鎌倉武士に犯罪を仕掛けたら……
隣の鎌倉武士は子沢山だ。
側室も結構いるそうだが、女性を紹介される事はほとんどない。
下女くらいは顔を合わせるし、用があれば話もする。
それ以外では、娘さんとは会った。
一番上の姉、大姫(本当の名前は不明)は既に嫁いで不在。
一番下の妹、末姫と呼んでいたが、その子はまだ幼く、遊びたい盛りであった。
なお、
「もしも、また下に娘さんが産まれたら、どう呼ぶんですか?」
と当主に聞いたら
「とりあえずもう作るつもりは無いが、産まれたなら仕方ない。
末という呼び名はアレから取って、別に呼ぶとする」
という事であった。
かなり女性の名前についてはテキトーである。
そんな末ちゃんだが、この辺りは子孫に当たる人が多く、しかも老人が多い為、外を出歩くと可愛がられていた。
むしろ先祖である武士への敬愛よりも、この幼女にデレデレになっているのが、暴力団も真っ青な鎌倉武士たちとの共存を受け入れている理由かもしれない。
「末ちゃん、よく来たねえ。
さあ、飴ちゃんあげるからねえ」
と、兎に角甘やかす、甘やかす。
鎌倉時代に馴染めなくなるんじゃないか? と思ったが
「その時はその時」
と当主は全く気にしていない。
側室の子だから、長じるまでは好きに育て、後は花嫁修業をさせたらどこかに嫁がせるそうだ。
側室の女の子に対しては、可愛がってはいるものの、結構ドライな部分もある。
そんな末ちゃん、現代日本を出歩いているから、こっちの時代で友達も出来る。
この近辺はジジババしかいないので、ちょっと離れた公園に遊びに行っている。
その付き添いに下女が付き添っているが、その女性の名前は「おいの」と言った。
「いの」は猪の「いの」であり、お熊さん同様動物名シリーズである。
なお、他に「お鹿」「お亀」「お鶴」さんたちも居る。
さて、大分前に鎌倉武士を騙して金を取ろうとし、顔に焼き印を押されて追い出された者が居た。
その者は酷い火傷で痛む顔を見ながら、鎌倉武士への復讐を目論んでいたのだ。
だが、あの凶悪な連中に直接喧嘩を売れば、返り討ちにあって命が危ない。
だから子供を誘拐してやろう。
公園で友達と遊ぶ和服の女の子。
明らかに目立つ。
間違う事は無い。
近くには母親と思われる女性が立っているが、あんな華奢な体の女は物の数ではない。
そう思って男は、公園に侵入すると、末ちゃんを抱き抱えて連れ去ろうとした。
「こな狼藉者!」
おいのさん、慌てる事なく反応すると、男に掴みかかった。
「邪魔だ!」
そう言って殴る男。
しかし、その腕を取るとおいのは関節を極める。
「痛っ!」
男が短く叫んだ後は
「ぐ……」
と苦痛の声を挙げていた。
おいのは関節を極めた後、腕を折り、そのまま投げを打ち、相手が叩きつけられたと同時に喉に膝を落としたのだ。
おいのにしたら命がけである。
主君の娘を守る使命感以上に、もしも守れなかったとあれば
「責を負うて貰う」
と首を刎ねられるのだ。
そしてその首を立札と共に門外に晒される。
これは犯人に対する警告となる。
『守り切れなかった子守りは、このように首になった。
犯人は、この子守りと同じ姿に必ずする。
身内の恥を晒したのだ、草の根分けても探し出し、必ず子守りの仇を討つ』
というメッセージである。
だから、護衛役は主君の子女に傷一つでも負わせないよう、必死となる。
そしてこの女性、小柄だからって侮れない。
空き時間に農作業もするし、米俵を担いで運んだり、水道が無い以上井戸水を汲んで台所まで往復するような重労働を、毎日している女性たちだ。
戦闘技術が無いだけで、足腰の強さは現代人とは比較にならないのだ。
公園に居た他の母親たちがパニックを起こし、警察を呼ぶが、男は折れた腕を抑えながら逃げて行く。
おいのはそれを追わない。
彼女に取って一番重要なのは、末姫を守る事であり、敵の追跡は二の次である。
逃げた後に到着した警察の事情聴取に応じる。
その後、おいのは屋敷に戻り、一部始終を報告した。
「うむ、末を守った事、大義であった」
とりあえず処罰は無し。
そして郎党が集められる。
何故か……いやもういつもの事で、俺も呼び出される。
「いつぞやの騙り者が、我が娘を拐わかそうとした」
「どの騙り者に御座いますか?」
「焼き印を入れた奴よ」
「ああ、アレですか」
鎌倉武士の蛮行も数多いが、一方で鎌倉武士相手にやらかす馬鹿も数多く、どれなのか分からなくなっているのは何だかなあ……と思う。
「おいのはその者の腕を折ったそうじゃ。
顔に焼き印、腕は折れたとあれば、見つけるのは容易い」
「おお!
なれば、我等を甘く見た報いをくれてやりましょうぞ!」
この人たち、警察に頼らずに自分たちで報復する、自力救済をするつもりだ。
俺はそれはこちらの時代ではやれないと注意する。
しかし
「武家に斯様な事をした者は生かしておかぬがこの世の習い。
また許したにも関わらず、また悪事を為す。
生かしておく意味を認めぬ」
「左様!」
「殺すべし」
どうやらこの件、近代法を守る気は無いようだ。
そんな中、執事の藤十郎は冷静であった。
「御主君、末姫様は攫われる寸前で、おいのが守ったのでしたな」
「うむ」
「なれば、武士たるものが大挙して押し寄せ、首を挙げるのも大人気ないかと存じます」
と宥める。
(おお! もしかして現代法を順守してくれるのか?)
そんな期待はあっさりと裏切られた。
「そのような者は、雑色でも遣って人知れず始末すればよろしいかと。
要は何事も無かった事にするのです。
その者が生きていたという事も……」
(怖ええ……)
結局、未遂犯に対し武士が集団で出撃し、現代日本で騒ぎを起こすのも恥ずかしい。
一方で警察任せにせず、こちらで始末しておかないと気が済まない。
という事で、雑色の平吉が「仕事」を任された。
数日後、玄関先で会った時、平吉は平然と
「あの件は終わりもうした。
全て何事も無かった事で御座います。
あのような不埒者等、存在しておらぬのです」
と言って頭を下げたのだった。
……どう終わったのかは、聞かない事にするわ……。
※:長女=大姫、次女=乙姫。
恐らくそれ以下はテキトー。
メタ的に、男性は名前を書くと「どこの家か」が分かっちゃうのが鎌倉時代の匿名の面倒なところ。
〇時は北条得宗家、〇氏は足利家、信〇は武田家、〇胤は千葉家、〇村は三浦家の可能性が高いし、
朝/光/政は小山氏系、景は鎌倉平氏。
義なんとか割と多い感じ。




