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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第二十二話『悪魔は名を明かさず』


 最初にあったのは衝撃だった。比喩ではない、文字通り吹っ飛ばされたのだ。

 

 無意識というのは不思議なもので脳が認識するより早く、脊髄は身体全体に命令を送って自らへ向けられた魔法に対応していた。されど、それは不完全な形でのあくまで一時しのぎでしかなく、身体に染み付いた生への執着は次の一手に繋ぐためのものでしかない。

 

 刺すべき相手を違えたという事を理解するのに然したる時間はかからなかった。そして今この時ばかりはその事実から目を背けることが出来るだけの冷徹な心を私は有していた。

 故に私の口が魔法の文句を紡ぐのに何ら支障はなく。次の瞬間には雷を迸らせる巨大な龍が立ち昇り、相対者を睨み据えていた。

 

 

 「誰の差し金?」

 

 

 魔法を完成させ、相手の喉元に剣を突き付けた状態の私は遥かに優位な立ち位置から言葉を発する。私の静かな問いかけは声としてはへレオンに伝わることはなかっただろう。けれども、私の顔を正面に捉えているヤツには唇を読むことが出来た。

 だから無用に声を張り上げるようなことはせず、呼気を整え、どんな一挙一投足も見逃すまいと意識を集中させる。

 

 

 「いやぁー、まさか、まさかねぇ。只の小生意気な愛玩人形じゃァないってのぁ本当の事らしいなぁ。もしもってときにゃあ、使えって言われてたもんが漸く役に立ったってこったなぁ」

 

 

 裏で手を引いているものの存在。それが明確に感じ取れるだけにヘレオンの迂遠なその物言いはなるほど、非常にこちらを苛立たせる。挑発としては最適解だ。

 しかし、今のような衆人環視の中にあってはゆっくりと尋問を行うこともできない。何より、目の前のコイツはメルクリウスの秘密を知っている可能性が限りなく高い。それを暴露されてしまえば、メルクリウスは二度と普通というものを知ることはできなくなるだろう。そのことだけはなんとしても避けなければならない。

 

 ただ先の私の魔法に対して身代わり、或いは反射させた方法が分からない。へレオン自身が魔法を使ったならば魔力の波でわかる。加えて、仮に私に勘づかれずに魔法行使を行える程の手練れであるとすれば、臨戦態勢になった今の私の前でその正体を隠し通すのは無理だ。それこそ、九十九の魔術師の中でも上位の存在でなければ到底不可能な芸当だ。となると魔導具の存在。ヘレオンが先の発言で漏らした、何かしらの物品譲渡の事実。

 

 故に私が考えるべきは何らかの魔法を使われたのではなく、何らかの魔導具を使われた、だ。そして、それは一回きりのものなのか、それとも複数回使用可能なのか。また、それはどれだけの許容量を持ち、私が持ち得る魔法の最大威力で突破可能であるのか。場合によっては避難を優先することも考えなければならない。この段になって、黒幕の存在を匂わせたヘレオンとその黒幕の思考を考えれば、今この瞬間にも同時並行で進む別の思惑があったとしてもおかしくはない。

 

 

 「嬉しいねぇ、やっと俺のことを戦うべき相手と認識してくれたってわけか。それでどうする?俺に魔法を当ててみて、さっきのがまぐれや神の奇跡だった可能性に賭けてみるか?それとも尻尾を巻いて逃げるのだっていいんだぜ?だって、そうじゃねぇか。如何な優秀な魔術師と言えども防戦一方じゃ可哀想だ。牙も爪も失った獅子相手じゃオレもアガらねぇからよぉ」

 

 

 未だプスプスと蒸気が立ち上る黒焦げのソレを何度も踏みつけながら、明らかに興奮した様子で喋りだすヘレオン。その異常な姿に側近も浮かべた笑みが引き攣る。彼に近しいものでもそうなのだ、そうでない人物たちにしてみれば戦慄さえ感じることだろう。

 

 殊、相対する私は違う。ここに来て鎌首を擡げるのは何故、今饒舌に話し始めるのか、だ。最初に受けた衝撃はヘレオンなりの返礼だと思っていたからこそ、次の一手で殺しきるつもりでいた。想定では私の体勢を崩し、そこに勝機を見てへレオンが畳み掛けて来るものとそう思っていたのだ。しかしながら、実際は私の体勢はほとんど崩れなかったし、隙を見せるようなことはしなかった。だから予定を変更した。それはそうなのだろう。けれども、だからといって人間は思い描いていたシナリオを瞬時に書き換えられる程の対応力を持たないし、あってもそう大きく変えることはできない。そうと知っていなくては身体は動かず、脳もついていかない。どんな達人もあらゆる感覚によって事前にそれと知るからこそ、鍛え上げられた肉体と史上の知識とが相まってギリギリの死闘を繰り広げることが出来るのだから。ましてや、それが素人の咄嗟のものであるならば、効果的な手になるなどと望むべくもないだろう。

 

 であらば、第一に考えられるのは私を挑発することによる時間稼ぎが元々のへレオンの役割だったということ。その場合、私を惹きつけておきたい何らかの理由がある。

 

 次に考えられるのはやはり、訓練の中止。へレオンには如何なる理由か、訓練そのものを取り止めさせたいという意思が垣間見える。それともそれは黒幕の意思なのだろうか。

 

 第三に、最初に考えた時間稼ぎという可能性とほぼ同じようなものだが、学院襲撃ないし学生街の陥落のための陽動。へレオンがその手の者と繋がっているとすれば大いに有り得る話であり、昨今の聖域内の不安を鑑みれば、外道魔術師たちの勢力増大が免れられないものであったことは承知の事実だ。ただし、そうであったとしてもヘレオンのバックにいるのは先日の輩とは比べるくもない、より力ある魔術師、少なくとも私より強い力を持つ人物だろう。

 

 いずれにせよ、正しい魔術理論を扱っていても魔術師としての実力以上のものを引き出すことは出来ない。そうなるとへレオンに魔道具を渡した黒幕は私の魔法を跳ね返すだけの道具を作り出せる力ある魔術師であるという事が分かる。へレオンの狙いが陽動だとすれば、ここで騒ぎを大きくするのは得策ではない。──やはり、早急に倒すしかない。

 

 決意新たにへレオンの方を見ると私の敵意を感じたか。既に杖を抜いた戦闘態勢に入っている。

 

 

 「ハハッ、いいんだぜ俺はよォ。どうせ俺にはオマエの魔法は効かねぇんだからよ。お前が俺に魔法を当てようと躍起になってる所で俺はただ一方的にオマエを痛みつけりゃいいってこういう寸法だ。それでもやるってか?」

 「へレオン、あなたこそいいの?今、あなたの裏で糸引く人物の名を明け渡しさえすれば、私はあなたを捕縛するだけに留めることだってできる。けれども、あなたがどうしても仁を通したいとそう言うならば、私はあなたの尊厳を踏みにじった上で遠慮することなく、あなたの持つ全ての情報を引き出すことになる。私からすれば、結果は同じ。だけど、あなたにとっては?」

 「だまくらかそうたってそうはいかないぜ?お偉方やその犬はそうやって直ぐによぉ、俺たちを騙しやがる。それがいかに愚かな事か、浅ましく反吐に塗れた偽善かを、その身でとくと味わいなっ!」

 

 

 激昂の言葉と共にノーモーションで繰り出されるへレオンの魔法。周囲の空気を焼き付くさんとばかりに上体目掛け、飛んでくる炎球を這うようにして躱す。なるほど。確かにへレオンは多彩な術を扱う魔術師としては才能ある部類なのかもしれなかった。ただ、相手が悪かった。それだけなのだ。躱した魔法を待機させていた雷龍に喰わせるおまけ付きで相手の攻撃を完封する。そして勿論、回避直後の隙を突かせるなんて素人芸はさせない。上体を起こしつつ、右手に握りしめた二射目・・・を放つ。

 

 前方でドサりと音を立てて頽れるへレオン。いや、へレオンだったもの。

 

 その呆気ない幕切れに幾らか遅れて、生徒たちの間から悲鳴が上がる。先程のそれよりも尚、多く、大きく。悲鳴が喉から迫り上がり、音となって口から溢れるまでの数瞬。きっと彼らは悲鳴と共に恐怖が自身の脳髄まで駆け上がるのを夢想したに違いない。そうして、脳髄へと辿り着いた恐怖は全身へと伝播し、彼ら彼女らの身体を支配してしまう。

 

 だから、きっと仕方がない。恐怖に染まった目で、化け物を見るような目で、私を見る彼らを。誰も責めることなんて出来やしないのだ。

 

 なんたって、生物は血を見れば本能的に怯えるか、興奮するかの二極化された反応をするよう、設計されているのだ。そうして、恐らく自然界において生き残るため、人間は前者であることを選んだ。集団として生きることを誓った祖先たちは血を証とし、決して解けることはない鎖としたに違いない。

 

 ゴポッと生理的嫌悪感を齎す音が阿鼻叫喚と化していたはずの訓練棟にいやに響いた。見なくともそれがどこに溜まっていて、何処から漏れだしたソレなのか、やってのけた張本人である私には分かりきっている。

 

 寸分違わず、突き立てた。文字通り、二の句を告げさせぬ為、一射目は喉笛へ。へレオンの魔法とすれ違うようにして、一条の銀光となって相手の口を未来永劫閉ざす楔になった。きっとへレオンには自分の放った魔法のせいで私が炎球の真ん中へと短刀を射出する姿すら見ること叶わなかったに違いない。いや、例え目隠しになるようなものがなかったとしても短刀だけは狡賢さばかりの不良になど見えるものではない。続く二射目だって同じだ。眉間、その中でも一瞬で相手の動きを止めることの出来る極小の的へと吸い込まれるようにして一直線に飛んでいくのを今度こそはしかと自分の目で確かめたのだ。

 

 使ったのは磁力が持つ斥力だ。本来、本命となる魔法を撃ち込むための陽動として用いるこれは、魔法で身体能力を強化し、投擲と併せて使用するのだが、如何せんここは観客が多い。貫通することで二次被害が出るようなことは避けたかった。そこで最低限の出力のみで打ちだした結果がこれだった。

 

 やるしかなかった。ここでの半年間が特別だっただけなのだ。私は元来、こういう命のやり取りをする場所に身を置いていて、この世界は一歩、外に出てみれば地獄が待っている。そんな危うい平和の上で私たちは生きている。

 

 強きは生き、弱きは死ぬ。こんなにも単純明快な世界が他にあるだろうか。

 

 背に感じる視線に、振り返ればもう元には戻れないことを知る。

 

 孤独は最初からそこにあるのではなく、知ってしまうからこそ生まれ出でてしまうのなのだろう。望むから、手にしてしまったから、求めるから。

 

 そういうものなのだと思っていた。

 

 けれども、違うのだ。

 

 

 「私は間違っていると思う?」

 

 

 震えてはいなかっただろうか。何を今更と。数多の魔術師を殺していながら生徒の一人や二人殺したぐらいで、と。そんな風に笑われやしないだろうか。

 

 心はそういう不安や恐怖に蝕まれていきそうだった。だけど、すっかり聞き慣れてしまった友だちの声が私の行いを断罪してくれる。

 

 

 「そうね。ルミアは生徒としては間違ったことをしたのかもしれない。だけど、あなたの事だもの。私だって感情に任せたものじゃないことくらいは分かる」

 

 

 アリシアは私の殺人という非を咎めつつも決して怯えることなく、堂々と信頼していると言ってくれる。あのメルクリウスに怯える彼女は一体どこにいったのかと思いたくなるような様子だが、そんなことを言うのはどう考えても性悪のやる事だ。それに、私はメルクリウスが恐ろしいという彼女の心情を安易に想像することが出来る。性悪どころか裏切りに近い行為とそう言って差し支えない。


 とまれ、アリシアのそんな評を受けて、スーフィアが口を開く。

 

 

 「もぉ、アリシアちゃんは厳しすぎます。さっきのルミアちゃんとへレオンの会話を聞いていれば何らかの裏事情があるのは誰の目にも明らかでした。ルミアちゃんはそんな中で決断をする他なかった。それは力という面でルミアちゃん一人に任せるしか無かった私たちのせいでもあります。ならば、私たちはルミアちゃんを称えこそすれ、貶めるようなことがあってはなりませんよね?」

 

 

 半分、周囲を威圧するような言葉に私へと畏怖の目を向けていた生徒の幾人かがビクリと肩を跳ねさせる。そこで彼らの助け舟を出すのはカルロやアルト、それにリパルシェだった。

 

 

 「まぁ、スーフィアの言う通りなのは確かだけどよ、実際ルミアの戦いぶりを見れば誰だって吃驚するだろ?」

 「そうだよ。何せ、ルミアの戦い方は軍属魔術師として非常に実践的な戦い方なんだから。僕らが驚くのも無理はないさ。

 だけど、僕らの教官として恥のない見事な対処だった。それを蔑ろにしていい理由にはならないと思うけどね」

 「僕もそう思う。二人を殺めたことは事実に違いない。しかし、一人はへレオンの魔道具によるものでへレオンの姑息な罠だったことを考えれば、それこそ彼の犠牲はへレオンこそ責められるべきだ。そして、へレオン自身は彼の行いが返った結果だったというのがこの場にいる人間の共通見解だろう」

 

 

 締めくくるようにリパルシェがそう口にすると辺りが静寂に包まれる。皆思い思いにそれぞれ別々のことを考えているのだろう。

 

 して、私はそんな時間の中でやっておきたいことを済ませることにした。

 

 ゆっくりとまずはその場まで歩いていく。途中、向けられる視線は幾らか和らいだがまだ動揺を隠せない生徒が大半だ。これでは訓練どころではないだろうな。半ば、他人事のようにそんなことを思いながら目的となる死体の場所までやってくる。

 

 無論、それはへレオンの死体の方なんかではない。私が間接的に殺めた生徒、顔も名前もまた性別すらも分からぬほどに焦げた焼死体だ。

 今はまだ混乱収まりきらぬ段階。しかし、直ぐに友人知人の誰かがこの炭の塊となってしまったことを知るだろう。

 

 焼死というのは通常、死因の中でも特に酷く苦しいものだ。肉が焼けただれ、剥き出しの神経を炎に炙られ、骨が折れていき、痛みに悶え苦しみながら最期には一酸化炭素中毒に陥り、死亡する。しかしながら、私の雷系魔法は即死級の威力を誇る。それがせめてもの救いとなればいいが。

 

 私は誰ともしれぬソレに目を閉じ、手を合わせる。捧げる言葉は思いつかない為にただ冥福を祈るだけの簡単なものではあったが、命を奪った人間として当然の責務を果たすことは出来た。

 

 それだけでも少しだけ心のモヤが晴れたような気がする。贖罪をするにはあまりにも私は手を汚しすぎていて、彼か彼女かの番が回ってくるまで随分と時間がかかってしまうことだろう。それよりは墓場までこの罪を抱え生きて、死後にまとめて負債を償ってしまった方がいい。そうした方が私は私の罪と向き合える気がするのだ。

 

 ふと肩に手が置かれる。それ温かな手だった。私を安心させてくれる手だった。

 

 それ故か知らず、私はその手に重ねるようにして自身の手を伸ばしていた。何故だかその手に触れると私は急に胸が苦しくなって、涙が溢れてしまいそうで、思わず、閉ざしていた目を開け、私の斜め後ろに立つその人物を見る。

 


 「メルクリウス……」

 

 

 何も言わずにただ黙って私の側にいる、その姿はとても人の心を持たないなんて思わせることなく。なんだか決まり悪そうにも見えるその表情がなんだかおかしくて。

 

 頬を伝う一筋の涙は彼の背に隠れて彼以外にはきっと見えないのだ。

 

 

 



 


ルミアがよく袖口からものを取り出しているのは袖口で《想庫》を開いている為です。これは敵に武器を悟られないよう、衣服によって物品自体を隠すことを目的としています。しかしながら、魔法の感知を避けることは出来ないため、戦闘慣れしている魔術師からすると袖口で魔法を使っていること=何か出てくると警戒されることになります。ただ、これだけでも大きな牽制となるため、対魔術師戦が多い《イーラ》では好んで使われる戦法の一つとなっています。

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