漢(おとこ)は戦ってこそ分かり合える
「おら!
勝負だ、こら!」
またお隣の門前で大声を出している奴がいる。
見ると、以前六郎の街歩きの際に喧嘩売ろうとした不良少年であった。
その後、祭りの日に喧嘩となって小指を斬り落とされたのだが、手術で上手く繋いだようだ。
小指の所には痛々しく包帯が巻かれている。
それどころか、切り傷が生々しく、絆創膏をあちこちに貼っていた。
俺は見かねて声を掛ける。
「もうやめておきなよ。
理由は分からないけど、ここに住んでいるのはリアルな武士。
しかも鎌倉時代の人間で、戦国時代の武士よりも凶暴だから」
そう言うが、
「うっせーな!
関係ねーんだよ!
俺の問題なんだよ!」
と叫んで来る。
「皆ビビッて、尻捲って逃げやがったんだよ、情けねえ!
だけど俺は負けねえ!
ここで下がったら、俺は俺を許せねえんだ。
それくらいなら死んだ方がマシだ!」
こいつはこいつなりに覚悟を決めて来たようである。
そうしたら六郎が顔を見せる。
「天晴れなり。
えーと、誰ぞ?」
「名前言ってねえから分かんねえだろうが!
つーか、てめえ俺の事忘れたとは言わせねえぞ。
散々切っておきながら」
「相すまぬ。
忘れる以前に覚えておらぬ」
完全に相手にしていない。
だが、心意気だけは良しとして相手になってやる、そういう事だった。
「オッサン、あんた見届け人になってくれよ。
俺が死んだら、誰も俺がビビらずに戦ったって事が伝わらねえからよ」
「亮太殿、斯様申しておる。
聞き届け給え」
また巻き込まれたよ……。
「ちょ……リュウさん、なんでこんな所に来たんですか?」
雑色見習いにさせられた、以前腕を斬り落とされた不良少年が話し掛けた。
「無駄口を叩くな!」
と屈強な先輩雑色にぶっ叩かれる。
「お前こそなんだよ、なんでここで馬糞片付けてるんだよ」
「親父がここに喧嘩売って、負けて、このザマですよ。
マジでここはヤバいっス……」
リュウとか言う少年はそれを聞いて複雑な表情になったが、
「それでも俺は絶対に引かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ!」
自分に言い聞かせるように叫び、馬場に向かっていった。
それは悲壮な覚悟であっただろう。
「得物は?」
「要らねえ!
刃物とか使うから、この間みたいな目に遭ったんだ。
男だったら拳で勝負だ」
「拳でも、お前死ぬぞ」
「拳で負けて死ぬならそれでいい。
俺は負ける事より、逃げだす事の方が怖いんだ」
「うむ、良き覚悟。
では相撲で勝負じゃ」
「相撲かよ。
俺はボクシングやってんだぜ(通信教育でな)」
「なんでもいい。
いくぞ!」
六郎はいきなり拳で右斜め殴り上げを撃ち込む。
(相撲じゃねえじゃんか!)
顎を撃ち抜かれ、目の前に星がチラつく。
「こんにゃろう!」
左でジャブを打つが、六郎は避けずに頭で受けた。
そう、頭で防御ではなく、頭突きで拳の方を破壊しに来たのだ。
ジャブを受けながらも突進し、肝臓打ちで体の「く」の字に折ると、リュウという少年のまわしを……掴めない、まわしなんか締めていないのだから。
それでも相手のベルトを抱え持って、投げ落とす。
そのまま寝技に持ち込む。
だが六郎は寝技はそれ程得意ではないようだ。
すぐに体格の良いリュウにひっくり返され、逆にマウントを取られる。
家人たちが「ほお」と感心した声を挙げた。
六郎は更にそれをひっくり返し、再び上を取る。
それを繰り返す内に、誰かが
「それまで。
立って戦うべし」
と言って水入りとなった。
その後はほぼ一方的な展開に。
リュウのパンチは当たるが、ほぼノーダメージ。
蹴りは当たらず、逆に足を取られて転ばされる。
投げ技に至っては、六郎の腰を浮かせる事も出来ない。
それでも何度でも立ち上がり、挑みかかっていく。
小一時間程ボコボコにされ続ける。
そしてついに立てなくなった。
「ちくしょう……、まだ負けてねえ、負けてねえからな。
俺は生きている限り挑み続けてやるよ、
それが嫌だったら、今ここで俺を殺せよ」
「分かった」
そう答えると六郎はリュウの髪を掴み、短刀を抜く。
殺した?
いや、髪を切り落としただけだった。
「何の真似だよ。
恥でもかかせたつもりか?」
まだ生意気な事を言うリュウに六郎は笑って
「お主は今死んだ。
わしが殺した。
その証として髻の代わりに髪を取った。
後は、お主わしに仕えよ。
気に入った」
「は?
何言ってんだ?」
「わしの郎党になれと申しておる。
わしの傍で合戦に出て、わしの傍で討死せよ。
お主はむしろ坂東の方が合っておるじゃろう」
「勝手な事を……」
「答えは聞いておらぬ。
これは命令じゃ。
違反は許さぬ」
「……一つ条件がある」
「何じゃ?」
「俺はあんたと戦い続ける。
このまま負けた形になるのは許せねえ。
相撲で良い。
実質的に総合格闘技だったしな。
それで何度でも挑み続けるが、良いか?」
「寧ろ望む所!
やはりお主はわしが見込んだ程の者じゃ。
逆にお主の方こそ、敵わぬと諦めるなよ」
なんか戦闘狂同士相通じるものがあったようだ。
「いいの?
こっちの世界、スマホも通じないし、テレビも見られないぞ」
俺は聞いてみたが、リュウという少年は
「別にいい。
なんか今住んでる方が合わねえ感じなんだよ。
門を通ってから、こっちの方が俺の本来の世界な気がしてならねえ。
どうせお袋は俺が居なくなったって、厄介者が消えたって思うだけだろうしな。
未練は無え」
そう、何か憑き物でも落ちたような表情で答えた。
腫れたボコボコにされた顔ながら。
「よお申した!
戦があれば共に暴れようぞ。
えーと、何て言ったかのお?」
「あんたの部下になったんだから、名前くらい覚えろ!」
何だかんだで名(迷)コンビになるかもしれない……。
おまけ:
この蛮族とDQNの主従関係成立からしばらく経っての事である。
やけにとび職とか不良少年とかが隣の屋敷に入っていた。
「一体何を?」
聞くと一連の喧嘩騒動で関係した者を全部捕まえ、壊れた正門の修理と、鎌倉時代側に通じる裏門を正門と同じにする改修工事を行わせているようだ。
「どうやって?」
「夜討ちを掛けて、連れて参った」
(誘拐同然かよ……)
「ですが、こんな素人では役に立たないのでは?」
俺がそう聞くと、藤十郎は肉食獣の笑いをしながら答えた。
「役に立たねば殺す。
だから役に立つように必死になる。
人間死ぬと思えば、何でも出来るぞ。
殺されないと思うから、ナメた事するのだ。
逃散した百姓も、悪法師(僧兵)どもも殺されぬと思うから好き勝手にするのよ」
どう見ても恐怖政治でした、ありがとうございます……。




