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魔術師の涙  作者: 冬雅
第一章 何者
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第八話『嘘に嘘を』


 ハッピーエンドで終わる人生。そんなものはこの世界に有りはしない。

 

 酷く暗く、見るも耐え難い、辛くて険しい物語ばかりが蔓延るこの世界に果たして守るほどの価値はあるのだろうか。

 

 





























 


 メルクリウスはルミアと模擬試合を行ったその日の内に職員室に呼び出されていた。


 異例のスピード召喚だ。やったぜ。

 いや、嘘だ。とても反省している。

 

 これでもメルクリウスは元軍属魔術師である。戒律には厳しく、それを破ることに対して抵抗ぐらいある。



「メルクリウス君、入ってくれ」


「今行きます」

 


 ローニウスの呼びかけに応じ、メルクリウスは職員室、その奥にある尋問室の扉を開き、その中へと入っていく。

 

 これから叱られるというのに特に緊張はない。当たり前か。自嘲気味の笑みが溢れ、慌ててそれを消す。これは叱られる人間がするべき態度じゃない。叱られる人間はもっとこう、いかにも反省していますという態度でいなければ。

 


「それで、メルクリウス君。何があったか改めて君から聞かせてもらおうかな?」


「はい、私とルミア・ラルカは第一訓練場で模擬試合をしていました。ごくごく一般的な魔法の応酬によるものです。二十分が経った頃です。突如、訓練場の結界が黒く染まってですね。実はそれは私の闇の力が……」

 


 メルクリウスは進められた席へと座り、机を挟んで前に座ったローニウスにつらつらと考えてきた言葉を並べる。

 その俺の弁解にローニウスも初めは理解を示し、うんうんと相槌を打っていたがそれも次第に少なくなり、遂には首を傾げてしまった。

 


「メルクリウス君。君の言い分は充分、分かった。その上であえて言わせてもらおう。

 言い訳にしても、もっとましな嘘はつけないのかい?大体、闇も光の内に入るものなんだから闇の力なんて存在してないんだよ?すまないけど、僕もあんまり時間がないんだ。まだまだ入学して間もない君たちの為に念入りな準備がいるからね。真実だけを教えてくれないかな?」


 

 そう話すローニウスの目は真剣だ。悪い事をしている自覚はある。けれども、メルクリウスにだって言えない理由がある。

 

 特に最後の残留魔力の吸収なんてものは誓約に引っかかる事項だ。その大本の原因を作ったルミアの魔法についても説明しなければならない。適当についた嘘を信じてくれれば楽なものだが、どうやらそういうわけにもいかないらしい。

 

 第一、俺はあくまで普通の学生としての生活をここへ学びに来たのだ。それが入学二日目にしてこの有様とは情けない限りだ。

 

 濃密すぎないか、普通の学生生活。

 

 メルクリウスが雑念に囚われながら、頭を悩ませているとローニウスに声をかける者がいた。

 


「――ローニウスよ。メルク君に事情聴取なんぞ、無駄じゃよ。なんせ、メルク君の口を割らせようと思ったら軍属拷問官でも音を上げる程なんじゃからな」



 それは大袈裟だ。そう思いながら、メルクリウスが振り返り見たのは白髪に白い顎髭を長く伸ばした老人。

 

 東方領土に伝わる、仙人のような印象を与え、見る者に威厳すら感じさせるその存在感。三角帽子を被り、紅い宝珠が埋め込まれた杖を右手に持ちながらも、背筋は伸びており、こちらに老いを感じさせないのはあまりにも堂々としたその態度が故か。


 兎角、その老人もといシーベル・アストレイ第五学年主任は職員室の奥にある尋問室、そのさらに奥にある研究室からまさに今、出て来たといった体でこちらへと話し掛けていた。



「それは一体どういう……?」



 ただ、ローニウスにはどういった類の意図を含ませた発言なのか、それを汲むことはできない。当然、ローニウスの口から漏れたのは疑問の声だ。そんな彼の心情を察してか、こちらへと近付いてきたシーベルはその顔に笑みを刻んでいた。



「フハハ、ローニウス。簡単なことじゃよ。メルク君の口を割らせようと思えば、魔法は使わんことじゃ。君はすぐに魔眼を使うことが多いのでな」



 言いながら、ローニウスの隣へと腰掛けるシーベル。つい、七日前に会ったばかりだというのにもう再会するとは。

 

 無論、同じ敷地内にいるのだから会わないほうが不自然だという考えもある。が、しかし。考えても見てほしい。この学院の敷地面積は広大だ。それは学院設備に限らないのであれば街一つに届き得る程の大きさであり、学院が街を呑み込んでいるといっても過言では無いだろう。

 

 北方領土の最西端に位置する此処は学院街と呼ばれる程で学院設備としてある五つの棟と自身も使用している特別高度技術枠魔術師育成学科生のみが無償で使用できる権利を持つ寮などを除いても、多くの施設が立ち並ぶ。

 そして、その多くの施設の中に含まれる宿屋や店を利用するのは当然、学生が大半であり、いつしか其処は学院の敷地でありながら、街と呼ばれるまでに至った。


 そんな背景を持つことから分かるように兎に角、この学院は一口に言ってしまえばデカイのだ。


 話が逸れたが、謂わばそれ程までに巨大な学院内で所在不明の人を探すのは一苦労であり、わざわざ探さずして見つけるのは困難を極める。


 そういった中でこの数日の内に会えたのは早い再会だったと言えよう。


 なにはともあれ、シーベルの登場はメルクリウスにとって有利に働いた。わざわざ言いたくない事を言わずに済みそうだ。そう、ほくそ笑む。



「いやはや、シーベル様。これでも僕だって頑張ってるんですよ?あと、魔眼については内緒にして下さい。生徒の前なんです」



 ローニウスは口に人差し指を当て、チラチラとメルクリウスを見遣りながらハンドサインをシーベルに送る。

 シーベルはそれを愉快そうに目を細めて眺め、メルクリウスは真顔のまま、居住まいを正した。

 


「大丈夫じゃよ。メルク君に隠そうとしても最初から筒抜けじゃ」


「先程も言いましたが、それはどういう事なのですか、シーベル様」



 ローニウスのその疑問に対してシーベルの視線は静かに事の成り行きを見守るメルクリウスへと注がれる。



『メルク君。構わないかね?』


『出来れば隠す方向で……』


『なるほど』



 そう読唇術による短い会話を済ませ、シーベルが話し始めた。



「実はな、既にメルク君は高い実力と技術力を持った魔術師の一人なのじゃよ。ほれ、生徒にしては当学院の訓練所設備について詳し過ぎたじゃろう。あれは何を隠そう、メルク君も設備の開発に携わった一人だからなのじゃよ」


「とはいえ、所詮はひよっこでして、ほとんど見学に近い形だったのですけどね」



 メルククリウスは苦笑を漏らしながら、シーベルのその嘘に乗っかる。


 正確に言えば、八割が嘘で二割が真実だ。あの訓練所の投影設備は一からメルクリウスが設計し、一人で作ったものである。無論、担任の教師に嘘を話すことに抵抗が無いわけではない。


 しかし、真実をまともに話して一体何になる?

 自分があれを一人で作りました、と。自分が現一位の魔術師なのだ、と。そう言ってしまえば、たといメルクリウスの目前に座る、この良く出来た人物もまた、畏怖の念を抱いてしまえば、メルクリウスの日常はどんどん蝕まれていく。


 そもそも、メルクリウスは感情というものに疎い。

 理解は出来るし、ある程度は感情というものに触れることがある。しかし、明らかに常人よりも感性が錆びついてしまっている。その原因足り得たのはメルクリウスの養父、エルザック・レイフォントの意向が故か。


 メルクリウスは常人の十数倍もの魔力を持つ。これが魔術師にとって何を意味するのかは言わずもがなである。

 例えば、そう。全く同一の技量を持つ二人が単純な魔法の打ち合いをすれば、勝つのは魔力量の多い一方である。また、魔力の多さは余裕を生む。一つ一つの魔法に込められる魔力量はさることながら、格上を相手にしなければ連戦すら苦になることはない。

 

 魔法と呼ばれる人間に与えられた力。これを発現するために必要不可欠な魔力。それを多く持つという、その意味する所が如何に他者より優れていることの証左であるか。

 しかしながら、大いなる力には代償がつきものである。魔法や魔力が、魔とされるのはこのためだ。


 話を戻そう。つまりはこういうことだ。


 メルクリウスには先天的に常人を遥かに凌ぐ魔力量があった。魔力量の多さはこの過酷な世界で生きる上で大いに役立つが、そこには重大な問題があった。

 

 人という器には余りある力は次第に器から零れ落ち、周囲へとその影響を及ぼし始めた。


 メルクリウスは魔力量の優位性を得ながら、その欠点を覆さなければならなかった。そこで考案されたのが感情の完全なる制御。


 元々、魔力は人の感情に敏感に反応することは周知の事柄であった。それが何故なのかは未だに判然としないまでも、その事実を基にメルクリウスの養父が生み出したのがそれであった。


 聞くに悍ましく、見るに耐えず、言うにはあまりにも世界は言葉を知らず、筆舌に尽くし難き、それ。


 薬学、心理学、工学、そして魔法学。ありとあらゆる方法を以てしてメルクリウスの感情は人為的に揉み消された。


 壮絶だ何だ、というなかれ。こんなものは不幸ではない。こんなものは非業ではない。外道とすら呼べず、人類の未来を鑑みれば、正道とすら言えた。


 メルクリウスは当の昔に忘れてしまった。感情がなんであるかを。養父の流す涙を見て自身が何を思ったのかなど、もう、覚えてはいない。

 すまない、とそう言葉を投げかけられた時自身はなんと返したのか。自身は何を思って、最後に心の底から笑ったのだろうか。


 故にメルクリウス・レイフォントに嫉妬や傲慢、羞恥、嫌悪、愛……。その他すべての強い感情を起因とする物は生まれようがない。


 ひたすらに合理性を持ってして今任務の遂行を目指すのだ。

 只の人として生きる、というこの任務を。


 気付けば、メルクリウスの口は嘘八百を並び立てていた。きっちり数えて八百だった訳はない。精々が百かそれ以下。それだけでこの人の好い担任教師を騙すには事足りた。軍人ともなれば、偽装工作の一つや二つ、経験するものだ。特に魔術師は用心深い。基本的に他人など利用価値があるか否かで生きている者も決して少なくはない。ただ、それがこの限られた人類の生存圏で許されるかどうかはまた別の話であるだけで。その意味で言えば、学院の教師をしているだけのローニウスなんぞ、たやすく騙せた。


 シーベルはローニウスの隣で苦笑いを浮かべながらも何か口を出してくることはない。


 メルクリウスが職員室を出ようとする頃にはローニウスなんてものは素直なもので「いやぁー、すまなかったね」と言いながら朗らかに笑い、すっかりメルクリウスの嘘を信じたようだった。


 ただ職員室の外、着いてきたシーベルはほとんど正確に真実を把握している。隣でため息を一つ。



「ふむ。メルク君、あまり無茶をするものではないぞ。君が日常を欲する気持ちが本物であるか否かにかかわらず、被害という面でみるならば君は余りある力を持っておる。極力、窮屈な思いはさせん。しかし、儂にも手の届く範囲というものがあるのじゃ」

 


 道すがら、話すシーベルにメルクリウスは耳を傾けた。人として生きてきた年月はメルクリウスの倍以上。経験の差は歴然であり、人生の先達からの言葉を無下になど、どうして出来ようか。

 


「今回は学院長、副学院長両名が中央街区への招集故に序列指揮系統に倣い、儂が《魔法気化現象》として事を収めたが今後もそう出来るとは限らん。ルメーニア副学院長は寛容な方であるが、レイデン学院長は厳格な方じゃ。問題行動は例え、君でも許されんじゃろう。儂はあくまで個人的に君を支援しておるに過ぎんし、その為なら職権乱用を辞さん心意気じゃ。それは今までの君を見てきたからこそであるが決して褒められたものではない。故に本来はこの問題における対処において、レイデン学院長が下すであろう判断。即ち、然るべき罰を与える事が正道じゃ」



 苦渋面のシーベルからは仄かに悔しさのようなものが垣間見える。本気でメルクリウスを思うが故のことであるのは明白だった。

 

 説教臭く話し続けるシーベルはまさにメルクリウスの抱く教師という人種への偶像そのままであり、メルクリウスに方法を変えていかなければならないと考えさせた。


 


 


 


 






 そんなことがあって数日。メルクリウスはルミアを見舞った。幼馴染という設定であることを重視したわけではない。特にこれといった目的はない。一般常識に照らし合わせて考えるならば、友達が入院でもすれば見舞いに訪れるのは当然であるように思っただけだ。


 最初に病室へと入ったメルクリウスを迎えたのはやはり、いつも通りの無表情を浮かべたルミアだった。

 驚いた、と艶やかな銀の髪を垂らし、顔を隠したままのルミアが内心を吐露しなければメルクリウスは生涯、この時のルミアの感情を知ることはなかっただろう。


 やはり、感情というものは扱いづらい。メルクリウスは改めてそれを感じさせられながら、ルミアに体調はどうなのか、気分は幾分良くなったと返すルミアに対し、そうか、と。


 そんな風に辺りざわりのない会話を続けているとスーフィアに、カルロとアルトの三人もまた、ルミアの病室へと訪れた。それからはただの雑談だ。

 

 友達同士の他愛もない会話。行間にあって然るべき、けれど、話すには値しない、そんな時間。


 メルクリウスはそこに日常性を密かに感じながら、如何にも今を楽しんでいるかのように振る舞った。

 いや、実際に楽しいのだろうとは思う。しかし、それは何処か他人事で。言うなれば、小説の中に出てくる主人公の独白を読んでいる読者のようなものだ。

 

 自らの感情としてそれを認知しているとは言い難い。(感情の抑制はその発露を抑え、メルクリウスに冷静さを強いるのではない。頭と感情を切り離しているのだ。感情なんてものは脳の一部機能であるから、それを完全に潰してしまうのはまずいのだ)


 それから数日は放課後にルミアの病室に集まり、雑談するのが五人の日課となった。男女比に過度の偏りがなかったのが良かったのか、それとも元々相性のいい組み合わせだったのか。いずれにせよ、五人の仲は順調に深まっていった。


 そんな中、ルミアが入院してから五日、つまり学院入学からは一週間が経とうとしていた頃。ラリエル・ブムダアイとの予期せぬ茶会を乗り切り、メルクリウスはルミアの病室へと急いだ。日課になりつつあったその行事を投げ出すことはメルクリウスには躊躇うべきものであるように思えたのだ。

 


 病室へと入ってくるメルクリウスに唖然とした表情を浮かべた一同。中でもルミアは普段がアレな為にそんな顔も出来るのかと単純な発見をメルクリウスに与えた。何故、遅くなったのかと言う所でひと悶着あったとはいえ、来たなら来たで、メルクリウスも交え、わいわいと五人はその時間を過ごした。


 そして、今。


 メルクリウスとルミア以外は帰ってしまった病室で。メルクリウスにはどうしても言わねばならい……いや、しなければならない事があった。彼には並々ならぬ事情があるし、彼の生活を守るためにはメルクリウスは非情であらねばならない。


 彼はただ、普通の生活を送りたがっているのだ。それを目の前のこの可憐な少女に訴えようと何にもならない。

 

 どうしようもない。

 

 それがメルクリウスの決断だった。

 


 

 


 

18時に第九話が上がります。

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