鎌倉殿のシェフ(前編)
六郎の引っ越しも終わり、一息ついた。
基本的にDQNの自爆待ち。
六郎は当主から
「お前は分別がある故、決してこちらが不利になる事をしてはならぬぞ」
と言われ、お任せあれと胸を張っていた。
(分別がある?)
祭りの日の喧嘩といい、かなり容赦の無い人間だと思うのだが、まあ自分から喧嘩を吹っ掛けないだけ理性的なのかもしれない。
暫くは平和であった。
まあその間に、俺は近所の人たちに根回しはしておく。
「あのDQN団地、うちの先祖たちがどうにかしてくれるみたいですよ」
「あら、そう。
助かるわぁ。
ガラが悪いし、変な人たちが居て迷惑だったもんねえ」
「泥棒も減るかしら」
「違法駐車とかも無くなればいいわねえ」
「物を集りに来るのもねえ」
まあ、DQN団地への不満が出るわ出るわ……。
うちの町のポンテタワーを清浄化出来るのであれば、多少の事は気にしないそうだ。
最近ではご老人方から話を聞いているせいか
「子孫のうちらには親切だしねえ」
「通りかかった時に会釈したら、凄く丁寧に返してくれたし」
「町の清掃日の時も、人数を出してくれたよね。
あの人たち、団地の人たちよりもずっと良い人よ」
と評判が良かった。
……そういえば聞いた事がある。
「ヤ」の付く特殊自営業の方も、近所づきあいはフレンドリーで、決して周辺住民に迷惑を掛けない生き方をするのが多いそうだ。
地域の行事には参加し、ゴミ拾いとかもする組長とか若頭もいるそうだ。
……それを以って、良い人と判断するのはどうかと思うが。
ご先祖の地域住民への親切さは、俺の犠牲の元に成り立っている。
俺が無理難題、とまではいかないが、色々と頼まれ仕事をこなしているから、温和で居られるのかもしれない。
そんな俺への依頼がまた入った。
「近々、この屋敷にて鎌倉殿を招いての酒宴を行う」
俺を呼び出した当主は、執事の藤十郎を介してではなく、珍しく直接俺に伝えて来た。
かつて六郎と喧嘩をした者たちを強制労働させて改造した新正門(旧裏門)の落成祝いだそうだ。
無論、労働者には何の褒美も無い。
引き続き重機で壊された正門の工事を行わせている。
下賤の者を労うより、鎌倉殿を招いて酒宴をする事が誇らしい。
そういう時代なのだ。
「さて、我が子孫たちより貰った酒は、実に妙味であった。
用意致せ」
例によって、答えは聞いていない。
引き受ける他の選択肢は無い。
「どれくらい必要ですか?」
結構な量であった。
鎌倉殿の他に、将軍に近侍する小侍所の武士たち。
これには鎌倉陰陽師という人たちも含まれる。
他にも弓馬の指南役、蹴鞠、管弦の名人なんかが居る。
結構な人数を招待するようだ。
一升瓶を結構買い込む事になるな、と思ったら、それを見透かしたように
「酒は甕に入れたものを出す。
あの妙な器は、決して見せてはならぬ」
と釘を刺して来た。
小侍所には北条の一門も加わっている。
北条は言わずと知れた鎌倉幕府の執権を出す家だ。
執権は度々、酒売買禁止令を出し、時には強硬手段で酒屋の甕を破壊して回った事もある。
酒の売買については目を光らせてている。
自宅で造るなら良いが、そうでないなら販売元を武力で潰しに行きかねない。
不思議な酒の容器を見せ、どこかから買ったものと疑われ、それをきっかけに色々調べられた挙句、この家だけが現代日本と繋がっている事を知られたくないそうだ。
「だったら将軍を招待しなければ良いのに」
と思うが、それはそれで不名誉な事のようだ。
また、秘密を知られたくないのに、あの美味い酒は是非振る舞って我が家の凄さを見せつけたい、という面倒臭い感情も持っている。
「あと、酒宴ゆえ酒だけではないぞ。
料理も振る舞うからな」
執事の藤十郎が補足した。
鎌倉時代の食事は基本一汁一菜。
山盛りのご飯に焼き魚を一品程度。
武士の場合は狩りで得た肉を食べたりもする。
汁は海産物系の塩汁とか、野菜を煮たそのままの甘い汁とかであった。
味噌汁に出来ない理由は、味噌の原型となった醤が固く、湯に中々溶けないからだ。
禅寺なんかではすり鉢を使って細かくし、湯に溶けやすく加工する。
大豆味噌でなく、米糠を使った糠味噌を使った汁は庶民でも飲んでいたりするが。
こういう一般的な食事とは別に、宴会用の料理が存在した。
「時に、其処元は料理は出来るのか?」
不意の質問に俺は
「まあ、ある程度は……」
と答えた。
どうせこの家のお抱え料理人が作るだろうから、単なる興味としての質問だと思ったのだ。
すると当主と執事は顔を見合わせ
「それは心強い。
では其方に料理を作って貰おう。
この地の材料ゆえ、使い慣れた者の方が良いじゃろうからな」
と、とんでもない事を言い出した。
料理は専門の調理師がいる訳ではない。
普段は雑色なり、女房衆(誰かの妻という意味ではなく女中に近い女性たち)が煮炊きしている。
そういう人たちを束ねるのが御台所様と呼ばれる正室であった。
賓客を招いての食事になると、場合によっては当主が自ら指示を出して作らせる事もある。
だから、正月の垸飯の儀等を任されるのは、かなり名誉な事でありその家の実力を世に示す事でもあったのだ。
如何に豪勢な料理、この場合は大量の米を出せるか。
品数を揃える事が出来るか。
凝った物を出す事が出来るか。
今回は正月の儀式とは違うが、鎌倉殿へ提供する料理だけに、この家のプライドが掛かっている。
「まずは試食だな。
わしらに出してみよ」
それは道理だ。
全面的に任されて、お前のせいで恥をかいたとか言われたらたまったものではない。
こちらは鎌倉時代の食事について何も分かっていないのだ。
そしてプロの料理人でも何でもない。
プロに頼むとしても、現代日本の料理を出して
「こんな食材、宗教的に食えるわけないだろ」
「甘過ぎる!」(当時は砂糖が無い)
「量が足りない!」
と不満噴出とかなって、食う側の鎌倉時代人、作って貰う側の現代日本の料理人の両方から不満を持たれてもたまらない。
まずは自分が叩き台になって、どんな感じになるかを試してみようか。
料理はプロではないが、するのは好きだからな。
面白いかもしれない。
「この時代は玄米ですよね。
それはこちらの米を使えますね?」
と尋ねた所、さらっととんでもない返事をされた。
「まあこちらの米を使っても良いが、鎌倉殿は京より参られた貴人じゃぞ。
京では白米が普通らしいから、坂東の強飯にしない方が良いな」
貴族用の料理かよ!
これは面倒な事になるかもしれない……。
とりあえずDQNだって毎日問題を起こす訳ではないので、奴等が何かするまで乗っ取り計画の方は動きません。
(料理編したかったメタ的な理由が一番ですが)




