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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第十六話『暴かれた仮初』


 メルクリウスが戻ってきたこと。それ自体は比較的、小さな出来事として教室内で処理される。私たち的に言えば、重大なことだったとはいえ、表向きは実家に帰っていただけに過ぎないメルクリウスの復学と聖域存亡の重大事件を天秤にかけるならば、そんなものなのだろうか、と考える内。

 

 教室へと帰ってきたローニウス先生は随分と疲れた様子でちらりとメルクリウスの方を見遣り、「おかえり」と一言。そして、教室内の雰囲気でそれが一段落したのだと察すると深く言及することもなく教卓の側にあった椅子にどかりと座り込み、フーッと長いため息を吐いてみせた。

 

 そんな普段とは様相の違う担任に生徒も幾らか察するところがあり、混乱の中でも担任に状況説明の任を果たせ、などと詰め寄るような馬鹿はいない。

 

 当然、教室にいる生徒は皆、学生街に流れたローニウス先生の放送を聞いているわけだ。そのために今回、先生が表だっての事態収拾を任されていることは考えるまでもないこと。それに付随する負担というものについてまである程度の理解を持てるのはやはり、高い教養を持つ特高学科生故ではあるが。

 

 とはいえ、ローニウス先生からすればそんな優秀な生徒たちにいつまでも甘えておくわけにはいかない。憔悴する自分と不安を抱えながらも一見して落ち着き払った様子の生徒たちとを対比してか、微かに苦笑いを浮かべる先生は目を伏せ、些かの思考を挟んで椅子から立ち上がった。

 

 伏せられていた翡翠の瞳が生徒たちに向けられ、やがてとある意志を宿した。

 

 それは覚悟のようであり、迷いを必死に断ち切ろうとする弱い人間の情動のようでもあった。

 

 ただ、それがどのような類の感情であるのかを特定することは出来ずとも、私が持つ情報と組み合わせてみれば、先生がこれから何を話すのかぐらいは大方の予想がついた。

 

 教師と生徒という立場において、教師側が言葉に窮する場面というのは極端に少ない。それは上下関係としても、知識量としても教師が生徒を上回っていなければ教育機関が成り立たないからだ。しかし、そんな明確な差があるからこそ、教師は常に生徒を慮り、庇護下に置かなければならない。それはある意味ではしがらみであり、また別の言い方をするならば義務だ。 

 

 親が子を守るのと同様、教師は生徒を守らなければならない。ともすれば、血の繋がりがないその関係は親子における守り、守られるといった相互関係よりも尚、守る側の心労は大きなものになるだろう。ましてや、魔術師として優秀なだけに守る事のできるものが多いローニウス先生にとっては、守れなかったの一言は自らの怠慢を意味する。その重たい責務を感じ、幾らかの逡巡が先生の脳内を駆けめぐっていたのが先の時間という訳だ。

  

 つまり、今この若き魔術師たる担任教師の口を重く閉ざさせているのはそう言う類の事柄。そして、直近でそれに値するものといえば、それはもう一つしかない。

 

 

 「ふー。皆、よく辛抱強く待ってくれたね。僕の教師としてあるまじき、情けない態度に目を瞑ってくれたことに感謝するよ。でも、そう。実を言えば僕はまだこれを君たちに告げるべきかまだ迷っている。その理由は大きく二つだ。

 一つは君たちの為を思って。

 二つ目は聖域のこれからを思って。

 それぞれ、対象は違えどもこの二つは同一の事柄が連動し、波及して起きると予測されるものだ」

 

 

 片目をつむり、指を二本立てながら説明する担任教師は中々、様になっているが今はクラスの誰もがそんないつものローニウス先生のポーズに安心感を覚えることなく、固唾を呑んで耳を澄ましていた。

 

 緊張した面持ちの生徒たちに先生はまたしても苦笑いを浮かべ、肩を竦めてみせると指を打ち鳴らし、半身ずらして私たちの注目を促す。

 

 それで先生の背後、皆の視線が集まったボード上に現れたのは【特別課外授業:魔界遠征試験について】という文言だった。

 

 

 「さて、既に決まったことを四の五の言っても仕方がない、なんて割り切れる君たちではまだあってほしくなかった……なんていうのは君たちに対する侮辱かな?

 とはいえ、話を戻すとしよう。魔界遠征と聞き、今日の課外授業で記憶に新しいものが殆どだろう。そこでエルザック魔術師会総会長から説明があった通り、我が校では魔界への遠征を行う。しかし、先の説明に加えて、希望者を募る形から全校生徒の参加がつい先程、決定された。詳しい行程は後日、行われる魔界遠征試験説明会にて全校生徒の前で行われる予定だけど──」

 

 

 そこで言葉を切る、ローニウス先生は不安げに瞳を揺らして、浅いため息を吐く。そして、その翡翠の瞳が私を捉えた。

 

 

 「ルミア・ラルカ君。前へ」

 

 

 その呼びかけだけでこれから行われるだろう事なんてものは分かるものだ。

 

 席を立ち、促されるまま教卓の前に立つ先生の隣に並ぶ。

 

 

 「念押ししておくが、これから話すことは後日遠征前にも全校生徒の前で説明されることになっている。そして、これは私たち教師陣にも一部の例外を除いて、ほとんど周知されていなかった事柄だ。その理由は優秀な君たちのことだ。追々、話すことから推測してもらえることと思う。ただ、そう。くれぐれも君たちには学友を疑い、要らぬ邪推をして欲しくはない。今から君らの前でこの事実を公開するのはそういった意図あっての事であると、そう理解して欲しい」

 

 

 先生はそう言って、皆の顔を見渡し、最後に私を見て、了解の意志を求める。

 

 ローニウス先生はそうして、慎重の上に更にまた慎重を塗り固めるかのようにして私が持つこの秘密を扱うが、私からしてみれば、学生としての私の世界というのは私と、メルクリウスとそしてスーフィア達で完結しているのだ。今更、クラスメイトやレニオレア学院の生徒たちに知られたところで任務の遂行に影響はなく、学院での地位に興味のない私からすれば、赤の他人から得る評価なんでどうだっていい。

 

 けれども、先生にはそんな私の内心や本当の事情といった所までを汲むことはできない。誰だってそうだろう。まさか、護衛任務なんていうのは元からお題目上のものでしかなくて、私はただメルクリウスの側についていれば良くて、メルクリウス・レイフォントは誰に守られずともたった一人でだって、魔界から帰ってこられる最強の魔術師なんだ、なんて誰にも分かろうはずがない。

 

 だから、私は目を伏せ、先生へと話しても問題がないという意味を込めて頷いてみせる。

 

 勿論、ローニウス先生だって学院長やひょっとすればエルザック総会長からも今回の遠征任務における護衛を私に任命するという話をした際に私の素性を話しても良いかどうかの判断ぐらい仰っているだろう。ただ、私は謂わば当事者であるわけだから先生なりの優しさや気遣いから最終確認として、そういう視線を送ったに過ぎないのだろう。なんともまぁ、魔術師にしては情に厚い人間であるように思えるけれども、その人間味が多くの人を惹き寄せるカリスマ性に繋がっているのだと思うと一概に馬鹿にもできない。

 

 クラスメイトたちに先生が私が軍属魔術師であることやその軍属魔術師が何故、学生に扮しているのか等の事情を明かしている傍で、ふと私は初めて真面目にローニウス・アルフォードという人間について考えていることに気づく。今まで担任教師として多く目にしてきた癖して、一度もその内情にまでは思慮を巡らせたことなどなかったんだ、と。

 

 自分の視野狭窄具合もここまでくると盲目としかいいようがない。こんなめしいた目でどうして力の及ばない人相手に支えたいなんて傲慢なことを思えるのか。

 

 一人苦笑をこぼす私に先生が「では、改めて挨拶を」という。それに応じて、初めて私はクラスメイトたちを確固たる一個人として認識した上で口を開いた。

 

 「魔術師ランク9741位。《イーラ》所属、ルミア・ラルカと云います。今回、私は学院の教師陣と共にあなたたちの命を任された。

 私は最善を尽くす。でも、きっとそれだけじゃ足りない。あなたたちだってそう。日頃、努力していることは圧倒的な力の前じゃ役に立たない。

 世の中には理不尽というのが存在してる。認めたくない事実というのがある。目を背けたくなるような現実があって。でも、耳を塞いでいる暇もしゃがみ込んでいる暇もない。私はあなたたちよりも強いし、あなたたちよりも魔物をよく知っている。でも、足りない。そんなのじゃ全然足りない。あなたたちが生きて戻ってくるためには死に物狂いで足掻くしかない……とそう思います。」

 

 

 ハッとして、挨拶じゃなく叱咤激励なんてことをしている自分に目を見開く。

 

 柄にもないことをしてしまったと後悔するのはクラスメイトたちやローニウス先生までもが目を丸くしてしまっているからだ。

 

 どうしようか、と狼狽える私は顔を俯かせ、「その、私……」なんて意味もなく言葉を並べるだけで、なんでこんなことをしてしまったんだろうと頬が熱を帯び始める。

 

 

 そんなオロオロと視線を彷徨わせていると耳に控えめな拍手の音が飛び込んできて、視線を上げた先にニコリと微笑んだスーフィアが上品に手を叩いているのを見てとることが出来た。

 

 それに気づくのと同じぐらいのタイミングでカルロやアルト、それにアリシアが遅れて、拍手を送ってくれてそれに感化されるようにクラスメイトたちの多くもスーフィアたちと同じく拍手で私の存在とその言葉を受け入れる姿勢を見せてくれた。

 

 そうして、秘密の暴露を終え、私は以前よりもこの場所に馴染むことに成功し、自席へと戻るのだった。

 

 それを見届けてからローニウス先生がまた改めて話を始め、それを聞き流しながら隣を見るもメルクリウスはやっぱり、私の方を見ていることなんてなくて。

 

 ましてや、声をかけてくれるなんてこともなくて、とそう思っていた矢先。

 

 

 「ルミア。君は強くなりたいと思うか?」

 

 

 囁くような声で訊ねるメルクリウス。突然の問いかけに対して、驚く私は数泊遅れて返答する。

 

 

 「そんなの当たり前。私は、あなた以上にだって強くなりたい」

 

 

 偽らざる本音だった。メルクリウスがもう戦わなくて済む方法はこれしかない。そして、これに対して、彼が返すべき言葉も予測できる。もう、彼に自分は用済みだ、なんて言わせない。

 

 

 「そうか。なら、このあと少し付き合え」

 

 

 横目で私に強い口調を使うその姿は彼の魔術師としての側面を仄かに覗かせる。不本意ながら、それにちょっとした胸のどぎまぎを覚えつつ首肯を返す。

 


 「分かった。でも、どこで?」

   

 「寮で。詳しくは寮に行ってから話す。だから、すまないがもしもスーフィアたちと約束でもあるなら断ってくれ。誘いも当然。理由は何でもいい。誰からのものも、だ」

 

 

 いつになく真剣な様子のメルクリウスにただただ頷くと彼もそれで話は終わりとばかりに口を閉ざした。

 

 大方、私の予想通りの展開とはいえ、性急な態度のメルクリウスを見ると心配になる。

 

 私の見立てではメルクリウスが何年もかけて私の面倒を見続けることにより、擬似的に生きる意味を与えられると考えての事だが、この分だとメルクリウスは一刻も早く後任を育て、義務を終えようとしているのではないだろうかと疑わざるを得ない。

 

 失敗したか、と一抹の不安が過ぎる。もしも、私よりも育てがいのある人材を見つければ、メルクリウスはそちらにシフトチェンジして、後継者とするかもしれない。しかし、それでは当初の目的であるメルクリウスへの恩返しにはならないのみか、メルクリウスの言う、人柱計画の促進剤となりかねない。それだけは断固阻止しなければ。

 

 要するに私はメルクリウスの修行に着いていくだけの有能さを見せつつ、彼に人としての幸せを見つけてもらうための時間を稼ぐ必要がある訳だ。

 

 ──或いは彼が後任の育成こそ人類のためと思えるだけの人類愛を持てるようにするか、だ。

 

 兎角、そんなやり取りを人知れず交わした私たちはローニウス先生からの連絡事項を受け取り、緊急ホームルームの終わりを待った。

 

 

 

 先生の話が終わり、私たちの所へ集まったスーフィアたち。彼女たちは今回の魔界遠征について更に詳しく話したいと言うが──

 

 

 「すまない。今日は帰る。明日には説明会もあるし、そのあとでの方が何かとスムーズだろう」

 

 

 ──ズバッと断りの文句を言い放つメルクリウスに、カルロが口を尖らせるがスーフィアは心得たもので「分かりました。お二人だって積もるお話はあるでしょう。今日の所は私たちはお暇致しましょうか」と大人しく引き下がり、最初に不満を顕にしたカルロ以外の二人はそれに賛同する。となるとカルロも納得はいかずともメルクリウスの言わんとすることは理解しているから、渋々といった様子で会議の発案を取り下げた。

 

 とまれ、そんな一幕を挟みつつ寮に帰る私たち。

 

 あの日、飛び出したっきりもう帰ってくることはないだろうと思っていた扉を潜り、中に入ると一ヶ月もの間放置されていたとは思えない清潔感を保つ空間が広がっていた。

 

 

 「なんで、こんなに……」

 

 「部屋のことか?それだったら、この部屋の仕様だ。この寮は特別製でな、色んな魔術機構が仕込んであるんだ」

 

 

 そんなの聞いてない、という言葉を寸前で呑み込む。これで、言っていなかったからな、とか真顔で言うのがメルクリウスだ。その言葉の裏にある、なんで言わなかったのか、という部分についてだって、私を信用していなかっただとか、言う必要性を感じなかっただとか、そういう心無い言葉が返ってくるに違いない。それがわかっていて敢えて、傷付けられにいく必要はないだろう。

 

 

 「はぁ……。それで、教室じゃ出来なかった話って?」


 「?あぁ、それなんだがルミアがこのまま魔界に言ったところで大した役には立たないし、下手をすれば……というのは言葉を選び過ぎたな。単刀直入にいえば、今のルミアじゃ誰も守れないし、十中八九死ぬ。幾ら、魔界の魔力濃度が高いとはいえ、その大量の魔力を魔術師が御しきれなければ意味が無い。この意味が分かるか?」

 

 

 他人の神経を逆撫でするような物言いだが、実際のところそれらは事実だし、メルクリウス程の魔術師に言われてしまえば言い返す事も出来ない。教えを乞う立場としてここは素直に頷いておく。

 

 

 「君は強くなりたい、と言った。俺以上に、と。しかし、俺以上に強くなるためにはどうすればいいと思う?」

 

 

 そう問われても具体的な案なんて浮かばない。それがわかっていたらとっくに私の中で燻る弱さを憎む心は消えて無くなっていることだろう。

 

 私が心の内面そのままに首を振るとメルクリウスは一瞬、迷う素振りを見せてから私へと告げる。

 

 

 「君が俺を喰らえばいい」

 

 「は?」

 


 

 

 

 



スーフィアの兄をアステル・アルシェに改名致しました。

ヘレオンと名前が似てしまい……申し訳ありません。


まだ登場回数二回の魔術師ランク二桁の《蒼布》ですが以後お見知りおきを。

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