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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第二十五話『呆気ない終わり』

出来た折から投稿しております。


 ブレる、ブレる、ブレる──。

 

 

 「かはっ──」

 

 

 都合十一。先生の拳と双剣とを打ち合わせ、視覚では追いきれない先生の動きを勘と視線や微量な魔力の流れだけで捉え、それでも尚ブレるは相手の実力がなせる技。

 最早、すべてを防ぐことは適わない。辛うじて致命打を受けることのないように僅かながら生まれる隙をねらう。そんな攻防の中、身を灼く焦燥に任せ、眼前に構えた双剣を十文字に交え、背へ回せば打ち付ける衝撃。

 息継ぐ間もなく、痛みに背を丸めた私の目の前には掌底が迫る。

 それを前に戻した短剣で斬りつけ、僅かながら顎に狙いの定められたその一撃を顔の真横へ逸らす。しかしながら、軌道をずらそうともその速度までは弱められず。鎌鼬さながらの勢いで真横の空間が削り取られていく。

 

 ただの掌底でこの威力。その狙い違わず、顎を打ち据えられていたらと思うと冷たいものが背を伝った。

 

 追撃を躱すため、前方の空間へと転がり出る。無論、ただで距離を開けさせてくれる相手ではない。

 

 ──訓練場の土を踏み締める音。右に重心が傾く。息を吸い込み、力が込められる……。

 

 

 「くっ」

 

 

 背後、痛みにあがる声。足裏から伝わってくる感覚からして、良くて骨折或いは粉砕か。

 

 ローニウス先生の蹴りに合わせて、伸ばした私の足が、先生の脛を捉えたのだ。

 そのまま、砕けた先生の脛を足蹴にロンダートを決め、回避の隙は最小限に、敵へのダメージは最大限に。

 

 かといって、先生も一流の魔術師。骨を瞬く間の内に治すなぞ、造作もないこと。

 

 

 「猫みたいだな、君は」

 

 

 呆れたような声色の言葉が降ってくる。見上げれば、困り顔の先生が私に折られた左足をブラブラと振りながら立っていた。

 

 

 「お話しされるのがお好きなんですね」

 「嗚呼。僕は純粋な戦闘向きの魔術師ではないからね。単純な格闘術において、君とは体格差で僅かに上回るばかり。将来的な戦闘センスと魔法の腕においては比べるくも無いだろう」

 「ならば、退いてください。私には先生を殺そうと思えば、勝てるという自信がある。先生は確かに素晴らしい腕を持つ魔術師ですが、それでも私は魔術師を殺す魔術師。命のやり取りであれば負けはしないでしょう」

 「なるほど……。うん。これがもし戦場であり、倫理的な枷がない状態だったならば僕は君に殺されていたかもしれないね。でも、それは可能性の話。今、この場において死合ではなく、防衛戦を強いられた君と教育を掲げる僕とであれば、やっぱり僕が勝つ」

 「それはどういう──?」

 

 

 先生の話に耳を傾け、その翡翠の瞳に微かながら浮かぶ虹彩を見る。そこに描かれる魔術刻印の式。それを読み取ろうと無意識に視線を這わせ、それをよく見ようと一歩、前へ進み出た。

 

 その時だった。メルクリウスの大声が私の鼓膜を震わせたのは。

 

 

 「ルミア!ローニウス先生の目を見るなっ!それは魔眼だ。対象に気付かぬうちに《魅了》の術をかける古い魔術の一つ。中でも先生のものは強力無比。この世に二つとない天然の《魅惑の魔眼》だ!」

 

 

 そのメルクリウスの言葉に下がっていたガードを慌てて、構え直し終えるか否かの所で辛うじて上げた腕へ上段の回し蹴りがきた。

 大した構えの取れていないところへの本気の蹴り込み。それを受けて、吹き飛ばされない理由はどこにもなかった。

 

 何が起きたかなど、明白だ。敵を目前にして私は無防備を晒していた。先生の軽口に乗り、これが殺し合いならば勝てると豪語していた。その結果がこのザマだ。

 

 

 「メルクリウス君、それは言わない約束だろう!」

 

 

 口端に微笑を含ませながら、《微睡み》の魔術師が楽しげに言う。あたかも悪戯がバレたかのような気軽さで、敵の前に己が持つ唯一無二の武器を惜しげもなく披露してみせる。

 

 そこにあるは絶対の自信。一流の奇術師が種明かしすらもその技巧に取り入れることと同じく。この魔術師は魔眼という一要素についてあらゆる使い方を心得ているのだ。

 

 目は口ほどに物を言う。それは戦いにおいて最も顕著。そこに張られたブラフの数々をかいくぐればある程度の意思を読み取れる。実力が拮抗すればするほど、この読み合いは有効な一手を招くために必須となる。

 しかしながら、ローニウス・アルフォードとの戦いにおいてそれは禁忌だ。彼の目に見入ったが最後、勝利は彼のものとなる。そして、相対者に一方的な情報の規制を強いておきながら、ローニウス先生自身は無遠慮に相手から情報を抜いていける。また単に視覚の制限は不利に働くことはあっても有利になることはあり得ない。

 

 なるほど。先生が対人において自信を持つのも分かる話だ。これほどまでに対人特化の戦いができる魔術師というのも珍しい。余程の実力差がない限り、先生に近接戦で勝てる魔術師はいないだろう。

 あるならば一撃必殺。或いは長距離射撃。狙いをつける必要のない一斉掃射、大規模魔法攻撃。

 何れも殺傷能力において十分すぎるほどであり、使えばローニウス先生の命は保証できない。純粋な魔術師としても一流である先生はそれでも死にはしないかもしれない。

 

 ──いや、しかし。殺すのか?ローニウス先生を?

 

 メルクリウスの秘密は守られなければならない。それは絶対だ。けれども、その為に払うべき犠牲を間違えてはならない。先生が死ねば。今ここにある日常は取り返しがつかなくなるだろう。それに私はローニウス先生に少なからず、ルミア・ラルカ個人として好意的な感情を持ってしまっている。それはスーフィアたちに比べてしまえば、極々僅かなものでしかないが殺すことを躊躇うには十分なものだ。

 

 ──どうすれば。私はどうすればいい。

 喪失の恐怖に身が竦む。選択の結果、それが間違いだったと知る未来に怯える。それでも私はこの杖を──

 

 

 「相殺しろっ!それで事足りる」

 「えっ?」

 

 

 クロス教官との殺陣を演じる最中、こちらへと投げ掛けられるメルクリウスの言葉。

 

 しかし、相殺とは?

 

 

 「相殺?メルクリウス君は何を言っているんだ。ルミア君は《魅惑の魔眼》を持っていない。仮に持っているとしても真贋において贋作が勝る道理はないだろう」

 

 

 私と同じ疑問を抱いたローニウス先生。ただ、その疑念の向かう先は私とは少々事情が異なる。

 そう、私は先生の言うとおり、《魅惑の魔眼》なんてものは持たない。持っていたとしても先生のげんを信じるならば、それで相殺することは能わないのだろう。

 

 されど。何も私は魔眼を持っていないわけじゃない。まだ使いこなすには程遠く。その魔眼が齎した痛みを思えばこそ、好んで使いたいとは思わない、それ。

 

 私のこの紅い瞳に宿る《無銘の魔眼》。まだ名も無きコレ。相殺、つまりはこの瞳に魔力を通し、その効果を発揮させたならば。然らば、この魔眼がローニウス先生の魔眼の効能を無効化するのだという。

 

 けれども、どうやって?そもそも魔眼がどのように働きかけているかも理解していない私に魔眼の効果をぶつかり合わせる方法なんて分かろうはずもない。

 ただ魔力を通した魔眼同士の視線が合えばいいのか? 一か八かやってみるか?

 それでもその賭けに負けたとき、今度こそ勝敗は確定するだろう。今は相手の油断に甘えているだけ。先生が勝ちを確信し、一時的に止まった時間の中にいるだけ。

 

 

 「とにかく、やってみろ!俺を信じろ、ルミア!」

 「ローニウスッ!情けは無用。この世に温情をかける余地はないっ!」

 

 

 視界の端、クロス教官がメルクリウスに袈裟斬りを仕掛ける。教官の大剣がメルクリウスの服を切り裂き、肌を撫で、血飛沫が上がる。力を制限されたメルクリウスではクロス教官に勝つことはおろか、刻一刻と敗色が濃厚になっていくのが分かった。

 

 傷付き、ボロボロになっていくメルクリウス。腕を撥ね飛ばされ、足を薄皮一つで繋ぎ止め。そうなれば最早、彼の異常性が露見するのも時間の問題だ。思い出されるのはアリシアの家から帰ったあの日のこと。寮室で私の治癒魔法ではどうしょうもなくて。学院長の手で一度は殺された彼。目の前で彼の肉体だけが進むべき時間を間違えて。巻き戻っていく彼の血や肉を見て、私はただ安堵していた。

 だけれども。その価値観をここにいる全員と共有することができない事くらい私にだって分かっている。ドラゴンの姿を借る学院長でさえもその悍ましさから化け物と揶揄した、人智を超えたところにあるメルクリウスの能力。これが人目に触れ、そして、メルクリウスこそが人類の守護者として知れてしまえば、如何なるのか。それが私には痛いほど分かるから。分かってしまうから。

 

 魔眼に魔力を込めるのは遠くにあるものをよく見ようと目を細めたり、瞳孔を意識的に開くことに似ている。熱と痛みさえ伴って、魔眼が唸りを上げ、世界に式を描いた。

 

 

 「君は……」


 

 ゆっくりと顔を上げ、ローニウス先生の顔を見る。そこに驚きの表情が貼り付いていることから鑑みるに私の目にも魔術刻印が浮かんで、先生にも漸く私が魔眼を持っていることが伝わったのだろう。

 

 とまれ、重要なのはローニウス先生の内心を読み取ることじゃない。一月振りに起動した魔眼はこれまで触れなければ入ってこなかった筈の情報を、これでもかと頭に流し込んでくる。

 何故、と疑問に思うのも束の間、空気が、踏みしめる土が、この世のありとあらゆるものに触れているからなのだと漂う式たちを見て、理解する。

 とはいっても膨大なそれらを追い求めれば、たかだか人間の脳では処理落ちしてしまうこと請け合いだ。

 

 魔眼に込める魔力の量を徐々に絞っていき、メルクリウスが言う"相殺"の域に合わさるよう、調節する。

 スーッと目から熱と痛みが引いていき、それと同時に一筋温かいものが頬を伝った。

 

 私に《魅惑の魔眼》が通用しないことを理解した筈のローニウス先生。先生が私の魔力調節の様子を閉口し、様子見に徹しているのを良い事に私は魔力を練り上げ、先生には見えないよう、魔法の組み立てを行う。と、そんな折。先生が出し抜けに言う。

 

 

 「ルミア君。その魔眼はあまり使わないほうがいい。只人の手には余る代物だ」

 「出来ません。先生が退いてくださるまでは。必要とあらば私の命に代えてでも」

 「なぜ、そこまで」

 「さぁ、どうしてでしょうか」

 

 

 答えながら最適な位置へと。言葉ほどの動揺はないと見て取れ、ローニウス先生の構えに隙はない──もう少し右か。

 

 

 「例えば、僕は考えてみる。君は何処の誰の差し金か、と。どの組織の、どれだけ上の、誰なのか、と。その誰何の先に僕らが納得し得る正義はあるのか、と」

 「答える必要がありません」

 「そら、そうだ。僕は君の上司じゃないんだからね。君には答える義理も無ければ、答える権利もない」

 「いいえ。そうではありません、先生」

 

 

 呵呵と笑うローニウス先生の目が驚きに見開かれる。

 

 

 「ローニウス先生。あなた方は勘違いされている。私は誰かから命令されて、メルクリウスを守っているんじゃない。私は誰かに言われて、誰かに従わされて、誰かのために、メルクリウスの側にいるんじゃない」

 

 

 ──私が。

 

 

 「私がメルクリウスを好いているから。メルクリウスを守りたいと思ったから。メルクリウスと共にありたいとそう願ったから。だから、私はここで先生の前に立ち塞がるんです」

 

 

 手の中でくるりと回転させた両の短剣。そこには迸る電流があり、今か今かと敵対者の身を焼き尽くさんとして待ち侘びているのを感じる。その刃先をローニウス先生の胸へと突きつけ、チェックメイトを言い渡す。

 

 

 「降参を。さもなくば死を」

 

 

 先生が悲しげに私を見遣り、そして目を伏せた。更にその視線がサッと右へ動く。

 分かりやすい誘導だ。相手が勝ちを確信した瞬間ほど、付け入りやすい隙というものはない。先生のように対人に長けた魔術師であれば、そういう小手先の技術からでさえ勝利を掴みとるための一手を引き寄せる。

 

 ──この盤面をひっくり返すような、奥の手を使われる前に拘束してしまおう。

 

 そう思い、電圧を気絶する程度に弱め、無抵抗の先生に差し向けようとした、その時だった。

 

 

 「中々、堂に入った恐喝だ。だが、その振り上げた手。今一度下ろしてもらおうか、ルミア・ラルカ」

 

 

 まさか。そんな馬鹿な。

 

 声のした方へ恐る恐る目を向ける。ただのブラフとそう考えたはずの、ローニウス先生が視線を走らせた場所からの声。それが意味するのは。

 

 

 「君たちの負けだよ、ルミア君」

 

 

 メルクリウスが跪き、その首にクロス教官が剣を当てている──そんな詰みの状況が広がっていた。


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