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病気なら病気で厄介な鎌倉武士

 PCR検査を済ませ、俺は病院の応接室に入った。

 同行した藤十郎は、PCR検査を嫌がっていたが

「病は口や鼻より入るものです。

 自分たちのそこに病が潜んでいないか調べるのです」

 と伝えると、何となく納得はしてくれた。

 合理的判断の部分もあると、俺はその時は思ったのだが……。


「結論から言うと、最近の流行病ではありませんでした」

 医師より説明を受ける。

 ホッと安心する俺。

 鎌倉時代に現代の伝染病の感染爆発(パンデミック)なんて、シャレにならな過ぎるからだ。

 医師は続ける。

「そうですねえ、病気なのは病気ですよ。

 ごくありふれたものではありますが、体質とか衛生状態のせいか、重篤になっています。

 数日入院が必要ですね」

 すると付き添いの太郎と藤十郎が慌て出した。

 彼等の頭の中で、「入院=寺に入れる」と変換されたのだ。

 院とは元々の意味が「高い垣に囲まれた大きな建築物」。

 転じて寺院となり、またそういった建物で政治を行う上皇や法皇の政庁をそう呼んだ。

 よって「入院」は「寺院に入れる」即ち「出家か?」となった。

 病人を出家させるというのは、治る見込みが無い場合である。

 せめて死ぬ前に出家させ、仏の下に往生させようという事だ。

「いや、違いますから」

「治りますから、安心して下さい」

「出家とかありませんから」

 散々に説明して何とか落ち着かせたが、

「一度、御当主にお伝えして参る。

 若はこのまま三郎様の側に居られよ」

 と言って藤十郎は病院を飛び出して行った。

 まあ報告・連絡・相談は重要だよなあ。


「事情は知っています。

 その上で聞きますが、助けて問題無いんでしょうかね」

 医師がそんな事を聞く。

「医師としては、目の前の病人を救うのは当然の事です。

 あの患者は絶対に助けます。

 ですが、医師という立場から離れたら疑問が発生したのですよ。

 もしもあの患者が、歴史上はこの病気を原因に死亡しているならば、治療する事で歴史を変えてしまいませんかね?」


 そう、これは環境保護とか貴重な動物の保護活動でもついて回る問題である。

 人間が自然に対して手を出さない、それが鉄則である。

 つまり、自然界で天敵に襲われて捕食されかけている保護対象を、助けるのは有りか無しか。

 自然に発生した火災とか土砂崩れでの地形変化に対し、手を差し伸べて良いのか。

 観察に徹するのが正しい在り方と考えられるが……。


 俺は「未来が原因で死ぬべきでない人物を死なせる」歴史改編ばかりに頭がいっていたが、その逆の「未来が原因で死ぬべき人物を死なせなかった」歴史改編もあるのだと、今気づいてしまった。

 色々考えたが、もうそれは歴史の修正力っていうのがあるなら、それに任せたい。

 多少の差異は吸収してくれると、願っている。

 流石に鎌倉時代に現代の流行病発生で、当時の人口の半数が死亡とかになれば、修正力なんて無理っぽいから、それを防ぐ為に動いたのは責められる事ではないと思う。

 あと、流行りの病気でなくて良かったとも言える。

 全然隔離に従いそうもない「鎌倉武士クラスター」なんて、ゾッとするではないか。


 甘かった。

 確かに疫病関係での隔離とかクラスターとかは考えなくて良く、そっちでは安心出来る。

 しかし、やはり鎌倉時代の人間にとって病気は一大事である。

 俺が知らない所で、あいつらは色々とやらかしていた。


「我等一族郎党、三郎が快癒の為に為すべきを為すぞ!」

「おおー!」

 当主の呼びかけで、屋敷に詰める者たちが動き出す。

「又三郎」

「はっ」

「この地の寺社仏閣の在り処を伝えい!」

 以前、六郎の護衛で現代日本を歩き回った又三郎が、この町の寺社を伝える。

「よし、これより加持祈祷を申し入れる。

 願文を書き、寄進の品を渡す故、届けて参れ」

 担当が割り振られ、家人たちが寺社に走っていく。

 病気で相談されたのが昼頃、そこから救急隊員を中に入れる際にすったもんだがあり、病院に搬送されて検査、そして呼び出されて説明を受け、そこから屋敷に帰還。

 帰還して当主に報告、そこから一族郎党が呼び出された。

 結果、もう夜となっている。

 既に営業時間が過ぎている寺社には大いに迷惑であった。

 門を開けて自由参拝の場所は良い。

 門を閉じている場合は、大声で

「お頼み申す! お頼み申す!」

 と騒いで近所迷惑なのだ。


 神社は自由に参拝出来るものの、既に宮司とかは近くに在る自宅に戻って不在であった。

 すると鎌倉時代人、神社には付き物の水場を探し、桶なり柄杓なりを見つけると

「当社の神よ、若殿を加護し給え」

 と水垢離を始めたのだ。

 これ、結構迷惑行為である。

 勝手にそんな事してはいけないのだ、特に寒い時期は。

 神社で死人なんか出されたらたまったものではない。

 やるなら申請を出し、責任者が見守る中で行うものだ。

 更に現代日本において、一般公開されている中、上半身裸になって水を被るなんてちょっとした犯罪行為。

 またも警察を呼ばれる事になる。


 更に迷惑行為は続く。

 一族の者たちが病院に押し掛け、お経を唱え始めたのだ。

 彼等にしたら、御仏の加護を受ける為の行為で、快癒を願ってのものである。

 しかし葬式仏教しか知らない現代人にしたら、病院でお経とか縁起でもないのだ。

 他の患者が不快になっているから帰れと言っても、それで帰るような連中ではない。

 快癒を願って何が悪いかと激高する有り様。

 こちらも警察が出て来る事になる。


 鎌倉時代人の合理的判断は、即ち科学的な判断ではない。

 医師の説明は理解する。

 しかし、人間の生死を超越的な存在に委ねている彼等は、諦める時はスパッと諦めるが、そうでない限りはそれに縋る。

 助かる見込みがあるのなら、神仏に頼むのが彼等の合理的判断であった。

 その上で、他人の迷惑なんて顧みないだけであって……。


「早く治って下さいよ。

 貴方が快復すれば全て解決するんですから」

 点滴治療と、酸素吸入をしている三郎に、医師と説明に来た警察署長が溜息を吐きながらそう告げていた。

※偉い人が住んだり、座ったり、政治を行う場所による呼び方

御殿=お殿様

館/屋形=お屋形様

寺院=院

(きざはし)の下=陛下

殿舎の下=殿下

閣(貴人の住む所)=閣下

猊(仏の例え)の(もと)=猊下

(つぼね)(個室)=お局様


他にも個別で、淀城に住む淀殿とか、春日山城の二の丸(中城)に住んだ御中城様とかがある。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >俺は「未来が原因で死ぬべきでない人物を死なせる」歴史改編ばかりに頭がいっていたが、その逆の「未来が原因で死ぬべき人物を死なせなかった」歴史改編もあるのだと、今気づいてしまった。 >色々考…
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