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鬼の正体

「ねえ、八郎君。

 鬼って君の時代にも居るの?」

 小学校に通う鎌倉武士の子・八郎が友達からそんな質問を受けた。

 八郎は

「居るよ」

 と答える。

「え!

 本当?

 見た事あるの?」

 周囲は興味津々だ。

「うん、うちもこの前、青い目の鬼を雇ったな」

 そう答えた為、周囲は一気に白けた。

 確かにあいつ、性格的にも、大柄な体躯も、鬼と呼ばれるに相応しい奴ではあるが。

「それって外人さんじゃん」

「うん、人外さんだね」

 外道坊、酷い言われようだ。

 どっかの漫画で、酒呑童子は「イワン・シュテンドルフという白人だった」なんてネタがあったけど、外国人を見て「鬼」と言ったのはあるだろう。

 主に江戸時代で、平安から鎌倉時代に白人の海賊が日本付近にやって来てはいないだろうけど。

(そして幕末に鬼と言われたのは日本人の井伊直弼(赤鬼)と間部詮勝(青鬼)だったし)


「じゃあ、本当は鬼なんて居ないんだ」

 そう言われた八郎は、少し考えて

「僕は見た事無いよ。

 頭に角が生えた、あんなのはね。

 でも、鬼と呼ばれた人たちは居たね」

 そう答えた。

「なんだ、つまんねーの。

 呼吸とかで斬ってみたかったのに」

 と子供たちが残念がる。


 ここは俺の家の隣の武家屋敷。

 武士が見たいと、八郎の仲間たちが遊びに来ていた。

 流石の鎌倉武士たちも、危険性が無い子供たちには殺気を向けない。

 墓石よりも小さい子供は、合戦の後も殺さない習慣があるようだ。

 ……甲斐武田家とか近江佐々木家とか、例外もあるけど。

 とりあえず隣の鎌倉武士は、元服前の子供は一人前でないから殺さないタイプである。

 なので、子供が遊びに来ているが、危険は無い。

 危険が無いだけで歓迎はしてなく、俺に

「八郎殿と仲が良いのだから、子供の面倒を見て欲しい」

 と丸投げして来たのだ。


 子供たちの話に戻る。

「大江山の酒呑童子や茨木童子はどうか知らぬ。

 土蜘蛛とかいうのは、まつろわぬ民だったと聞く。

 帝の威光に従わず、穴に籠りて抗する者ども……。

 あ、ごめん、難しい言い回ししちゃった。

 土蜘蛛っていう奴らが居たんだけど、そいつらは妖怪とか鬼じゃなくて、政府に従わない人たちだったみたい」

 実家に居るせいか、現代の小学生への擬態にボロが出る八郎。

 口調が元に戻ったりする。


「なんじゃ、鬼について話しておるのか」

 六郎がやって来て腰を下ろした。

「あー……六郎殿、貴方の勉強は……」

 俺がそう聞いたら、六郎はキッとこちらを睨む。

 嫡男としての勉強から逃げてはいないが、しばらくは抜け出したようだな。

「鬼等と申すモノ、大概は稚児を躾ける為の作り話じゃが、中には本物も居ろうよ」

 と言い出し、子供たちが再び目を輝かせた。

「兄上、見た事でも有りましょうや?」

「有る」

 八郎は実存主義者なので、伝聞だけなら信じない。

 六郎も似たようなものだが、彼は鬼を見たという。

「正しくは鬼に憑かれた、或いは鬼になり掛けの者じゃ。

 何の事も無き百姓が、口より涎を垂らしながら、唸り声を上げ、他者を襲って来るのよ。

 鬼になり切れず、多くの者はすぐに死ぬ。

 なれど鬼は人から人へと乗り移るようで、鬼成りに噛まれた者が数年を経て、鬼に成ろうとするようじゃ」

 子供たちは「へー」という表情で真剣に聞いているが、俺と八郎は期せずして同じ感想を持った。

(それって、狂犬病の症状じゃないのか?)

 祈祷師が狐憑きやら鬼成りやら判定するようだけど、錯乱とか心神喪失とかそういうのを含め、オカルト的なモノによる仕業として処理したようだね。


「面白き話をしておるのぉ」

 胡散臭い譲念和尚がやって来た。

 こいつ現実主義者ではあるが、同時に方便と称してテキトーな事を言うから、眉に唾つけていないと騙されそうだ。

「叔父上はご存知で?」

「うむ。

 鬼とは地獄に居る者とされる。

 わしは死んだ事は無いから見た事も無い。

 そしてこの世に於いても鬼を見た事は無い」

 案外真面目な事を言う。

 だが

「見た事は無いが、恐らく居るのは確かじゃ。

 鬼とは形無きモノ。

 この世で活動するには依代が必要。

 人が上手く操れば、式鬼しきとして使役出来るが、乗り移られた人は正気を失い、鬼に成るのよ。

 京ではしばしば流行り病で多くの者が死んだ。

 鬼が現れ、己れの器を探したのやも知れぬ。

 多くの者は鬼に成れずに命を落とすも、中には鬼の気に入る器も有った。

 流行り病の後には、鬼が現れ人を攫い、喰らったと言う」

 流行病をオカルト的に解釈すればそうなるだろう。

 ウイルスなんか概念すら無い時代は、鬼の仕業という事になる。

 そして生き残りながらも生活基盤を失った人が、山賊と化すだけでなく、人里に下りて襲撃を繰り返し「鬼」と呼ばれるようになる。

 坊さんは話を続ける。

「そのような鬼は、武士もののふが退治したものじゃ。

 なれど鬼は目に見えぬモノ。

 この世の鬼は全て、地獄の鬼が依代を使って暴れた者であり、幾ら器を壊しても鬼は死なぬ」

 だから武士には鬼を斬る技や武器が必要とされたそうだ。

「我等には、大地を斬る技、水の波を斬る技を極めた者が習得する、目に見えぬモノを斬る技が有る。

 それは心の技ゆえ、狼狽えていては使えぬし、目で見える物に囚われては使えぬのよ。

 息を整え、気をしっかりとせねばならぬ」

 まーた胡散臭い話を始めたよ。

 どこのア◯゛ン流刀殺法だよ。

 だが子供たちは興奮する。

「水の呼吸だ!」

「やっぱり全集中しないとダメなんだ!」

 譲念の法螺話、もしかしたら本当に信じている? その話は続く。

「あとは弦打つるうちと言って、弓を引いて、その弦を鳴らす鬼に限らず邪気を祓う技もある。

 清めの音を使うのじゃ」

 それはどこの仮面ラ◯ダー?

 そして、それは鬼が使ってなかったか?

「清めの音って、どんなものなんですか?」

 子供たちが目をキラキラさせながら質問する。

「邪悪なモノは水に触れると波を出す。

 それを打ち消す波をこちらも出さねばならぬ。

 その力は、お天道様のものと同じなのじゃ」

 それ、吸血鬼を倒す技じゃないのか?


 鬼斬りの太刀とか、弦打とか平安時代には確かにやってたんだよな。

 あながち嘘を言っていると断じられない。

 ともあれ、子供たちは興奮し、感動して帰っていった。


「で、どこまで本当なんですか?

 どこまで信じてるんですか?」

 俺はホラ吹き坊主を問い詰める。

「どこまでも何も、全てじゃぞ」

 シレッと答えるクソ坊主。

「以前、仏なんて心が見せてるもので、実存しないとか言ってましたよね。

 鬼だってそうでしょ」

 と詰るが、流石は屁理屈が上手い僧侶、こう返された。

「御仏に縋って修行する者と、鬼を恐れる衆生では違う。

 御仏を見たと言って思い上がる者には、その幻想を打ち砕かねばならぬ。

 然れど、鬼を恐れる者に効果を否定して如何する。

 鬼を祓えると信じ、その安堵された心が病や迷いを断てるなら、それは真理なのじゃ。

 理屈は分からずとも、それで良いなら、それは正しい事なのじゃ。

 他にもっと良い方法があるなら良いが、我等の世に存在しない以上、鬼祓いは我等には真実、それで良かろう」

 鎌倉武士……ではなく臨済宗の坊主は、こういう実利主義プラグマティズムな面が有るなあ、と感じたのだった。

おまけ:

坊さんのプラグマティズムに関しては、江戸時代の僧侶・鈴木正三辺りを参考にしました。

別な思想であっても「使えるなら薬になる」てなもの。

幽霊とか妖怪の類を全く信じてないのに、民衆に求められるから除霊してやって

「それで喜んで、安心して暮らせるなら良いか」

という逸話もどこかで読んだので。

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― 新着の感想 ―
[一言] タコは哺乳類だモーン!(挨拶 人間分からないものは怖いですからねえ アフリカの方への支援なんかは呪術師に話を通してからだとすんなりなんて話もあるし 形を与えると安心するし、対策とされる物も…
[一言] 弦打て襲ってきた鬼が弓の音を聞いて逃げた事が由来かな? と思ってる。 狙われると考えるのが自然かな。
[一言] 「しつこい。お前たちは本当にしつこい。飽き飽きする」 「口を開けば親の仇、子の仇、兄弟の仇と馬鹿の一つ覚え」 「鬼狩りは異常者の集まり」 とあるラスボスのセリフですが……なるほど、どこかの…
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