やってはならない、鎌倉武士へのクレクレ
『〇〇丁目に、異常現象によって鎌倉時代の屋敷が移って来ました。
この人たちは、現代の法の適用外です。
この町内には、その人の子孫の方もいますし、歴史を変える事も出来ません。
なので、近づかない、騒動を起こさないよう心掛けて下さい』
といった感じの内容で、回覧板が来た。
町内の者は、やっと何が起きているのかを知る。
そして昔からここに住んでいる旧町民同士は井戸端会議で色々話していた。
俺もその中に呼ばれ、主に情報源としておばちゃんたちの話し相手にさせられていた。
「あそに住んでいた方、どこに行っちゃったのかしら?
貴方分からない?」
「うー-ん、少なくともこの前見た鎌倉時代には居なかったですね」
「本当にあの中は鎌倉時代なの?
信じられないわぁ~」
「そうでしたよ、自分でも信じられないんですがね」
「平気で人を殺すんでしょ?
物騒よねえ」
「いや、我々の御先祖様ですし、名誉の為に言いますと、無差別に人を殺しませんよ。
現に俺は生きてるわけですし」
「そうよ、あそこの団地の奥さんが失礼な事をしたからよ。
酷かったもんねえ」
「そう言えばそうねえ。
私たちにいつもしているような態度を、お侍さんにしたら、そりゃ斬られるわよねえ」
「ねえ。
切り捨て御免って言うくらいだし」
(切り捨て御免は江戸時代なんだけどね……)
一々細かいツッコミは抜きにして、知りたい事は教える。
警察からも自治体からも「不要不急の接触はしないように」「ソーシャルディスタンスを保ちましょう」と言われた事もあり、近づかないようにしましょう、となった。
おばちゃん連中は。
問題は、おばちゃん連中よりも更に上、祖母ちゃん祖父ちゃん世代、更にその上の曾祖母ちゃん、曾祖父ちゃんたちであった。
ご先祖様に会えるのだ。
一回拝みに行かないと、そう思っている。
「あのー---、ご先祖様がいらっしゃるってー-のはー、本当ですかのー?」
腰が曲がった百歳近い老人が、そう言って訪ねて来る。
「居ますよ」
「じゃあー、挨拶せんとー-」
「急に押しかけて行ったら断られますよ」
「そうだなー。
じゃあー、あんた、何時行くって伝えておいてくれねえかー」
こうして俺は、雑色の平吉を通じて、誰某が挨拶に行くとアポイントメントを取る事になる。
「おじいちゃん、それ何?」
「何って、ご先祖様さー上げ申さねえと駄目だろー。
うちの庭で採れた野菜とか、酒とか、お供えしねえとなぁ」
(お供えって、確かに時間軸上は既に死んだ人だけど、目の前の人は仏様じゃないんだけどな)
だが、この老人ならでは礼儀が、鎌倉武士にはピッタリと合った。
門を潜り、雑色を通じて贈り物を届ける。
それは鎌倉時代には随分と珍しいものだった。
特に酒については、ガラス瓶なのも珍しいが、酒と知らされて開けて注いで見ると
「なんと、濁っておらん!」
そう驚いている。
鎌倉時代の酒は、基本的には濁酒だ。
奈良時代頃から、濁りをろ過して疑似的な清酒を造る事はあったが、それは祭礼用。
更に火入れの技術は室町時代からで、人工アルコール添加の醸造酒ではなければ、純米酒、純米吟醸なんかは、鎌倉時代の人間は味わった事も無い極上の酒と言えた。
更に言えば、酒は通貨代わりにもなる。
なので、珍しい野菜以上に酒を大いに喜び、当主が会うと言って来たのだ。
「ああ、ありがたや、ありがたや……」
当主の前に出たこの町の長老たちは、まるで仏でも拝むように手を合わせ、感謝の言葉を口にしていた。
「苦しゅうない、頭を上げられよ」
繰り返しになるが、俺たちの先祖は鎌倉武士の中ではかなり高位の方で、穏やかなのだ。
自分の子孫で、しかも老人が自分を神のように敬うのを見て、言葉も優しくなる。
世間話をして、年少の先祖と百歳近い子孫は交流する。
その後、
「大層な酒を貰ったから、礼をせねばな」
そう言って、執事の藤十郎を介し絹の反物や、自分の着ている服等を下げ渡す。
馬や太刀を渡そうともしたが、
「それは現在の法律で、持っていても大変ですよ」
と俺が釘を刺したので、
「面倒な事よ」
と言いつつも、学習してくれた。
それでも反物も、鎌倉時代仕立ての服も、出す所に出せば文化財レベルの代物である。
まあ祖父様、祖母様たちはそんな価値は関係無く、先祖からいただいたってだけで感涙ものであったが。
そして、この交流がまたDQNを呼ぶ。
井戸端会議で、自分の家の老人が貰って来たもの、鑑定して貰ったら数十万円はすると判明。
また貰った服、直垂なんかは
「どこで手に入れたんですか?
これ、とある偉い武士の装束で、本物ですよ!」
とまで言われたという。
(そりゃ本人から貰ったんだから、そうだろう)
まあ売りたがらないから、持っていてもお金にならないね、という話がされていた。
それをどこからか聞きつけたDQN団地のクレクレおばさん。
回覧板で注意されていたのもろくに見ず、鎌倉武士の屋形に突撃してしまった。
手ぶらで、アポも無しで……。
「ズルい、ズルい。
あの人たちにばっかりあげて。
私にもちょーだい、ちょーだい。
いいじゃないの、いっぱい持っているんだし。
くれないなんて、ケチじゃないの!」
とりあえず侮辱されている事を、名誉に敏感な鎌倉武士たちは察する。
ズルいの言葉がどこかズレているDQNおばさんに対し、鎌倉武士の狡いは意味通りのものであった。
脳ミソ筋肉のように見えて、非情に計算高く、狡猾なのだ。
彼等は「門外で問題を起こすと、この時代の式目に抵触する」と理解した。
だから「何をやっても構わない門内で処理すれば良い」と学習している。
門番は目配せの後、とりあえず素性を尋ね、自分たちの子孫でないと確認の後、そのおばさんをあえて敷地内に入れた。
そして門を閉じる。
そのおばさんは
「そんな人、当家の客として来てはいない」
ものとして処理され、おばさんの家族が来てもそれで通した。
なお、町内のご老人たちは、そんな事件が起きても先祖との付き合いを改めない。
曰く
「お侍さんが人を斬るのは当たり前の事じゃな。
時代劇でもバンバン人を斬っておるでなあ。
昔はこんな感じだったんじゃ。
何でそんな事気にするんだ?」
であった……。
中には戦中世代もいるので、この辺ご老人の方が鎌倉武士とは相性が良いのかもしれないな。
次話は19時です。