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酔っ払いは時空を超えて

 お隣の鎌倉武士には、一個基準がある。

「自分たちの子孫か、そうでないか」

 である。

 子孫で、かつ彼等を敬って贈り物をして来る者には実に手厚い。

 子孫ならば、大概の事は許してくれそうな雰囲気だ。

 まあこの辺に住んでいる彼等の子孫は、俺がかなり若い部類で、他はご老人が多い。

 また、江戸時代から昭和までに養子が入って、血筋の上で本当に子孫かどうか怪しい者もいる。

 それでも先祖を敬う心があり、家名を誇りに思う者は子孫であるようだ。


 子孫でない者には冷淡である。

 子孫が取り継がない限り、門を潜る事すら許さない。

 無礼な事をすると、文字通りの意味で首が飛ぶ。

 凶暴で野蛮な癖に、知恵は回るものだから、あえて治外法権の敷地内に入れて、そこで「そんな人は居なかった」事にしてしまう。


 これは、そんな特殊自営業真っ青な恐怖の屋形に入り込んで、生きて帰って来た者の話である。




「おーい、ここを開けろよぉ~」

 酔っ払いが何を迷ったのか、鎌倉武士の屋敷の門を叩いている。

 夜の事、既に門は閉ざされていた。

 それをけたたましく叩いているのだから、怖い顔をした門番が、松明と薙刀を手にして出て来た。

「お?

 何だ?

 俺ぁここに住んでる友達を訪ねて来たんだけろ、居ねえのか?

 ヒック。

 寂しいよなあ~、俺に黙って居なくなるなんてよぉ。

 なあ兄ちゃん、折角酒飲もうと思って持って来たんらし、一緒に飲まねえか?

 ヒック……」

 この酔っ払いの幸運は、酒を大量に買い込んでいた事である。

 流石の鎌倉武士たちも、これが酔っぱらって前後不覚になっている事は理解した。

 無礼講という言葉は、鎌倉時代末期に出来たものだから、まだ通じない。

 しかし所謂(いわゆる)無礼講というものは、古代から既に存在していた。

 一次会は正式なもので礼儀格式にも気を使うが、その後の二次会は儀礼を取り払ったものとなったりする。

 特に武家の宴会では、無礼講的なものになりやすい。

 公家程に礼儀作法に拘りたくないからだ。


 酔っ払いに対し、どうやら門番たちは寛大に振舞う事を決めた。

 一つには、買い物袋に入れた酒とツマミに気を惹かれたからである。

 一応当主に断りを入れる。

「好きにせよ」

 という有り難い言葉を貰い、門番や雑色たちは酔っ払いが買って来た酒を貰う事にした。

 以前近所の爺様、婆様が持って来たのは清酒、つまり日本酒。

 ご先祖様を仏様と同じに思っているから、お神酒のつもりらしかった。

 米から造った酒は本家が貰うが、違うと分かった為

「家人どもで好きに飲み干せ」

 となったのだ。


「……で、なんで俺なんですか?」

 夜中、俺は隣の鎌倉武士に呼び出される。

 用件は、彼等が使用人用の小屋で宴会をするから、門番を代われという事だった。

「だから、何で?」

「隣のよしみで」

「何か意味分からない」

「当家の子孫なれば、ご当代様の為に励まれよ」

 なお、答えは聞いていない。

 一族は当主の為に働くのが当然の時代。

 子孫即ち一族郎党。

 まして自分たちは嫡流ではない。

 いつの間にか俺は、いざと言う時は馳せ参じる分家扱いされていたようだ。

……じゃないと、あんな親切にされないよなぁ。

 彼等にしたら、所領問題を気にしなくて良い、戦には役に立たないが何かと珍品を持って来てくれる都合のいい一族が増えたって感覚だろう。

 親族以外には、良くて木で鼻を括ったような態度、悪ければ養豚場の出荷前の豚を見るような感じなんだし。


 貧乏籤を引いた一人が、俺と共に篝火の下、門番をする。

 薙刀重いよ。

 弓を持たされたけど、固くて引けねえ……。

 そんな弱々な俺を見て

「まあ、この時代なら貴方様のような文弱の徒でも門番が勤まりますよ。

 大して強い奴は居ませんからね」

 ともう一人の門番が話して来た。

 相変わらず門内では現代語への翻訳が勝手にされる。

「じゃあ門番自体しなくて良いんじゃないですか?」

 と聞くと

「それは格式というものだ」

 と返された。

 万が一何かあった時に、屋敷の守り(セキュリティ)がなっていないのは恥なのだ。


 そうこう話している内に、宴会の歓声が聞こえて来る。

「冷たいぞ」

「泡が立っておる」

「酸っぱいのお」

「甘いのお。

 なれどしつこくは無い」

 レモンハイでも飲んでるな。

「なんら、飲みやすい思うた、弱い酒らのに、酔うて候」

 アレか?

 ストロングなアレか?

 アレ、ウォッカベースだからガブ飲みすれば、結構酔うんだよな。


「よし、弓比べをするぞ!」

 待て! 酔って射的をする気か?

「手頃な犬は居らぬかの?」

 そりゃ犬追物というのはあるけどさ、素面でやってくれよ、危なっかしい……。

「よし、お前的を持て」

「わしに当てたら、殺すからな」

「安心しろ。

 酔っていても、そうそう外すものではない。

 それに、間違って当てたとしても、確実にお主は御仏の元に往生するから、安心して死ね」

「おう、わしが阿弥陀仏に往生を祈願してやる」

「何じゃ、お主は念仏宗(後の浄土宗もしくは浄土真宗)じゃったのか。

 後で殺しておくわ」


 なんか物騒なワードが飛び交っている気がするが……。

 門番に聞くと、普段通りの鎌倉ジョークなそうである。

 血は流れる事があるが、式目で罰則がある為ブレーキがかかり、特に死人は出ないとの事。




~~~~~~~~~~

【御成敗式目第十条】

「一、殺害刃傷罪科事

  右或依當座之諍論 或依遊宴之醉狂 不慮之外若犯殺害者 其身被行死罪并被處流罪

(以下略)」


訳:言い争いや酔っぱらっての喧嘩であっても、相手を殺したら殺人罪だから、死刑か流罪として財産を没収する。

~~~~~~~~~~




「死人が出るのは、双六とか遊女絡みじゃの。

 あればかりは頭に血が上って抑えられん事がある」

 死者が出る事はあるんだな……。


 かくして深夜(日が上るまでは、丑三つ刻でも今日です)になって宴会は終わり、俺は帰宅出来た。

 酔っ払いは、鎌倉時代の火入れしてない、時間が経てば悪くなり悪酔いする酒を交換で飲み、そのまま馬小屋で寝せられたようだ。

 翌日事態を呑み込めず、ただリアルな侍の屋敷内で目覚め、殺気を感じるようになってゾッとしたという。

 酒をくれたから生きて帰して貰えたが。

 夢見心地から醒めた後、生きた心地がしなかったようだが、まあ運が良かったとしか俺には言えないな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今話もありがとうございます! >これは、そんな特殊自営業真っ青な恐怖の屋形に入り込んで、生きて帰って来た者の話である。 www >「……で、なんで俺なんですか?」 >夜中、俺は隣の鎌…
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