鎌倉武士の善行?
「猫の手を借りたい」
隣の鎌倉武士の執事・藤十郎が俺に相談して来た。
猫の手も借りたい程忙しいというものではない、本当に猫が欲しいようだ。
どうも宋から取り寄せた経典が、ネズミにより齧られる事案が発生。
京の寺や公家の屋敷でも、海外から購入した猫を使っているようで、輸入猫が関東まで来なくなったそうだ。
そこで幕府の方から
「役に立つ猫が居たなら送って欲しい。
太刀、馬、布との交換としたい」
という申し入れが各武士団にあったそうだ。
一方で武家の方でも猫が必要となっていた。
どうも領内でネズミによる食害が多発している。
「ペットは高いからなぁ……」
現代において、動物を飼うというのは家族を迎え入れるが如し。
勝手に捨ててはならない。
食事を与えないというような虐待もしてはならない。
病気にならないよう、予防接種も必要だ。
そうして迎える家族なだけに、買う方も十分に吟味する。
お気軽に買って来られた時代とは違うのだ。
「いや、我等は愛玩動物が欲しいのではない。
野良で良い。
むしろ野良のようなしぶとい方が良い」
と藤十郎は言って来た。
だが、昔と違って今は野良猫だってそう多くない。
避妊だなんだで、繁殖しないようになっている。
また保健所が収容したりもする。
「あ!
そうか、保健所で処分される猫を引き取れば良いのか!」
そう、買って来る必要はない。
血統書も登録証も不要だ。
可愛い必要はない。
太々しく、凶暴でも良いのだ。
だが、この保健所収容猫の引き取りというのも、手続きが面倒である。
俺はアイデア出しただけで、顧問弁護士に丸投げする事にした。
弁護士は
「仕事増やさないで下さいよ」
と言いつつも、いつもの体のどこかをマッサージする仕草は無く、ちょっと嬉しそうだった。
(さては、猫好きだな?)
殺処分から猫の命を救いたい、それは動物好きなら誰しもが思う。
だが都会ではそう簡単にペットは飼えない。
自分ではどうにも出来ない忸怩たる思いがある。
それが何とかなるかもしれない。
住所とか家族の同意とか色々な手続き上の困難を乗り越え、ついに十匹の猫を入手する。
だが入手しただけでは猫の世話は終わらない。
この猫たちは、鎌倉武士の一員として鍛えられるのだ。
それは見る人によっては虐待と言えるだろう。
いや、猫本来の姿に強制的に戻しているから、これこそ真の姿なのだ。
でかいネズミを見て、人の後ろに逃げるような猫等、猫ではない。
武家屋敷の先住猫は、俺は猫まっしぐらな餌で懐柔しているけど、基本的に小型の虎だと思った方が良い。
筋肉質で、爪も牙も武器として十分な威力を持っている。
俺は餌で釣っているが、基本的に人間を見る目に甘えは無い。
彼等にとって人間はただの同居人である。
犬は人に付き、猫は家に付く。
猫にとって武家屋敷こそ縄張りであり、ネズミは食糧、人はたまに遊んでやっているだけの存在。
だから新入りの猫が来た日に、先輩猫は直ちに組み敷いて上下関係を叩き込んだ。
そうでなくてもひ弱な現代の猫、捨てられて保健所に引き取られ、ある日隣で寝ていた仲間がどこかに連れて行かれては戻って来ないという経験をし、心が病んでもいた。
人間を信用出来なくなっているのに、更に狂暴な猫にいじめられ、すっかり縮み上がってしまう。
しかし食事をしないと猫は生きていけない。
上下関係を叩き込んだ後、先輩猫は自分が食い散らかした後のネズミの残骸を後輩たちに渡す。
すっかり怯えている猫だったが、食えとばかりに先輩が牙を剥くし、なによりも腹が減っていた。
勇気がある猫はその死骸の肉を食い、臆病な猫は流れた血を舐めては、びびってどこかに逃げる。
そんな生活を繰り返していく内に、猫たちは適応した。
音も無く蔵の梁に登り、ネズミを見ると飛び降り様に爪で一撃を加える。
ネズミだって反撃をして来る。
だからいきなり咥えたりせず、何度も爪による攻撃でいたぶり、動きが弱くなった所でトドメの噛み付きを行った。
まだ慣れない内は、誤って馬の背に落ちて、この猛獣から強烈な蹴りを食らった。
また殺し方に慣れない間は、まさに窮鼠に噛まれてしまったりもした。
こうしてあっさりの修羅の国に適応した猫たちを、久々に見た俺は思わず息を飲む。
面構えが違っていた。
どこか怯えたような目をした猫はもういない。
人間に媚びるように、「な~お」と鳴きながら擦り寄って来る猫もいない。
俺をチラっと一瞥すると、そのまま無視して寝入っている。
正確には寝てはいない。
俺が近づくと、すっと立って一定の距離を保った場所に移動してしまう。
「いやあ、なんか時代に合った動物に変わってしまったなあ……」
そんな中、先輩猫だけが俺の足元に寄って来て
『ほら、例の物出せよ!
食わせろよ!
じゃねえと噛むぞ!』
という圧を加えてくる。
甘えてじゃれついているのだが、明らかに爪と噛む力が違う。
焦らすとどんどん強くなって来る。
「ほれ、あんた。
また猫を甘やかせて……」
女中に苦情を言われるが、こんな猛猫でもキャットフードで甘やかせたいのさ。
なお、後輩猫たちもこの匂いに興味を持ったようだが、先輩猫に威嚇されて動けずにいた。
隙を見て、あいつらも甘やかそうか。
「おう、子孫殿。
猫を眺めに来たのか?」
七郎が声を掛けて来た。
違う違うと答えつつ、七郎と少々会話をした。
彼が猫を鍛える係でもあったようだ。
七郎はいきなり小太刀を抜くと猫に切りつける。
猫は慌てるでもなく、ひらりと身をかわして、逆に七郎を引っ掻くと一撃離脱で去った。
「見たであろう?
ああなるまでに、あ奴は随分と血を流したものぞ」
現代なら虐待であるが、この生命を危機を感じさせる飼育が、短期間で奴等を野獣に戻したのだろう。
……道理で古傷、生傷だらけな訳だ。
まあ殺処分予定だった猫たちは、十分自分たちだけで生きていけるような野性を身につけた。
そして鎌倉の寺院や金沢文庫辺りに、対ネズミ汎用猫型決戦兵器として配備される事になる。
で、なんで俺が武家屋敷を訪ねて来たのか。
猫たちの様子を見に来た、訳ではない。
それは趣味の方であり、本命の用事はこれだ。
「猫を手に入れる手伝い、忝い。
ついては、同様に犬も手に入らぬか?」
藤十郎がにこやかな顔でそんな風に伝えて来た。
なんだい、今度は保健所から犬を引き取りたいって事か?
これ以上猛獣を人為的に作るのはやめておいて下され……。
おまけ:
俺「名前はつけたのかい?」
七郎「おお、こいつが与五郎左、この片目のやつが一文字。
それは黒ひげ、そいつは飯をくすねるのが上手いゆえ、大泥棒と名付けた」
(元ネタ知ってる人がどれくらいいるかな?)
おまけの2:
そのネズミは猫をからかうのが好きであった。
あのトムとかいう灰色の家猫なんかは遊んでいて楽しかった。
さて、この屋敷にいる猫でもからかってやろうか……
刹那、ネズミは凶悪な一撃を喰らって動けなくなる。
致命傷だ。
そしてネズミは悟る
(嗚呼、今までの猫は自分を殺す気なんか無く、遊んでいただけだったんだ……)
明らかに自分を食い物を看做し、舌なめずりをしながら寄って来る猫を見て、ネズミは最期にそのように思ったのだった……。




