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鎌倉武士の談判ってこんな感じ

「そちにも立場はあろうに、斯様な場を設けてもらい、相すまぬな」

 鎌倉武士の当主はそう言って、子孫にあたる警察署長に頭を下げた。

 もう一人、執事ではない別の同行者も同様に頭を下げる。

(意外に礼儀正しい)

 そう思ったのだが、これは交渉術の始まりである。

「当家の式目は門の内より。

 門の外はこちらの式目に従う約定を交わした。

 わしもよう覚えておる。

 よう覚えておるとも」

「ありがとうございます。

 そう言って貰えれば話が早いです」

 署長は安心し、今どのような状態にあるかを話し出した。

 要は現在の刑法他各種の法律では様々な部分に引っ掛かるという事だ。


・人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。(刑法第204条)

・左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

 二、正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、

 又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者

 (軽犯罪法1条2号)

・決闘を行った者は、2年以上5年以下の懲役(決闘罪ニ関スル件第2条)

・刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物の携帯の禁止(銃砲刀剣類所持等取締法第4章)


 当主と随行の男は黙って聞いている。




「ところで、御当主と一緒に警察に入って行った人、誰なんですか?

 服装が皆さんと違いますが」

 俺は執事の藤十郎に質問した。

「吉田民部殿が事か?」

「吉田民部さんですね……」

「左様。

 京下りの公家で、当家の文書や年貢の事等一切を頼んでおる」

 要するに、インテリヤクザに仕える弁護士って所であろう。

 鎌倉時代の上級武士は、色んな場所に大小様々な所領を持っている。

 また公家に仕えるという形式で、その荘園の管理役「庄司」に任じられる者もいる。

 更に鎌倉殿からの任命で、地頭職に就く者もいる。

 そんな土地と領民、税の管理を脳ミソ筋肉な連中では上手く出来ない。

 そこで京で出世の見込みが無い下級公家をスカウトして、自家の法務・税務・財務を任せる武家もあったりする。

 公家の方も、武家を見下してはいるが、一族の者がそうして武家に仕え、ちょっとした領地でも得られたら助かるのだ。

 一族間の絆を使い、荘園領主と揉めた時に仲介に入り、解決後に礼なんかを貰えれば良い。

 大荘園を持ち、武家の助け無しでも豪勢な暮らしが出来る藤原摂関家や、久我とか土御門といった源氏の有力者等とは違い、下級の公家にはそういうコネクションが大事なのである。

 従って、結構有能な者が東下りするという。




「さて、署長と申されましたな。

 其方の言い分、良う分かり申した。

 されど当方にも言い分が御座いまする。

 お聞きあれ」

 署内では吉田民部という下級公家が反論を開始した。

「正当な理由」に対し

「金棒や刀を先に見せたはあちらであり、当方では無いと聞き及びまする。

 そこはお調べありや?」

「無論。

 先に威嚇をしたのは少年側と聞いています」

「お聞き致すが、当家の者が神妙にしていたなら、その者どもは何もせんとお思いや?」

「いや……きっと殴って来たでしょうね」

「なれば、正当な理由にて刃傷に及び候。

 如何に?」

(まあ、正当防衛については異存は無いんだが……)

 問題は、「刀を持ち出して、相手に重傷を負わせた」過剰防衛になる。

 対相手との問題では「やり過ぎか、否か」。

 普遍的な問題としては「武器の不法所持」。


「それは当家の者のみの罪過なりや?」

「いいえ。

 相手の少年たちも武器を持って、攻撃に及んでますので、同罪となります」

「承った。

 なれば処罰は双方に及び申そうな?」

「はい」


 吉田民部は当主に耳打ちする。

 当主は頷いて、こう告げた。

「一々もっともなり。

 又五郎には腹を召すよう申しつける」

「へ?

 切腹?

 は?

 そこまでは……」

「当方が腹を切る以上、相手の者どもも相応の処罰となろうな?」

「いや、武器の不法所持は死刑にはなりませんよ」

「こちらは腹を切らせると申しておるのじゃ!」

「だから、そこまでは必要ありません」

「相手にも腹を切らせよ!」

(これは厄介な事になった……)


 こちらが過酷な刑を受けるのだから、相手にも同じだけの処罰をせよ。

 後に「差し腹」と呼ばれる「こちらが腹を切るのだから、お前も腹を切れ」という両成敗法である。

 これを受けなければ、武士は面目を失い、もう生きていけなくなる。

 当然、これを防ぐには相手に腹を切らせないようケアしなければならない。

「武器の所持、携帯は科料です。

 罰金ですので、それでお願いします」

「良かろう。

 なれば、これで良いか?」

 そう言って当主は、懐に入れていた仏像を取り出す。

「現物ではちょっと……」

 と言いかけた時、署長と同席していた警察官が耳打ちする。

(あれは文化財レベルの代物ですよ)


 科料として少ないどころか、扱いにすら困るレベルの高額の品であった。

「いや、今払って頂いても……」

「御仏では不足じゃと申すか?」

「いえ……」

「署長、これは保釈金だと思えば……」

「そうだな。

 うん、そういう事にしよう……」


 かくして起訴後に正式な罰金を払う事。

 既に払っているから、警察から差分は返金となるが……。

 過剰防衛で相手が起訴したなら、それに絶対に応じる事。

 それらを約束した上で、又五郎は釈放しようか。


「又五郎は放免じゃな」

「起訴されたら出頭して下さいね」




~~~~~~~~~~

【御成敗式目第三十五条】

「一、雖給度々召文不參上科事

  右就訴状遣召文事及三箇度 猶不參決者 訴人有理者 直可被裁許 訴人無理者 又可給他人也 

  但至所從牛馬并雜物等者 任員數被糺返 可被付寺社修理也」


訳:三回呼び出しても裁判に来なかったら、相手の勝訴にする。

 呼び出しに応じなかった被告は、それに応じた額の寺社の修理を行う。

~~~~~~~~~~




「良かろう。

 召し文が来たら、又五郎を出させる。

 それで良いな」

 かくして又五郎は解放された。


 署の前では気勢を挙げる鎌倉武士たち。

 その様子を見て、その武士の子孫である警察署長は深いため息を吐いた。

「源頼朝が鎌倉から動かなかった理由が分かった気がする。

 動けなかったんだなあ。

 こんな面倒臭く、理詰めだったり、強引だったり、様々な要求をして来る相手を処理するのは大変だよなあ……」


 先祖たちの祝宴に付き合わされ、その後改めて警察署に呼び出された俺は、両方から交渉の経過を聞かされた。

 片方からは誇らしげに、もう片方からは心底疲れたって感じで……。

補足:

警察というか現代側には「迂闊な事をして歴史を変えられない」という縛り設定があります。

だから余り法でガチガチにもいけません。

まあ警察は捕まえて起訴するまでが仕事で、刑を確定するのは裁判所の仕事になりますけどね。

(殺人ではなく過剰防衛ですし、保釈金払って、逃亡の恐れが無ければ釈放しますかね)

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― 新着の感想 ―
[一言] 鎌倉人、気質的に現代日本人よりもアメリカ人の弁護士とかと気が合いそうな気がする。 西部劇とか「風と共に去りぬ」の映画みせたら大喜びするんじゃないか? 
[良い点] 最終的には力こそ全てよ…… [一言] 暴力、暴力は全てを解決する(ぐるぐる目)
[良い点] 前話といい今話といい、古語の台詞や古文書の引用に現代語訳がついているのは、高校時代の古文がいつも赤点スレスレだった自分には本当にありがたいです。 古語を解するのはカッコ良いと思います! …
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