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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第二十七話『ウォーミングアップ』

前回更新時、誤字報告(アステルの改名を行った際の改名漏れ)をして頂きました。それだけ、しっかりと読んでくださっている読者の方がいてくださる事に感謝しつつ、すぐに訂正をさせて頂きましたことを、ここにお礼とご報告申し上げます。


今後とも、誤字・訂正報告並びにご感想、心よりお待ちしておりますm(_ _)m

「ルミア君、ようこそ。ここが人類域最前線にして、最西端。西の守護門が《ベルトニクス=アルゲントス》のまさに真上じゃ。君は初めてこの上に立つじゃろうからな。本来は今、儂らが立っとるこの真下を通り、魔界へと赴くが……今回は結界より外に用はないのでな。但し、もう数歩も足を踏み出せば、そこは魔界じゃ。ルミア君からするとまだ、ちと見辛いかもしれんがの」

 

 

 転移後独特の上下左右不覚状態から回復した私の耳に、シーベル老師からの言葉が届く。

 

 その言葉の通り、結界があるのであろう前方へ目を凝らしてみても荒野を挟んだ向こう、守護門から五百メートル先に広がる森が延々とあるだけだった。しかし──

 

 

 「ルミア。その眼、使いならせるようになっておけ」

 

 

 ──囁くメルクリウスの言葉に従い、魔眼へと魔力を込めてみる。最初はほんの少し、流すつもりで。されども想定以上の隠蔽が為されていた結界は微量の魔力では視ることさえ適わない。

 

 

 「ルミア、手を貸せ。使い方を教えてやる」

 


 魔力の調節に手こずる私を見兼ねたのか。メルクリウスが再度、声を掛けてくる。老師たちはクロス教官へとメルクリウスが行うパフォーマンスについて説明するのに忙しく、コチラの様子には気づいていないようだった。

 

 それをいいことに、私は後ろ手で彼の手を握る。すると、例の個人間での魔力循環が起こり始め、メルクリウスの内包する莫大な魔力の一端が私へと流れ込んでくるのを感じる。

 

 

 「あっ、くっ……」

 

 

 魔力の交換は一度、経験しているとはいえ、決して慣れるようなものではない。しかも、今回は魔眼へと魔力を込めるために完全な循環ではなく、私の体内魔力が幾らか増える形だ。当然、身体への負担もそれ相応のもの。気がつけば、目眩とともにふらりと身体は傾きはじめていた。傾く視界の中、式が、視界の全てを埋め尽くすほどの式が──嗚呼、ヤバイ。

 

 

 「どうかしたか、メルク君」

 「いえ、ルミアが少し。守護門ほどの高さを誇る建物は聖域内にはありませんからね。目眩を起こすのも致し方ないでしょう」

 「そうかね?まぁ、間違っても落っこちぬことじゃな、ルミア君。この辺りは魔法の効きが悪いでな。中へ落ちる分にはマシじゃが、外縁に落ちたときは命の保証はしかねるゆえな。まぁ、そのときはメルク君がどうにかしてくれるじゃろうて」

 

 

 呵呵と笑う老師の声が風に乗り、木霊する。任務外で守護門の上になんか、乗っているのがバレれば、一介の軍属なんて首が飛ぶほどの重罪なのだが……そんなもの老師たちにすればお構いなしなのだろう。

 

 誤魔化すメルクリウスに支えられながら、そんなどうでもいいことを私は考えていた。

 いや……考えていなければやっていられなかったというのが正しいか。

 こう不意打ちで触れられると意識せずにはいられないではないか。全く。メルクリウスはそういう人間の心の機微をもっと学んだほうがいいと私は思うのだ。しかし、そんな恨み言を視線にのせてみても、メルクリウスの方はどうしたのかと物問い顔をみせるだけ。私の訴えは一向に彼へと届きそうにない。

 

 大人しく彼に「ありがとう」と返して、私はメルクリウスから離れた。そして、ついこの間、メルクリウスに教えてもらった魔力操作を思い出しながらやってみる。すると今度はすんなり、魔眼の調節ができた。式の全貌までは敢えて掴まないよう、結界が見える程度に留める。

 

 

 「その魔眼が見ているのは恐らく、揺らぎだ。流動する全て、移ろいゆくもののみを観測できる。そういう魔眼なんだろう」

 「……なんで、そんなことが分かるの?」

 「ルミアが気絶しているときに魔眼の式を視た」

 

 

 サッと自分の頬に朱が差すのを感じるが隠すのも何処か癪で、何気ない風を装って私は会話を続ける。

 

 

 「そう。じゃあ、メルクリウスにとってこの魔眼は価値がなかった?」

 「いや、そんなことはない。ただ、俺は既に魔眼を二つ持っている。加えて、魔眼の移植は失敗に終わることが多い。魔眼を取られたものが徒らに死ぬだけだ。俺にとって心を見ることのできる、その魔眼は非常に有用性のある代物だが、ルミアを殺してまで奪おうとは思わない。それだけの話だ」

 「だったら、なんで魔眼の式を盗み見たりなんかしたの?」

 「そうする必要があったからだ。あの時、ルミアの体内魔力は暴走状態に陥っていた。それに魔眼が呼応して、覚醒しようとしていた。それを止めるために魔眼の式を視る必要があった。聞かれなかったからあのときは答えなかった」

 

 

 淡々とメルクリウスは言う。考えてみれば、彼が求めている水準は一般的なそれよりも高いところにある。彼は事も無げに言うし、実際、軽々とやってのけるから忘れてしまいがちなのだ。

 彼は普通の人間が命懸けでやるようなことでも汗水一つ垂らさずにやり遂げてしまうだろう。一生をかけるべき命題をいとも簡単に解いてしまうだろう。

 その彼にとっての"普通"がこの世界でどれだけ生き辛いものなのか。どれだけ孤独なのか。

 

 それこそ、きっと彼の英雄的死を求める論理に表れている。

 

 

 「よし、メルク君。《蒼布》がここら一帯に隠蔽魔法をかける。派手にかましてもらって構わん。いや、むしろクロス君にはそれくらいのほうが分かりやすいじゃろうて」

 「そうふ……?メルクリウス、老師は彼のことを《蒼布》といったの?」

 

 

 《蒼布》。それは若くして魔術師ランク89位にまで上り詰めた超級の魔術師に与えられた称号だ。確か、名は──

 

 

 「──気付いていなかったのか?アステルは、アステル・アルシェは《蒼布》の称号を持つ魔術師で、スーフィアの兄だ」

 「……だって、息吐く間もなくここまで来たから」

 

 

 いや、よく見れば見るほどにアステル魔将とスーフィアは似ている。寧ろ、青い髪にアメジスト色の瞳とくれば、アルシェ家の者だと分かって当然じゃないか。

 

 十五大貴族筆頭アルシェ家、その長男アステル・アルシェ。スーフィアは紛れもない天才だが、その兄アステルは言うなれば、怪物だ。

 今の私やスーフィアの歳でアステル魔将は魔界へと従軍していた。当時、十五大貴族筆頭という高名な家系の、それも跡取りと目される少年が魔界へと赴いたことにアルシェ家の当主、つまりスーフィアの父親はご乱心しているなどと軍部でも噂になっていた。しかし、結果は十五歳足らずの少年が一個分隊を率いての帰還。その後もアステル・アルシェは順調に軍部で成果を挙げ続け、遂には一軍団を任されるほどとなった。アステル魔将閣下──そうアステル魔将が呼ばれるようになったのもこの頃からだ。

 

 

 「仮にも軍部にいたんだ。アステル魔将を知らないなんて、ルミアはあれだな。抜けてるってやつなんだな」

 「め、メルクリウス!」

 

 

 揶揄うメルクリウスに私は抗議の声を挙げる。これがアステル魔将に聞こえれば、何かしら罰を受けるんじゃないか……そんな心配をしながら、アステル魔将の方を窺うが──

 

 

 「──申し訳ありません。彼の《蒼布》様とは露知らず。必要とあらば、然るべき罰を……」

 「おい、貴様。ルミア・ラルカといったか」

 「は、はい。イーラ所属、ルミア・ラルカと申します」

 「メルクリウスはいつもお前とこんなにも気安いやり取りをしているのか?」

 「どうでしょうか……私はいつもメルクリウスにはぐらかされるか、揶揄われてばかりですし、気安いものかと問われると……あの、失礼ながら質問の意図がよく分からないのですが」

 「そうか……いや、いいのだ。ただ、我々にメルクリウスは冗談を言ったり、ましてや揶揄うような真似はしない。だから、ルミア・ラルカ。お前はこれから、その意味をよく理解しなくてはならない」

 「意味を理解……」

 「今すぐにでなくともよい。お前がメルクリウスの側にあり続ける限り、その機会は無限にあるだろう。

 さぁ、メルクリウス。コチラの準備は出来た。クロスに目にものを見せてやれ」

 

 

 アステル魔将の号令が掛かる。メルクリウスが魔法の詠唱を始め、クロス教官とシーベル老師がそれぞれ、それを眺める姿勢を取った。締めに、アステル魔将は一瞬にして、莫大な魔力を解放すると見渡す限りすべての聖域の結界へと干渉し、そして、隠蔽魔法を施した。

 

 そんな、絶大な魔力が荒れ狂う場所で私は一人、アステル魔将の言葉を反芻していた。

 アステル魔将は言った。『メルクリウスは冗談を言わない』と。確かに、出逢った頃のメルクリウスが冗談を口にするとき、それはただそうすることで周囲に溶け込むためだった。必ず、そこには笑みが伴っていた。

 しかし、今はどうだ。彼は真顔で必要のない冗談を言う。今、正体を知られている人間ばかりのここでメルクリウスが"普通"を演じる必要がどうして、あるだろうか。

 

 思い返せば、幾つも今日に限った話じゃない。あの放送があった日にだって、面白くはなかったがはっきりと冗句を口にしていたではないか。決して、喧嘩別れした人間に言う言葉ではなく、何一つ笑えるところはなかったが。

 

 それはつまり、兆しだ。心とは何なのか。感情とはどこで作られるのか。

 その答えは脳だ。脳が正常に機能してさえいれば、或いはその機能を回復することができれば。

 

 メルクリウスが遠く空を飛んでいた、魔物へと銃を象った手を向けた。

 ──そして、私はその魔法を知っている。

 

 

 『……遥かなる光よ。遍く全てを貫く、理の光よ。今、我が敵を討ち滅ぼし給え:《天光アルマニオス》』

 

 

 

 一条の光が遥か彼方の空へと伸びていく。その間にある何もかもを呑み込んで。ずっと向こう。大気を割って、この大地の果てへと、その光はどこまでも届くだろう。

 

 それはあの炎の夜に見た、光だった。あの日、詠唱を聞いていた訳ではない。それでも分かった。忘れよう筈もない。見紛うはずもない。

 それはルミアにとって終わりの象徴であり、始まりを意味する光だった。

 

 只の孤児だったルミア・ラルカが死に、魔術師としてのルミア・ラルカが生まれた。その祝福の光だ。

 

 耳を劈く雷鳴が轟いたのはその光が遠方へと消えた数秒後のことだった。

 

 

 「クロス教官。これで認めて下さいますか?」

 

 

 メルクリウスの問いかけに教官は最敬礼を用いて、肯定を示した。

 

 

 「Yes,sir. 貴方を我らが英雄、《最強ザ・ワン》メルクリウス・レイフォンド様であること、しかとこの目で見届けさせていただきました」

  

いよいよ、次話魔界遠征編、実地試験になります。


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