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鎌倉殿のシェフ(中編)

 とりあえずは酒だ。

 と言っても俺が飲む訳ではない。

 宴会らしいので、料理に酒を合わせるのではなく、酒に合った料理を作るのだ。

 酒が主、料理が従となる。

 そして日本酒も鎌倉時代とは違うから、よくよく考えて選ばないと。

 鎌倉時代の酒を飲ませて貰ったが、甘ったるい。

 これなら味噌の原型の発酵物を塊のままアテにするとか、塩や梅干しと共に食べるっていうのが理解出来る。

 梅干しも、現代日本の「減塩」とか「甘い」ような軟弱な食べ物では無かった。

 まず硬い!

 俺たちが食べている梅干しは梅漬けであって、干した硬さとは無縁だ。

 そして塩辛い!

 塩の結晶が貼りついているではないか。


 鎌倉時代の酒とツマミ事情を分かった上で酒を選ぶ。

 ここまで甘い、口の中がネバネバになる酒は売っていない。

 だが、以前酔っ払いが酒を持って乱入した後の宴会を見ても、鎌倉武士だって辛口の酒はいける口だ。

 執事の藤十郎に聞いたが、京の方では濁りを漉した酒を飲む。

 もっとスッキリした味の酒で良いだろう。


 そういう訳で、甘口と辛口何種類かの酒を用意し、当主、嫡男の代理で庶長子の太郎殿、京下りの公家の吉田民部、そして藤十郎に好みを聞く事にした。

「うむ、わしは辛口が好きだな。

 口の中が爽やかだし、酒精が強く、少量でも体がカっと熱くなるわい」

「父上、わしは甘口の方が合っていると思います。

 都の方も、斯様に強い酒では面食らいのではありませぬか?」

「だからお前は駄目なのだ!

 この味が分からぬとは、この馬鹿息子がぁー!」

「父上と言えど、その悪口(あっこう)許せぬ!

 勝負だ!」

「掛かって来い、このガキが!」

「わしのこの手が光って唸る、お前を倒せと轟き叫ぶ!

 食らえ! 最強のしっぺシャイニングフィンガー!」

親父のしっぺ(ダークネスフィンガー)!」


……門の中では、鎌倉時代の言葉が現代語変換掛かるが、何故こんな事になった?

 俺も少量とはいえ、酒を飲んだからだな……。


「まあ、主と若殿の喧嘩乱闘(コミュニケーション)はいつもの事じゃから置いといて……」

「いつもの事なのですか?」

「酔うとああじゃな。

 余人には見せぬが、身内だけだとあんな感じじゃぞ。

 お主も身内と思われておるようじゃ、嬉しく思え」

(いや、それは別にどうでも良い)

 本気で殴ると危険だから、しっぺを打ち合う喧嘩乱闘(コミュニケーション)のようだが、あれ、なんか破壊力がハンパじゃないように見えるんだが……。


「さて、親子喧嘩(じゃれあい)は置いて、酒の事じゃが、甘口の方が良いと思うが、最初の一口に辛口を勧めても面白いと思う」

「両方って事ですね」

「両方とは言い難いな。

 辛口の方は、素面の内に出して味わって貰おう。

 酔って来たら、甘口で構わぬ。

 どうせ味など分からんようになるからな」

 そして藤十郎は声をひそめる。

「余りに上物だと、入手先を疑われる。

 たまたま素晴らしい上物が少量手に入ったから、鎌倉殿に味わって貰った。

 本当にたまたまだから、もう手に入らぬと言っておこう」

 という事で辛口の口当たりスッキリの酒は、最初のごく少量、盃に薄めに入れて味わって貰うとなった。

「まあ南都辺りの僧から貰ったという事にでもしようか」


 次に俺は酒に合った料理を出す。

 作るに当たって調べてみた。

 魚の干物が好まれていた、源頼朝も鮭の楚割(そやわり)、即ち鮭トバが好きだって事で、市販品のそれを出してみる。

 適度に硬い筈だ。

 だが

「うむ、このように柔らかく楚割(そやわり)を作るとは、かなりの腕前じゃ」

 と藤十郎が褒め、

「この辺りは海に近いようですね。

 都のように塩がきつくはありませんぬな。

 麿のように都育ちには少々物足りませぬが」

 と吉田民部は塩気の少なさを口にした。

 そして酒と合わせてみて

「このように甘口と言っても、甘過ぎぬ酒と共に食うなら、この方が良いやもしれぬ」

 と二人とも意見が一致したようだ。


 また、醤油は無かったが魚醤は既に存在していた。

 延喜式にも出て来るようだ。

 そこで里芋をしょっつるで味付けしたものを出してみる。

 鎌倉時代は、ジャガイモ、サツマイモはおろか、山芋の中で長芋や大和芋も無かったようだ。

 里芋か自然薯の二択となる。

 それで里芋の方、加工済みのものが売られているのでそれをしょっつるで煮たものを出したのだが、

「この味は知っておるが、ここまで柔らかいものは知らぬ。

 亮太殿の包丁や煮込みの腕は、天下一のものじゃ」

「左様。

 味付けが少々濃く、塩気が無いからまだまだ向上するでしょう。

 なれどこのように、柔らかき芋を見つける目利き、柔らかく煮込む腕は見事です。

 恐らく宮中にも中々おらぬでしょう」

 いや、俺の腕ではない。

 全てスーパーで買って来たものだ。

 食品メーカーの加工技術の賜物に過ぎない。


 俺が唯一まともに調理したのは、焼き魚くらいだ。

 イワシを買って来て、市販の粗塩をまぶして、ガスコンロで焼いただけだが。

 それでも

「焼き加減が中々のもの。

 それにしても、串に刺さずにこうまで上手く焼くとは、如何なる技法でしょうか?

 炭火より遠過ぎず、近過ぎずで焼かねば、こうは出来ませぬな。

 串に刺した物なれば、火加減を見て調整も出来ましょうが、串に刺さぬとなれば技が分かりませぬ」

 と京育ちの吉田民部が感心していた。

「わしは内臓(はらわた)の苦味も好きなのじゃが、これは抜いておるのぉ」

「わたを抜くは都の流儀。

 亮太殿は京の技法もご存知のようじゃ」

 内陸の京では、塩をきつめにした魚を陸路運搬して来る。

 この際に、傷みやすいはらわたは抜いたりする。

 長時間の輸送で塩が馴染んだ魚こそ、京の味と言えた。

 京下りの鎌倉殿には、京風であると喜ばれるだろう。


「亮太殿の腕前、実に見事。

 安心して任せられる。

 後は細かい部分を詰めよう」

「そうですな。

 此度は試食でしたゆえ、華やかな品はありませんでした。

 一品、是非とも見栄えのするものをお作りいただきたい」

 藤十郎も吉田民部も褒めてくれる。

 凄く複雑だ。


 どれもこれも、俺自身の腕には文句がついていて、文明の発展の結果の加工技術を俺の腕だと思って褒めているじゃないか!

 まあ、それでも頑張ってみるか……。

おまけ:

藤十郎「斯様に熟練の業の料理、鎌倉殿が包丁人として欲しがるやもしれぬな」

俺「鎌倉時代行きは全力でお断りします」

誰が白亜紀の海に、全裸で飛び込むような事をしたいものか!

藤十郎「では包丁人を見せてくれと言われたら、如何する?」

俺「流れの料理人だから、報酬を貰って次の現場に行った事にして下さい」

藤十郎「なるほど。

 ではテキトーな名前でも名乗って誤魔化そうかのお。

 なんという名にする?」

さて、味◯匠にしようか、坂◯慶太にしようか、暮◯助にしようか、いっその事、味◯陽一にするかな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >|最強のしっぺ《シャイニングフィンガー》! >|親父のしっぺ《ダークネスフィンガー》! wwww >さて、味◯匠にしようか、坂◯慶太にしようか、暮◯助…
[一言] 徳川〇の介でいいんじゃないかな(謎の将来の禍根)
[一言]  鯛の塩釜焼とかいかにも塩を沢山使いましったって感じですけど、鎌倉時代の人に出したらどうなるかなとか思いました。  そう言えばもしかすると、今と鎌倉時代だと塩の味すら違うのかも。
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