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鎌倉時代へGo!

 人を殺したら現代日本では一大事だ。

 託児ママを斬首した時点で、まだ「門外は日本国憲法適用、門内は適用外」の協定は結ばれていない。

 俺以外にも野次馬がいて、託児ママの首が飛ぶ光景を見ていた為、当然警察が呼ばれる。

 しかし

「他家に勝手に侵入するとは、合戦をする気か?」

 と一族郎党で完全武装して警察の立ち合いを拒んだ為、再び警察署長が出向いての話し合いとなった。

 機動隊使って強行突入しても良い。

 催涙弾とか場合によっては銃を使えば何とかなるだろう。

 しかし甲冑で身を固め、弓を番える鎌倉武士相手にそれをすれば、警察側も多大な被害を出す事が予測された。

 東大安田講堂とか、あさま山荘とかに立て篭もった連中より、武器は原始的だが殺す覚悟が違い過ぎるのだし。

 不思議な事に、正門以外からこの屋敷には進入出来ない。

 築地の上を乗り越えようとすると、何故か反対側から出てしまう。

 屋敷の敷地内では馬も飼っていて、結構臭うし、いななきも聞こえる。

 なのに門の正面からはその臭いや声がするものの、他の場所からは周囲には拡がらない。

 武士たちは大声で話したり、弓の訓練等するのだが、その騒音も外には漏れない。

 例の託児ママは門外で騒いでいた為、その喚き声が近所迷惑だっただけだ。

 門内での惨事は、見ていた人にしか伝わらない。

 つまり、見えてはいるが、他の情報、音とか臭いとかは門以外では現代と断絶されて伝わらないのだ。

 故に、この屋敷へのあらゆる進入経路は正門以外に無く、そこを固められると手も足も出ない。

 もっともその事を鎌倉武士側も分かってはいなく、築地に梯子を立て、そこに弓を持った者が立っていた。

 そしてそこから威嚇の矢を射ても、現代日本側に届かない為、彼等は首を傾げている。


 第二の惨事を防ぐ為、警察署長が屋敷に乗り込む。

 ちゃんと繋ぎをした上でだ。

 立ち合い人として俺も突き合わされた。

 何でも、この家の執事は俺が居ないと話をせんとか言ったようで、署長から直々に頼まれた。

 こうして執事の藤十郎と、警察署長、法律の専門家、歴史家の話し合いが行われる。


「この女性を殺しましたよね?」

(問題行動のせいか警察で保管していた)写真を見せての警察署長の質問に

「む!

 何だこの凄まじき画は!

 このような画を描く絵師は宋の国にも居らんじゃろう。

 会わせて欲しい」

 と別な事に興味を抱く藤十郎。

「それ写真といって、この時代にはありふれたものです。

 後で説明しますので、まずは署長……検非違使の別当の話を聞いてやってくれませんか?」

 俺がフォローすると、藤十郎はふんぞり返って

「屋形に勝手に入った不埒者を殺すは武家の習い。

 ましてあの者は、どこかの家人でも無ければ、どこかの荘園の百姓でも無い。

 殺したが、何か悪いのか?

 罪を犯した者を斬って、逆に罪に問われるなら、その方が道理に合わなかろう」

 鎌倉時代の論理で話す。

 法律家は啞然としているが、歴史家は

「まあ、その時代ならそうでしょうね」

 と頷いていた。

「貴方たちは正気ですか?

 どうしてここが鎌倉時代だなんて信じているんですか?

 大掛かりなセットで、騙そうとしているんじゃないんですか?」

 法律家がそう詰って来たが、まあそう言いたい気持ちはよく分かる。

 何故か門を通ったらそこは鎌倉時代でした、なんて普通の人に理解出来る訳がない。

 理解出来ないと言えば、鎌倉武士の方もである。

「鎌倉時代」と言われても、当事者たちは自分たちが生きている時代をそう呼んでいないのだ。

 概念自体が無い。

 だから彼等は別の解釈をした。

「ここが鎌倉である事が信じられぬなら、裏門より出てその目で見れば良いだろう。

 平吉、こやつを案内してやれ」

 これには俺を含め、現代人全員が驚いた。

 ここは某地方都市。

 だからこの屋敷も、過去にここに在った屋敷と入れ替わったものだと思っていた。

 しかし、この武家は鎌倉郊外にも屋敷を持つ結構な武士。

 それくらいの勢力でなければ、子孫たちが日本史に影響なんか与えないだろう。

 俺は初めて、時間を超えた入れ替わりではなく、時空を超えた入れ替わりだった事を知った。


 そして全員、この家の者の護衛?監視?付きで鎌倉を歩く。

 空気が全く違う。

 町の人の衣服がまるで違う。

 屋敷の武士たちは、結構臭ってはいたが、まだ清潔な方であった。

 町の人たちは継ぎをされたボロボロの衣服で、また肌や歯が大河ドラマの登場人物のように白くも無い。

 裸足で歩く者もいて、皮膚はボロボロだが分厚くなっていて、ヤワな現代人とは違っていた。


 俺たちはただ鎌倉の町を散策したのではない。

 この地方都市に在る訳がない鶴岡八幡宮を見た後、どこかの屋敷に連れて行かれた。

 そこは鎌倉時代の裁判所である問注所であった。

 しばらく待たされた後、立派な武士が入って来る。

「太田殿、これが書状で伝えた者たちにございます」

 護衛?監視?の武士がそう伝えると、問注所執事である太田某は

「ああ、屋敷に忍び込んだ者を殺した事に文句を言った虚け者か。

 そんな些細な訴訟を一々持ち込まないで欲しいが、事情があるようだから相手してやろう。

 招いた客じゃなかろう?

 何処かの荘園か国衙領の百姓でもなかろう?

 誰かの家人や女房でもなかろう?

 他ならぬ、屋敷に勝手に入った者を殺したのであろう?

 なれば、その家の好きにして良い。

 手続きを踏まなかった上に、身の保証をしていない者が悪い。

 屋敷内や領内には、その家の式目があろう。

 それに従ったのなら問題無い。

 それだけの事だ」

 これを聞いて、現代の法律家は頭がクラクラしたそうだ。

 言っている事が理解出来なかった訳ではない。

 学生の頃に歴史で習った話かもしれない。

 そうではなく、ナチュラルに法務官僚が人殺しを肯定していた事にショックを受けたのだ。

 そしてやっと

「門よりこちらは、現代日本ではない。

 な……何を言ってるのか分からないと思うが、私も何があったのか分からなかった……。

 頭がどうにかなりそうだった……。

 催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ……。

 もっと恐ろしい時代の片鱗を味わったぜ」

 とぶつぶつ呟きながら、事情を呑み込んだようだった。


 現実を受け入れた法律家、まだ鎌倉時代を散策したかった歴史家共に現代に戻り、急いで専門家を集めて対策を協議し、かなり拙速ながら「門外は日本国憲法、門内は適用外」を決める事になる。

 急いだ理由は、第二の事件が起こったからだ。

 放っておけば第三、第四の事件が続きかねない。


 例の託児ママの彼氏とやらが押しかけて来て

「慰謝料を払え」

 とごねたらしい。

 武士たちは、ひょろい男が意味不明な言葉(慰謝料というものが分からない)を叫んでいても、野犬が吠えているようなものだ。

 一々気にはしない。

 だが、この馬鹿が

「ブッ殺すぞ!」

 と鎌倉武士にも伝わる言葉を発した瞬間、彼等は動いた。

 門番の薙刀は門外の男を切り裂いた。

 またも起こる惨事。

 事情を門番から聞いた執事の藤十郎は、門番を褒める。

 そして俺に向かって話した。


「さてもさても、こちらの世は口舌の徒ばかりじゃな。

『ブッ殺す』……そんな言葉は使う必要が無い。

 その言葉を頭に思い浮かべた時には、実際に相手を殺って、もう既に終わってるからじゃ。

『ブッ殺した』なら使って良いものじゃ」


 鎌倉武士とはどこぞのギャング顔負けの連中なのである。

 早くお互いのルールを決める事こそ重要であった。

今日、というか平日は1話のみの投稿とします。

明日17時と19時に投下します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鎌倉武士頭のイカレ具合が凄いW やべえ。
[良い点] 話の判る人(鎌倉基準) 温厚な人ですね(鎌倉基準)
[良い点] 最新話に追いつくまで黙っていましたが、これまた痛快! [一言] 続きも楽しみにしています!
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