鎌倉武家屋敷近隣住民殺人事件(前編)
俺の家に、隣の武家屋敷からそこの一番下の男子が通うようになり、しばらくが経った。
このガキの学習能力はハンパじゃない。
「タイムパラドックスというものは何となく分かった。
過去に戻って歴史を変えてしまえば、その者が過去に旅立った世を変えてしまう。
その者が過去に戻って己の父母を殺したなら、その者は生まれるや否やという事だ。
その一方で、並行世界というものも読んだ。
わしが出家する場合の将来と、武士として兄上たちと共に歩む将来とは、共に有り得る事じゃ。
では、タイムパラドックスを解決する為に、並行世界の分岐を考えれば良いのではないか?」
「えーと……、どうしてそこまで理解した?」
「未来の戦士が、自分では敵わぬ人造人間とやらを倒すべく、過去に戻って人造人間を倒せる重要人物を死なせぬよう仕組んだが、自分が居た世界は変わっていなかったという絵草子を読んでな」
うん、漫画の情報量って案外侮れないんだよな。
そんなある日、警察車両が近所にやって来ていた。
そして俺の家にも警察が訪ねて来る。
近所で殺人事件が発生したとの事。
その容疑者として武家屋敷の誰かではないか、という疑いがかけられたというのだ。
武家屋敷は当然ながら、招いていない客を門から通さない。
話をしたくても、そんな不名誉な事は無いとして拒絶している。
だから、唯一の取次役である俺に頼みに来たという事だ。
「なんで武士が容疑者なんですか?」
「刀で斬り殺されたからです」
「ああ、成る程……」
その会話を聞いた途端、八郎が話に割って入る。
「ねえねえ、おじさん。
僕、その家の子供だよ。
僕が皆を連れて来ようか?」
警察は一瞬驚いていたが、難航している鎌倉武士からの事情聴取が出来るのなら、と喜ぶ。
「そうかい、坊や。
皆を連れて来て貰えるのかい。
じゃあ、お願いしちゃっていいかな?」
「うん、いいよ。
でもねえ、ちょっとお願いがあるんだ」
「何だい?」
「うちのお兄さんたち、きちんとした理由が無いと臍を曲げて、やっていてもやってない、やっていなくてもやった、って言うんだ。
だから、殺人事件現場を僕が見て、お兄さんたちの誰かがやったって思われて仕方ないって言わないと、きっと言う事聞いてくれないんだ。
見せて貰ってもいい?」
「それは駄目だよ。
子供には刺激が強いから……」
「じゃあ、お兄さんたちを説得出来ないなあ。
ねえ、おっちゃん」
(俺はおっちゃんなのかよ……)
そんな感想とは別に、八郎が俺に耳打ちする。
(わしも死体とかはよく見て来た。
この時代の者と違って、見たからと言って心に傷等負わぬと申してくれぬか?)
そう、八郎は鎌倉武士の倅。
手打ちにされた者の死骸とかを見せられ、肝を太くするよう教育されている。
死体に慣れている、現代基準では過酷な人生の子供なのだ。
「あー……、見せてあげても……」
「見せてやるが良い。
その者も坂東武者の子。
死体の一つ、二つで動ずる事は無い」
また俺の家に居座ってたのかよ、譲念坊主!
「あ、お坊さんですか?
貴方もお隣の?」
「左様。
わしも隣家の者じゃ」
「では、お坊さんが皆さんを説得してくれれば……」
「子なれども武士じゃ。
その者に一度頼んだ以上、他人に鞍替えするは無礼と知れ!」
取次役を途中で変更するのは、物凄く相手の名誉を傷つける事になる。
下手をしたら敵に回してしまうのだ。
「まあ、わしも立ち会わせては貰おう。
成仏出来るよう、引導を渡すくらいは出来ようぞ」
結局、子供と坊さんと何故か俺が現場に立ち会う事となった。
最近は鎌倉武士の蛮行慣れした俺でも、死体を見ると気持ち悪くなる。
しかし鎌倉時代人二人は平然としていた。
「ここに刀があるねえ」
八郎がそう言うと、鑑識は
「なんでここに子供がいるんだ?」
と文句を言っていた為、俺と警察とで理由を説明する。
そして
「この被害者も居合をしていて、日本刀を持っていたんだ。
刀剣所持の届け出も有る」
「じゃあ、刀で自分を守ろうとしたんだね」
「状況から見て、そう判断している」
「刀を持った人を、刀で殺せる。
それはお侍さんしかいないって考えたんだね。
凄いね~、それならお兄さんたちを疑って当然だねー!」
「そういう事だよ。
普通は刀を持った相手に、怯んでしまって戦いになんかならないからね」
「そうだよね。
同じように刀を使い慣れていないと、怖くて逃げちゃうもんねえ。
じゃあ、この人が死んでいたのを見つけた人は、刀を持って倒れているのを見て、随分ビックリしたんだろうね」
「いや、第一発見者は被害者と居合の仲間で、ビックリはしたみたいだけど、勤めて冷静に通報してくれたよ」
「そうか~!
……その人も刀に慣れていたんだね」
「坊や、その人を疑っているのかもしれないけど、その人にはアリバイがあるんだ。
死亡推定時刻には自宅に居たんだ。
隣の君の家を挟んで反対側にあり、簡単に行き来出来ないんだよ」
「うん分かった!
じゃあ、お兄さんたち呼んで来るね。
これだけハッキリした理由が有るなら、きっと来てくれるよ」
そう言って現場を後にする。
「おい、八郎。
あんな稚拙な使い手は当家には居らん。
あの程度の傷で疑いを掛けたら、お主は袋叩きに遭おうぞ」
譲念和尚がそう引き止めると、八郎は明らかに子供っぽくない表情で返した。
「馬阿郎!
疑いを掛けたら臍を曲げる事くらい、わしの方が良く知っておるよ」
「ばあろう?
何か分からぬ、何か侮辱されたように思うが」
(きっと、馬鹿と阿呆と野郎の短縮語だな)
そんな感想はさておき、八郎は悪い笑顔で言う。
「叔父上もあれが稚拙な業じゃと見て取ったのじゃろう?
なれば簡単じゃ。
疑いを晴らす為に兄上や郎党たちを招くのじゃ。
それ程多くの者に立ち合わせたら、下手人も下手な事は出来ぬじゃろうしな」
どうやら鎌倉武士たちの潔白を証明する気らしい。
「当家の者供が殺してはおらぬ事。
それは分かっておる。
あとは、誰が手を下したかが分かれば良い」
そう呟きながら八郎は屋敷に向かった。
屋敷の端に来た時、
「叔父上、わしを抱き上げて下さらぬか」
と突然言う。
「なんじゃ、甘えたくなったか?
どれどれ、稚児を抱き抱えてやろうぞ!」
「馬阿郎、左様な事に非ず(そんなんじゃねーよ)」
とりあえず小さい子供では届かない、高い位置で物を見る。
「この傷。
なるほど。
叔父上、今度は裏門の方に回りましょうぞ」
そしてそこでも、塀の高い位置に何かが引っ掛かったような傷を見つける。
「やっぱりね。
犯人はあの人だ」
八郎の言葉に、なんか重たいドアが閉まるような音が聞こえた気がした。
(後編に続く)
予告していたネタ回です!
19時に後編をアップします!
真実は一つ!




