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さてモデルデビューするのか、しないのか

「ここの事務所、かなりの大手です。

 モデル事務所には胡散臭い所もありますが、ここは名が知れた企業です。

 パリコレとかミラノとかにもモデルを出していましたよ。

 ドラマとか女優デビューする人も多かったような」

 俺が興奮してそう言うと

「分からん。

 其の方の言っている事は全く分からん。

 分かるように説明致せ」

 と注意されてしまった。

 そう言えば、モデルとか女優とか言っても、概念が存在していないのだった。


「要するに、白拍子の事か?」

 女優について説明すると、そういう解釈をされる。

 音楽とか無しの演劇というのが無いようで、延年とか田楽踊りとか猿楽というものが存在していた。

 ただ古い芸能は朝廷で保護されていたが、今(と言っても鎌倉時代)の芸能は「定住地を持たない下賤の者」がする河原芸であり、武家と農家の混ざり合ったような身分出身のお熊からしたら、低い身分に身売りされるようなもので、嫌悪感があるようだ。

 奉公人として領民の娘を預かっている当主も、そんな場所に売れるか! っていう思いがある。

 しくじったような役立たずなら、懲罰として見世物小屋や遊女小屋に売る事もあるが、お熊はきちんと仕事をしている。

 そんな女性を下賤に堕としたら、この家で働いている他の下女たちも不安がるだろう。


「こちらの時代では、芸能はそんな低い身分のものではなくてですね……」

 と説明するも、一方で俺は

(そう言えば、祖父ちゃん祖母ちゃんも芸能人とかを低く見ていたな)

 と思い出し、説明はともかく説得は無理だなと思う。

 テレビとかで見る分には構わない。

 しかし、なりたいと言えば猛反対したのだ。

「あんな汚い世界に行くもんじゃない」

 昭和の頃まで、悪い子は「相撲部屋に売る、吉〇興業に売る」と脅されたとか。


 あとはモデルの説明。

 これが一番困った。

 鎌倉時代はおろか、江戸時代になっても「この季節の流行ファッションを見せる」服飾業界の宣伝女性なんて存在しなかったのだ。

 江戸時代の武家にしても

「注文は聞きに来るもの、仕立て人はこちらの好みで服を仕立てるもの。

 流行り? 他人の真似などせぬ、当家の一点ものを作れ」

 という感覚であった。

 もっと前の時代であれば、デザインとかに気を使う事はあったのだろうか?

 画一的な服装で、染色技術は未熟、武士や農民は機能性重視。

 御所では縫殿寮で衣服製作を行っていて、そこにもモデルのような存在はいない。

 それぞれの人に合わせたオーダーメイドなのだ。


 この時点でほぼ「そんな下賤な者に売り渡す事は出来ない」に決まっていた。

 だが一応、話だけは聞いてみるとして、顧問弁護士が代理人として会ったという。

 鎌倉武士たちは声が聞こえる場所に待機。

 最終結論は当主が出す。

 俺はその場には呼ばれていない為、後で聞いた事だ。




 まず、東京の大手企業のスカウトが、どうして地方都市の、更に中心地域でも無い場所にしか出没しない女性の事を知ったのかというと、写真を撮って投稿した者が居たようだ。

 お熊は写真というものを知らない。

 だから街角で

「ちょっと撮影しても良いですか?」

 と言われて、何が何だか分からなかったそうだ。

「触らないから、そんなナイフ仕舞ってよ。

 そこに立っていて。

 ちょっと、笑顔見せてよ」

 とか言われ、とても困ったようだが、当主からも当面の仕える相手である六郎からも

「面倒を起こすな。

 起こした場合は自分で始末せよ」

 と言われていた為、危害を加えるでもない相手のリクエストに応えていたようだった。

 そして、よく分からないが何もされなかったので、特に報告もしていない。

 そのアマチュアカメラマンが

「地方都市にいるキラリと輝く逸材」

 として読者モデルのサイトに投稿をした。

 なお、ちゃんと送っても良いかと確認を取ったが、お熊は写真も雑誌もWebも投稿もよく分からないから、問題を起こさないよう無難な回答をした模様。

 なにせ、本人が何と言ったか覚えていないそうだ。

 それで、そこでは採用こそされなかったが、編集者の目には留まる。

 余りにも田舎臭い、おばさんっぽい服装ではあるが、周囲との比較や手足の長さから

「これは逸材だ」

 と思ったそうで、知人の本物のモデル事務所の社員に見せた結果、スカウトを派遣したという事だ。


「逸材……あのお熊が?」

 鎌倉武士たちは信じられない表情をしている。

 切れ長の目でもない、肉体労働とか場合としては女武者が出来るような筋骨隆々の体つきでもない。

 面長で、動物のような丸い目、背だけは大きく、蜘蛛のように手足が長い。

 標準の女用の服は入らない。

 お熊用に作った衣服だが、ボロ布で、当時としては当たり前だが継ぎ接ぎして縫い合わせていた。

 それもあって、やせ型の身体ではあったが、デカさと体の線を見せないように大き目に繋ぎ合わせた服とで、どうにも見苦しかった。

 現代のモデル体型が、鎌倉時代人には受け容れられず、「女型巨人」というような陰口すら叩かれていたのだ。


「しかし、あの女性は知人より預かった大事な人で、おいそれと芸能界になんか入れられないそうです」

 オブラートをバウムクーヘン並に巻きつけて弁護士が返事をする。

「ええ、分かっていますとも。

 ですが、こんな逸材を見逃す手は無いと思います。

 期間契約でも構いません。

 是非うちの事務所に預けていただけませんか?

 あの娘なら世界も夢ではない!

 天下を取りましょうよ!」


 ここで鎌倉武士のスイッチが入ってしまった。

 天下を取る、大それた発言だが、夢のある言葉。

 武力で天下を取るとかではない。

 それくらいは鎌倉武士でも理解出来る。

 今勧誘に来ているあんな華奢な男が、武力で天下をどうにか出来る訳がない。

 つまり、芸能の世界で一番になるという事だ。

 何でも「一番」というのは、鎌倉武士の琴線に触れる。


 更に

「契約金としてはこれくらいを考えています」

 と具体的に言った為、当主たちは弁護士を呼んでどういう事かと聞いた。

 かなり揺れ動いている。

「結構な金額です。

 馬に換算しても、数頭分以上です。

 それが最初の一回で、その後はそれよりは安いですが、毎月支払われます。

 弁護士である私相手に言うのですから、詐欺とかそんなのではないと思います」

 と契約金やギャラについて説明をした。


「よかろう。

 売るのではなく、貸すのであれば良い。

 我が家の恥とならぬなら、話を進めよ」


 こうしてお熊は、とりあえずモデル事務所に所属、年限を決めて東京(江戸)で芸能活動が許可される。

 お熊に渡される金は、全て当主の方への振込となる。

 服とか化粧品とかは経費で落とさせる為、お熊本人は金を持たなくて良いという判断だ。


 後でこの話を聞いた俺は

(酷え、そんな搾取あるのかよ!)

 と思った。

 経費以外全部中抜きって、どこぞの顎が尖ったダメ人間が送られた地下王国並に酷いじゃないか!

 何よりも

(この一連の流れに、お熊さん本人の意思が一切出て来ていないぞ)

 と気づいて、彼女が不憫になった。


 とりあえず本人は

「主様のお陰で、新しいお勤めが出来る上に、下賤に身分も落とさず遊女のような真似もせずに済みました。

 この御恩は忘れません。

 年季奉公が終わったなら、またお屋敷に置いて下さい」

 と言っている。

 時代が違う、価値観が違う、男女の立場が違うってこういう事なんだなあ……。

 

おまけ:

お熊さんの見た目的なモデルは、元Berryz工房で現モデルの熊井友理奈ちゃんです。

唯一実存の人間を参考にしています。

(あの子も小学生の時、オタクから背が高く細身の身体を「電柱」とか言われて泣いてましたが、

 開き直ってからは「アイドル界の東京スカイツリー!」とネタにしてました)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >ここで鎌倉武士のスイッチが入ってしまった。 (中略) >つまり、芸能の世界で一番になるという事だ。 >何でも「一番」というのは、鎌倉武士の琴…
[一言] 価値観の違いが酷いな~~。
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