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神社仏閣を巡ろう

「こちらの世の寺社仏閣を巡りたい」

 譲念和尚がお茶を飲みながらそう言って来た。

「甥っ子の慈悟も左様申しておった」

 まあこの二人は今も通じる僧侶の服装だから、連れ歩いても目立たないか。

……この生臭坊主のギザギザになって破れている肩とか、荒縄を巻き、そこに刀を差しているのを改めさせれば、だけど……。

 東京に売られて……じゃなく芸能事務所所属の為に引っ越しした、お熊さんこと芸名「一条ひめか」さんに会いたいという理由もあったようで、今度の東京まで土日に出かける事となった。


 当日、譲念和尚はきちんと正装でやって来た。

 お師匠さんと弟子で修行中の僧侶、そして檀家の若い衆こと俺という姿に見える。

 親の車を借りて、二人を乗せて出発。


「流石に弥勒の世は、まるで異世界じゃのお」

 盲目の慈悟僧侶と違い、譲念和尚の方は車窓から見える風景に感心していた。

 鎌倉時代と今は七百年程の時間差がある。

 言葉が辛うじて通じるだけで、文明も文化も言葉の概念も違い過ぎる世界だ。

 まさに異世界なのだ。

 そして、異世界過ぎるから多少の事ではタイムパラドックスも生じない。

 流石に人が死んだとか、そういう取り返しがつかないものだと歴史は大きく変わる。

 しかし、この時代の料理とか建築様式とか音楽とかを知ったとて、バックボーンが違い過ぎる鎌倉時代では再現が出来ないのだ。

 例えば銃を知ったとする。

 有効な兵器だから武士は欲しいだろう。

 しかし、銃を作るだけの製鉄技術もないし、火薬を製造する化学知識もないし、引き金から撃鉄に至る駆動系を作る工芸技術もない。

 簡単な所で、酒造のろ過と火入れを教えても、素人がやったら上手くはいかない。

 まあ現代日本の杜氏が、鎌倉時代の杜氏に教えればどうにかなるかもしれないが、素人が知識だけ授けても失敗するのがオチだ。

 いきなり結論を教えても駄目で、それが可能になるまでの積み重ねが出来るまで待つ必要がある。

 という事が鎌倉時代人にも分かったのか、彼等はこちらにある物を

「御仏の奇蹟であり、取り入れる事は出来ぬ」

 と、必要ならその都度使うが、学ぼうとはしなかった。

「月は美しく、心を和ませる。

 しかし月には決して手が届かぬ。

 なよ竹のかぐや姫を欲しても叶わぬのなら、初めから願わぬ事だ」

 こんな考えであった。


 そんなこんなで東京に入る。

 地方都市では見られない程に渋滞。

「あそこが空いておる。

 行け」

「歩道です!

 人が歩く為の道です!

 車道じゃないです。

 どこかの吸血鬼みたいな事を言わないで下さい」

「何じゃ、それは?」

「知らないなら良いです」

「押し通れぬか?」

「無理です」

「こちらの車に譲らせる事は出来ぬかのお。

 小松の新中将に行き合った松殿摂政は、その車を辱めたぞ」

「殿下乗合事件ですか?

 それやった摂政は、平重盛の報復を食らったじゃないですか。

 当時でもこじれるのに、今の時代はもっと駄目です!」

「余りにも律や式目でがんじがらめになっておるのお」

 まあ、明治以降の言葉で「自由」過ぎる鎌倉武士からしたら、そう思うだろうな。

 御成敗式目も、最終的には九百条くらいになり、今並に規制は多かった。

 しかし基本的に遵法精神が余り無い、他人は守れ、自分は例外な連中だから、追加法が出まくった訳で。

 現代日本のように、法をきちんと庶民に至るまで守っているのは意外かもしれない。


 外出適ったお熊さんこと今はモデル修行中の芸名「一条ひめか」を拾う。

 相当に垢抜けて、美人さが際立って来た。

 黒髪はそのままだが、きちんとヘアトリートメントがなされ、まさに濡れたようなる黒髪。

 メイクは現代風で、服のセンスも今風。

 しかし中身は鎌倉時代の下級武士というか武装農民の娘で、主筋の僧侶二人にはひたすら遜っていた。

 ヒールの高い靴は苦手、ネイルは水仕事の差し障りだから抵抗があり、妥協して単色(盛ったのは嫌だそうだ)。

 ブレスレットかと思ったら、上手くそう見せているだけで数珠だったとか、鎌倉女性センスを現代のスタイリストがどうにか折衷案で誤魔化している。

「しかしまあ、何とも罰当たりな姿よ」

 と上着はともかく、長くすらっとした脚が目立つ服装に、譲念和尚は苦笑いをしていた。

「懸念するな、其方はわしの好みでは無きゆえ、功徳を施さぬ(仏教的隠語)よ」

 とある意味失礼な発言。

「拙僧は目が見えぬゆえ、よく分かりませぬ」

 若い慈悟僧侶もそう言っている。

 頭鎌倉武士の僧侶と盲目の僧侶。

 折角の美人モデルの卵が横に居ても、実に無意味な組み合わせだ。


 とりあえず駐車場を見つけ、神田明神に行ってみた。

 ここの祭神には平将門がいる。

 坂東武士には丁度良いだろう。


「けしからん」

「何がですか?」

「参拝の作法がまるでなっとらん。

 罰当たりにも程があろう」

 鎌倉時代人にしたら、地上の法はしっかり守る癖に、仏法や神社における作法に疎い現代人はよく分からないようだ。


「この神社の御利益は商売繁昌、家内安全、子孫繁栄、芸能上達……」

「それがよう分からぬ。

 神社とは神を祀る場所であり、斎戒して祖先や祭神に願をかける事はあれど、見返りは求めぬもの。

 或いは荒神の怒りを鎮めるもの。

 神の加護を願いはすれど、何をして下さいと願うは無礼に非ずや?

 まして将門公に芸能等、聞いた事も無い」

 この辺、神社の在り様が違い過ぎて、違和感だらけのようだった。


 そんな堅物の叔父さんを差し置いて、若い慈悟は祈念をしていた。

「芸能に霊験有らば、是非とも我に新しい音曲を極めさせ給え」

 新しい音曲って、デスメタルね。

 お熊さんは

「おら、早く今の仕事が上手くいって、そんで年季明けてお屋敷に戻りてえよ」

 と言っている。

 どちらも芸能関連だし、大願成就すれば良いねえ。


 その後、臨済宗の寺にも行ってみた。

「うん、屋敷の近くの寺の方が良い!

 ここには有難みが無い!」

 お金が無くて、昔のまま……と言っても昭和の辺りの造りが残っている地方都市に比べ、

 コンクリートで基礎を作り、山門も簡略化されている東京の寺院は好みでないようだった。

 耐震的に仕方ない面もあるのだが……。


「こないに人が多い場所、おら好かん。

 早く落ち着いたお屋敷に戻りてえ」

「うむ、見るべきものは見た。

 戻ろう。

 得るものは無かった」

 改めて、現代というものに価値を見い出さない連中だなあ、と思った。


 そんな中、慈悟だけが俺に対し

「この地には、あの雷鳴の如き音曲が有ろう?

 是非に再び相まみえたきもの」

 と懇願して来たのであった。


……今度はコンサートに連れて来る事になるな……。

 案外洋楽の方にハマったりして。

 顔面メイクし、口から火を噴く僧侶誕生も近いかも。

おまけ:

教育係「はい、手をちゃんと前後に振って歩く。

 歩き方が変!」

お熊「へい……」

教育係「だから、その田舎臭い日本語直しなさい!」

お熊「へえ……」

美容担当「もっとお肌を大事にしましょうね。

 ちゃんと室内でもソックス履いて移動しましょうね」

お熊「んだけど、裸足でねえと落ち着かねんだ」

美容担当「だーかーらー、どこの田舎から来たか分からないけど、靴をちゃんと履く。

 隙を見て裸足で出歩かない!

 ヒールのある靴にも慣れておきなさい!

 それと、自炊するなとは言わないけど、お湯で手洗いしなさい」

お熊「湯だなんて、おらにゃ勿体無え」


まずは頭中世な部分から直している真っ最中であった。

……本人、命令だからやってるだけで、モチベーション物凄く低いけど。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >素人が知識だけ授けても失敗するのがオチ まあ、それ言い出すと、時間逆行転生(or転移)ものの9割以上にダメ出しする破目になりますが……(苦笑)。 >「この地には、あの雷鳴の如き音曲が…
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