 以前にイジメから救ってやった子が最初の一人である。

 そいつと家からは離れた所にある公園で蹴鞠(リフティング)しながら遊んでいたら、それを見ていた同年代の子供たちが寄って来た。

 今ではガキ大将的な存在となっている。


 八郎は頭が良いから、現代日本を歩く時はちゃんとこちらの時代の服や靴を身に着けていた。

 本当に頭が良い。

 末姫を猫可愛がりする、近所のジジババ(八郎にしたら子孫になるのだが)に

「僕ねえ、こっちの時代の服とか欲しいんだけど、父上が許さないって言って買えないんだよ」

 と同情を誘う事を言って、まんまと子供服を入手している。

 何度も言う、こいつは本当に頭が良い、キレ者でもあるし、ずる賢くもある!

 あと、まだ元服前だから髷も結っていない。

 長髪を後ろで束ねているのが特徴で、それくらいなら現代でも違和感は無い。


 そんな八郎に、他の子供たちが相談に来る。

 別の公園だが、中学生とかに取られたというのだ。

 所謂不良中学生、例によってDQN団地の連中だったりする。

 体が大きい中学生や、その弟の小学校高学年の連中が、中学年以下の小さい子供たちを追い払って屯っているという。

 遊び場を奪われた子供たちが

「あっちの公園に、凄く喧嘩が強い子がいるんだって。

 助けて貰おうよ」

 とやって来たのだ。


「分かった。

 君たち、戦って取り返す気はあるか?」

「うん」

「僕の命令に従うか?

 そうでないと勝てないぞ」

「うん、従う」

「本当だな?

 どんな命令でも聞くな?」

「うん」


 こうして八郎による公園奪還攻撃が始まる。

 八郎は皆の前に立つと演説をした。


「お前ら弱虫どもに期待などしておらん。

 だが、少なくとも絶望はさせるな!」

「やるしか無い!

 やるしか無いのであれば、成功させねばならない!」

「必ずや勝利を!

 しからずんば死を!

 我らこそが、公園の門番だ!」


 やはり中身が鎌倉武士だから、DQN以上に勝利に執着している。

 平和な現代日本の子供がドン引きするような事を言いつつ、それでも士気を高めて公園に向かった。


 八郎の作戦は至極シンプルである。

 タオルを用意させた。

 長ければ長い程良い。

 それに石を詰め、遠心力を使って投射する。

 子供が弱い肩で投げるよりも、ずっと重いものを、ずっと遠くまで飛ばせる。

 この場合命中率は問題ではない。

 人数を集め、屯っている「辺りにばら撒け」ば良いのだ。

「矢の雨は一々狙って射る事はせぬ。

 面で制圧するのじゃ」


 この攻撃により、相手は負けない。

 怪我こそするが、当然激怒して追って来る。

 子供たちは目一杯馬鹿にして逃げていく。


「本作戦の目的は、適度に破壊し、適度に馬鹿にすることだ。

 無理せず逃げろ」


 八郎の指示である。

 そして追って来た所に、足元から縄が張られる。

 中学生たちは転ぶ。

 転んだ先には、釘とか画鋲がばら撒かれていたからたまらない。


 こうして一部を攻撃しつつ、八郎は戦場全体を見回していた。

「あの者じゃ。

 あ奴が大将じゃ。

 わしがあれを獲る。

 お主はその横に居る者を倒せ」


 幾ら戦っても、それで喧嘩は終わらない。

 相手の大将を討ち取って、明確に勝利を見せつける必要がある。

 その横に居る腰巾着は、かつてのイジメられっ子に任された。


……この子、既に鎌倉精神注入済みで

「この世は所詮弱肉強食、強ければ生き、弱ければ喰われる」

 という価値観に染まっていた。

 凄絶なイジメから救ってくれた教えがそれだったから……。


「なんだ、こいつ。

 ニヤニヤして気持ち悪いな。

 お前もあのガキどもの仲間か?」

 殺気も無く、笑顔で近づいていったその子は、おもむろにナイフを抜くとそのまま刺した。


「あ奴も強くなったのお。

 殺気を消す、合格点です、ヌルフフフ……」

 どっかで聞いた事がある笑い方をしながら、八郎は相手の一番偉そうな奴に迫る。


「僕が皆の大将だよ。

 お兄さんが一番強いんだよね。

 僕と戦って決着着けようよ」

 あえて子供口調で、相手の感情を逆撫でする八郎。

「ナメんなよ、このクソガキが!」

 相手は怒り狂って八郎を滅多打ちにする。

 一見、小さな子供を中学生が殴っているように見えてしまう。

 騒ぎを聞きつけた大人が警察を呼んだようだ。


「そろそろ良いか……」

 冷静さを欠いた相手の攻撃は、普段から鎌倉武士の肉体言語で育っている八郎には通じない。

 八郎は砂を掴むと、相手の目に投げつける。

 目をぬぐおうとした一瞬の隙をついて、相手の足を取って、転倒させる。

 いや、転倒なんて可愛いものではなく、確実に頭を打つように足を持ち上げた。

 用心していれば子供に足を取られるなんて無いのだが、目潰しの後の気が逸れた状態ではたまらない。

 さらに八郎はひ弱だが、それは鎌倉武士基準である。

 猛獣である当時の馬を曳き、張力の化け物である当時の弓を扱うよう鍛錬されているのだ。

 現代基準の子供の体力でものを考えてはいけない。


 頭を打って脳震盪を起こす中学生。

 そこに警察が来る。

 一見、子供たちを追いかけ回している中学生は、悪者と看做された。

 そして大将と腰巾着が倒れている。

「えー-ん、えー-ん、怖かったよぉ」

「このナイフで脅かして来たんだ。

 僕、怖かったからそれを取ったんだけど……」

 鎌倉武士の小倅と、サイコパスは如何にも弱者の仕方がない反撃だったように演技をしている。

 通報した者も、中学生の方が一方的に殴っていたのを見ていた。

 こうして完全勝利を収める。




 事を顛末を聞いた俺は

「あの団地の連中なら、六郎兄さんに言えば簡単に解決したんじゃないの?」

 と言った。

 だが八郎は

「わしが頼られたのに、兄上を使って解決とか、情けないではないか。

 それにわし自身が戦いたかったのじゃ」

 なんて言っている。


 やはりこいつ「見た目は子供、頭脳は鎌倉武士」なんだなあ。

おまけ:「明月記」に書かれた他の様子

・さる夜、坂本先々宿する所の女の住所仁宇において放火、家屋消失。

・強盗蘭林房に入り、守護の男を縛り上げ、好き勝手雑物を取る。

・園城寺の悪僧、京で大暴れして六波羅と争う。

・法勝寺の法師の子、博打に負け賭金に困り、九重の塔の九輪の金物を剥がそうとして落下。

・金峰山蔵王堂焼失、吉野山僧徒、国司新造せざるなら高野山焼打ちと強訴

本文中に書いた奈良北山濫僧の長使法師の話、嵯峨洞院の姫君の話と合わせ


全部、一ヶ月の間に起こった出来事です。


どれだけ治安が悪かったか、おわかりいただけただろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 実に殺伐とした回だが……まぁ、それでもDQN中学生どもに同情はしないな。w
[一言] >笑顔で近づいていったその子は、おもむろにナイフを抜くとそのまま刺した。 ターバンのガキかな?(白目)
[一言] しかも、あれらまだ比較的治安のいい京付近での出来事ですからねえ… 元もよくこんな国に攻め込もうとしたな…
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