第二十三話『魔法≠奇跡』
久々の投稿。
追記:ルミアが持つ武器について、誤って"短刀
「メルクリウス……」
微かな吐息と共に吐き出した、彼の名前。たった数時間前に協力を断られ、頼るなとそう言われたばかりだというのに、どうしたって彼の存在は私を奮い立たせる。
重ねていたメルクリウスの手の甲が裏返ると私の手を掴み、優しくも力強く引っ張られ、私は有無を言わせず、立ち上がらせられた。
「ルミア、スーフィアたちに頼んで今、人払いを進めている。今日の訓練は中止だ。いいな?」
半ば、一方的な確認ではあるが現に無様を晒している私には頷く他ない。
その優しく寄り添う態度とは裏腹に彼は慰めを口にするようなことはなく、それだけを伝えると直ぐに私から離れていこうとする。
「ま、まって……」
そう言葉にする私の声はか細く弱々しいものだったに違いない。本来、聞こえるべくもない、そういうものだったろう。しかし、メルクリウスは耳聡く、私の声を捉え、その足を止める。
「なんだ」
私に背を向けたままで問うメルクリウスは知っているのだろう。私がこれから何をメルクリウスに願うのか、を。
「メルクリウス。あなたにはこの人を助けることが出来ない?この人は理不尽に命を奪われた被害者。私がこれを願うなんて烏滸がましいことなのかもしれないけれど……」
「ルミア。それは無理だ。第一に死者蘇生の魔法は禁術に指定されている。たとえ俺でも使うことは禁じられているし、万が一、許可されていようと俺はその誰かのためには使わない。第二に理不尽といえば、確かにそうなのだろう。けれど、そういう話をすればこの世の中は理不尽で溢れている。ここにある理不尽だけが特別な一つだと俺は思わない。第三にルミア。君はこれを背負う覚悟を決めていたはずだ。今更その覚悟を裏切るようなことはするな。
ルミア。君は魔法が奇跡なんかではないとよく知っているはずだ。つまらない事を言うのはもうこれっきりにしてくれ」
メルクリウスの言葉は正しかった。そして、彼にしか背負うことの出来ない業を感じさせた。
「ルミア、過ぎたことは仕方ない。それよりも奴から情報を引き出すのに力を貸してくれ。人目を減らしたとはいえ、目立つようなことは避けたい」
へレオンの死体と焼死体とはさほど離れてはいない。倒れ伏したへレオンを見下ろすメルクリウスから挙がった声はすぐ近くにいたルミアの耳に問題なく届いた。
首を巡らせるとメルクリウスの言葉通り、訓練棟に詰めていた生徒たちは誰も彼もが入口の方へと移動していて、その入り口でスーフィア達が率先して生徒を誘導しているのが見て取れた。
彼の言葉尻からスーフィア達に対しても隠せるものなら隠してしまいたいという意図が透けてみえる。何もメルクリウスが疑惑からそうするのではないと言うのは分かりきっている。無用な感傷に浸るよりは寧ろ、メルクリウスの力になれたほうがいい。そう割り切り、私は足早に彼の下へと行くと指示を仰ぐ。
「まずはこれに零れた血を」
そう言って渡されたのは試験管だった。貼り付けられた色付きのテープには、はっきりと『へレオン・パルシェリア』と書かれている。
時間もあまりないのだろう、メルクリウスは戸惑う私の方には目もくれずに別の作業に移っている。辛うじてそれが古い魔術の準備であろうことが分かれば、躊躇いを覚えている場合ではないことぐらい理解出来た。彼の手際の良さにはこの際、目を瞑る他ない。そう無理にでも目を背けなければ、身体が動きそうになかった。
《想庫》からゴム手袋を取り出して、手に填め、同様にスポイトを出して床に溜まりとなった血を採る。
たった半年前まで当たり前だった光景がこんなにも非日常化するものなのかという驚きと存外、まだ私も人だったかという安心が胸中では渦巻いて、そんな私の内心を表すように震える手が、簡単な筈の血液採取を難しいものとしていた。
「ルミア、深呼吸しろ。俺は今、個人としてこんなことをしているわけじゃないんだ」
見かねたメルクリウスがそっと私にだけ聞こえるように言う。
彼は作業の手を止め、いつも通りのオッドアイを──ってあれ。
「メルクリウス、目……」
「あ?」
呆けた声を漏らしたメルクリウスの瞳は左右非対称の赤と青のそれではなかった。普段ならば、青く染まっているはずの彼の左目は今、脈打つ血の赤で彼の纏う気配すらも何処か剣呑なものを感じさせる。
それは私の声に反応したメルクリウスが左目を覆い隠す一瞬の間に見た光景だったけれど、知らず心に積もった困惑や動揺がみせた白昼夢にしてはあまりにもリアルで唐突だ。
「気にするな。魔力を使いすぎると時々こうなるんだ」
私が疑問を挟む余地を与えず、メルクリウスが言う。しかし、今度は「では何故、彼ほどの魔術師が過剰に魔力を消費しているのか」という新たな疑念が生じる。
──やはり、陽動だったんだ。
そう考えるのが当然というもの。先の騒ぎに介入するタイミングを選べたか否かは別としてもメルクリウスは教室で私と別れたあと、或いはそれ以前に何らかの緊急性を要する事態を察知し、対処していたに違いない。
彼の言う、"魔力を使いすぎると"が如何程のものであるかは知らないが、最強の魔術師に何らかの異常を起こすほどの魔力を使わせる事態。そんなものが私たちの与り知らぬ裏で行われていたと思うとそれだけで背筋に冷たいものが流れる。
気にするなとこれ以上の質問を拒まれ、更に周囲への情報遮断もない現状、今度こそ黙って検体の採取に移る他ない。
悩みの種は増えるばかりなのにそのおかげで冷静さを取り戻すというのは何とも皮肉な話だ。
「メルクリウス。寮に帰ったら全部、話して。今日の事やあなたのこと。どっちみち、私はもう傍観者じゃいられない位置にいる。だから──」
「──だから?いや、ルミア。それは間違っている。君はまだその曖昧な立ち位置に甘えていたほうがいい。それが君やスーフィア達、それからついでに言えば、これから丸焦げになるような死体が減る。俺はいつだって君の側に居られるわけじゃない。俺がどんな相手を前にしても無敗を誇ろうが身体は一つだけだ。当然、選択を迫られれば俺は論理に則り、行動する。その上で君は犠牲になるだろう。だけど、今ならば君という情報源の有用性は無に等しい。だから、向こうも無茶をしてまで君を狙ってくることはない。選択の範囲外に逃れることができている。それを自ら内へと入るなんて合理的じゃない」
「そう……確かにあなたについて教えてもらおうなんていうのはあなたの弱点を私が抱えてしまうことになりかねない。軽率な発言だった。でも、せめて今日あったことや今まであったこと、これから起こり得る事だけでも教えて欲しい。あなたは私にヘレオンを殺させてまで情報の奪取に動いている。それはつまり、ある程度、もう流れを掴んでいて敵方の動きが読めているということでしょう」
初めて行う、メルクリウスとの交渉。今までいつだって気後れして、彼と対等に話し合おうだなんてしてこなかった。集め終えた検体を握りしめる。もしも彼がそれでも情報の開示はないといえば、私自らでコレを調べる腹積もりだ。
そんな私の考えを読み取ったのか否か。メルクリウスの顔に呆れまじりの諦めが見えた。
きっとそれには感情を持たない、彼なりの苛立ちが混ざっているのだろう。黙したまま、メルクリウスは私の方へ歩み寄り、私の手から検体を取り上げると
「分かった」
とだけ零した。
メルクリウスが私の集めた検体を媒体に古い魔術を扱って情報の簒奪を行い終えて、程なくすると何名かの職員たちが慌てた様子で訓練棟に駆け付けてきた。
メルクリウスが魔術の使用をやめるのがあと数秒、遅ければ何も知らない先生方には私や彼が死んだ生徒の死体で儀式を行う狂人に映った事だろう。──古い魔術というのはこれだけ魔法という技術が浸透した現代においてもそれだけ異端視され得るものであり、かつ禁忌に抵触する恐れが極めて高いものだからだ。
最早、私にはメルクリウスが何をしても驚かないというある種、諦めに似た自信があるし、彼が持つ本来の力、その一端を知っていることで力の運用に間違いはないだろうという信頼を置いている。しかしながら、教師陣にとっては彼の正体も、彼を庇う義理もない。となると、やはり先の一連の行為を見られるのは不味い。
私が周囲に見られてまずいものはないかと目を凝らしているとトントンと肩を叩かれる。
横を向くとメルクリウスが教師たちを指差し、頷きかけてくる。
……まさか、自分は情報の精査をするからこの場は任せたとでもいうつもりだろうか。対して回らない口よりもその虚飾に塗れた言葉をスラスラと吐ける口のほうが何十倍も上手い文句を考えられるとそうは思わないのか?
どうやら、メルクリウスはそうは思わないらしい。仕方ない。そもそも、今この場において肩書きとして説明の義務があるのは私の方なのも確かだ。どうにもメルクリウスという自分よりも圧倒的上位に位置する存在が近くにいると公私の区別が曖昧になる。これをメルクリウスは指摘していたのかもしれないな。
「ルミア君、説明してくれるね」
見れば、ローニウス先生が目の前に立っていた。恐らくは自らが教師との板挟みになることで私の立場を守ろうという計らいだろう。ここはありがたく乗っからせてもらうことにしよう。
「はい。私が指導するこの訓練棟地下一階で起きたのは謂わば、一部の生徒による授業妨害でした。当初、私はこれを収めるために妨害の先導者と目されるヘレオン・リパルシェと対話による説得を試みましたが、へレオンが周囲へ危害を加えることを仄めかしたため、敢え無く戦闘となってしまい……」
「おいおい、君。そんなナリではあるが聞いたところによれば、軍属魔術師なのだろう?魔法戦闘のプロが一生徒を相手に危険視し、その挙句殺害などと……そんなことがまかり通って良いはずがなかろう!」
「しかし、そうは言いますが貴方ならばへレオン・リパルシェを傷一つつけることなく、戦闘不能にできたでしょうかな。レーンハイド教官」
地を震わすような重低音。それがイチャモンをつけてきた頭髪の薄い髭教官の言葉に返した。その声に視線を遣るとクロス教官が他の教師よりも殺伐とした雰囲気を携えてそこに居た。
魔界帰りの元軍属魔術師であるクロス教官はいつもであれば、見た目の恐ろしさから些か苦手意識を感じざるを得ないが、こういった場面においては寧ろ、似合うが故か安心感を覚える風貌をしている。
「そ、それは……」
「加えて、ルミア・ラルカはへレオンに対して反撃を許さなかった。それは現場の痕跡を見れば分かることだ。しかしながら、唯一の誤算として初撃がヘレオンではなく、別の生徒に当たってしまい、無関係な第三者を巻き込んでしまった、と」
流石はあの恐ろしい魔物たち相手に戦ってきた猛者だ。まるで見てきたかのように話す、その口ぶりからは淀みの一切を感じられない。
多くの傷痕が残る、その野生児じみた顔とは裏腹に鋭い観察眼を持ってして次々とここで起きた出来事を言い当てるさまは背筋に薄ら寒いものすら感じさせる。
「し、しかしだな、ボルグレア教官。ルミア・ラルカ特別指導員は結果的に二人もの生徒の命を奪っているのだぞ。これがもし、何かの勘違いということがわかりでもすれば、とんでもないことになるぞ」
「早々醜態を晒すものではありませんぞ、レーンハイド教官。仮にもルミア・ラルカは学院の生徒。死んだ生徒のことを悪く言うつもりはありませんが今、生きている命を尊重せずして、如何に命の尊さを訴える気で?
……ふむ、言葉が少々過ぎましたかな。しかしながら、レーンハイド教官は根っからの研究者気質ですから軍人の心得を知らないのでしょう。もしもの可能性を探るのは研究者の仕事。では軍人から見た、リスク管理というものを僭越ながらお話させて頂きましょう」
既にこの場はクロス教官の独壇場だった。最初に私へと質問することで他の教師陣への牽制とするつもりだったのだろうローニウス先生も今や口を挟むことはできず、クロス教官に相対するレーンハイド先生が僅かながらのプライドによって受け答え出来ているといった具合。この魔界帰りの元職業軍人は予想以上に曲者だったようだ。
「はてさて、殺意というのには大まかにわけて二通りあります。一つは一般的に言う私怨からくるもの。殺すことそのものが目的になっている場合ということ。感情の発露による無意識的危機回避がこれにあたる。
そして、もう一つは手段としてのもの。組織において重宝される極上の殺意というのは対象への無関心に他ならない。これは意識的危機回避に当たるだろう。ルミア・ラルカの殺人はこちらだ。
さて。思い違いというのは私情を挟み、歪んだ現実を見ることで起きる悲劇。であるならば、無感情の危険排除に果たして思い違いという作用は働くだろうか。否、働きはしないだろう。心が人の世を生きる上では重要な役割を果たすことは認めよう。が、しかし。戦場では瞳を曇らす不純物になる。なればこそ、戦いの場において魔術師は心という不純物を取り除き、極めて冷静かつ迅速な選択の連続によって事態の収集を図る。
それがリスクを最小限に抑える最も賢いやり方であると身を持って知っているからに他なりません」
クロス教官の展開する軍人思考にレーンハイド先生は理解し難いものを見るような目で尚も言い募る。
「それがここにいる、ルミア・ラルカにできた、と!?この中等部にもならない少女が?そもそも、こんな少女が軍部から派遣されてきていたことも、ましてや魔界遠征試験に向けて、学生の指導にあたるなどおかしな話なのだ!学院長は何を考えておられるというのだ……」
徐々に勢いを失うレーンハイド先生の語調は遂には小さな囁き声のようなものに変わる。
それは傍目から見ても明らかな異変だった。
そして、最初にクロス教官が動き、続いてメルクリウスが横合いから後ろ側へと私の腕を引っ張った。最後に空気の微細な振動を感じた。
突然のことではあったが、それしきで体勢を崩す私ではない。ただ、後方への勢いを半身を逸らすことで流してしまうのでは、わざわざ私に回避行動を取らせた、メルクリウスの意には添えないだろう。
引っ張られた右腕及び右足への力を殺すことなく、軽い跳躍。あくまで目的は縦ではなく、横軸の動きであることを意識し、バックステップの要領で行い、捻ったままの体は着地と同時に戻す。
これを行うことによって次の一手で相手に先を取られることはない──
「死ねぇえ!ルミア・ラルカぁぁああ!!!」
──と思っていたがどうやら、敵方も中々の遣手らしい。もうもうと上がる土煙の中、こちらへと突っ込んでくる人影が一つ。私がメルクリウスによって避けさせられた初撃に満足せず、確実に私の息の根を止めようと凶刃がすぐ側まで迫っていた。
それでも私が動けずにいたのはもう既に事態が自分の手に届かない場所にまで進んでしまっていたからだ。
ヌっと土煙から二つの影が現れる。一つは見知らぬ男。もう一つはメルクリウスだ。ほんの数秒前まで私とほぼ同じ位置にいた彼がどうやって土埃一つなくいられたのかは分からないが、兎にも角にも必死の形相で私へと辿り着かんとする男のすぐ横にゆっくりと近付いていくのが見えた。
一見して、飛んでいるようにも見える襲撃者はそのメルクリウスに一切、対応できていない。否、対応しようがないのだ。
襲撃者は空中で静止していた。しかし、完全にその場で固定されているわけでもない。よく見ればその視線は刻々と自身の横に移動してきた、メルクリウスを捉えようとしているし、その動きに対応しようと身体も横向きに不格好ながら構えようとしているのが見て取れた。
メルクリウスは悠々とそんな襲撃者の間合いに踏み入ると無防備に曝け出されている腹へと蹴りを放った。されども、その衝撃が如何程のものか、当事者たるメルクリウスと襲撃者以外に分かった者がいただろうか。
蹴りを受けて尚、襲撃者には然したる影響が見られなかった。やはり、この場で彼だけ歩む時間の速度が明らかに遅くなっているのだとそう認めざるを得なかった。
メルクリウスはそんな襲撃者の胸元を掴み、グッと下へと引き下ろすような動きを見せたかと思うと指を鳴らしてみせた。するとその瞬間、先まで停滞していた襲撃者の時間が思い出したかのように動き出した。
男は床へと盛大に転がり、吐瀉物を撒き散らしていた。白目を剥いている様子から察するに意識は既にないようだった。
その様子を見留めたのだろう。晴れ始めた土煙の中からメルクリウスと襲撃者の二人に続いて出てきた強面の教官が現れる。
「上手くやったようだな、メルクリウス・レイフォント」
「えぇ。クロス教官のおかげさまで」
「そう、謙遜するものでもない。やろうと思えばお前は私より先に動けた。ただ位置が悪かったし、そうなると役割も定まっていた」
「……」
「沈黙は時に言葉より多くを語る。
時に疑問なのだがお前はなぜ、ここにいる?」
すぐ側で伸びている男など眼中にないとでも言うかのようにクロス教官はメルクリウスを問い詰める。事実、メルクリウスの口を割らせてしまえば、大半の疑問は氷解することだろう。
レーンハイド先生の様子がおかしくなったあの瞬間、誰もがそちらへと注意を向けた。その意識の間隙を縫って、突如として攻撃を仕掛けてきた敵の手腕は見事なものだったと言えるだろう。しかしながら、それを的確に対処してみせたメルクリウスがそれ以上でなくて、なんだと言うのだろう。
「まぁ、お前とルミア・ラルカは雇用主と被雇用者の関係にある。だから、お前がここにいたということにしてもいい。だが、それだけでは理解できぬことがあるのだよ。
それつまり、お前が先に動けた理由だ。自慢ではないが、私の反射神経はは魔界を生き抜くために人間のそれを遥かに超越し、限界点に達している。これは他多くの戦闘を生業とする軍属魔術師に共通することだが、その私より速く動けるということは最早、予感では済まされない。予知だ。それも非常に精度の高い、ほぼ確実に起こると知っていなければ出来ない芸当だ」
私のせいだ。メルクリウスは私を守るということを選んだばかりに懐疑の目を向けられる羽目になった。
なんとかしなければ、と心ばかりが焦る。でかけた言葉はクロス教官の発する目に見えない圧と、焦燥によってひりついた喉に引っかかて出てくることはなく。空回りを繰り返す思考はやがて、袖に隠した冷たい金属を思い起こさせる。
魔法の行使時間足す、磁力による初速度。そして到達点までの光速移動にかかる時間。いつもならば誤差といって差し支えない、物体の質量が齎す空気抵抗も併せて、ギリギリか。ただし、当たるか当たらないかで勝負しても意味はない。それを布石として次の手でトドメを刺さなければならない。
まさに電光石火こそ私の持てるアドバンテージだ。クロス教官がへレオンなんて比べ物にもならない手練れである事は戦わずして分かることだ。
ああ、そうなるといよいよメルクリウスについていかなければ居場所がなくなるな。
魔界遠征試験についてはクロス教官という引率者が抜けることでなくなるかもしれない。そう思えば悪いことばかりではなさそうだ。
「ふむ。メルクリウス。お前の養父はエルザック・レイフォントだ。家族の話というのは私も極力したくはない。だがな、持ち出さねばならぬときにそれを厭うことを私は良しとしない。それはわかるな」
「はい。理解しています」
「そう、なれば私はお前が一介の学生なんてものではないとしても驚きはしない。お前の正体がたとえ──」
袖から滑り落とすようにして取り出す、短剣。魔法は既に構築済みだ。あとは狙いを定め、そして射出。
音は殆ど無かったはずだ。今回はそれを取っ掛かりにするだけ。距離や威力を増すためのブーストをかける必要がなかった。
それから私は雷を纏って戦闘態勢に入り、標的を視線で射抜けば、
「──そうか。君は……」
短剣を掴みとった、クロス教官の右目が真っ直ぐに私を睨み返しているのだった。




