とりあえず現代の基準で物事を語るな
隣の武家屋敷に入った、八郎が通う小学校の校長、担任、そして市の教育長は緊張していた。
俺の助言通り、米俵と樽酒と鮭トバの束を贈呈した事でかなり和らいだものの、基本的には殺気に満ちた空間なのである。
武士たちは別に彼等を殺そうとは思っていない。
しかし人殺しの経験者が持つ空気と、貢ぎ物を貰ったとはいえ見ず知らずの者が居て、何かあった時には即応しようとしている。
(そういえば、初期は俺もこんな感じで緊張したなあ)
俺はなんか知らんが「未来衆首座」なので、ほぼ家族のように接してくれる。
……家族=都合よく使える手駒でもあるのだが。
校長と教育長が当主と挨拶を交わす。
これでとりあえずの礼儀は尽くしたので、以降はこの者が語りますという事で担任が小学校での八郎についての話をする。
要は、鎌倉武士から見て下っ端がいきなり話し掛けたら無礼者なのだが、一回上司が「この者が話します」と言えば問題無いのだ。
まあ合戦とかの緊急時はその手間を省くが。
八郎の学校生活は優等生であり、初期には編入生によく見られるイジメのようなものも見えたが、どうも返り討ちにしたようで、以降は平穏に過ごしている。
それどころか特定の分野では天才的な頭脳を見せている。
このまま正式に小学校に通わせ、やがては中学、高校へと進学させませんか? というのが家庭訪問の意図であった。
当主は複雑な表情となった。
「あれは出家する身ぞ」
「そんなに早く進路を決めなくても……」
「家の事に口を挟むな!」
担任の失言に対し、怒鳴りつける当主。
その殺気に押され担任は青くなった。
だがすぐに柔和な表情に戻り
「出家は八郎が意思でもある。
あれは継ぐべき所領も無く、婚儀もさせぬ。
なれば僧となり、仏法を学ぶ事が八郎の為にも良き事じゃ。
もう決まった事よ」
と珍しくきっちりと説明をした。
後で聞いたのだが、実は「八郎君は頭も良く、このまま勉強をしていれば大成します」と褒められた事が父としても嬉しかったようだ。
側室の子の末弟であり、扱いとしては最低ランクでも、我が子が褒められればやはり嬉しい。
八郎の事は
「学校くらいは勝手に致せ」
で終わった。
教育費と給食費が掛かる事に一瞬難色を示すが、そこは面目が第一の武士、ケチだとは思われたくないから表情を元に戻す。
そして一ヶ月で一万円未満という事を聞き、それがどれくらいの価値に相当するかを俺に聞いて来たので説明したら、
「良かろう、その程度で済むのであれば」
と支払いをする事を決める。
ちなみに今までは、給食費を払っていなかったので昼食は食べていない。
教材が必要な授業は見ているだけだった。
八郎の件は置いて、教育長が気になった事がいくつかある。
八郎以外にも子供は多数いるのだ。
まずは中学生くらいの兄・七郎。
末子の末姫の上に姉がいるが、この子も中学生と小学低学年くらい。
更に郎党の子に雑色の子も居て、彼等は既に働いている。
雑色の子が、当主の子の子守をしていたりもする。
馬の世話をしている子供たちも居た。
(これは、この境遇から救ってやらないと)
と教育長は無駄な仏心を出してしまう。
ただ、当主の前では余計な事は言えないようだ。
怖いらしい。
当主が居ない場所で、子供たちに接触を図った。
八郎について「出家は本人の意思」と言われたからには、逆に他の子供に学校へ行く意思があれば良いと思ったのだ。
まず現在なら中学生の七郎に聞いてみる。
「学校に行ってみないかい?」
「行かぬ」
「どうして?
勉強をすれば色んな可能性が広がるよ」
「異な事を申す。
わしは兄上が跡を継いだら、それを支えるのみよ」
「それは君が弟だから?」
「当たり前じゃ」
「そんな考えはやめよう。
君は予備じゃないんだ!
兄の方が豪華なベッドで眠れるとか、兄の方がソーセージが一本多かったとか、そういうのには不満を持って良いんだ!」
「????
何を言っておるか分からぬが、とりあえず申しておく。
兄より優れた弟は居ない。
わしはそれで良いと思うておる。
それに、じゃ。
わしは座学は嫌いなのじゃ!!
今だって所領を治める為のあれこれを教えられ……。
これ以上は頭が保たん!」
七郎はある意味首尾一貫していた。
七郎は学校通いを拒否する。
これが弘文院だろうが、勧学院だろうが、学館院だからが、足利学校だろうが、七郎は拒んだだろう。
教育長は仕方なく、七郎の姉に当たる女性を説得しようとする。
だが、鎌倉時代において良家の女子に面会等出来ない。
どうにか話せるが、衝立を挟んで顔を見せず、乳母が間に入っての交渉となった。
(便宜上、乳母を介した部分は省略する)
「勉強しませんか?」
「私は兄上の喪が明けたら、嫁ぐのです。
どうして学問が必要でしょうか?」
彼女はとっくに婚約済みで、性交渉可能な年頃まで実家で育てられていただけだ。
教育長は憤慨し
「早婚なんてダメです。
女性の権利、女児の権利はあるのです。
しきたりに囚われてはいけません。
信条、宗派、人種、宗教、ジェンダーによる偏見を拒絶しましょう!
あらゆる子どもの輝ける未来の為に、学校と教育はあるのです。
教育以外に解決策はありません。
教育こそ最優先です。
さあ、頑張ってノーベル平和賞を目指しましょう!」
熱く語るも、当主の娘には全く響いていない。
奥に下がると、男衆の太刀を持って来た。
「どうも言葉の端々に女子は弱いものと思っておられるようですな。
私は八郎がやっているような学問は望んでいないのです。
家の事を知り、御台所として時には家を束ねる力が有れば、他は余計な事なのです。
それが気に入らないのなら、よろしい、ならば戦争だ。
私に勝てたなら、貴方の言い分を認めましょう。
実に簡単な解決法です」
物凄く脳筋な発言だが、主張は間違っていない。
女性が弱いから学問をさせられないのではない。
武家の正室となるのは、時に当主代行を務めるだけの能力を必要とする。
公家の正室、或いは側室となるのも、家の為の政治的な事情の為だ。
求められるスキルが違うのだから、現代の学校なんかに通っている暇は無い。
それを分かってくれないなら、そもそも女性は可哀想なものと勘違いしているなら、実力で認めさせるしか無い。
坂東の女子は馬(猛獣)に乗るし、弓を射る者も居る。
「さあ、どちらの主張が正しいか、戦ってみましょう」
教育長は圧に押されて、スゴスゴと引き返す。
そして俺に
「ここ、どうなってるんですか?」
と聞いて来た。
話に聞いていた八郎と、姉や兄は全く違う思考回路だ。
俺は溜息混じりに答える。
「八郎が例外なんです。
八郎を基準に考えないように。
あれでも父親の客だから気を使ってたんですよ。
普段なら貴方、斬られるか矢を射られるかですから。」
八郎をサンプルにして、鎌倉時代に現代の価値観が通じると思わんでくれ!
おまけ:
弟を焚き付ける、室町時代なら効果あったんですけどね。
或いは、身内同士の殺し合いで有名な河内源氏か。
あと、鎌倉時代は女性の地頭とか居るし、強い女性は強いでしょう。
(女性の地頭もあの御成敗式目でやっちゃダメと規定されてる事をやってると思うと、女性も強くてDQNの可能性高し)




