爆弾魔VS鎌倉武士
番外編です。
あくまでも本編は終わっているので、武家屋敷が消える前の過去編って感じです。
本編よりはマイルドです。
鎌倉時代に選挙というものは存在しない。
政治をするには
・朝廷から官位を貰う
・治天の君の側近になる
・推挙されて三位以上の公卿の政所に詰める
・偉い奴をぶっ殺してその座に自分が座る
のどれかであろう。
最後のやり方が分かりやすいのだが、最近(御成敗式目制定以降)では逆に討たれかねない。
「北条(時政)殿も、執権殿(北条義時)も、それより前は頼朝公も平相国も、目の上のたん瘤を自分で倒してその座に就いたのではないか。
なんで今はダメなのか」
と不満はあるが、北条泰時以降の北条一門はとりあえずまともな政治をしている為、あれに代わって自分たちがもっと上手くやれる自信は無かった。
だから大人しく従っているが、北条一門の政治が失敗を繰り返すようなら、いつでも倒してやろうという気分は残っている。
失敗したから北条を倒して頭を挿げ替えてやれ、この意識は後に足利尊氏を担いでの討幕という形になって現れる。
まあその後、足利の治世も思ったようなもので無かった為
「ああ、これなら北条の……、鎌倉殿の世の方が良かったなあ」
と思って、室町幕府や足利の鎌倉府に反乱を起こす大名が相次ぐ関東になるのだが、その話は今回は置いておく。
「亮太殿、あの騒々しいの何事ぞ?」
たまたま選挙活動を見ていた、農村山林を奪って支配している鎌倉武士の六男坊が聞いて来た。
この日、六郎は実家に顔を出しに来たのだが、その道すがら街宣車を見たようだ。
「あれは選挙と言って、国の政治をする人を決めるものですが」
俺がそう説明すると、六郎は目を輝かせながら
「合戦をするのか?」
と聞いて来る。
鎌倉武士は合戦が好きである。
鎌倉に合戦の噂が流れると、遠くから駆けつけて来て、由比ヶ浜とかに陣を敷いて待機する。
義理からそうする人も居るが、多くは手柄を立てて恩賞を貰う為にやって来て
「どちらに味方するか?
そんなの決まってる。
勝てそうなほうだ!」
という計算高い野獣っぷりを見せる。
だから、21世紀の現代であっても、合戦があるなら是非とも参戦したいのである。
これは早急に誤解を解かないと。
曖昧にしていれば、勝手に国会議事堂周辺に郎党率いて着陣しかねない。
税金を納めている現代の日本国民の、18歳以上が投票、昔風に言うなら入れ札を行い、書かれた名前が多かった者が政治家として活動する、そう説明した。
六郎はつまらなそうな表情になる。
そして質問して来た。
「民、百姓奴に政治等分かるものなのか?
只管甘やかす事を申す者に靡くだけではなかろうか?」
彼等の時代、教養というものは随分と偏っていた。
公家や僧侶、神職にある者は物を能く識っている。
しかし百姓たちは政治に関する事は無知だ。
武士だってそんな感じであり、京都で公家の元での仕事をして来た者は、田舎暮らしの武士よりも遥かに色々と知識を得ていて、評判としては比較にならない。
どんなに負担が大きくても、京都大番役は勤めた方がメリットが大きい。
そんな時代の武士だけに、民百姓の入れ札による政治家決定について、意味不明だと感じている。
俺は口を開きかけて、やっぱり止めた。
実際は、甘い事を言う政治家に票を入れるよりも、もっと質が悪くなっている。
誰でも良いから投票しない、或いは誰でも良いから面白い奴に票を入れ、そいつが議会に一回も参加しないとかやらかすと騒ぎ出したりする。
まあ色々有るのだが、それらを語ると現代は鎌倉時代より退化していると思われそうで、悔しかった。
六郎は教養は余り無く、考えるより先に手が出るタイプだが、頭は悪くない。
「無駄な入れ札も、それを取り仕切る者の方が真の政治を為す者であろうな。
これが仮に神籤であっても同じ事。
左様行うと決め、籤に誰を入れるか決める者こそ偉いのよ」
とか言ってやがった。
六郎曰く、治天の君とか太閤とか大御所とか、表で政治をさせる者を取っ替え引っ替え動かす者こそ本物で、肝はそいつらとどう縁を持つか、だそうで。
そして、御簾内にも居ない、身分の低い政治家(鎌倉的常識に基づく)でも見てみたいと、選挙演説を見に連れて行く事になった。
例によって、俺に拒否権は無い。
ただ、昨今の諸事情により、俺たちは近くで演説は聞けないだろう。
政治家の身の安全の為にセキュリティチェックがされるのだが、六郎も従者も帯刀している訳だし……。
そんなこんなで遠巻きに演説を聞いていたのだが、六郎たちは途中から違う方を見ていた。
そして視線の先に動いて行くと、いきなり一人の若者を問答無用で殴り倒す。
刀が折れたら最終手段で肉体を使う為、武士の肉体は相当に強い。
そいつは顎が砕かれる一撃をいきなり食らい、持っていた金属パイプを落とす。
それは爆弾だったようで、瞬時にそうだと判断したSPが駆けつけて、爆発しても被害を出さないように何かでそれを覆った。
その辺りは騒然となるが、演説会そのものは何事も無く終わる。
六郎がそいつを攻撃したのは、殺気を感じたからだった。
(だからって、いきなり攻撃するのか?)
とも思ったが、こいつらはこういうタイプである。
戦国時代の武士なら、怪しんだらまず声を掛ける。
鎌倉時代の性質を受け継いだ薩摩の武士とかは、確かに怪しんだら先に手を出す。
それが誤チェストなら仕方ないと片付ける。
リアルな鎌倉武士は、怪しいと頭で結論を出した時には、もうそいつは片付けられている。
攻撃する、ではない、攻撃した、なのだ。
爆弾テロを事前に食い止めた事をSPや警察から称賛される六郎。
(こいつが「官位が三位にも届かぬ布衣、諸大夫」とか馬鹿にしていた現代の政治家を守るとかあるのか?)
俺は疑問に思った。
六郎は言う。
「この者、わしが引き取る。
良いな!」
未遂犯であり、爆発物を持ち歩いていた以外の罪は無い。
危険物なら、こいつを叩きのめした奴の方が、よほど危険な物を佩いている。
警察は面倒な事にならないよう、犯人の引き取りを認めた。
鎌倉武士なんて特殊自営業と余り変わらない。
問答無用でいきなり叩きのめしたとか、政治家を守る為の善行ではなく、何か揉め事でも抱えていたからだろう。
では当事者同士で解決して貰い、この件は無かった事にするようだ。
政治家の演説を狙った爆弾テロとか、出来れば広まらない方が良い、模倣犯を出さない為にも。
こうしてお持ち帰りされた爆弾魔は、武家屋敷内で酷い目に遭う。
正直、警察に逮捕されて事情聴取された方がマシだったろう。
話せるまで回復した爆弾魔が、自分の政治的な主張をしようとしたら
「誰が喋って良いと言った?」
と薙刀の柄で殴打されまくる。
一言言おうとする度に暴行するのに
「其の方、如何にしてあの者を殺す気であった?」
と質問して来る。
「話して良いのは、『然り』と『御意』だけじゃ」
とか言ってるけど、それじゃ爆弾とは何なのかの説明出来んわ!
喋る体力さえ残っていない爆弾魔、よく見ると俺より若い兄ちゃんじゃないか……、そいつに代わって俺が説明をする。
爆弾についてある程度理解した六郎は、顔が変形する程殴られ、呼吸困難になる程腹を痛めつけられたそいつに、六郎は語りかける。
「やって貰いたい奴が居る。
当家が関わっていると知れたら中々に面倒でな。
其方が代わりにやれ。
良いか、『然り』か『御意』しか答えは聞かぬからな」
おい、ちょっと待て!
鎌倉時代で誰を爆殺する気だ?
歴史が変わるんじゃないのか?
六郎は笑っているだけで、それ以上何も言わなかった。
おまけ:
問:結局誰を殺す気なんですか?
六郎「誰かは言えぬが、とある坊主じゃな。
坊主を殺すと祟られると言うしな。
爆弾とやらで死ねば、刃傷でもないし、天罰とか仏罰とかで片付くじゃろう。
当家は礼節を弁えた家じゃから、近江の佐々木殿のように表立って坊主は殺せぬのよ」
※近江佐々木家は比叡山延暦寺と戦い、延暦寺側に死者、神鏡も割られるとかやってます。
先に押し寄せて来たのは延暦寺側だけど、僧兵に被害が出たから、朝廷に佐々木家を処罰するよう訴えたりしてます。
こんな感じでも、御成敗式目の北条泰時は
「僧侶を殺したりしないように」
って方針だったので、迂闊には手を出せないようで。
明日17時にもアップします。




