「もう明日からギルドに来なくていいよ」営業成績が悪いといわれ、なんとかギルドの窓際にしがみついた受付嬢の私、偶然、誘われたブローカーの年収が、ギルドの年間売上を超える予定ですが、何か?
「もう明日からギルド、来なくていいよ」
突然、ハンターギルドマスターに呼ばれて連れ込まれた執務室で、ウケツケ・スルコに告げられたのはそんな言葉だった。
「そ、そんな、困ります! 家のローンがあるんですよ!」
「そうは言われてもな、君、営業成績が悪いし、ハンターたちからも評判が悪いんだ」
「お願いします! お願いします! なんでもしますから!」
「しかしなぁ。君の勤務態度をみるに、厳しいだろう」
スルコは自らの受付服の膝が汚れるも気にせず、土下座する。
「お願いします! お願いします! 馬糞の処理でも、書類整理でもなんでもしますから!」
「とは言っても、それが出来なかったから、受付に回したんだよなぁ」
ギルドマスターはハンターギルドの証でもあるナイフの柄を撫でる。
「わかった。最後の最後だ。これが最後の温情だ。君を別院の書庫へと配属する」
「え! 嫌ですよ! あんな寂れたところ!」
「この・・・・・・」
ナイフがぎらりと光る。
慌てて、頭を地面につけた。
誰かの靴の泥が落ちていたのか、じっとりと額に泥が付く。
「わ、わかりました! ありがたく、その仕事に努めます!」
「が、解雇は変わらない。残り一か月だ。一か月で荷物をまとめろ」
ギルドマスターは非情にもそう告げたのであった。
「はー、もう最悪」
ギルドマスターの執務室から追い出された私は、そのまま、酒場へと向かった。
酒場には他の客もいて、
手には樽のジョッキがあり、そこにはブドウ酒がなみなみと注がれている。
「スルコ、また昼から酒を飲んでる」
酒場の店員のエルフ、グレリアが声をかけてくる。
「うるへー、解雇寸前なんだ!」
「なんで、それで酒飲んでるの・・・・・・?」
「黙って酒持ってこい! このエルフ!」
「いや、でも、さすがにやめておいた方がいいよ」
「なんだとぉ、俺のやる事に文句があるってのか!」
どんと、ジョッキをテーブルに叩きつけながら、席を立ちあがる。
「俺を誰だと思ってるんだ。ハンターギルドの、ウケツケ・スルコ様だぞ!」
「解雇寸前でなにいってんだこいつ」
「ちくしょう! どうして、私が解雇なんだ!」
どっと席に腰を下ろす。
「だって、あなた昼間から酒は飲むし、仕事しないじゃない」
「仕事はしてた! してたんだ!」
「・・・・・・誰か見たことある?」
グレリアが店内にいる面子に聞く。しかし、誰もが首を振る。
「馬の世話を任せたら、馬に蹴られて怒って馬を殺すし」
「書類整理を頼んだら、申請が一か月遅れて補助金がなくなるし」
「受付業務だって、初心者ハンターにマスターレベルの高難易度依頼を紹介して、死者を出したわよね」
「立ち退き交渉の時、間違って隣の家を立ち退かせたって? マジ?」
「それ、鍛冶屋の親父だぜ? それ以降、ハンターに対して当たりがきついんだよなぁ」
ハンター達がスルコに対する評価を口々に並び立てる。
流石のスルコも我慢の限界であった。
「うるへー! 今に見とけよ!」
そう言うと、ブドウ酒を飲み干して、酒場を勢い良く出る。
「また、会計なしで帰っちゃった・・・」
グレリアはがっくしと肩を落とした。
スルコは酒に酔った頭で、配属先の書庫へと向かう。
こんなはずではなかった。とぐるぐると考えが回る。
楽して金を稼いで悠々自適な生活を送るはずだった。適当なS級ハンターと結婚でもして、家庭でも持って、専業主婦とかそういう立場になろうと思っていた。しかし、そうはならなかった。もはや、ギルドに勤めて十年経った。が、いまだに悠々自適な生活とは程遠い。
気が付くと、書庫へとついていた。
かなり寂れ、町の中心から離れたところだ。鬱屈とした雰囲気が似合う。
「へへへ、お嬢さん」
そこに、一人のエルフが現れた。色白い肌ととがった耳、そして、性格の悪そうな口元である。
セドリックである。すっかり、町でも顔馴染みのエルフだ。
「次は、ここの書庫に勤めるんですかい?」
「まぁ、そうだよ。何か用?」
セドリックは周囲を伺うと、スルコの手をひいて、路地裏へと連れ込む。
「へへへ、なら、どうです? あっしと一儲けといきませんか?」
「儲け? どんな話だい」
「簡単なことですよ。書庫の本をちょいとちょろまかしてくださいな」
「盗めってことか」
「いやいや、そんな。ただね、ほら、ギルドの書庫には誰も読んでない本がごまんとあるでしょう。それをほしいという方は世界にいっぱいいるんです。私は、魔法で流通ルートを確保してるんですが、ほら、何せ商品がないと」
「なら、普通に買えばいいじゃないか」
「とんでもない。あたしのような男が買えるはずがない。でも、あなたなら、どうです」
スルコの頭の中で金勘定がすぐに働いた。
「やってみよう」
口を出たのはそんな言葉だった。
配属された書庫に人が来ることは稀だった。ハンターはまるでここに来ない。ギルドメンバーもそうだ。
いるのは、前任者のエルフくらいなもので、それもかなり仕事に対しては怠惰な態度である。
スルコの仕事は、書庫の整理だった。目録にある書籍がきちんと残されているか、それを確認し、写本したいという研究者に貸し出す。それ以外にやることはなく、おかげで、副業がはかどった。
スルコは慎重だった。大々的にやってしまえば露見すると考えていた。
目録を自由に閲覧できるのは、幸いだった。長期間貸し出されていない書籍をいくつも選び出すことができた。あとは、それを外部に持ち出すだけだ。ただ外部に持ち出すだけでは、疑いの目が向けられ、そして、犯罪だ。だから、スルコは即座に行動に出た。
「これ、ウケツケ商会に払い下げますから、承認を」
書籍を払い下げという形の二束三文で売却したのである。ウケツケ商会というのは、スルコが短期間で作った商会である。もっとも、架空の商会であり、実在しない。そこに払い下げるという形で、売却する。そして、その売却した本を、セドリックへと高値で流す。
完璧な販売経路だった。
どこにも違法性を匂わせない。
収入がどんどん増えていくのを感じる。ギルドの賃金よりも圧倒的に儲けになる。
「ウハウハですわ!」
家のタンスに溜まっていく金貨を見れば、顔に笑みが満ちる。
また、セドリックを通さずに転売を行うこともした。そうすれば、いつの間にか、もはや私の副業の収入はギルドの年間利益を上回っていた。一か月経つ頃には、私の総資産はかなりの額になっていた。
「ふはは! これでもう誰も私に何も指図できない! 金は全て! 金は力なのよ!」
スルコは意気揚々と出勤していく。
ついで、この資産でギルドを買い上げよう。そして、ギルドマスターを屈服させるのだ。
今度はギルドマスターを受付に回してやる。
書庫に着いたとき、入り口にギルドマスターが立っているのがスルコの目に入った。
「スルコくん」
「あら、ギルドマスター、おはようございます。何か御用ですか」
「そうだね。御用だね」
ギルドマスターの陰から二人のギルドメンバーが現れる。
「ウケツケ・スルコ。違法転売および背任の容疑で拘束させてもらう」
「は? 何もしてないが?」
「セドリックが全て自供したぞ」
「糞エルフが!」
ギルドメンバーに連行されていきながら、スルコが思案していたのは、どうやって、エルフの森を焼き討ちしようか、
そんな邪な考えであった。
「まったくもって……まじめに働けばよいものを……」
ギルドマスターはその証であるナイフの刃をぎらりと光らせ、残念そうにつぶやいたのだった。
転売ヤーは絶対に許さないという気持ちで書きました。
まともに働け。