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鎌倉武士VS現代の幽霊

「あの部屋、空き部屋だけど、出るらしいッス」

 リュウ少年がDQN団地のある部屋について話す。

「出るとは、伏兵か?」

 最近は現代日本で暮らす六郎が、今の日本語をマスターしつつある、若いって良いよね。

 外来語は分からないが、言い回しや指示語(あれとかそれとか示す)が使えるようになった。

「違えよ、幽霊ッスよ」

「ゆうれいとは何か?」

「人が死んだ後、成仏出来ないでこの世に留まるものッス」

「人は死んだらおしまいぞ。

 その後如何なる六道(地獄界、修羅界、餓鬼界、畜生界、人間界、天界)に転生するかは知らぬが、最早この世には居らぬ」

「恨みとか未練とかを残して死ぬと、この世に残ってしまうとか……」

「それでは怨霊か?

 では公卿がこのような場所に住んでいたのか?」

「くぎょうって何スか?」

 話がイマイチ噛み合わないので、何故か俺が呼び出されたよ……。


「……という訳で、怨霊というこの世に災厄をもたらすモノは、親王とか大臣とか以上の人しかなれない訳で。

 そして、幽霊になったのはそんな身分の人ではなく、効果も疫病をばら撒いたり、雷を呼んだりは出来ない、精々姿を見せたり、耳元で囁いたりってくらいです」

 説明終了。

 リュウは

「化けて出るにも身分が必要とか、なんかムカつく」

 という感想であり、六郎は

「単なる妖怪変化か。

 なれば退治してくれん!」

 と息巻いていた。

「怖くないんですか?

 なんならお兄さんの慈悟和尚とか、叔父さんの譲念和尚を呼んで来ますよ」

 俺が聞くと、六郎はカカと笑い

「大江山の鬼ですら恐れはせぬ。

 鵺とかいうモノも射落とすのが武士ぞ。

 三浦殿、上総介殿、大庭殿は玉藻の前という化け狐を退治したという。

 妖怪変化を退治するのは武士の勤め。

 妖怪でもない、人の成れの果て等恐ろしくも何ともないわ」

 と言ってのけた。

 嗚呼、別に虚勢なんかじゃない。

 ナチュラルに人も妖怪も怖くないって思ってるよ。

 まあ、人を殺して首を取るのが誉れなんだから、そうなるよね……。


 戦国時代の話だけど、刑罰で殺した僧侶と女中が化けて出ると奥方から聞かされた武将の鍋島直茂は

「そうか、まだ成仏出来ぬか。

 それは良い!

 苦しめ、苦しめ!

 殺しただけでは足りぬと思っておったのじゃ!

 いつまでも未練たらしくこの世に在って、苦しめば良い」

 と笑い飛ばしたという。

 そうしたら幽霊たちは二度と出て来なくなった。

 前田利家も、死ぬ時に奥方が地獄に堕ちないよう経文を死装束に書こうとしたら

「わしは多くの人を殺して来たが、理由無く殺した事は無い。

 だから地獄に堕ちる理由が無い。

 経文とか無用だ」

 と言ったとか。

 そして

「もし地獄に堕ちたなら、その理不尽さを閻魔に問う為、ひと合戦してやる」

 とかも言っている。

 なお、戦国武将は鎌倉武士よりも、相当教養があり、人柄もマイルドになっているが、それでもこれだ。

 鎌倉武士が幽霊とか恐れる訳ないよなぁ。


 顧問弁護士を通じて、件の事故物件も借りられる事となった。

 これでまた支配地が増えた。

 六郎はその部屋で過ごすという。

「退屈じゃから、お主も一晩付き合え」

 と俺も誘われた……。

 俺は幽霊、怖いかもしれないんだけど……。


 そして食事をしながら話が弾む。

 酒?

 リュウ少年も未成年だがDQNだし、六郎は未成年は飲んじゃダメって規則が無い時代の人間だから、まあその……。


 六郎の昔語りが始まる。

 六郎は数年前に初陣を済ませていた。

 とある大きな合戦? 何とか騒動? で出動したという。

「後を継がれる兄上があのように病弱じゃからな。

 同じ正室腹のわしが、元服のすぐ後ながら参陣したのよ」

 そうして語られる、人を殺した話。

 若年で弱かった為、敵の反撃で彼も殺され掛けたと言う。

 矢傷を見せながら

「殺さねば此方が死ぬ。

 躊躇う(いとま)等無い。

 わしが間違えば、わしを護る郎党が死ぬ。

 臆すれば、それに付け込まれ軍勢が瓦解する。

 父や兄、一族皆が負けてしまう。

 死なぬ為には躊躇わず、間違わず、臆せず。

 戦とは左様なものじゃと学んだ」

「わしはその時、名の有る首を取れなかった。

 又三郎が倒した相手の、首を譲って貰った。

 その者の末期の願いで、せめて名の有る者に首を取られたいと申した為、わしが首を打った。

 じゃからわしの手柄首とされたが、あれはわしが討ち取ったものではない」

「武士は誉れある死を以って生を全うする。

 あの者は、例えトドメだけだったにせよ、わしに討たれて本望じゃっただろう。

 わしもきちんと供養したぞ」

 その時の太刀を見せて貰うが

「ほれ、ここに曇りが有ろう?

 如何に手入れをしても、奇怪にも取れぬ」

 と言うも、俺にもリュウにもよく分からない。

 ただ、その恐ろしく切れそうな刃の輝きに、背筋がゾッとした感覚を覚えた。


 その後の事だ。

 結論から言うと、その部屋に幽霊は出なくなった。

 事故物件は、もう事故物件ではなくなった。

 引き続きその部屋は、六郎が事故物件当時の賃料で得続ける。

 何故幽霊が出なくなったと知ってるかって?

 どうも、そいつは隣の部屋に逃げたらしい。

 俺が付き合わされて泊まったその晩、壁の薄い集合住宅なので、隣の部屋から悲鳴が時々聞こえて来たのだ。

 六郎とリュウは無視して寝ている。

 翌朝、帰宅する為に部屋を出た俺は、隣の部屋から出て来た住民(見た目DQNぽい)と出会す。

「深夜、何かあったんですか?

 叫び声がしましたけど?」

 そう聞くと、涙目になって答えてくれた。


「首に縄がついた、くたびれたオッサンの霊が出た……。

 なんでも、あんな物騒な奴が居る部屋に居たくない、と。

 オッサンの霊が鬱陶しく泣くんだよ。

 リストラされて女房にも逃げられ、生きる望みを失った自分には、今も安住の地が存在しないのかって……。

 眠っても、寝苦しく、目を開けるとオッサンが天井からぶら下がりながら泣いてるんだよ。

 悲鳴が出るのも無理無いだろ?」


(ああ、そっちに逃げちゃったか……)

 幽霊と住民には同情を禁じ得ない。

 そしてふと思った。

(これって、幽霊が出る部屋が移り続け、その度に六郎がその事故物件に移り住んでいきながら、なし崩し的に結構な部屋を「お礼を言われつつ」獲得するんじゃないだろうか?)


 それはあたかも、源義経が逃げた先々に、難癖をつけて強制的に地頭を置いて、勢力拡大していった源頼朝と鎌倉幕府のように……。

おまけ:

色々質問してみた。

俺「じゃあ、祟りとか呪いとか怖くないんですか?」

六郎「怖いのお」

俺(怖さの基準が分からん)

俺「えーと、どうして怖いんですか?」

六郎「呪いをかけられるとか、祟られるとか、わしがその者に恨まれる振る舞いをしたという事であろう?

 そこまで恨まれる我が身の業が怖いわ」

俺「では廃屋に出る怪異とかは?」

六郎「恨まれる筋合いが無い。

 退治するまで」

俺「そう言えば、敵を討ち取った後に出家する武士もいますよね?

 やはり恨みが怖いとか?」

六郎「そんな者おったか?

 戦で死ぬるは誉れで、恨みは持たぬもの。

 まあ、討った敵を憐れむ事は有るかもな。

 呪いの事も含め、全ては己れの心の在り様ではあるまいか?

 因果応報と言い、己れの罪業はいずれ返って来る。

 それが怖いのよ」


……なお、合戦で討ち取る、焼討する、掠奪する、女を(以下略)というのは、罪業でも何でもないらしい。

鎌倉武士にも「それはやり過ぎ」って線があるようだが、現代日本人の基準からしたら斜め遥か上にあり、人それぞれのようだった。



19時にもアップします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >(これって、幽霊が出る部屋が移り続け、その度に六郎がその事故物件に移り住んでいきながら、なし崩し的に結構な部屋を「お礼を言われつつ」獲得するんじゃないだろ…
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