鎌倉武士の離婚裁定
鎌倉武士とヤの付く自営業は、似ているようでかなり違う。
暴力や蛮性を武器にしている所は同じだ。
独自のルールで生きている事も同じである。
しかし決定的に違う部分、それは自営業の人たちは非合法なのに対し、武士たちは様々な過程を経て、公的に人民を支配する事を認められた存在である事だ。
こうなるまでが長かった。
源頼朝という政治家が、自分を討伐しようとした院の失策に付け込んだりして、土地の管理権を公式に取得、その権限下で守護とか地頭とかいう存在を朝廷にも公式に認めさせた。
だから「有力者の土地の現地管理人」という曖昧な立場ではなく、統治機構の一部に組み込まれながらも、確かな支配者となる事が出来たのである。
……だから御成敗式目が必要であった。
統治者としてのルールを持たねば、「悪政? 何か問題でも?」という政治をしかねない。
恣意的な運用をさせない為に明文化し、少しずつでも統治者の責任を持たせたのだ。
という事情はあるのだが、その辺を曖昧にしか理解していない人から見れば、鎌倉武士も指定何とか団も同じようなものである。
だから、上手く利用して厄介事を片付けようという者も出て来た。
その男は離婚問題で大いに拗れていた。
正確には離婚は成立し、財産分与をしたのだが、それが惜しくなったから取り戻したい。
その為に鎌倉武士を利用とした。
取次役は俺なのだが、どうにも胡散臭いものを感じて拒否する。
すると、繁華街で飲んでいた譲念和尚に上手く取り入り、別れた妻に渡した財産を取り戻せないかと依頼して来たのだ。
「で、引き受けたんですか?」
相変わらず茶を飲みに家に出入りする坊さんに聞いてみた。
「うむ。
面白そうじゃったからな」
このクソ坊主は……。
「やめておいた方が良いですよ。
別れた奥さんの悪口を言いまくって、ろくな奴じゃないですよ」
「そういうお主も、彼の者の悪口を言っておるではないか」
俺は返す言葉が無い。
譲念和尚はカカと笑い
「まあ、お主の見る目は信じておる。
だが頼まれた以上は関わってみるつもりじゃ。
そして、如何に怪しげな者とは言え、一方のみの言い分を聞いて判断するのは良くなかろう」
いや、凄い正論だ。
そんな正論を聞けるとは思ってもみなかった。
とりあえず依頼承諾と答えると、相手は喜んだ。
そして馴れ馴れしく接して来ている。
御しやすいと思っているのか?
まあ窓口がそのクソ坊主だからな。
直接武士と接触したら、そんな態度だと無礼討ちされるぞ。
無礼討ちならまだ理由があるか。
「その態度が気に食わぬ」
という感情で殺される危険性もある。
そして武士を派遣して、別れた妻とやらも確保した。
本当、この辺りヤの人たちとやり方が変わらんよな。
ただ、相手の女性が素直にやって来た事を見るに、どこか違和感がある。
そして武家屋敷で、当主立ち合いの下で審理が行われる。
明治時代より前は統一した裁判所とかは無いも同然で、領土内起こった揉め事は領主が裁く事を許されている。
御家人同士の揉め事や、御家人と領家の揉め事になった時には鎌倉幕府が出て来るが、御家人の所領内で起きた事件は自分たちで処理をする。
だからこそ、有力御家人たちは御成敗式目をコピーした自分たち用の式目を制定していた。
彼等はその辺り、きっちりとした統治者なのである。
……だからって、立会人に俺を呼ぶのはどうかと思う。
まあ顧問弁護士が、山村で起こした反社組織壊滅の件での後始末で忙しいから代理らしいのだが。
判決はあっさりと出ていた。
この審問を開く前に、別れた妻の方の言い分も聞き、離婚時の取り決めや、どうして離婚に至ったのかの聞き取りもしていたようだ。
それには第三者の証言もあった。
証拠、証言、書類全てを吟味し、かつ男の方は頼むだけ、女の方は酒肴を贈ったという事も踏まえて女性側の財産を一切返還する必要無しという判決を下した。
なお法的根拠なのだが
~~~~~~~~~~
【御成敗式目第二十一条】
「一、妻妾得夫讓、被離別後、領知彼所領否事
右其妻依有重科於被弃捐者 縱雖有往日之契状
難知行前夫之所領 又彼妻有功無過 賞新弃舊者 所讓之所領不能悔還」
訳:離別した妻や妾に与えた土地は、
・別れた妻に落ち度があった場合は取り返しても良い
・別れた妻に落ち度が無ければ取り返す事は出来ない
~~~~~~~~~~
という、ごく当たり前に思える条文があった。
凄く普通に感じるのだが、わざわざ条文にされているという事は、そうでない事を散々して来たんだろうな。
ともあれ、鎌倉武士たちはこの当たり前のルールに従う。
これは男には計算違いだったようだ。
武家社会は男尊女卑、だから味方につければ武力を持って、分与した財産を取り戻してくれるものと期待していた。
俺は二つの意味で間違っていると思う。
まず、鎌倉武士はそんな浅い企みに乗る程愚かではない事だ。
式目にこんなのが有ったのは知らなかったが、それでも他人事ならば結構公平に裁定する。
……自分の土地が絡むとこうはいかないが。
そして二つ目の間違いは、無料で武士たちを動かす事が出来ると思っている事だ。
何故和尚がこんな依頼に乗ったのか?
これをきっかけに、あんたの財産の方を奪おうと思ったからだよ。
「わしらは式目に則った正しい裁きをした。
これにてわしらの役割は終わった。
さて、わしらを動かしたのじゃ、何の貢ぎ物も無しで済ますではあるまいな」
「こんな事だったら、あんたらに頼むんじゃなかった!
もういい。
別な人に頼む」
逆ギレした男を、殺気立った武士たちが取り囲んで黙らせる。
そして執事の藤十郎が冷酷に告げた。
「それは、我等ではなく異なる者に裁定を委ねるという事か?
我等に恥をかかせるという事か?
捨て置けぬのお。
それに、然様な事は式目で禁じられておる」
~~~~~~~~~~
【御成敗式目第二十九条】
「一、閣本奉行人、付別人企訴訟事
右閣本奉行人 更付別人内々企訴訟之間 參差之沙汰不慮而出來歟 仍於訴人者暫可被押裁許
至執申人者可有御禁制
奉行人若令緩怠 空經廿箇日者 於庭中可申之」
超訳:裁判が不服だからって担当の裁判官から別の裁判官に変えるの禁止
~~~~~~~~~~
「そんな事知らぬ!」
「式目は知らなかったでは済まされぬ」
どっかの法律事務所のキャッチコピーみたいな事言ってるけど、これって相手の無知に付け込んで、罠に落としたようなものだよな。
まあ、相手が相手だからどうでも良いけど。
そしてトドメの一言。
「知らぬのか?
この門の内側では、日本国憲法とやらは通じぬのじゃぞ。
全ては我等の式目で決まる。
それを知らずにここに来たとは言わせぬぞ。
武士を利用して他人の財貨を奪おうとしたのじゃ。
逆に奪われると覚悟しておらなんだか?」
……こういう辺りは、ヤの人たちよりも質が悪いと思う。
結局男の方が、みかじめ料……もといサービス料とペナルティとして身ぐるみ剝がされてしまった。
「財産を奪われてどうにもならぬ?
よし、良い棲み処を与えてやろう。
疾く参られよ」
身ぐるみ剥がしておいて、過酷な労働を強いる場所に放り込む……どこの帝〇グループだよと思う手際の良さで、その男は鎌倉時代に連行されていった。
かくして真っ当な裁定と、理不尽な仕置きによってこの件は終了となる。
めでたしめでたし…………なのかな??
おまけ:
御成敗式目、ちゃんとした離別妻には優しいと思いました。
理不尽に追い出された妻とかその子に対しては配慮されてます。
第二十四条で「夫の菩提を弔わず、さっさと再婚した場合」はその限りじゃないですが。
(亡き夫から相続した土地は、元夫の子に引き渡せとなっている)




