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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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閑話『怪人たちの舞踊』


 血が、肉が、骨が。溢れ、切れ、潰れ。そうして、命が零れていく。

 

 

 「ごぷっ…… 」

 

 

 視界は涙でぐちゃぐちゃだ。痛くていたくてイタくてイタクテ。割かれた腹から何かが落ちる。反射的に押さえようとした手が宙を掻く。嗚呼、理由は分かっている。なんたって、手が足りないんだから。

 

 肘から先のない腕じゃ、押し留められなかったモノが落ちていく。沢山、タクサン。

 

 

 「ご、ロゼッ! 」

 

 

 音の代わりに吐き出る紅。叫ぶ。それがまた一つ、自分を擦り切れさせていくと知っていても。それが俺を前進させるというならば。過去を捨て、未来を掴ませるというならば。

 

 瞬間、視界が飛んだ。いや、頭だ。俺の頭が文字通り、吹っ飛んで──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「《最強ザ・ワン》〜。また逢いましたねぇ。しっかし、君はいっつもバッドタイミングで現れる。」

 

 

 道化の仮面を被った男。《悲嘆》のジェルジェンド。森の中で両手を広げ、俺を迎えた怪人の名だった。

 

 

 (……ルミアとの約束は守れそうにないな。だが、それも──)

 

 

 「貴方が悪い。」

 「なんだろうなぁ。君の言うことは単刀直入だし、主語がなさすぎて、よく分からないなぁ。それよりもいいのかい? 森が燃えてる。」

 

 

 怪人が指差したのは遥か後方。俺が背にする防衛ラインの中。そこから無数に打ち上がる火線はその下で数十もの学生たちが魔物と戦い、そして、命を散らせていることの証左だった。

 

 最前線で魔物を狩り、学生たちに近付かせないという今回の作戦。それは遠征開始早々、全方位より押し寄せる圧倒的な物量を前に無に帰した。そのため、大きな脅威を優先して潰していく方針に転向せざるを得なかった。

 

 

 「今更、そんな事で俺の心は揺れない。その諸悪の根源が目の前にいるとなれば、尚のこと。」

 「あらら、怖い顔してるねぇ。といっても君ぃ、揺れる心なんてもう残っちゃいないでしょ。まだ君が《最強ザ・ワン》の称号を冠した頃には残ってたはずの、それさぁ。」

 

 

 否定しない。ただし、肯定もない。ジェルジェンドという男はいつもそうだ。お喋りなようで大事なことは間違っても口にしない。

 

 

 「あぁ〜、今頃あの子、ほらなんて言っていたっけ?るっ、るっ、ルッ、ルッ……そうそう、ルミアちゃん。彼女、すごく頑張ってるんじゃないかなぁ?友だちを守ろうと必死でさ、自分の抱えてるトラウマに蓋をして。でも、君じゃあないんだから、そういうのは長く保たない。早く行ってあげたほうがいいんじゃない?僕なんか放っておいてさぁ。」

 「今、あなたを殺しておかないともっと多くの犠牲が生まれる。」

 「より大きな善の前には小さな命は踏み台になるべき、だと?如何にも心ない化物が考えそうなことですねぇ? 」

 

 

 大仰な身振り手振りを交えて、話すジェルジェンドのそれはその実、精神や理性に深く作用する、魔術が込められたパントマイムだ。催眠術のようなものともいえる。言葉と動きが連動し、人を意のままに操る奇術師。

 悲しみに暮れる人からその涙さえも奪いさる。その怪人につけられたのが《悲しみ喰らい》であり、《悲嘆》。

 

 

 「何が目的だ。」

 「だから、あなたは直接的すぎると、もっと遊び心を──」

 「──黙れ。九十九の魔術師が序列第九位、《悲嘆》のジェルジェンド。我が賜りし《最強ザ・ワン》の銘を以てして、お前の命貰い受ける。」

 「そんなに私と戯れたいので? 」

 

 

 ジェルジェンドが仮面の奥から向ける冷たい眼差し。そこにある紛れもない殺意。迸る魔力はこの男の意思を体現するかのよう。

 

 

 「仕方ない。そっちがその気なら、私も少しばかり本気を出すほかない。

 ちょっとそのツラ、お貸しになられてくださいな、《最強ザ・ワン》。」

 

 

 言い終わるか否かのタイミング。俺に向かって幾多もの魔法が放たれる。それを全方位に張った結界魔法で防ぐ。

 

 結界に当たっては確実にダメージを蓄積させていく、一つ一つが高威力の魔法。最初から準備していたのだろう。俺を殺すために舞台を整え、俺を殺すために此処へ来た。最早、疑う余地もない。

 

 

 「『やはり、こいつは最初から俺を狙っていた。ジェルジェンドは敵だ』とそのように考えているのでしょう、メルクリウス君。しかし、考えても見てください。君自身が危惧するように君という、いつ壊れるともしれない力の容れ物がまだ生きていていいと?本物の化け物になるまで自分は意地汚く生きたいと、そう仰るので?

 これは慈善事業なのですよ。あなたという危険物を早急に片付けること。これは言わば、《最強ザ・ワン》という人類にとっての癌を取り除く、治療。小数の英雄に縋る時代はもう終わりにしようではありませんか。それは貴方も望むことでしょう。」

 

 

 結界によって無傷ではあるが、魔法の乱打に依然、晒されていることは変わりない。このままでは埒が明かない。

 

 

 「《流転変遷オルテン・アルロンシア》」

 「《多次元圧縮》」 

 

 

 反転魔法の発動に合わせ、繰り出される《悲嘆》の魔法。土埃の向こうで微かに見える、敵対者はこちらへと向け、伸ばした腕の先、両手で何か潰すような格好をとっていた。

 

 そんな印を視認した直後、上下から訪れる重力。

 

 (俺が結界を解くことを見越した攻撃。最初からこれが狙いか)

 

 しかしながら、この程度の拘束は俺を捉えるに及ばない。

 上下に逃げられないならば、左右へ。

 

 

 「──! 」

 「魔法とは理屈だ。相手を絶対に殺す魔法なんてものがないように、一見無茶苦茶なように見えて、その実、全ては道理の上にある。」

 「……戦闘中にお説教とは!傲慢ここに極まれりですねぇ。」

 「それだけの差があるってことだ。《撃滅アルトプ・ナハト》」

 「くっ……! 」

 

 

 《悲嘆》へと向けられた俺の指。そこから一条の光線が放たれる。音もなく伸びたそれが、空気を裂き、ただ真っ直ぐに《悲嘆》を貫いた。

 心臓を狙ったその一撃は流石というべきか、驚異的な反射速度を持ってして、光にも反応してみせた《悲嘆》により、左肩を貫く結果となった。仮にも人類の守護者としての、その実力は確かだということだろう。とはいえ、この魔法はただ光線を放つものじゃない。

 

 

 「《起動グラッブ》」

 

 

 鍵言を口にしながら、掌を握り込む。瞬間、《悲嘆》は焦りを顔にするが、もう遅い。

 

 爆発。飛び散る血肉さえも蒸発させるほどの極度集中型爆散魔法。それこそが《撃滅アルトプ・ナハト》の本質だ。

 

 もうもうと立ち込める土煙。その中に果たして、残るものがあるのかどうか。常ならば、そう考えて間違いない。しかしながら、相対するは《悲嘆》。九十九の魔術師にして人類の到達点、その第九次席。痛手を負わせることは出来ても、命まで取ることはできないだろう。と、思考を巡らせる俺の前で煙幕が晴れた。

 

 

 「イッタイじゃ〜あないですか。流石はザ・ワン。孤高にしてサイコォウの、トップ・オブ・ザァ・ワンッー! でも残念ですね。私はちょっとおかしいもので。」

 

 

 そう言って、《悲嘆》がフリフリと振り回すのは己の左腕だった(•••)もの。左腕が本来付いていた場所──肩口からは乱雑にもぎ取った跡が見て取れた。魔法によって塞がれてはいるが、相当な痛みを伴った筈だ。思いついたとして、まずやれるかどうか。それをこの短時間に成し遂げる精神力。まさに人として逸脱した者に相応しい胆力といえるだろう。

 

 

 「それにしても、容赦がありませんねぇ。仮にも私は君の同僚。ほら、この間だって君のガールフレンドを助けてあげたじゃないですか。その恩を仇で返すというのはいただけませんねぇ。」

 「《狂炎ブルナハ》」

 「チっ、敵とみなせば聞く耳持ちやしない!君のそういうところが嫌いなんですよ!

 《爆破付与》! 《寡言バラク》!!!」

 

 

 《悲嘆》は早口で俺を罵ると、爆破の魔法を付与した自身の左腕を、こちらへと投げ寄越した。更に怪人は間髪置かず、防音魔法を繰り出す。

 

 瞬きの後、投げ寄越された《悲嘆》の左腕が、俺の目の前で閃光を放つ。いや、正確には放っているはずだ、と言い換えるべきか。

 《悲嘆》が放った魔法は、俺の周囲から空気を奪うものだ。結果、音も光も遮断される。それ故、俺自身の視覚にはただ真っ暗な光景が広がっていた。

 空気の再生成よりコンマ一秒にも満たない時間を置いて、骨と肉の混ざったものが亜音速で此方に向かって飛来。それを黒色結界で迎え撃つ。


 

 「逃げる、か。」


 

 しかし、相手にしてみれば、そんな事は百も承知だろう。

 次に視界が晴れてみれば、魔界の森の空白地帯が広がっていた。俺の作り出した結界部分を除いて、大きくくり抜かれた大地は剥き出しの地層を見て取ることさえできた。そんな中、嘲笑う怪人の姿もまた森とともに消え失せているのだった。

 

 俺は遠く、煙の昇る森を見る。《悲嘆》を退けるという最優先事項を満たした事はいい。しかしながら、更なる怪人の暗躍を防ぐ為、ここで追撃に出るべきか否か。今日の手合わせで怪人が──その精神性は兎も角としても──殊、戦闘において脅威と言えるものではないことは確認できた。

 ただ、奴の真意は測りかねる。

 

 混沌の魔術師、涙を啜る怪人。或いは魔術師殺し。彼の魔術師が真価を発揮するのは対魔術師戦において。されど、俺の相手ではない。

 それは彼の魔術師が精神感応系魔法の使い手であるからだ。《悲嘆》にとって戦闘能力など二の次。戦わずして勝つのが、《悲嘆》という称号を与えられた魔術師のやり方。それ故、俺に勝つ事は万が一にも考えられない。それこそ、俺の感情を呼び起こすことでもない限りは。

 

 

 「約束、だったな。」

 

 

 思案の末、俺はスーフィアたち四人がいる方角へと足を向ける。

 

 《悲嘆》の目的は分からない。ただ、俺がいる事を承知であったならば、止められることも必然と知っていただろう。それでも尚、実行に移すということは単に遠征を失敗させることが目的とは思えない。逃げ足の早さとその方角からして、恐らくは……。

 

 当座の間、仕立て人の捕縛及び排除は不可能だ。それならば、手の中にある命を救うべきだ。

 

 左足に力を込め、大地を蹴る。魔法により強化された人体は矢の如く。魔界の森を突き抜けた。

 

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