お寺を建てるのも面倒だ
現代と接続された武家屋敷に住む鎌倉武士たち。
そこと契約した弁護士は非常に忙しかった。
反社勢力を叩き潰した事で、その息子(親の事業とは無関係)から民事訴訟で訴えられ、その対応を行っていた。
相手にしたら、何故かストップが掛かって刑事で訴えられない為、その分民事できっちり戦うつもりらしい。
方針としては、鎌倉武士からの何らかの名目の金を、慰謝料というものに名を変えて支払う事で一致していたが、相手にしたら「親の命をこの程度のはした金」でなる。
一方の鎌倉武士の六郎からしたら、正当な武力行使をしたと思っているのだから、莫大な金は払う気が無い。
慰謝料だとしたら、そもそも払う必要すら認めていない。
大体、金を持っているのは俺の隣に住んでいる当主たちであり、独立採算で山村経営をさせられている六郎自身は大した金を持っていない。
だから弁護士は調整が面倒臭い中奔走している。
そしてこの顧問弁護士は、もう一個難題を抱えている。
それは六郎が治める山村に寺を建てる件である。
この地に造った六郎の屋敷も、ぶっちゃけ建築基準法違反ではあるが、事業者に頼らずに自分たちで建てた事、火災には配慮して山や隣家……といっても1km程離れているが……に延焼の可能性が無い事、電気もガスも水道も一切公共のインフラを使用していない事、景観条例にも引っ掛からない事から、プレハブ小屋とかと同じ扱いで黙認となっていた。
だが、寺となると違う。
宗教が関わる為、各種手続きをしないとならない。
……その前に、住職となる慈悟の意思を確認していないのだが……。
その慈悟は天台宗の僧侶である。
だが、現代の宗教法人「天台宗」や「天台宗教学振興事業団」とは関わりが無い。
一応、天台宗総本山比叡山延暦寺とは関わりがあるが、それは七百年も前の事。
その為、宗教法人として寺を建てる前の手続きで、所属宗教団体による承認を必要とするのだが、これを貰う為に鎌倉時代の延暦寺に行かないとならないのだ。
あの延暦寺である。
僧兵が朝廷を脅している延暦寺である。
行ってられるか!
鎌倉時代には新幹線も高速道路も無いのだから、行くには徒歩か馬かしか無い。
更に当時の延暦寺にその話をしても、何の事か分からないだろう。
「宗教法人」なんて概念が無いのだから。
そして、他の者に「未来の日本に行く事が出来る」なんて知られたくはないのだ。
俺たちからしたら、過去と未来が入り交ざってタイムパラドックスが起こるのが恐ろしい。
鎌倉武士の当主からしたら、安物を違う時代に持って行けば莫大な富を得る「交易」の正体を知られたくない。
両者の思惑から、鎌倉時代の延暦寺に承認を取るのは止めにした。
「となると……現代の延暦寺しか無いよな……」
建立時から現代までの出家、修行者リストがあればそれを使えるかもしれない。
宗教法人の届け出は文化庁なので、散々文化財関係では世話になっている知念氏を頼って、延暦寺に話をつけて貰う事とした。
どういう裏技を使ったか教えてくれなかったが、ようやくそれはクリア出来た。
代わりに仏像を一個持って行かれたが。
まあ鎌倉時代の延暦寺を相手にしたら、仏像一個では済まなかった可能性が高い。
なお、法人化しないというのは論外だそうだ。
「折角無税になるのに、それをしない虚けが居ろうか!」
との事で、弁護士は六郎に「説明するんじゃなかった……」と後悔している。
宗教法人格を持たずとも宗教活動は出来るのだから。
まあ鎌倉武士の事だ、名目上の戸籍人であるユキさんとか亀男とかに言って、所有する土地を寄進という形で寺のものにし、脱税を考えているのは容易に想像が付く。
色々あって、やっと法人格の取得に成功した。
そして寺の建立となるが、ここで見栄っ張りな鎌倉武士の血が騒ぐ。
「五重の塔を置きたい」
「山門には慶派の像を並べたい」
「蓮華王院のような三十三間堂を造りたい」
この相談を俺にして来た事で、俺は山村で寺を造る計画がどこまで進んでいたかを知ったのだが……
六郎よ、あんた自身は大した金を持っていないのだろ?
そんな寺院を造るには、藤原摂関家全盛期並の財力が必要だろ?
人手はどうにかなるにしても、まず無理だろ。
ただ、それをストレートに言うと怒るから、知念さんとまた話を擦り合わせて、可能なレベルに落とし込む。
知念さんも
「あんな山奥に、国宝と同じような建築物を造る気なのか?」
と呆れていたが、一方で彼は
「最近の寺のようなコンクリートのそれっぽい建物じゃ満足しないだろうしな」
と理解もしていた。
……あんた、ぶっちゃけ可能なら造らせたいんだろ。
とりあえず本堂は三十三間堂を模したものとし、五重の塔ではなく多宝塔とし、山門には現代の彫刻家による像を置く事で納得させる。
余り大きな寺としたら、あんたの兄貴が手に負えなくなるから。
「先日掘り出した即身仏もしっかり安置しないと」
ボソッと俺がそう言うと、知念氏は目を丸くして
「は?
即身仏?
そんな話は聞いていないぞ」
と驚いていた。
これもこれで、扱いが面倒なもののようだ。
なにせ、教義上生きているとか何とか言っても、生物学的には死体な訳だし。
知念氏と顧問弁護士で、各方面に何やら手続きをしていたよ。
こうして様々な問題を乗り越え、漸く着工となる。
この段階まで進んでから、やっと慈悟僧侶に話がいった。
というか、なんで伝達役が俺なんだよ……。
「文句は多々あるでしょうが、貴方の家で決めた事なんで」
俺がそう言うと、慈悟は意外な反応。
「分かりました。
丁度今住んでいる場所は、近々建て替えるそうなので、退去せねばなりませぬ。
渡りに船です、従いまする」
そう言った後
「なれど!」
と条件を付けて来た。
それは音楽の練習が出来る施設を用意しろ、との事だった。
それが聞き入れられないなら、逐電すると。
メッセンジャー役の俺が、当主及び六郎にその話をすると
「では、そのように取り計らえ」
となった。
かくして寂れた山村には似つかわしくない、多宝塔とか通し矢が可能なものと、音楽ホールを持った寺院が造られ始めた。
おまけ:
音楽ホール付きの宗教施設だと、神田明神ホールとか地蔵院とかあるみたいですね。
デスメタルとか火吹きOKかは知らんけど。




