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日本国憲法適用外

 警察官が現れた。

 役所の職員が現れた。

 役所の職員は話をしたそうにこちらをじっと見ている。

 話しかけますか?


→はい

 いいえ


 これは「はい」しかないだろう。

 大体用件の見当はついている。


「すみません。

 もしかして、この屋敷の事で何か聞きたいんじゃないですか?」

 俺はその職員と警察官に声を掛けた。

「はい、その通りです。

 失礼ですが、お名前と住所をお伺いしても……」

 俺は姓名と、隣に住んでいる事を話し、身分証明書も見せた。

 役所の職員は、この屋敷が出現する前に発生した、結構大きい地震の被害について確認する為、町内を見回っていたのだった。

 すると見た事が無い家が在った。

 入ろうとしたら、薙刀で追い返されたというのだ。


 鎌倉時代において、いや武士の時代において、急な訪問というのはあり得ない。

 主人が客を招き入れるならともかく、見ず知らずの人間が門内に入るのは、不法入国のようなものだ。

 それが許されるのは、正月の獅子舞とか猿回しといった門付芸人くらいのものである。

 事情が分からないまま謎の人間を通したとあれば、家人は主人によって打ち首にされるだろう。


「そう言った事情で、警察官にも来て貰ったのですが、丁度貴方がこの家から出て来たのでお話しを聞けるかどうか、迷っていたところです。

 何せ、貴方もこの家の方ならば、斬りかかって来られるかもしれませんし、用心していまして……」

 なんと、俺も鎌倉武士と同類と見られていたようだ。

 れっきとした現代人なんだけどなあ……。


 とりあえず俺は事情を説明した。

 信じていない、何をおかしな事を言っているんだ? って目で見ている。

 無理もない。

 俺だってこの目で見ていなければ疑うだろう。

 とりあえず俺は再度屋敷に出向き、門番に

「執事の藤十郎様に取次願いたい。

 これなるはこの地の官人である」

 と伝える。

 一回客として出迎えた俺に対しては、門番も礼儀正しく接してくれた。


 そして許可が出た為、屋敷の中に通された。

「君、済まないけど着いて来て貰えませんか?

 ちょっと普通じゃないようですから……」

 普通じゃないのに一般市民を巻き込むのか! ……とツッコミたかったが、事情が事情だけに同行する事を門番に伝え、取り計らって貰った。


「当家執事の藤十郎でござる。

 して、其の方たちは?」

 さっきと違い、目がかなり厳しい。

 控えている武士も、わざとらしく刀の鍔を鳴らしている。

 職員と警察官はそれぞれ氏名と官職名を名乗る。

 通じない。

 そりゃ「地域課」とか「生活安全課」とか言われたって通用しない。

 だが「佐々木」と「三浦」という苗字に鎌倉武士は反応した。

「そこもとは近江の佐々木殿、相模の三浦殿の縁者か?」

 藤十郎の質問に職員と警察官は答えられない。

 なにせ「佐々木」も「三浦」も今の時代はありふれた苗字なのだ。

 旧町民みたいに「うちの先祖は……」と言い合っていない限り、どういう出自なのか知らないまま、由緒ある苗字を使っている者も多いのだ。


「あの……いいですか?

 この辺の管轄に、地元出身の人居ませんか?

 もしかしたら、こちらの子孫になるかもしれませんし」

 得体の知れない者には冷たい鎌倉武士。

 埒が明かないと思って話してみたら、なんと警察署長がそうらしい。

 急ぎ来て貰う事にした。


「はい……言ってる意味が分からないってのは十分に分かります。

 非常事態なんです。

 お願いします。

 このままではどうにもならないんです……」

 携帯電話で警察署に事情を説明している。

どうも電波が通じない、すぐ隣の俺の家では4Gどころか5Gですらあるのにここはアンテナが立たない。

 仕方なく門の方に行くと、どうやら電波が通じる。

 そこでその警官は電話を掛けた。

 誰も居ないのに、ペコペコ頭を下げながら話しているのを遠くから見て、執事の藤十郎は

「あれは何か?

 気でも触れたのか?」

 と俺に聞いて来る。

 控えの武士たちも、明らかに「おかしい奴」を見る目になっていた。

「あれは……未来に作られた道具でして、例えば鎌倉から京に居る人と会わずに話が出来るものです」

「そのようなものが有る訳ないだろう」

「狼煙を使えば、離れていても情報を伝えられますよね」

「飲み込んだ!」

 鎌倉時代でも理解出来る物に例えれば、なんとか話は通じる。


 そしてパトカーに乗って警察署長が来て、また同じようなやり取りを行い、やっと事態が伝わった。

「理解出来ました。

 なるほどねえ……。

 この門から内側は現代日本じゃないんだねえ……」

 丁度現代日本では雨が降っている。

 しかし、築地より内側の屋敷では晴れた空が見えている。

 門から一歩外に出れば、また雨天だ。

 何よりも、署長は屋敷上空を朱鷺が数羽飛んでいるのを見て、現代日本とは違う場所だという事を理解した。

 そうと分かれば、署長は遠い先祖に対する態度に変わる。

 この署長、流石にその地位に上るだけあって知識は結構あるようだった。


「こちらの亮太君から聞かれたように、今この屋敷は数百年後の世界と繋がっております。

 そちらの世と、未来では法律が違います。

 そちらでも、執権殿が式目を作る前と後では違いましょう?」

「うむ、そうじゃな」

「なので、余計な面倒事にならないよう、元の時代に戻るまで門を閉じて貰えませんか?」

 この言葉に武士たちは激高した。

「おのれ!

 我等を咎人のように扱うか!」

 そう、門を閉じろなんていうのは侮辱なのだ。

 明確に「閉門」「蟄居」が刑罰となるのは江戸時代からである。

 しかし鎌倉時代にも「謹慎」はある。

 源義経も梶原景時も謹慎させられた。

 門を開けるのも閉じるのも勝手である。

 それなのに強制的に門を閉じろとは何事か!

 一気に殺気立ってしまった。


「署長、謝った方が良いですよ。

 謝れば子孫ですし、許してくれるかもしれません」

 俺の言葉に、警察署長は素直に応じた。

 彼にもヤバい空気は感じ取れている。

「しかし、どうしましょう?

 もしこちらの方に何かあったら、歴史が変わりますよ」

 面倒事を避けたい理由にそれがある。

 こちらの氏族は、嫡流はともかく、子孫たちは結構活躍しているのだ。

 総理大臣や高名な軍人、世界的な科学者もいるとか。

 ここで何か有って歴史が変わったら大変だ。


 警察署長は一回この屋敷を辞する事にした。

 すぐに結論は出ない。

 一回持ち帰って決める事にするようだ。


 結論から言えば、「門より内側は鎌倉時代だから、日本国憲法もその他法律も適用範囲外」と決まる。

 別に選挙権とか必要ないし、この調子なら泥棒に入られても自力救済するだろう。

 現代日本の公的サービスは必要無い。

 だから、この屋敷より鎌倉時代側で何かが起きても、日本国は一切関わり合わない。

 逆に門から一歩でも外に出れば、それは現代日本の法で裁かれる。

 門の内側で殺人事件が起きても、それは鎌倉時代の法、御成敗式目で裁かれる。

 一方門の外側で武士が人を斬れば、それは殺人罪なり傷害罪なりで裁かれる。

 そういう事で現代日本と鎌倉武士との間で協定が結ばれた。

 実際に門内を訪れ、裏門から出て鎌倉時代である事を確認した法律家に聞いたところ

「鎌倉時代の人間に、急に数百年後の法律を守らせるとか、法の遡及適用って言っていいんですかね?

 そんな感じです。

 実際そこに現代社会とは違う世界があるわけですし。

 まあ、大使館とかと同じ治外法権で良いんじゃないですか。

 ただ、現代日本(こちら)に出て来たなら、それは日本国憲法の範囲内って事で」

 という事だ。


 かくして俺の隣に日本国憲法適用外の地域が出現し、その旨は回覧板で通知される。

 しかし、こういう風に決定される前に、既に現代日本とのトラブルは発生していたのであった。

第3話を22時に投下します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん、電波が繋がらない中でSNSやテレビによる情報発信ができない以上どこまで信用されるか…。 後日マスコミが庭に飾られていないことを祈る。
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