お宝探しのその後で
「近隣の領家より、斯様な物を見せられた」
俺は現代に生活する鎌倉武士の六男に呼ばれて、書状を見せられる。
正確には、近くに住む鎌倉武士の八男坊が呼ばれたのだが、彼はまだ十歳にも満たない為、俺が自動車で連れて来ただけで、俺はおまけでしかないのだが。
それは宝の地図である。
蔵を掃除していたら、天井の一部が崩れ、そこから落ちてきた文箱の中に入っていたという。
崩し字で書かれている上に、古びている為に所有者は読めない。
地図が描かれていて、辛うじて『貴』の字は読めた為、興味を持ったそうだ。
多分大した物では無いだろう。
だが、それも開けてみないと分からない。
わざわざ学者とかに依頼し、解読して貰った結果が大した物でないなら、中々の人騒がせであろう。
そこで、見つけたなら財宝の一部を渡すという事で武士の所に持って来たのだ。
ここならそういう字を読めるし、山歩きも苦でないし、大した物でなかったら「全部あげます」で許してくれそうだ。
もし小判とかなら、勿体ないが、一部献上の約束を守るまで。
そういった具合だったが、六郎は快く引き受ける。
だがこの六郎は、字は読めるが内容が理解出来なかった。
それは謎を解きながら宝の場所までたどり着くものである。
字が読めても、謎を解けないのだから、こういうのが得意な者を呼び出すのが一番だ。
早速解読にかかる。
「天保十年……亮太殿、これは何時頃か?」
まずは記述された年代を読む。
江戸時代、今から二百年くらい前。
鎌倉武士からしたら六百年程後の時代になるのか。
「当村の栄え此れに因らん。
然れど良き年に掘り出されん事を願い、ここに記す。
疎かに扱うべからず」
何らかの物を「村の栄え」の為に埋めたようだ。
そして適当な時期に掘り出すように、と。
何となく、それなりに貴重な物を埋めたような気がして来た。
これなら暗号化したのも納得出来る。
その暗号解読だが……
「『木与日重ナル向キ』とあるが、木などは数多く生えておるわ」
「兄上……謎掛けなのです。
それは木と日を重ねれば『東』ですぞ」
「おお、流石は八郎。
よう分かったのお」
こんな感じであった。
まあ江戸時代の農家が考えた暗号だ、それ程難しくはない。
難し過ぎると、掘り出せと伝えた子孫すら読めなくなる。
結果として、字が読めなくなって難しい暗号になっただけで、読めさえすれば左程難しくは無い。
お宝の地図の持ち主は
(これなら、ただ現代語に翻訳して貰って、後は自分で探した方が良かったかも)
と、六郎の頭の悪さに呆れていたそうだ。
「『一人山ノ石ヲ十口』……石を食うのか?」
「『大岩ヲ右』ですぞ」
「『開カレシ門ヲ取ル』……門を破壊するのか?」
「これは開から門を消すと、鳥居の形が残りますな」
「『空ノ上ヲ中ニ入リ』……飛べと申すか?」
「『穴の中に入り』と読めますな」
「『土里一尸ヲ進ム』……尸の里とはこれ如何に?」
「埋まった戸の先に進むのじゃな」
「『貴、其処ニ在リ。土口日祭ルト必ズ幸有ラン』
ふむ、これで最後じゃの」
「最後のは謎掛けではなく、悪筆ですな。
吉日祭る、という事じゃ。
整理しよう。
これより東に大岩は在りますか?」
字を記述通りにしか読まない六郎を放置して、八郎が地図の所有者に尋ねる。
在るそうだ。
その大岩の両側に鳥居が立つ、二つの洞穴がある。
洞穴は大して深くはなく、誰もそこを気にしていないそうだ。
「なる程、其処に案内して下さい。
右側の穴の奥には扉が在るが、それは今は埋められているという事ですから」
こうしてお宝探検隊は、地主の案内で山の中を進む。
進んだ先には、注連縄が張られた大岩が在り、左右にボロボロの祠と、やはり注連縄が結界のように貼られた洞穴が口を開いていた。
注連縄と言ったが、正しくは注連縄だったもの、である。
相当前に張られたようで、縄は腐って、かろうじて結び目からぶら下がっていたし、紙垂も挟まっていた痕跡があるだけだ。
「ここは?」
「山の神様の祠と言われていて、死んだ親父までは定期的にお参りしてた場所だ」
「じゃあ、この穴の中に何が有るか調べた事はありますか?」
「昔のお金とか、蝋燭立てとか、壊れた皿が有ったけど、それ以外は見てねえなぁ」
「ここ、掘って良いですよね?」
「ん〜、いいんじゃねえか?」
「よし、兄上、出番じゃ」
八郎と地主の会話に置いてきぼりだった六郎が、急に話を振られる。
「わしか?」
「何の為に来たのですか。
斯様な力仕事の為で御座ろう」
「まあ良かろう。
どれ、鋤をくれ」
「これなるスコップの方が良かろうて」
「む!
これは鉄で作られし物か?
刃だけでなく、ここまで鉄とはげに豪勢なものよ」
「いいから兄上、さっさと掘り給え」
六郎が洞窟の奥の方を掘り、俺が土を運び出す。
そうしてしばらくすると、扉にぶち当たった。
石壁の真ん中に、金属製の扉が在る。
鍵は掛かっていないようだ。
だが、お札で封印がされている。
何か悪い予感しかしない。
六郎は灯を要求し、扉を開く。
仕草で、かなり驚いたのが伝わって来たが、見苦しい悲鳴を上げたりはしない。
出て来た六郎は、見たモノが何だったかを伝えた。
「即身仏じゃった」
これには地主が腰を抜かしてしまった。
お宝だと思ったら、まさかの死体。
「という訳で、わしは要らぬゆえ、其方が手厚く祭るが良いぞ」
六郎からしたら、骨折り損のくたびれもうけなのだが、流石に即身仏を寄越せとも、手間賃払えとも言わずに、黙って仏に手を合わせていた。
とりあえず再封印し、地主の家に戻ると、地図以外の文書を総チェックする事にした。
色々調べて分かったのは、天保の大飢饉の際、天災避けの為に即身仏となった僧侶が居たそうだ。
その後すぐに飢饉は収まり、即身仏となった僧侶は大層崇められたという。
いずれ掘り出して、然るべき寺を作って祀る筈だったが、誰もやりたがらず、子孫にツケを回しまくった結果、いつしか存在そのものを忘れてしまったらしい。
なんて酷い話だ。
まだ昭和までは、何となく「村に富を与えてくれる山の神様」といった、曖昧な感じで持ち回り祭事がされていたが、代替わりの後は「やらなくても良いでしょ」となってしまう。
そんなんだから、反社とかに目をつけられ、不法投棄とかされたんじゃないかな?
「で、あの即身仏をどうするんですか?
あのまま、また二百年くらい放置ですか?」
地主はそうしたいようだが、八郎が異を唱える。
「封印を解いたからなあ。
空気に触れた以上、もう長持ちはするまい。
然るべき寺を建て、作法に沿った保管をすべきですな」
「寺なら、手の者を使って建立しようぞ」
流石は鎌倉武士、仏事は手慣れている。
だが、寺だけ作っても住職が居ない。
何処かに手配しないと……
「何を言っておる?
恰好の僧が居るではないか」
「ああ、五郎兄上か……」
「火を吹いたり、琵琶を壊す破戒僧じゃから、ここらで正道に戻さん」
正道とかって、鎌倉武士が言うと凄い違和感があるのだが?
「まああの建物にも長くは住めぬ。
ここらで兄上にも寺が有れば良いかと」
「八郎も左様思うか。
なれば父上に言上せん」
……なんか慈悟僧侶、また自分が居ない場所で勝手に人生決められてるよ。
と同情しつつも、売れないデスメタルやってるよりマシかも、と思う俺が居た。
おまけ:
俺「で、左側の祠と洞窟は何なんですか?」
地主「さて?
勾玉が落ちていたくらいで、何とも知らされてない。
二つとも山の神様だとしか……」
八郎「この文書には『悪しき神を封ず』と有るが……」
一体何が眠ってるんだよ??




