乗馬とはセレブな遊びに非ず
何故か現代日本と繋がってしまった鎌倉時代の武家屋敷。
そこに出入りする口は正門のみである。
そこから漏れる以外は、臭いも音も外に伝わらない。
唯一風景だけは外からも中からもお互いを見られる。
武家屋敷には馬場が在った。
鎌倉武士たちはそこで馬を駆けて訓練を日々行っている。
音が漏れれば、掛け声とか的が破壊される音とか、色々うるさいと言われただろう。
だが外からは音が聞こえない為、視覚的には楽しく乗馬をしている、たまに弓矢で遊んでるようにしか見えない。
だから変なのが湧いた。
「ちょっと、ここで乗馬やってるんでしょ!
私にもさせなさいよ!」
勘違い馬鹿が出て来た。
聞けば、DQN団地と呼んでいる集合住宅の最上階に住み、何かと厭味ったらしく自慢して来る女性だった。
「私は貴方たちと違ってセレブなのよ」
とブランド品を身につけながら、聞いてもいないのに色々言って来るらしい。
「あのDQN団地に住んでる時点で、それは無い」
と皆は思っているが、その割には身につけているものは金が掛かっている。
「何をやってる人なんだろう?」
「離婚して慰謝料がっぽり貰ったって話だけど」
「金持ちの爺さんを騙したって聞くけど」
と旧住民地域では話していた。
こんな場所に来なければ噂もされないのに、わざわざ来て自慢していくからこうなる。
なお、DQN団地で見せびらかすと
「それ、寄越しなさいよ!」
と喧嘩になる為、あちらではしていない模様。
わざわざ「見せに来てやって」るとか「庶民の目の保養」とか言ってるけど、要するに承認欲求の塊な訳だ。
で、その女性が
「乗馬とかセレブの嗜みだから、私はやって当然。
私が乗って差し上げるのだから、馬を貸しなさいよ!」
と頭がクラクラするような事を言って来た。
「なんで俺に?」
「隣の人に刀突き付けられて追い返されたのよ!
そして、なんでもあんたの紹介なら入れて貰えるんでしょ。
私を紹介しなさいよ」
「嫌です」
「何よ!
減るものじゃないのに、ケチねえ」
(いや、寿命が減る!)
そんなこんなで五月蝿いのに取りつかれた。
正直面倒臭い以外の何物でもない。
毎日やって来て、乗馬をさせろと喚く。
もう段々、乗馬そのものよりも、俺に文句を言うのが目的なんじゃないかって思うくらい、しつこい。
いっそ鎌倉武士たちに武力で解決して貰おうかとも思ったが、それは駄目だと思い直した。
俺も相当に鎌倉武士に汚染されているなあ。
「では拙僧がどうにかしてやろうか?」
最近、うちに勝手に上がり込んでお茶を飲んでいくクソ坊主……もとい譲念和尚がそう言っている。
いつの間にか両親と仲良くなり、煎餅を齧っていやがる。
うちとは宗派が同じ臨済宗なので、何かと話を聞いていて面白いようだ。
檀家の寺も代替わりに、若い坊さんが後を継いだ為、仏教的な説話には疎くなっている。
その点、生臭坊主だけど仏教には詳しいこの坊さん、若い坊さんどころか、この地域の長老的な僧侶でもタジタジになるくらいの教養を持っていた。
……仏教が生活に溶け込んでいる時代に、栄西から二代目か三代目という近い弟子から学んだのだから、そうもなるだろう。
だが、この人は僧侶の成りはしているが、基本武士だと思った方が良い。
宗派は違うが、平敦盛を討った事で有名な熊谷直実なんて、出家しても荒武者そのままだったと言う。
少年であった敦盛を討った事で世の中が空しくなったのではなく、単に相続問題でヤケを起こして出家し、その際も浄土宗の法然の弟子の所に行き、いきなり刀を研ぎ始めたそうで。
なお、その真意は出家にあたり「切腹するか、手足の一本も切り落とそうと思っていた」との事だ。
出家後も、摂関家の九条兼実の邸宅で説法する法然の声が聞こえないから
「極楽にはこんな差別は無いだろうに!」
と大声で文句を言って、上がり込む事に成功したという。
なお、九条兼実は関白なのだが、熊谷直実は挨拶もせずに邸宅に入って行った。
「さて、当家で馬術をせんと申すは其の方か?」
「何よ、あんた!」
「拙僧が取り次いで進ぜようか?」
「え!
坊さん、話が分かるじゃない!」
「では、この書面に名を書かれよ」
(あ、この流れはかなり危険だ)
俺はそう思ったが、単なる乗馬クラブの入会希望くらいにしか思っていない女性は、
「これ読めないわよ」
とか文句を言いながらも、サインをしてしまった。
この辺教養が無いって怖いよなあ。
絶対ヤバい事なのに、知らずに署名しているな。
そして馬場に通される。
そこには、馬では無い猛獣が居た。
この当時の馬がどれ程の猛獣かと言うと、「古今著聞集」に
「鎌倉殿に献上した、舞が得意な猿が居た。
鎌倉殿はその猿を気に入った為、三浦光村に預け、光村はその猿を馬屋で飼った。
すると、どうしたことか馬に背中を食われてしまった」
という逸話が残っている。
明治時代でさえ、日本人は「馬の形をした猛獣に乗っている」と外国人に言われた程だ。
そんな馬が、現代日本の女性なんかの言う事を聞く訳もない。
蹴る!
噛む!
押し倒す!
そして盛る!
去勢をしていない馬はとんでもないのだ。
人間の雌も、馬の雌も見境い無く、文字通り馬乗りになって来る。
血塗れ、泥だらけ、馬の唾液や小便やそれ以外の液体で汚れ、見物の武士たちから笑われて、自称セレブ女はヒストリーを起こす。
「もうこんな所に来ないわよ!」
捨て台詞を残して去ろうとするも、薙刀を持った武士に止められる。
「馬に乗せる代わりに、家屋敷を差し出す事に誓約した。
また其の方は、自らの身売りにも応じておる。
この女子を連れて行け!」
有無を言わさず連れ去られる。
確かに屋敷内は鎌倉法の範疇だ。
だけど、だ。
えーと……僧侶が人身売買に手を染めて良いのかよ……。
読めない証文に名前書かせるって、詐欺だよな。
「訊かれなかったからさ。
知らなければ知らないままで、何の不都合もないからね」
いや、騙された方は不都合だらけだ。
「如何な希望もそれが条理にそぐわない物である限り、必ず何らかの歪みを生み出さん。
やがてそこから災厄が生じるのは当然の摂理なり。
左様な道理を裏切りだと申すなら、そもそも願い事などする事自体が間違いである」
いや、凄い理屈捏ねてるけど、それどっかのインキュベーターの台詞!
「武士の悪事を武略、僧侶の悪事を方便と呼ぶ」
「それ、開き直ってますよね」
「わしはお主を救ったのじゃ。
あの者を救うとは申しておらぬからな。
後は野となれ山となれ。
そこに文句を言われる事は無い。
強欲にはそれに伴う仏罰がある。
理屈の通らぬ者は、相応の報いを受けるものぞ」
一見僧侶らしい因果応報論だが、やはり何か違うだろ!
そして僧侶は当主と会うと、こう言っていた。
「兄上、あの者も奪うと決めたお堂の住人らしい。
これでまた一つ家屋敷を得ましたな」
人を騙してでも領地を拡大したいという、強欲に身を委ねているじゃないか!
仏罰どこに行った????
なお、この猛獣に北条政子は普通に乗っていたそうで。
仏罰について、僧兵の解釈はこうです。
「我らは御仏の代理人、仏罰の地上代行者
我らの使命は御仏に逆らう愚者を
その肉の最後の一片までも絶滅すること……南無!」
あと証文は
「読めなんだら聞けば良い。
名前を書いた以上、読めたと思うたわ」
……と開き直っております。
なお鎌倉武士的には
「証文を書かせただけ慈悲深い。
我等なら伴も連れず、顔も隠さぬ女はそのまま(以下略)」
だそうで。




