鎌倉武士の町内見回り
俺の住む地域には、古い町内会が自治会として機能している。
新興住宅地では関係が希薄になっているが、旧住民地域では廃品回収とか子供の通学見守りとか、公園の清掃とかスポーツ大会なんかは、住民たちが協力して行っていた。
ただ旧住民地域は高齢化が深刻で、子供は少なくなっていた為、若い俺らの負担は結構重い。
それが嫌で都会の方に引っ越して、そちらで世帯を持たれたりして、いよいよ衰退してしまう。
結局老人たちが交代で色々やっていた。
それもあって、DQN団地の者たちから付け入られやすかったりする。
「辻の爺さんが腰を痛めてしまってねえ」
辻は苗字ではない。
町内の角辻の事で場所の事だ。
隣の鎌倉武士の子孫が多いこの地域では、同じ苗字の家庭が結構いるので、どこそこの誰さんという言い方をしている。
この辺、藤原とか源とか平とかが多過ぎて、地名を苗字に「九条」(京の通りの名前から)「武田」(所領から)「加藤」(加賀の藤原という意味で、任地から)と名乗った平安時代末期と似たような感じだ。
他に職業から「工務店の」とか「寿司屋さん」とかとも呼ぶ。
「辻んとこの爺さんが夜の見回りだったんだけど、出来なくなった。
あんた、代わりをやってくれないか?」
そんな話を町内会長がして来た。
まだ旧住民地域では出ていないが、DQN団地の在る辺りを含め、近所で小火騒ぎが相次いでいた為、放火の疑いもあった為交代で見回りをする事になったのだ。
普段なら引き受けて良かったのだが、今回は都合が悪い事が二つ。
一つは、今日から俺は久々に出社の為に東京の方に行くのだ。
在宅ワークではあるが、本社はそちらにあり、用事で顔を出さないとならない。
親も用事で数日家を空けている。
むしろ見回って欲しい側なのだ。
もう一つは、たまたまその時に用事で、隣の雑色の平吉が来ていた事だ。
何事かを問われ、分かるように説明される。
すると
「主様に伺ってみる」
と言って去ってしまった。
「ヤバくないですか?
鎌倉武士が夜の見回りって……」
町内会長にそう言うと、向こうも困った顔であったが
「まあ、一日くらいなら何とかなるでしょう」
そう自分に言い聞かせるように返事をしていた。
(それは「きっと何事も起こらないだろう」という正常化バイアスではないのか?)
と思ったが、午後にはもう出ないとならないし、代案も出せないから黙っていた。
案の定
「我が主が言うには、この地域の事は面倒見よう、との事でした」
とノリノリで引き受けるようだった……。
基本、犬が自分の縄張りを見て回り、マーキングするのと同じ行動だろう。
俺も忙しいし、不安な事を挙げていても仕方ない。
正常化バイアスに身を任せて東京行きをしよう。
……時間が無いのだ。
その俺の家が狙われていた。
おしゃべりな母親が、暫く留守にすると井戸端会議で話していたのだ。
これは悪い事ではない。
近所の人たちと情報共有し、留守の間は見ていて欲しいという事なのだから。
だからお土産を買って来て、留守を見ていてくれた礼をするのが近所づきあいってものだ。
問題は、どこからかそれをDQN団地の奴が聞きつけた事である。
更に先日の饗応の礼で、結構な収入があった事も知られている。
……いいと言ったのに、護衛の武士が三方(鏡餅なんかを乗せる木の台)に札束を乗せて家まで来たものだから、目立っていたのだ。
泥棒は不幸であった。
最初は順調そのもの。
鎌倉武士の郎党たちが甲冑姿で松明を持って出撃したのを
「何だ、あれは?」
とビックリして見たのだが、まさか町内見回りだとは思わなかったようだ。
彼等は武家屋敷とは反対側の俺の隣家を訪ね
「何事も無事なりや?」
と様子を見て回っていた。
最近では「近隣の者には親切」という事も知られ、
「町内会長さんから聞いてたよ。
遅くにお疲れさんねえ。
これ、ちょっとだけど夜ご飯。
お腹空いた時に食べてね」
とかと話をしながら和やかに過ごしている。
……この辺の人の「やるやる」気質は中々凄い。
そうしてお土産を貰いながら、あちこちを見回っている間に、泥棒は上手くガラスを割って俺の家に侵入したそうだ。
そして家探し。
だが大金もお宝も無い。
そんなものを家に置いておく訳がない。
用事で出かけているし、貴重品は全部持って行った。
そうこうしている内に、鎌倉武士たちが見回りから戻って来る。
そこに運悪く泥棒が鉢合わせしてしまった。
「怪しい奴!」
いきなり矢を放つ。
足を貫かれ、歩く事が出来ない泥棒。
「抜かぬ方が良い。
抜くと、死ぬるぞ」
痛さの余り矢を抜こうともがく泥棒に注意をする。
血管を貫いたかもしれない。
確かに矢を抜くと一気に血が噴き出して、出血多量で死ぬ事になるだろう。
だから矢を抜くなと注意するのは、鎌倉武士なりの思いやりだったかもしれない。
……肉体言語でまず動けなくした後だったが。
「この屋敷は御当主の親戚衆のもの。
そこに侵入するは、即ち我が当主に弓引くものなり。
まして、隣の屋敷への侵入を見過ごすは、我等が恥である」
そういう三段論法で屋敷に引っ立てていく。
同じように矢で腕を貫かれた別の男も同時に。
繰り返しになるが
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【御成敗式目第三十三条】
「一、強竊二盜罪科事付放火人事
右既有斷罪之先例 何及猶豫之新儀哉 次放火人事 准據盜賊宜令禁遏」
訳:強盗・窃盗・放火については、先例が多数あるんで、ためらう必要はない! 断罪せよ!
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である。
泥棒ともう一人引っ立てられた男は、やはりDQN団地に住んでいた者で、放火を企てた結果捕まったのだ。
あそこに住んでいるストレスからか、心を病んで仕事を辞めて引き籠った者だ。
昼間はニート生活をし、夜にバイトをするか、ストレス発散に近所の自転車のサドルとかゴミとかに火を点けて回っていたのだ。
次第に警戒されるようになり、場所を変えながら犯行を続けていたのだが、全く運が悪い事に鎌倉武士の見回りの日に、うちの近所に来てしまったのだ。
俺はガラスが割られ、泥棒に侵入されたと警察から聞かされ、社用を急いで済ませると帰宅した。
……久々の東京で遊びたかったのに、それを中止して。
そして犯人はとっくに捕まったと聞かされる。
同時にこの辺を騒がせた放火魔も。
その説明の時に、警察官が溜息混じりだったので、悪い予感しかしなかった。
すぐにどういう事か理解出来た。
隣の屋敷には、また腕が二本、壁に打ち付けられて晒されていた。
「此者、盜賊之罪にて腕を落として晒すもの也」
「此者、放火之罪にて腕を落として晒すもの也」
と罪状を達筆で書かれた立て看板付きで……。
おまけ:
「六郎の若殿におかれましては、〇号室と△号室を制圧せよとの仰せに御座います」
雑色から連絡を受け、六郎はリュウと協力して、早速今回の犯人の部屋を占領する。
ちょっとずつでも支配地を増やすのが武士の本能であった。




