鎌倉武士VS霊感商法
事故物件が連鎖発生しているDQN団地の噂は、何故か拡まるのが早かった。
俺が住む旧住民地域でも噂されている。
まあかなり尾鰭が付いているが。
曰く
「リストラされて自殺したサラリーマンの亡霊が、道連れを求めて彷徨っている」
→単に殺意の波動から逃げてるだけです。
曰く
「育児放棄で死んだ女の子が毎夜毎夜泣くらしい」
→泣いてるのオッサンだし、育児放棄された子は男性で、今立派にDQNに成長した挙句、鎌倉武士っぽいのにジョブチェンジしてます。
曰く
「落武者の亡霊が『首、首置いてけ』と襲って来る」
→それ現役の鎌倉武士です。
こんな感じだから、エセ霊能者とか霊感商法する者が纏わりついて来たのだ。
しかし、相手が悪い。
DQNは案外オカルトに弱い。
確かに魔除けとかお祓いに興味を示す。
しかし、支払い能力が低い。
なんなら意図的に支払わない。
要は金にならない。
しかし、何部屋も借りている金持ちがいると聞いた。
そこにやって来てしまった。
「この家の運気を……
ひぃぃ~……、なんでもないです、失礼しました!」
この心の底から霊的なものを信じていて、親切心からやって来た者は幸いであった。
武家屋敷の方と違い、取次が常駐している訳でもないこの部屋は、雑色がドアを開けるとすぐに六郎の気を浴びてしまう。
直感的にヤバい気を感じ取れてしまう。
別に六郎は相手を殺すつもりはない。
しかし、どこぞの「天帝の眼」を持つバスケ選手の言を借りるなら、特定の競技の経験者からは独特の空気が出るという。
人殺しが当たり前の時代、首を取るのが誇りな時代に生きている人物からは、黙っていても死の臭いがする。
感じ取れる人には感じ取れる。
とある超A級狙撃者なんか、用事があって話しかけてるだけなのに
(なんだ、この威圧感は)
とか言われてしまう。
そんな感じなのだ。
近所の我々には優しく接するから、かなり殺気は無くなっているし、俺たちも連中には慣れてしまった。
特殊自営業の方々からは「圧倒的にヤバい連中、潜った修羅場の数が違う」と分かるのだが、その人たちよりもレベルが低い不良少年とかからは、その殺気から何もしてないのに喧嘩を売られていると感じられてしまう。
だから、どんな宗教であれ、信仰に生きて純粋な人からすれば、この世の人間とは違う剣呑な空気が感じ取れてしまい、話をしてはいけない、と思うようだった。
そうではない者もいた。
信仰は上辺だけ、信じる者から金を巻き上げるのが目的、霊感グッズを売る癖に、内心では
(こんなガラクタにウン百万も出すとか、馬鹿だねえ)
と舌を出している。
ある意味プロのセールスマンだ。
「僕と契約して魔◯少女になってよ」
と言ってくるモノと同類なのだが。
その人は、セールスに当たって事前調査をしていた。
そこには物騒な侍が住んでいるという。
そんな訳無いだろう!
タイムスリップとか、常識的にあり得ない。
鎌倉時代の姿をしている侍かぶれ、そういう風に解釈してしまった。
霊感グッズを扱っているのに、現実主義者であった為、鎌倉時代と現代が何故か接続されて、そこから現役の武士がやって来たなんていうオカルトを信じなかったのだ。
変人が鎌倉武士のコスプレをして、なり切っている、そういう風に考えている。
それ故に、六郎の放つ鎌倉色の覇気を、危機感検知本能が警告を発しているのに、敢えて無視したのだ。
(この団地に住んでるだけあって、ヤバい空気を放ってるなあ。
そんな頭がおかしい奴だが、金だけは持っている。
上手く話を合わせて、共感してやって、その後で不安を煽っていき……)
ヤバい人程案外信心深いから。
そう計算していたようだ。
大層立派なお召し物ですね、とかお世辞を言うも、無駄口が嫌いな六郎は
「用があるなら早く申せ」
と苛ついた声で言う。
そこで
「この部屋、運気が停滞しているようです」
なんて言ったところ、
「お主は陰陽師か?」
とツッコんで来た。
「陰陽師……そのようなものです」
「陰陽寮ではどなたの手解きを受けた」
「陰陽何とかではなく、うちの教祖の……」
「去ねい!
陰陽寮の許しも無しに、何が陰陽師か!
この騙り者め!」
確かに鎌倉武士は信心深い面がある。
常に死と隣り合わせな生き方をしているから、神仏に祈ったりする。
だが、だからこそ半端な知識で騙せない。
あの様々な鎌倉仏教が流行し、旧来の仏教も立て直しがされ、伊勢神道なんかが変化したまさにリアルタイムを生きている連中なのだ。
気に入らねば僧侶であっても痛い目に遭わされる。
何とかの法難ってのが頻繁に起こっていたのだし。
「いや、あの安倍晴明の生まれ変わりの方でして……」
「安倍殿は末裔が居られるが、その方の許しを得て話しておるのか!」
「いえ、許し等無しでも、本物ですから」
「では確かめねばなるまい。
その者を連れて参れ」
「いや、確かめるまでもなく……」
「出来ぬのか?」
太刀を抜いて突き付ける六郎。
丁度そこに、俺が頼まれていた買い物を終えて到着した。
「あ、その壺は風水的に良くない」
話を逸らす詐欺師。
「出来ぬのかと聞いておる。
聞こえぬのなら、役立たずの耳は必要あるまい」
話を逸らすのを許さない六郎。
耳たぶを太刀で突き刺す。
「痛い、痛い!
ちょっと、お兄さん、この人変ですよ。
どうにかして下さい」
耳だけでなく、頭皮の一部も切れていて、血を流しながら俺に懇願する詐欺師。
「いや、全然変じゃないです。
鎌倉時代なら当たり前の行動です。
納得させられない貴方が悪いんです」
こう答えてしまう辺り、俺は相当毒されているなあ。
だが、詐欺師は念願の話題を変える事には成功した。
「うぬが!
わしを、武士を愚弄したな!」
悪い方に転がった。
「変」という単語を、侮辱されたと受け取ったのだ。
今度は本気で殺しに来た。
詐欺師は急いで外に出て逃げる。
六郎は一旦部屋の奥に下がり、太刀ではなく弓を持って飛び出て来る。
詐欺師は今度こそ、自身の危機管理センサーの警報に従った。
何もかもを忘れ、全力で逃げ出した。
そうでないと、死ぬ。
実際追いかけて来て、矢まで放つ六郎。
建物の中で、上手く当てられない。
エレベーターを待つ時間すら惜しい。
階段を転がるように駆け降りると、何とか自分の車に乗り込み、逃走に成功した。
なお車のボンネットや窓を、命中した矢が破壊していた。
そして命からがら逃げ帰ったこの人が幾ら
「あの集合住宅に犯罪者がいる!
本物の矢を撃って来た!」
と傷を見せながら訴えても
「あそこはそういう奴しか住んでないんだから、生きて帰っただけで儲け物だ」
「国勢調査の人が、税務署の人間と勘違いされて、包丁で切り付けられた場所だぞ。
今更何を言ってる?」
「そう言えば一時期、犬や猫にボウガンの矢が刺さっていた事件が頻発したけど、あそこの周りだったよな」
と相手にされない。
六郎はヤバい奴に輪をかけた危険な人物だったが、どうにか広く世間に知られずに済んだようだ。
木を隠すなら森の中。
危険人物を隠すなら、DQNの中の方が目立たないのかもしれない。
おまけ:
俺「矢、当たらなかったね」
六郎「当てなかったのだ」
俺「それはまたどうして?」
六郎「父上から無闇に人を殺して騒ぎを起こすなと言われておったでな。
頭がおかしい騙り者如きを射殺したとあらば、かえって名折れとなろうぞ」
俺「……言い訳だよね」
六郎「何を! 武士を愚弄するか!」
六郎(しかし、腕が鈍ったのは事実。
鍛錬せねば……)
……なお詐欺師も六郎も、お互いに相手は頭がおかしいと思ってるのは事実の模様。




