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鎌倉時代人っぽくない人……?

 隣の武家屋敷に、今まで見た事が無い人が居た。

 平吉に呼ばれて武家屋敷に入ると、そこに僧侶が座っている。

 執事の藤十郎が

「当家の出家、慈悟殿じゃ。

 俗世に居た時は五郎殿であった」

 この家の兄弟の一人、五男坊だった人だな。

「慈悟と申す。

 此度は拙僧の我がままを聞いていただき、有り難く存じます」

(いや、何も頼まれていないのだが)

 名家の子息らしく、ナチュラルに「頼めばそれが叶う」と思っているように見える。

 そしてちょっとした違和感。

 それを察したように、慈悟という僧が

「わしは目が見えませぬ。

 それ故、幼くして寺に預けられ申した」

 と事情を話してくれた。


 かつて兄弟の一人、四郎が祈祷や薬湯の甲斐なく死んだ疫病。

 その時に五郎も罹患し、命は取り留めたものの失明してしまったのだという。

 それも手伝って当主は鎌倉の薬師や祈祷師を信用しなくなったようだ。


「こちらは弥勒菩薩の世と伺っております」

 未来を司るのが弥勒菩薩、僧侶だからそういう表現になったのだろう。

 解説して貰うまで、俺には理解出来ていなかったが。

「三郎兄上の命を救った優れた薬師が居られると聞きました」

 こう言うって事は医学について聞きたいのかな?

 そう思って

「医者に興味が有るんですか?」

 と聞いたが、違うそうだ。

「わしは目が見えませぬ故、弥勒の世がどう変わったのかは分かりませぬ。

 優れた薬師が居るという事が、病で光を失ったこの身には、どれ程の事なのか分かるのです。

 それ故、弥勒の世の変わりようを、この身で感じてみたいと思ったのです」

 そう言って、僧は懐から笛を取り出した。

「斯様な身になった後、慰みの為に笛等を吹いておりました。

 目は見えませぬが、音は聞こえます。

 音曲を感じる事は出来まする」


 一曲吹いて貰った。

 俺は音楽の技量について詳しい訳ではない。

 鎌倉時代の曲がどんななのかも知らず、音を外したとか、テンポが速いなんて評論も出来ない。

 ただ感じた事だが、所々荒っぽいものがある。

 感情が乗っているというか、自分の身の不幸への怒りや嘆きが加わっているというか。

 悲しい感じの曲調だけに、時々そんなものが伝わって来た。


 結局頼まれて、この坊さんを連れて現代日本を案内する事になる。

 俺に「断る」って選択肢は用意されていないし、どうにもならない。

 鎌倉時代人っぽくない、盲目の僧侶だから、世話を焼く雑色一人が付けられただけで身軽なものだ。

 刀も持っていないし、僧侶の服は香が炊き込められ、水で清めてから来たから臭いもしないし、普通に町を案内出来た。

 ただ、知りたいのが音楽だけに、それがちょっと困りものではあった。


「ああいう音楽を演奏している場所はどこだろう?」

 武家屋敷から出て、しっかり電波が届くから、尺八とか琴とかの教室を探す。

 見学の申込をして、そこまでタクシーで移動する。

 盲目の僧侶だけに、長距離歩かせるのも悪い。

 あちこちを見て回りたかった六郎と違い、目が見えないこの僧にはそんな楽しみもない。

 更に聞き慣れない自動車の音とか、町の喧騒が歩行を混乱させるかもしれない。

 そういう訳で、文明の利器を使わせて貰った。


 道すがら、身の上話も聞く。

 盲目となったから出家させられた、武士としては生きていけないから、身の上が立つよう仏門に入るのが良い、そういう理由だから自発的な行動ではなかった。

 自発的も何も、十歳に満たない内に決められた事で、逆らう事等出来なかった。

 仏教は勉強したが、到底偉い僧侶にはなれそうもない。

 それでも得度し、法名を貰う。

 そうしたら親から

「離れに住み、そこで一門の為に祈っていろ」

 と言われたそうだ。

 屋敷の敷地内に廬があり、そこで経文を唱えたり、笛や琵琶を奏でるだけの生活だった。

「経文は学んだ事じゃ。

 音曲は自ら求めたものじゃ。

 わしは音曲の方をもっと極めたい」


 そして日本の伝統的な楽器の教室に連れて行き、音楽を聞かせる。

 うんうんと頷いてはいるが、何か物足りなそうだ。

 最後の教室を出てから、俺は慈悟僧侶に聞いてみた。

「何か満足していない感じですが」

 そう言うと、僧侶は微笑みながら

「あな恥ずかしや。

 面相で斯様悟られるとは」

 と肯定する。

 何でも、こういう音楽は修行した比叡山や、連れて行かれた京、鎌倉でも聞いた事があるという。

 音楽だけは今も未来も変わってないのか、と少し残念だったそうだ。

(そういうジャンルを選んだのが間違いだったかな)


 ちょっと歩いてタクシー乗り場を探す。

 駅前にはタクシー乗り場があるから、そこを目指した。

 そして駅前では、ストリートミュージシャンが演奏をしている。


「これだ!」

 僧侶の表情が輝く。

「これはこの心の内に燻る情念を表現してくれる。

 このような音曲があったとは!

 これは余人には分からねど、わしには分かる。

 鬱屈、不満、憤怒、そういったものが形を変えて叩き付けられて来るわ!」

 俺は啞然とした。

 彼が求めていたのは、伝統的な音楽ではなく、現代日本人でも人を選ぶような音楽であった。

 世の中が変わった事をしっかりと感じる、それ以上の刺激を求めていたのだ。


(だからって、僧侶がデスメタルを「これだ!」って言うのはどうなんだろう?

 元々武士の出だからか?

 その血がデスメタルを求めるのか?

 現代でさえ、騒音にしか聞こえないから、駅員に追い出されているような音楽が良いのか?

 放送禁止用語を大声で喚きまくる音楽で良いのかぁぁぁ!!!)


 鎌倉時代人らしくない穏やかさの裏に、鎌倉時代人らしからぬ、或いは如何にも鎌倉武士らしいデスメタルを求める(ソウル)の僧侶であったYo。


……やがて慈悟僧侶は、こちらの世界で「DIE GO!(ディーゴー)」という芸名でデビューする事になる。

※:DIE GO!(ディー・ゴー)

ドイツ語読みで「Die」は冠詞(英語でいうtheとか)だが、

そのスペルを英語で読むなら「死ね(ダイ)」となる。

良いのか、坊主がそれで!


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― 新着の感想 ―
[一言] ドイツ?だったかのデスメタルの野外フェスでシャウトしてそうw
[気になる点] 後の破戒僧である?
[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >……やがて慈悟僧侶は、こちらの世界で(ネタバレ防止のため伏せる)。 ……れ、歴史の修正力の許容範囲だよね?(明後日の方向に目を背けつつ) …
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