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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第二十四話『世界を敵に回すということ』

盛大に間が空いてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m


 「そうか、君はメルクリウス・レイフォントのお守りをしているのだったな。それが建前であるか如何かに関わらず、君にはメルクリウス・レイフォントという男の秘密が暴かれることを黙ってみておくことができない理由がある、と。しかしながら、それは早計というものだ。私は個人の秘密を暴きたてたいのではない。どうやって知り得たものなのかを聞き出そうというのではない。ただ、情報の開示を求めているだけだ。それでも、私との、ひいてはこの聖域という小さな社会との戦いを君は望むかね?」

 

 

 クロス教官の落ち着き払った言葉は却って私の焦りを大きくした。淡々とした口調に含まれるのは余裕だ。挑戦者である私にはない大義名分があり、また先の不意打ちに対する対処からも窺えるようにクロス教官は高い実力も持ち合わせているのだから、社会的にも、個人的にも勝つ可能性は望み薄といったところか。

 つまるところ、私じゃメルクリウスを守れない。それは十分に私が余裕ではいられなくなる事由だ。

 

 クロス教官はメルクリウスの秘密まで暴こうというのではない、とそう言うが教官は彼の話を聞くにしたがって、彼の正体に勘付くだろう。そうでなくとも彼が教官の思うような『レイフォント家の人間だから』で済まされる話ではないと気付いてしまうはずだ。

 

 恐れているのはクロス教官が言い触らすかもしれないという可能性じゃない。教官は顔は怖いが人情がある。元軍属魔術師をやっていたとは思えないくらいに人の心を知っている。そして、人一倍の思いやりを持っている。

 

 それがどう作用するのか分からない。しからば、せめて交渉の席につくための権利を得ねばならないだろう。

 

 

 「メルクリウス・レイフォント。お前の付き人は干渉を嫌うが、お前自体はどうなんだ。今すぐ情報を明け渡すというなら、先程の誤射・・はなかったことにしてやろう。しかし、私も学院の一教諭。生徒の安全を守るため、魔界遠征前に不穏因子はできるだけ、排除しておきたいのだ。意味は分かるな?」

 

 

 メルクリウスは動かない。私とクロス教官の攻防を経て尚、教官との対話の姿勢を保ったままでいるように見えた。それでも最早、私が短剣の投擲を果たすより前から彼には大人しく円卓会議と洒落こむ気はさらさらなかったに違いない。

 

 

 「その後ろ手で編んでいる魔法は開戦の狼煙と受け取っても良いのか?」

 「えぇ、構いません」

 

 

 先に仕掛けたのは意外にもクロス教官の方だった。まずはお返しとばかりに私の短剣が今度はメルクリウスの牽制として教官の手元から射出された。私とは使った魔法が違うのか、音速に届くか否かの速度を持って、メルクリウスへと迫り、それを彼はあの日以来、見ることのなかった例の黒い障壁によって防いだ。かと思うと自身の前方に拡げていた、その障壁を回り込み、教官へと肉薄する。

 

 

 「ボルグレアさん、何をなさっているんですか!彼らは大事な生徒であり──」

 「──お言葉ではあるが、ローニウス教諭。メルクリウス・レイフォントとルミア・ラルカはこの場で私と戦う意思を見せた。それはつまるところ……この世界の敵に回ったということだ!」

 

 

 クロス教官の苛烈な言葉に他の教師陣が息を呑む。視界の端でローニウス先生が葛藤にその端正な顔を歪めているのが見て取れた。

 この辺りで漸く、私は出遅れたことに気付き、メルクリウスが教官と手刀対無骨な剣とで鍔迫り合いをしている段になって、身体が動いた。

 

 

 「《天の咆哮は音を隠し、その一撃を隠し、世に紛れし残滓を喰らい続けるが故、咎人を穿くまで止まらぬ:雷撃滅》」  

 

 

 先制のために飛ばした短剣、その相方をタクトが如く振るい、演じるは竜舞。

 ゆらりと私の背後から立ち昇る雷蛇はその顎を大きく開け、電子の尾を引いて、メルクリウスとクロス教官の方へ真っ直ぐに飛んでいく。

 

 

 「猪口才な」

 

 

 そう評する教官の動きに乱れはなかった。人外の域にまでその運動能力を高めたメルクリウスを、例え彼が無手とはいえ、剣による迎撃を行いながら私の魔法を防ぐ。これは無理難題かのように思われたが現実は時として、想定の遥か上を征く。

 

 最初に感じたのはズレだった。メルクリウスと鍔迫り合うクロス教官の姿が一瞬、ブレたように見え、瞬きの後にメルクリウスは教官をその場へ釘付けにしておくわけには行かなくなった。

 

 

 「随分と高等な魔法をお使いになられるのですね」

 

 

 メルクリウスの手刀が鋭く空を切る。風圧さえ生む、本物の刀と遜色ない脅威を感じさせたそれは、しかし、彼の攻撃が空振ったことを示していた。次いで、メルクリウスのしくじりを認める間もなく、クロス教官の剣がメルクリウスの丁度、振り切った右腕を狙うようにして、振り下ろしが行われ、やはり、それを常人離れした動きでメルクリウスが躱すのだ。

 

 クロス教官が行ったのは所謂、転移魔法というやつで膠着状態から突然繰り出された斬撃によって、メルクリウスは回避行動を取らざるを得ず、そうなると今度は教官の方でも私の魔法への対処に集中出来るとまぁ、そういう具合にしてやられた形だった。

 

 

 「《弾けよ》」

 

 

 素早い詠唱がクロス教官の口から紡がれ、私の放った魔法は教官を避けるようにして左右真っ二つに裂けた。

 

 

 「ぐっ……」

 

 

 しかし、あがる苦悶の声。一瞬の隙をついたメルクリウスの中段蹴りが教官のガードにあげた腕へめり込んでいた。

 すかさず、教官も剣による刺突を繰り出すが、元来叩き斬ることを目的とした教官の獲物は精々が組み付いた相手を引き離す程度。もちろん、そんな千載一遇のチャンスを逃すほど私もボケていない。

 

 

 「《雷撃滅》」

 

 

 迸る雷撃は身体をひねり、躱す教官の頬を掠め、そして、その背で大口を開け、私のゴーサインを持っていた雷蛇が私の魔法をその身の糧とし、顎門を閉ざし──

 

 

 「《分散・離反》」

 

 

 ──されど鋭く飛ぶ詠唱。それが教官を飲み込む寸前だった雷蛇を打ち消した。声のした方を向けば、そこには杖を手にしたローニウス先生の姿があり、翡翠の瞳を怪しく輝かせているのだった。

 

 

 「大人げないけれど、これ以上は君たちのおいたに付き合ってはあげられない。拘束させてもらうよ」

 「ローニウス教諭、それが無茶なことぐらい先の攻防を見れば分かるだろう。私とて痛む胸がないわけではない。されど、守らねばならぬものがある。助けられた手前、言うことではないが──覚悟を決めてくれたまえ」

 

 

 この魔術師育成機関として最高峰の学院で教鞭をとる教師二人を敵に回さねばならなくなった瞬間だった。そして、それは今ここで時間を掛ければかけるほどに厄介な事態を招くということの証左でもあった。

 

 或いはメルクリウスが本気になれば、勝つことは容易だろう。メルクリウスが負ける未来などあり得ない。けれど、そうなれば、ここで暴挙に出た意味がなくなる。ここでのメルクリウスはあくまで秘密を抱えた青年でなくてはならない。

 

 

 そんな大きなハンディを背負いながら、果たして勝つことは可能なのか。

 

 

 一抹の不安を覚えながら、私はローニウス先生の介入により、仕切り直しと相成ったことをいいことに手元に短剣を呼び寄せる。先生の方へと狙いを定め、メルクリウスはクロス教官へと再び迫った。

 

 それに対する教師二人の対処は敵ながら賞賛の拍手を送らざるを得ない。

 

 クロス教官が五指を広げ、手を振り下ろす。まるで大型の肉食獣がその強大な爪を持ってして攻撃とするかのような光景に目を奪われたのもつかの間、その矛先は……他ならぬ私だ。

 

 肌がひりつくのを感じたときには私は回避と防御魔法の詠唱を殆ど同時に、そして反射的に行っていた。

 

 

 「《敵を穿つ我が矛は今この時ばかり、何物をも通さぬ雷々の障──」

 「させぬ!貴様はここで脱落だ。《阻止せ(アルカナ・デ)……ぐぅっ!!!」

 「教官、ルミアを討たせはしませんよ」

 

 

 そう言葉を飛ばすメルクリウスはクロス教官を体術により、一気に押し込み腕を掴むとあろうことか一般的な成人男性として一線を画す教官を投げた。

 その軌道上にいるのは、ローニウス先生だ。

 

 

 「《減衰》《柔撃》」

 

 

 しかし、そこは教官も歴戦の強者。また、ローニウス先生もそれは承知の事。教官がそんな事で動じないことは織り込み済みなのだろう。ちらりと一瞥をくれただけで私に杖を構えるローニウス先生から先までの柔らかな雰囲気は霧散し、完全にその目は相対者の排除を試みる魔術師のものになっていた。


 

 「ルミア君、僕はね対魔術師に特化した魔術師なんだ。君よりも遥かに強い悪徳の魔術師とだってこの聖域を守るために戦ってきた。だからね、そう。多分僕と戦えば君は負けるよ。十回やって九回、君が負けるくらいの割合かな。それでもやるかい?」

 「お優しいんですね、先生。ですが、私もメルクリウスを守らないといけません。そして、私はその為ならば百の試行における十を、十の試行に収めてみせましょう」

 

 

 ローニウス先生との一対一。これがこの場の勝敗を分ける。メルクリウスはクロス教官を倒してしまうような真似はしない。それでは意味がないのだから。

 

 

 「来なさい、ルミア君。

 この《微睡み》のローニウスがお相手しよう」

 

 

 名乗りと共に立ち昇る魔力の圧。いつもは優男の体を醸すこの男も中々どうして、魔術師なのだと否が応でも理解する。それはまるで町中に突如、怪物が現れたかの如く。日常の中に何の前触れなく生まれた異常だった。

 


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