Case 1「新世界で…」
「7時38分… 赤砂未青さん、ご臨終です。」
ボクは赤砂未青。たった今入院先の病院で死んだ。享年13。死因は簡単に言えば病気。
もともと生来病弱で何度も入退院を繰り返してきたボク。容態が悪くなって死にかけたことも何度もあったから、死ぬ時も「ああ… ボクもう天国に行くんだ…」だなんていう感じで、怖かったり悲しいという思いは全然なかった。
家族が泣きながら看取る様子を聞きながら、意識は薄れていった。ありがとうお父さん、お母さん、お医者さんの皆さん…
それからどれくらい時間がたっただろうか。ボクは目を覚ました。ここは天国だろうか。
「あ、目が覚めた?」
ボクはいつの間にか女性用のベッドの上で寝ていた。そこははっきり言って普通の部屋だ。ベッドの側には大学生くらいの女の人がいた。
でもその人は頭に輪っかがなく、背中に羽が生えてもなかった。服も白いワンピースではなく至って普通の洋服だ。とても死んだ人が来る場所には思えない。
「お姉さん…?」
「どうしたの?」
「ボク…いったい今どうなってるんですか?病気はどうなったんですか?あと…あなたは…」
死んだはずのボクがベッドに寝かされているなど、ボクは今状況が全くつかめていない。とりあえず聞いてみることにした。恥ずかしがり屋のボクにとっては少々ハードだが。
「あなたはこの世界に転生してきたの。今から3時間くらい前かな。この近くを流れる川の側に、あなたが光とともに現れたの。あと病気は全部完治してるから安心して。」
「世界…転生…?じゃあここは、天国じゃないってことですか…?」
どうやらボクは天国に行ったわけではなく異世界に転生したようだ。漫画やアニメが好きなボクにとって『異世界に転生する』という概念は聞き慣れたことだけど、そんなボクが異世界に転生するなんて思ってもいなかった。ちょっとびっくりした。でも病気が全部リセットされたのは、少し安心した。
「そうだよ。ここは『アスムール民主国』の『舞嗣遠』って場所。私はフレイン・スノーウィー。よろしくね。あなたの名前も教えて欲しいな。」
「ボク、赤砂未青っていいます。フレインさん。よろしくお願いします。」
「未青くん…いや『ちゃん』…かな…?」
「あ、未青『くん』です…」
「男の子だったんだ。ごめんね(苦笑)顔もかわいくて名前も女の子っぽいから、男の子なのかボーイッシュな女の子のどっちなのか分からなくて…(汗)」
「大丈夫です。前の世界でもよく言われてたんで…(苦笑)」
ボクの顔は他の男子と比べて女子っぽいことは自覚がある。だから女子に間違えられたことは数え切れないほどあった。さっきボクが最期を迎えた病院の看護師さんも含めて。
フレインさんは、とても優しい人だった。恥ずかしがり屋で初対面の人とはあまり話したがらないボクでも、すんなり口を利くことができた。
「フレインさん。なんか、かわいい…」
ボクはついこんなことを口走ってしまった。
「え、そう?えへへ(笑)」
でもフレインさんがかわいいのは事実だ。顔だけじゃない。赤茶色の長い髪の毛に水色のベストを着ていて下はスカイブルーのミニスカートを履いている。
フレインさんはこんなことを言ってきた。
「せっかくだから、この国のこと、教えてあげようかな。」
フレインさんは、ボクが今いるこの「アスムール民主国」のことをいろいろ教えてくれた。
「ありがとうございます。ちょっとボクも気になるな…」
「いいわよ。」
フレインさんは何か嬉しそうな様子だった。
「アスムール民主国」。今から700年ほど前、この国のどこかに治癒魔法の使い手による集落が築かれ、周辺に勢力を伸ばしていったことがルーツだ。次第に「癒し」に重きを置いた統治が行われるようになっていった。それぞれの個性を大事にする風土があり、そのおかげもあってか犯罪発生率はこの世界の国々の中では一番低いという。
転生者が漂着する確率は他の国と比べて高い方ではない。ただ日本人の転生者が多いようで、文明は日本の影響を大きく受けているという。実際フレインさんが見せてくれた本には、見慣れた自動車や新幹線、飛行機などが載っているが、動力源はどれも水素や風といった自然エネルギーを使っている点が大きな特徴だ。また食べ物もお寿司や天ぷら、蕎麦、それに和菓子といった日本でなじみのあるものがいっぱい書いてあった。
服装についても、昔はいかにもな魔法使いのようなものだったが、いつしか前の世界と遜色ないものに変化していったという。その中でフレインさんは浴衣がお気に入りなんだとか。
国土は周りを海に囲まれて南北に長いなど、日本と対して変わらない。東京のように高いビルが並び立つ地域もある。一つ違うなら、都心部でも空気がとても綺麗なことくらいだろう。
教育制度は、前の世界のような学校制度はなく、昔みたいに寺子屋みたいなものが主流で、地域によっては統治者の子ども専用の学校もあるんだとか。
そんなフレインさんは「癒師」という仕事をしている。治癒魔法を用いて他の人に癒しを与える職業で、かなり大雑把に言えば前の世界におけるお医者さんのようなものだ。その仕事の方法は人によって様々だが、ボクが前の世界でよく触れていた異世界ものの作品のように各地を巡りながら仕事をするというのが一番メジャーでフレインさんもそのパターンだ。加えて、ボクのような転生者の保護も大事な仕事の一つだ。
しかし話を聞いている最中、ボクの体のどこかでムズムズする感じがした。
尿意だ。ボクはトイレに行きたくなった。
でもボクはフレインさんの話を聞いているのが楽しいし、この世界のことを話しているフレインさんも楽しそうだから、トイレに行くことが何だか申し訳なく思っていた。そもそもボクが家族でもない人に「トイレに行きたい」だなんて、恥ずかしすぎて言えるわけがない。
フレインさんの話は続く。その間に尿意は強くなっていく。
ボクがかかってきた一連の病気とは関係なしに、ボクはもともと人と比べてトイレが近く、おまけになにか心配なことがあったりと様々な要因がきっかけでさらにトイレが近くなってしまう。それだからボクは幼稚園を卒園してからも数え切れないくらいおもらしをしてきた。「慣れてはいるが辛い。」それがボクにとっての、尿意で膀胱が痛む感覚だ。
初めて尿意を感じてからどれくらい時間が経っただろうか。少なくとも40分は経っていないだろう。ボクのおへそと大事なところのちょうど中間は熱を帯びていると感じるほどに痛んでいた。大事なところの奥では沸騰したおしっこが込み上げてくる感じもする。時折パンツに少しずつ滲み出てしまってもいた。
ボクの頭の中は完全に「おもらし」という言葉でいっぱいだった。フレインさんの話は、もう入ってきていない状態だ。
「フレインさん…」
「未青くん?」
「あの…トイレ…行きたい…」
ボクは意を決して、トイレの場所を聞くことにした。でももうはっきり言って今のボクの状態では間に合わないかもしれない。
「分かった。私も一緒に行くわ。」
「ありがとうございます…でも…」
「どうしたの?」
「ボク…もう…漏れそう…」
ボクは完全にズボンの上から大事なところを押さえていた。
「え?も、漏れちゃいそうなの?大丈夫かな?私の家広いから…」
フレインさんに促されながら、ボクは部屋を出る。足は細かく震えている。
「こっちだよ!」
今にも力尽きそうな膀胱の括約筋に必死に力を入れながら、フレインさんの家の廊下を進む。パンツにはおしっこがジワジワと溢れ出てくる感じがする。
「トイレ… この階にはあるんですか…?」
ボクはフレインさんに訊ねた。パンツにチビり続けることで辛うじて保てているボクにとって、階段を降りようものならもうそこで終わってしまうのは分かりきっている。
「あるよ。でもこの状態で、未青くんトイレまで持つかな…?」
「分かりません… 多分…持たないかも…」
不安が増す度に、尿意も比例してどんどん強くなっていく。
「分かったわ。もしもうダメだったら言ってね。未青くん。」
「はい…」
「頑張って!」
フレインさんに促されながら、ボクは廊下を進む。ボクの大事なところの奥で沸騰したおしっこがどんどんと込み上げてくる感じがして、「ジュジュッ、ジュジュッ、」っと頻繁にパンツに溢れ出てくる。ボクの膀胱の痛みはどんどん激しさを増してきて、括約筋が緩みそうになる度に力をギュッと入れ直す。でももうこれ以上力を入れることもできなくなってくる。
そしてついに…
「あ…ああ…あああ…―」
膀胱の痛みが自分の体が耐えられるレベルを超え、足がこれ以上動けなくなってくる。立ち止まったと同時に、機械が急にシャットダウンするかのように膀胱括約筋に込めていた全ての力が一瞬で抜けた。
その瞬間、パンツの中でボクの大事なところから猛烈なスピードでおしっこが溢れ出してきた。押さえている手からパンツやズボンがどんどん濡れていく感じがする。
ボクは必死に抗おうとした。でも、もう止めることはできない。そんなことは分かっている。
ほんの30秒もしない間の出来事だった。この世界に転生して間もないボクがしてしまったこと、それは「おもらし」だ。
「未青くん…大丈夫?」
水たまりの上に棒立ちになって俯いているボクの方に、フレインさんが心配して歩み寄って来た。
「間に合わなかった… うぅ…あぅぅ…」
「よしよし。大丈夫だよ。」
「ごめん…なさい… うぅぅぅー!!」
フレインさんはボクを優しく抱きしめた。ボクはその中で謝り、泣き出した。
「気にしないでいいよ。部屋に戻って着替えよう。未青くん。」
(未青のすすり泣く声)
決壊するまでにボクが垂らしてきたおしっこの水滴が残る廊下を辿りながら、ボクたちは部屋に戻った。下半身はぐしょぐしょだ。
部屋に戻り、ボクはフレインさんが魔法で用意してくれた新しい服に着替える。
着替えが終わり、ボクはフレインさんに話しかけた。
「フレインさん…」
「なぁに?」
「実はボク、トイレがとっても近くて…」
「そうなんだ…」
ボクはフレインさんに自分はトイレが近いという悩みを、過去のおもらしに関する辛い思い出も含めて一切合切打ち明けた。小学校の授業中、病院に向かうバスの中、入院先の病院でトイレの場所が分からなくて間に合わず、極めつけは中学校の入学式の最中に席に座ったまま… まだよかったことといえば、入退院を繰り返していたあまり学校にはまともに通えていなかったためにおもらしを理由にいじめられたことはなかったことくらいだ。
話している中で、ボクは完全に泣いてしまっていた。
「本当に、たくさん辛いことがあったんだね…」
(未青が泣きながら頷く)
フレインさんはボクを優しく抱きしめた。
「もう、心配しなくていいよ。」
「ありがとう…先生…」
ボクの口から「先生」という言葉がこぼれてしまった。きっとフレインさんのことが、自分の病気やおもらしのことで優しく面倒を見てくれた、小中学校の保健の先生と重なって見えたのかもしれない。
「うふふ。『センセイ』だなんて(笑) そうだ。私のこと『センセイ』って呼んでいいよ。」
「ありがとう…ございます…」
「タメでいいよ。未青くん!」
「センセイ…!うん…!」
こうして、ボクの新しい世界での日々が始まった。
「センセイ!これから… よろしくね…!」
-登場人物-
赤砂未青(Mio=Akasago)
13歳の少年。生来病弱で生涯のほとんどを病院で過ごしてきた。中学校入学から1ヵ月も満たないある春の日についに病気で命を落とし、フレインたちのいる世界に転生してきた。
膀胱が弱いようでトイレがかなり近いことが一番の悩み。また些細なきっかけでさらにトイレが近くなってしまうため、そのせいで彼にとっておもらしは日常茶飯事。
(これは一連の病気とは無関係)
性格:引っ込み思案・恥ずかしがり屋・泣き虫
身長:約143cm
誕生日:4月13日
趣味:漫画・アニメ・読書
好きなもの:小動物・優しい人・冷たい麺類・スイーツ・音楽
苦手なもの:男子・尿意・痛み・辛いもの・暗い場所・長距離の移動・威圧的な人・コーヒー
トピックス:外見はかなり中性的で声の感じも女性的。そのせいで頻繁に女子と勘違いされている。
トピックス2:生前はボーイズバンドに憧れていた。
一人称:僕
フレイン・スノーウィー(Frain=Snowy)
21歳の癒師の女性。癒師歴は11年。
魔法の実力や技術力は高いが、転生者の保護・引き取りは未青が初めて。
性格:献身的で他人にかなり優しく、困っている人がいると放っておけない。またちょっとおちゃめ。
身長:約172cm
バスト:BとCの間
誕生日:6月1日
得意属性:水
趣味・特技:料理・ピアノ・チアダンス
好きなもの:パイナップル・きれいな空気・海・温かいスープ
苦手なもの:苦いもの全般・お化け・暑い場所・虫全般・威圧的な人・あまりにも短いスカート
トピックス:今まで数々の慈善活動に参加してきた。
一人称:私
-用語解説-
【癒師】
さまざまな治癒魔法を用いて他の人に癒しを与える職業、またそれに従事する人。転生者の保護も行う。アスムール民主国においては一番職業人口が多い。
-アスムール民主国のデータ-
公用語:現実世界における日本語と同じ言葉
通貨:苑
人口:約1億人
首都:京杜
面積:377,900 km²
人口比率:魔法使い85%・そうでない人15%。