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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第三十一話『地獄の花園』


 動揺。それは魔法を扱う上で、障害となるもの。

 故に多くの魔術師は最初に感情のコントロールについて学ぶ。怒りや悲しみを魔力として昇華させ、より大きな力へと変えるのだ。

 

 だから、そう。さっきのは暴発なんかじゃない。深く心の奥底に沈んだ澱を吐き出したまで。

 

 

 「私は大丈夫。私は戦える……」

 「すいませんが、ルミア教官。私にはとても大丈夫なようには見えませんが……」

 

 

 独りごちる私にシモンが横槍を入れる。人がセルフマインド・コントロールに努めている横で、わざわざそれを否定するようなことを……。メルクリウスじゃあるまいし。

 そんな空気の読めない同行者へ私が一睨みくれてやると、彼は肩をすくめ、それで?と訊ねてきた。

 

 

 「それで、このまま直進でいいんですか?」

 「私の実力を疑っている?あなたは確かに学院の中じゃ優秀で、学生にしては色んなことができるのかもしれない。それでも実戦では、私の方が上。上官には従った方がいい」

 「なるほど、軍人らしいお考えですね」

 「……それは皮肉?」

 「それ以外に何があると?」

 「そう。分からないならいい。分かったときにはもう手遅れかもしれないけど」

 

 

 そうして、十分。森の中を走った、私たちは赤い霧の前でその足を止めた。

 

 

 「どうやら、臨時でキャンプを行うことにしたようですね」

 

 

 隣でシモンが言うように、この霧の向こうでは学院の一団がキャンプを張り、立てこもっている状況だろう。私たちの前に立ちこめる、この赤い霧の正体が大規模な防護魔法であること、それが物語っている。

 

 

 「鍵は?」

 「《オルフェンズ・ラルトーリア・ドロー。シモン・ラズラエルが命ずる。何人をも阻む障壁よ。我が道のため、その門扉を開けよ》」

 

 

 私の問いかけに、シモンは朗々と鍵言を詠い上げることでその答えとした。

 戦闘において、詠唱魔法は大きな隙を生む。無論、その分、それら詠唱を必要とする魔法の殆どがより高位の事象を引き起こすことを可能とするが……それらは魔法の条件付け、イコール代償を払うことに因る。

 結界とはその性質上、通さないことを主とする。そこへ生命維持に必要な酸素やその他、空気中の水分などは最適な分量で通す。そういった細々とした設定を魔法に組み込むとなるとどうしても穴が生まれる。それを代償に肩代わりしてもらう。代償不安法則と呼ばれる原理に則る魔法原理の一つだ。

 今回のような設置型の防護魔法であれば、鍵言の設定が挙げられる。

 しかし、それは外からやってくる外敵に対しては有効でも──

 

 

 「……そんな長い詠唱、魔物に追われてたら、まず唱えられない」

 


 ──外からやってくる仲間の迎え入れには適さない。

 その意味するところは言わずもがな。

 

 

 「ええ、この中の様子もそこまで余裕があるわけじゃなさそうですね。即席と言えども学院の先生方が何人かいらっしゃるならもう少しマシな防護結界が張れるはずです。これは生徒会が独自に編み出した魔法、その荒削りです」

 

 

 なるほど。学院の生徒会というのはそういう事もやっているのか。どれぐらいの規模で運営しているのかは知らないが、人類最高峰の魔法教育機関が誇る生徒代表だ。その実力もまた、然りだろう。

 

 そんなことを考えるうち、目の前の赤い霧が晴れ、道が拓かれる。

 どうやらキャンプ地はこの奥らしい。

 

 シモンは私へと頷きかけ、前を歩き始める。

 私もそれに異論はなく、大人しく彼の後を付いていく。そんな私たちの背後では既に霧が立ち込め、歩いてきた道は見えなくなっていた。

 

 

 

 そうして、五分程歩いた頃。前方から俄に騒ぎ立てる音が聞こえてくる。シモンはこちらを振り返り、私が視線を前にやれば彼も理解したのだろう。

 私たちは駆け足になって、先を急ぐ。するとすぐに五十人そこそこの集団に出くわす。一律、魔法学院の学生服を着ていることからどうやら、ここに先生は居らず、生徒だけがいるらしい。

 して、そんな集団は円心状になって密集しており、人の間を縫って辛うじて見えた先には四人の生徒がいるようだった。

 最初はこの四人が生徒たちを落ち着かせようと演説でも行っているのかと、行っているのかと思ったがどうやら、それは違うらしい。

 

 三対一。外から見た構図は確かにそう見えた。

 耳を澄まし、情報を集める。そこから分かったのはこの集団が、内側にいる四人と彼らの言い争いの行方を見守るガヤによって構築されたものだということだ。

 そして、三対一の構図が指し示すとおり、四人の言い争いは一人の男子生徒へ三人の男女が抗議するような形で行われていた。けれども、言い争う数では負けていても、三人に責め立てられる側の男子生徒は、堂々たるもの。細身の体躯に眼鏡をかけた姿はどことなく、黒髪に翡翠の瞳をした友人を思い出すが、しかし。纏う圧は一生徒のものとしては過分。軍属魔術師にも引けを取らない。

 そんな彼らの話をよく聞こうと集団のすぐ側まで近づいてみる。

 

 

 「ですから、先生方の救出に僕らが行ったところで良くて足手まとい、悪ければ犬死にです。ここで避難所としての機能を充実させ、防護結界をより強固かつ外からでも入りやすいものへ張り替えましょう。そちらに労力を回すほうがよほど建設的です」

 「で、でも!先生方は私たちを逃がすためにあれだけの魔物の数を相手にするつもりよ。少数の精鋭でこの場所にテントを構築したことを報告すれば……」

 「なればこそ、です。先生方は既に負傷、もしくは瀕死の重傷を負っているかもしれない。その場合、この場所の維持と改善に先生方のご助力を願うことはできません。となれば、いま余力のあるうちに補強した方がいい。そちらのほうが救える命は多いでしょう」

 

 

 毅然とした態度で三人の意見を撥ね付ける眼鏡の男子生徒。彼がこの生徒の集団においてどのような立ち位置にいるのかはしれないが、言っていることには一理ある。

 救出と一口に言ってもここは魔界。話を聞く限り、既にこの集団は接敵後、先生方を殿としてここまで敗走してきたということがうかがえる。その状況からみるに、敵は多数ないし生徒の手には負えないほど、強力なのだろう。

 それらを鑑みた上で、目先の利益より後先の安全を取る判断は中々、出来ることではない。それも見知った人間の命がかかっているとなれば、尚の事だ。但し、先生方という貴重な戦力以上のものを失うことは致命的な打撃となる可能性を孕むが。

 

 そして、いま論争の決はどちらか二つに一つと絞られている。それは翻ってみれば、この場の戦力はどちらか一つに集中すれば、作戦成功の可能性をもっているということ。ここに頭数として私を生徒主導とは別策に入れてしまえば……。

 

 

 「エディ! 」

 「……! どこに行ってたんだ、シモン」

 

 

 と、作戦を練る私の横で、シモンが声をあげる。どうやら、眼鏡の生徒はシモンの知り合いだったらしい。

 して、そのシモンの言葉によって、生徒たちの関心は真ん中の四人から私たちへと移る。そんな人の波を掻き分け──というよりはシモンの顔を見た生徒たちが、自然と道を開けたという方が正しいか──輪の中心へと歩き進むとエディと呼ばれた男子生徒の視線がコチラに向けられる。

 

 

 「ん?あなたは確か……」

 「ルミア・ラルカ特別教官だよ。さっき、森の外近くまで出たとき、偶然ね」

 「なるほど。会長様々というわけですか」

 

 

 そのエディの言葉に肩を竦めるシモン。この状況を狙ってのことではないだろう。しかし、私に接触を図ったのは間違いなく、こういった状況を見越してのことだ。たしかに、最高峰の魔術師教育機関、生徒代表として名を連ねるに相応しいだけの頭のキレは持っているらしい。

 

 

 「さて、エディ。生徒会書記として、この場における指揮と混乱の鎮静化、よくやった。ここからは俺がそれを引き継ごう。それでいいですね、ルミア特別教官」

 「異論はない。勿論、私はあなたの指揮下には入らないけど」

 「ええ、構いません。考えているプランは似たようなものでしょうからね」

 

 

 本来は教官としての地位にあり、且つ実践経験豊富な私がこの場を取り纏めるべきだろう。しかしながら、現在は非常事態の真っ只中。普段の行いというものが如実に反映される。それで言えば、生徒会長として活動してきたシモンの人望は目を見張るものがある。

 それは今の一瞬で生徒たちがシモンの言葉に耳を傾け、抵抗なく提案を呑み込んだことからも容易に推察できる。生徒を取り纏めるのはシモンが適任だろう。

 

 

 「それで、状況は?」

 

 

 改めて、エディたち生徒へと訊ねるシモン。 それに対し、答えるのはエディと言い争っていた三人の中の唯一の女子生徒だ。

 

 

 「さっきのお話、聞こえていたかもしれませんが……状況としては私たち、第一斑は遠征開始数時間で森に到達。森の中を行進中、複数の魔物と接敵。普段、群れることのない種までも居たため、異常事態であることは誰の目からも明らかでした。そこで先生方は私たち生徒を逃がすため、殿兼囮を務めると仰られ、私たちは逃走。それがつい半刻ほど前のことになります」

 

 

 そして、現状はここに陣を敷き終え、方針についての議論中、私たちが乱入した形か。


 

 「なるほど……では、部隊の編成を行う。各々、俺の言うように並んでくれ」

 

 

 女生徒の報告を受け、シモンは即座に全員へと指示を出す。事も無げに行う、そのさまはまるで筋書きでもあるのかと疑うほどだ。しかし、今の状況を一体、誰が予想できるというのだろうか。 

 それこそ、この事態に黒幕でもいなければ不可能だろう。 

 

 

 (いや、そう。これが人為的に引き起こされていることなのだとしたら。その仕立て人はメルクリウスを以てしても止められない方法をとったということ……つまり)

 

 

 つまり、それは私よりも遥か高みにいる存在が関わっているということ。

 

 それが特殊な魔物なのか、それとも人類の破滅を願う魔術師なのかまでは分からない。ただ、現状を鑑みれば、上位者の存在はどうしてもチラつく。

 一度、気付いてしまった事実は私を迷わせ、行動を制限する。

 

 

 (いいのか?本当に?)

 

 

 このままで。今すぐ、私が為すべきはこの場にとどまり、ここにいる人たちを助けることだろうか?

 

 

 (私は何のため、メルクリウスに師事したのだ)

 

 

 私の心が決まるのとシモンが作戦を口にした瞬間が重なる。

 

 盤面は加速度的に変化を遂げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 シモンの指示の下、結界補強に数十人を残し、少数精鋭として教師陣の救出隊に選ばれた数人の生徒とともに私は避難所を出た。

 

 確かな分析を元に編成された生徒各自の動きはよく訓練された兵士そのものであり、全員が淀み無く与えられた仕事をこなしていた。 高い実力と命がかかった現状。この二つが絡み合い、生徒の成長を促している。それらは奇しくも、この魔界遠征に求められていた事柄だった。

 

 

 「(Go.)」

 

 

 シモンが事前に決めていた合図とともに音もなく、学徒精鋭部隊は歩き始めた。索敵魔法は使わず、マイクロ波を用いた古典的索敵と各々の危機察知能力。それらだけがこの森で敵に遭遇しない上での、頼みの綱だ。異変を感じた場合は出発前、全員に配られた通信機を通し、報告。

 結界を出てすぐには逐一、遠くで聞こえる鳥獣型の魔物が発する鳴き声から果ては木々のざわめきまでが情報として集まっていた。しかし、十分もすれば、必要な情報とそうでない情報というものが分かるようになったらしい。

 

 優秀なレニオレアの先輩方は程よい緊張感を保ったまま、焦ることなく森の中を進んでいく。時に早足で、時に忍び足で、一糸乱れぬ動きは中々どうして、様になっている。

 

 と、内心で学院生徒たちへの評価を改めていた私の前。シモンが静止の合図を出す。そして、すぐ側に控えていた学生へと何事か訊ねる。訊ねられた学生の方は二、三度シモンの問いかけに頷き、そこでやっとシモンが後ろにいた全員を振り返った。

 

 

 「皆、この先に先生たちがいる。どうやら魔物との交戦只中にあるらしい」

 


 真剣な面持ちでシモンはそう切り出した。

 言うまでもない。私たちは殿となった教師陣の助けに来たのだから。しかし、それでもここに一拍置く意味を知るからこそ、シモンはリーダーとして信頼されているのだろう。

 

 

 「敵味方入り乱れた乱戦になることは確実だ。途中、思いがけないアクシデントが発生することもあるだろう。だから、目的はシンプルにしておこう。最初の波を押さえきった時点で一斉に離脱。殿は残さず、魔物たちの後方へ簡略化魔法を撃ち込んであとは振り返るな。出発前に確認した三人一組のペアはそれを維持して、避難所へ向かうこと。そのグループは戦線を上げる段階で撤退を始めてくれ。以上。質問は?」

 

 

 シモンが一人、一人と視線を交わしていく。

 

 私はこれと似たような光景を見たことがある。

 任務に赴く前の、あの決死の覚悟を固めた軍人たち。それが今のシモン達に重なって見えた。

 

 これより先にあるは魔物たちによる包囲網。私自身はそれを超えた先、スーフィアたちのもとまで行くことを目的としている。故に、彼らとはそこまでの付き合いでしかない。

 このことはシモンたちも了承している。私からは突破力を、彼らからは分散性を、それぞれギブアンドテイクの形で利用し合う仲だ。

 

 果たして、上手くいくかどうか。魔物の総数も分からない現状、ぶっつけ本番で乱戦の中を潜り抜けられるだろうか。

 いや、やらねばならないのだ。

 

 私は地獄の先に用があるのだから。

 

 

 

 

 

 

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