押しかけて来た動物愛護団体
鎌倉武士は馬に乗る。
人馬一体の戦闘技法は凄いものがある。
ただし、最近じゃこういう騎馬戦闘は行われないようだ。
「搔楯での戦ばかりになり、面白うない」
と言っている。
それでも騎馬戦闘は武士の嗜みとばかりに、屋敷内での乗馬訓練は日常的に行っていた。
それは実に激しいものであった。
人馬共に凄まじい。
喧嘩ではないか、という感じである。
そんな様子をどこで聞きつけたのか、動物愛護団体とか言うのが押しかけて来た。
「馬を虐待するな!」
「調教と称して鞭を入れるな!」
屋敷の外でシュプレヒコールを上げている。
中からは武士たちが、弓を構えて団体を狙っている。
「暴力反対!」
そんな事も言っているが、勝手に押しかけて来るのは数の暴力と言わんのか?
警察もやって来て、この場は解散となる。
勝手にデモをしたようで、しかも一応一般人の家を脅した為、責任者は任意同行で警察に連れて行かれる。
「あの団体はちょっと問題が有りましてねえ。
普通の動物愛護団体というにはちょっと……」
警察署長が、俺の仲介で武家屋敷に説明しに入る。
鎌倉武士としても、しっかり相手を追い返し、首謀者を捕えた(ように見える)警察を信用したようだ。
これでなあなあで済ませたら、きっと屋敷に通してくれなかっただろう。
「パフォーマンスが酷くて、一般人の金持ちを脅し、寄付をしたら許すようなゴロツキ……もとい問題がある団体でして」
「要は比叡山の山法師のようなものじゃな」
「真面目にやっている動物愛護団体からも、一緒にするなと言われる始末でして」
「じゃったら、叩き潰せは良いじゃろう」
「それが、ちょっと面倒な所に保護されていまして」
「やはり比叡山の悪僧どもと同じじゃな」
「また来るでしょうね」
「殺して良いか?」
「それは待って下さい」
「では其方たちでどうにかせよ」
こんなやり取りがされていた。
こういう事になる前に、何度も屋敷の近くに警察官詰め所を置こうという話があったのだが、
「我等は罪人ではない!
見張りを置くとは何事か!」
となった為、取り止めとなった。
こっちもこっちで、問題アリの団体とか比叡山以上に面倒臭いのだ。
警察が帰ると、俺だけ呼び戻される。
「そもそも動物愛護とは何じゃ?」
そこから説明を求められた。
説明をするが、
「意味が分からん」
と当主、執事、叔父の僧侶、京下りの公家全員が言っていた。
彼等にしたら、彼等なりに動物を愛護しているのだ。
「我等は無闇に犬猫牛馬を殺し、食ってはおらぬぞ。
こちらの世の方が肉食が当たり前ならば、生類を無闇に殺しておるではないか」
「人が働くように、牛は田畑を耕し車を曳き、犬は屋敷の内を守り、猫は鼠を捕らえ、馬は人や荷駄を乗せて運ぶ。
それぞれがこの世に役を得て生きておるのじゃ。
おかしな事があろうか?」
「馬は気に入らねば、我等を振り落とすぞ。
馬とてその背を預ける者を選んでおる。
馬に認められるには、馬より強くあれぬばならぬ。
それを馬を労われじゃと?
馬は己れより弱き者には従わぬ。
知りもせぬのに、分かったような事を抜かす連中じゃのお」
鎌倉の論理では、そういう事であった。
全ての生き物は、その業を背負って生きているのであり、その生き方に対し虐待するなとか言うのが間違っている、と。
(その業を決めたのは人間だよなぁ)
と思うが、それを責められはしないだろう。
当時は機械が無いのだし、牛馬が居なければ生活に支障が出る。
愛護とか言っているような時代ではない。
その範囲内で、十分に生類を無闇矢鱈に殺してはいない……筈??
(あれ?
そう言えば、酒を飲みながら「犬でも殺してみようか」とか言って無かったか?)
忘れる事にしよう……。
「しかし、この馬たちを解き放てとか言われても、かえって危険ですよね」
俺が何気なく言った言葉に、一同の目が光った。
「それが良い」
「亮太殿、中々の策士じゃな」
「一度思い知るが良いぞ」
(ヤバい……何をするか分かっちゃった……)
そして予感というか予測は的中する。
またも押しかけて来た動物愛護団体に向かって
「左様言うなら、馬を召し放とうぞ。
己れが好きにしてみるが良い。
それが本望であろう?」
と言って、馬を門から出した。
……あの猛獣どもを……。
一見すると、日本在来種はポニーに分類される為、小さくて可愛く見える。
しかし明らかに獰猛なのだ。
さあ、おいで、自由に走り回れる場所に連れて行くよ、そう言う団体を馬は蔑んだ目で見る。
(あ、明らかに自分よりも下に見ている。
飼い犬が、自分より立場が下だと見ているその家の父親から、散歩においでとか言われた時にしているのと同じ目だ)
権勢症候群に罹った動物は、格下に見た人間に容赦しない。
叩きのめして、自分の逆らえないよう「教育」をするのだ。
生意気な態度を自分に対して取らないように……。
「痛い、やめて!」
馬が噛みつく、蹴る、倒れた相手を踏みつける。
女だろうが老人だろうが、構わず体当たりして轢く。
文字通りマウントを取りに来た。
周囲はパニックに陥った。
「まあ、暴れ馬ですって」
「時代劇ではよく出て来るけど、あんな感じなのねえ」
騒動を聞きつけ、周辺の住民が遠巻きに見ながら、そう言い合っている。
「こんにゃろう!」
馬に持っていた鞄とか、旗とかプラカードで殴りかかる団員たち。
(どこが動物愛護だよ)
そう思うが、馬から攻撃されている以上、やむを得ないかもしれない。
(まあ、黙って愛する動物に殺されてやらない時点で、覚悟が足りないよなあ)
やはり俺は鎌倉時代に汚染されているようだ。
暫くしたら武士たちが完全武装で出て来る。
「鎮まらんか!」
一喝し、馬の手綱を持つ。
馬は暴れようとしたが、馬の扱いに慣れた武士はそれを収めていく。
「し……躾けが出来ていない」
「きちんとトレーニングしろ」
「クレージー!
なんで去勢していないのか?
これはこれで虐待だ」
外国人も居て、そう文句を言っている。
面倒臭いって、こいつらの事かよ。
外国人主体の団体所属か。
最初は何を文句言われているかピンと来ていない。
だが去勢の意味を知った瞬間鎌倉武士たちは
「この痴れ者奴が!
其方たちの言うやり方の方が恐ろしいと、何故分からぬ?
自分たちの身に置き換えてみよ!」」
と批難轟轟であった。
自分の子孫を残せない、それ程先祖に対し罪深い事があるだろうか?
中国の制度を取り入れて来た日本が、一回取り入れた後に捨てたのが宦官なのだから、どれ程の事か分かろう。
動物愛護団体とやらに憤慨した鎌倉武士たちは
「よし、言った事を自らの身にさせてやれ。
このおかしな毛の者を連れて行き、おのこを切り取ってやれ」
「腕を落とすより容易き事」
本気で刃物を持ち出す武士たち。
彼等は這う這うの体で逃げて行った。
そして、動物愛護団体が馬に対し、蹴りを入れる、看板で殴ると言った動画を誰かが撮影していたようで、それが拡散されると件の団体は寄付とかが集まらなくなるのだが、それはまた後日の話である。
犬:闘犬、犬追物
鷹:鷹狩
牛:牛車、農耕
馬:軍馬、駄馬
猫:鼠取
猿:魔除
鎌倉時代に愛玩動物なんざいねえぜ、ヒャッハー!
全部何か仕事があるぜ!
なお作者は「真田太平記」で、徳川方に属した忍者が、過去に村娘に扮した真田の女の草の者を襲い、報復で寝ている時にアレを切り落とされた(それで執拗にその草の者を付け狙っている)話にゾッとしました。




