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星を観よう

 隣の鎌倉武士の末息子、八郎は出家して学問を究めたいと思っている。

 どうにも武士向きの性格ではあるが、本人が学問をしたいと言っている以上仕方ない。

 そんな彼は、十歳にも満たない子供なので、小学校に通っている。

 隣の鎌倉武士の中では一番現代社会に溶け込んでいると言えた。


 八郎が学びたいのは「天文暦学」である。

 これは二つの分野に分かれた学問だ。

 後半の二文字「暦学」は、はっきり言えば数学である。

 閏月の計算、日食・月食が起こる日の計算、その他星の運行について計算を行う。

 それを漢数字で行っているから複雑に見える。

 太陽暦なら必要無いだろとか言ってはならない。

 当時の農業とかに結びついた「時」こそ暦なのだから。

 もう一つの分野は、その計算の元データとなる「天文」つまり観測であった。

 小学校の理科室で天体望遠鏡を見た八郎は、それについても調べ始める。

 なにせ「天文」の上で、これ程便利で正確なものは無いだろう。

 平安時代の天文博士は、基本肉眼観測なのだ。

 東西南北、天体の高度はどうにかしているが、時間はいい加減、三等星以下の星は年老いると見えなくなる、等機械観測でない問題があった。

 これでよく暦が作れるな、と思う。

 その他に天文学は占星術である。

 占星術と暦学は少し結びついている。

 人々の生活習慣の基準にするのだ。

 田植えはいつ頃、今年は雨が多いか少ないかを、占って農業に役立てる。

 更には、現代なら非科学的とされるが、星の動きで戦乱や凶事を予測する。

 まあ流石に、北斗七星の横に輝く蒼星が頭上に輝く時その者は死が近いとか、世が乱れる時に天狼星シリウスが北斗を導くとか、そういうのは荒唐無稽だ。

 月や日輪の見え方、虹が掛かっているように見えるとかは上空の水蒸気とかで説明がつくが、彗星が見えたから疫病が流行るとかは心象で語っているに過ぎない。

 その他に、宿曜に惑星が入ったとかで吉凶を見る。

 星図と星図に無い星とを見比べて、色々と予測する。

 とにかく目が大事なのだ。

 だから赤道儀付きの望遠鏡なんてのは、喉から手が出る程欲しい器具である。

 これは北極星を中心に回転させて目的の星を追う。

 平安時代の天文官が肉眼でしている事を、架台を使って行うのだ。

 ただ、それが分かるのもある程度の知識が必要である。

 単純に星を観るだけなら、横回転と高さ調整の経緯台式望遠鏡の方が使いやすい。

 六郎は

「星をはっきり見られるのも良いが、この高さと方位がはっきり分かる台座が更に良い」

 なんて言っている。


「しかし、惑星が五個以上有るとは知らなかった。

 天王星、海王星というのも観てみたい」

 この辺は小学生の教科書で学んだようだ。

「いいかい?」

 俺は釘を刺さずにはいられない。

「売ってる望遠鏡で天王星や海王星を観ても、ただの点にしか見えないからね」

「分かっておる。

 輪もよく目を凝らさねば見えぬのだろう?」

「……天王星の輪を望遠鏡と肉眼で見られる訳ないな」

「いや、教科書ではハッキリ縦に描かれておったぞ」

 あれ、実は誤解を招くと思う。

 見えるもんじゃないぞ、あの輪。


「それにしても、こんな街中ではろくに星は見えないぞ」

 以前行った雪山で見た星空は実に美しかった。

 どんなに観測装置が良くても、空が澄んだ場所、光害が無い場所には勝てない。

「わし等の世に持っていけば、よく見えようぞ」

 確かに以前、それをやった人が居るけど、ちゃんと持ち帰って来たし、オーパーツを鎌倉時代に持っていくのは止めよう。


「いや、これは役に立つから持ち帰るつもりぞ」

 そう言って、玩具の天体望遠鏡を手に、実家である武家屋敷の門を潜る。

 そこは鎌倉時代なので、現代よりは夜空が美しい。

 そこでまず、玩具の望遠鏡を使ってみてから、本格的な天体望遠鏡を買うのようだ。

「それを鎌倉時代に持ち込むのはちょっと……。

 有ってはならない物が存在したら、歴史が変わるのでは?」

 と言う俺に、八郎はやれやれという仕草をする。

「其方たちはタイムパラドックスを気にするが、より人が助かるのなら、それは許されるのではないか?」

 鎌倉時代人の中で一番理解している者が、そんな事を言い出した。

「いや、有り得ないものが存在すれば、歴史が変わってしまうから……」

「その事を考えたのじゃが、わし等の世の仏像やら刀やらは、こちらの世ではもう作れぬものもあるそうじゃ。

 未来に残らぬ匠の業もある。

 なれば、こちらの文物や知識が持ち込まれても問題無いのではないか?」

「後世に伝わり、影響するかもしれないじゃないか」

「わしは思うたのじゃが、死ぬべきでない人が死ぬ、死ぬべき者が生き残る、という改変をすれば歴史は変わるじゃろう。

 然れど、物程度ならばいずれ収まるべき未来に収まるのではないか?

 だらしのない先祖の人生を変えに未来よりやって来た、ネズミが嫌いな青狸も申しておったぞ」

 一理は有るが、別な漫画の主人公曰く

「本来別な人と結婚する筈だったのに、運命を変えられた女の子にはサイテー」

 だったりして、影響無い訳じゃないんだぞ。

 まあ望遠鏡に関しては、鎌倉時代に持っていって、素晴らしい道具だと理解したとしても、正しく焦点するレンズや反射鏡、筐体を回転させる歯車ギア、ガタ付かない脚やマウントを作るだけの技術的蓄積が無い為、国家の総力を挙げても複製出来ないだろうから、いずれ壊れて使われなくなるだろう。

 同様に持って帰りたいと言っている温度計に水銀気圧計なんかも、ガラスを作る技術、密閉する技術の足りなさで複製困難だ。

 天文博士ではないが、暦を作るのに関わる陰陽師は天気予報もするから、八郎としては本職にはしないが、気象学も会得したい。

「わしは森羅万象あらゆる物を見たいのじゃ。

 あらゆる天変地異を予測したい」

 と言った後、西の空を見つめる。

 そして深刻な表情で、ずっと空を見つめていた。

「どうした?

 まさか、今既に天変地異の予兆とか言わないだろうね?」

 そう言って八郎が見ていた方を見ると、明るい光がおかしな動きをしている。

「あれは、国際宇宙ステーションかな?

 それならああいう動きも……」

「いや、あれは金星じゃ」

 そう言って屋敷の門から出て再び現代日本に戻る。

「こちらでは宵の明星は動いておらぬ。

 屋敷内からだけ、星が動いて見える。

 おかしい、何か悪い事が起こらねば良いが……」

 八郎は眉を顰めながらそう言っていた。

 俺も確信は持てないものの、かなりの不気味さを感じていた。

古代オリエントの天文学は、色々凄いと思います。

古代ギリシャのヒッパルコスは歳差運動を見つけてますし、肉眼だけでよく分かるな、と。

ただしトゴン族の天文学関係の神話は、あれは違うと思ってます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 金星の位置が……といえば、「戦国自衛隊」の映画を思い出しますね(古い
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