第十五話『紐解き』
更新遅れました……!!!
「メルクリウス君とルミアちゃんの関係についてはよく分かりました。けれども、メルクリウス君。」
そこで一度、言葉を切ったスーフィアはメルクリウスの目を正面から見据えると「いいですか」と前置き。次いで、再び口を開いた。
「まず最初に言いたいのは入学当初のこと。お二人が模擬試合をすると言っていた時、私の目にはメルクリウス君とルミアちゃんはなにやら賭け事をしていた様に見えました。しかし、先程のメルクウリス君の説明によると二人は謂わば、依頼人と請負人の関係とのこと。そんなことをする必要は無いでしょう。また、考えても見てください。それだけでなく、幾度となくルミアちゃんはメルクリウス君に対して、立場的に若しくは力関係的に、弱いということを示してきました。尤も私が違和感を覚えるのは何故、メルクリウス君はわざわざ、自身よりも実力的に下であるルミアちゃんを傍に置くのか、ということです。護衛というには些か、説明として弱すぎる、とそう感じてしまうのも無理ないとは思いませんか?」
疑問点を羅列するスーフィアにカルロ初め三人も頷き、私は私で迂闊な自分に気付かされる。
「スーフィア、それは考えすぎだ。幼馴染という設定上、最初に一悶着あった方が──」
「──メルクリウス君。嘘に嘘を積み重ねるのはよくありませんよ。そういった、嘘の付き方は騙す側にとっても騙される側にとっても苦しいだけです。ですから、メルクウリス君。今から一つだけ、質問します。これに嘘偽りなく答えると、そう約束して頂けるのでしたらこれ以上の追及はしないと約束致します」
メルクウリスの言葉を遮り、半ば強引に自身のペースに巻き込むスーフィア。これも貴族として身に付けた、相手に付け入る隙を与えない交渉術というやつなのだろうか。有無を言わせない彼女の勢いに心なしかメルクリウスも押され気味だ。
して、そんな彼の珍しい姿に笑いを堪えるのに必死だった私の表情は次の瞬間、凍りつくことになる。
「メルクリウス君、あなたはルミアちゃんを好いて……いいえ、愛せていますか?」
──はい?
瞬きの間、ほんの僅かな思考の後に弾き出された言葉。それは──。
「スーフィア。私とメルクリウスはそんなんじゃない。メルクリウスが言ったように私とメルクリウスの間に雇い、雇われた以外の関係性なんてない。これまでだってただの見せかけで……」
そう。メルクリウスと私の間にはたったそれぽっちの絆とも呼べない、今にも切れてしまいそうなか細い繋がりしかない。事務的な、期間限定の、ごく普通のありふれた、何一つ特別な感情なんて抱きようのないもの。
「では何故そんなにもルミアちゃんは苦しそうな顔をしているのですか?」
苦しそう?そんな馬鹿な。
私はこうなることぐらい分かっていた。最初から彼との関係は仮初のものに過ぎないと知っていた。それをどうして今更悲しむ必要があるのか。
そう思っても一度、つっかえた言葉は出てこなくて。
「ルミアちゃん。勝手なことを言っているのは分かっています。踏み入るべき領分を超え、出過ぎた真似をしているという自覚もあります。それは申し訳ありません。しかし、メルクリウス君とルミアちゃんの関係性が幼馴染という下地の上にないのであれば、私はルミアちゃんの友人としてメルクリウス君に訊かねばなりません。メルクリウス君はルミアちゃんの、いいえ。メルクリウス・レイフォントはルミア・ラルカという人間の味方なのか、と」
その問い掛けを発したスーフィアの、紫紺の色を宿す瞳が一際強い輝きを放つ。
「スーフィア。君はやはり勘違いしている。俺とルミアは相互に守り合う仲間ではないんだ。一方的に彼女が俺を守り、俺は彼女に護られる。それが俺達の関係性だ。無論、学友として俺の側にいることもその延長線上でしかない。そこに俺がルミアの味方であるか如何かという問い掛けを持ち出されても困る。何故なら、答えは時と場合によって異なるからだ。大事なのはルミアじゃなく、俺だ。それが彼女の任務だからだ。場合によって、俺はルミアを見捨てて逃げなくてはならない。彼女の味方という言葉が彼女を守る、或いはそれに値する存在であることを指すのならば、俺は彼女の味方ではない」
味方ではない、と言うメルクリウスにスーフィアは更に言葉を重ねる。
「では、メルクリウス君の命に関わらない範囲であれば、メルクリウス君はルミアちゃんの味方なのですね?」
「まぁ、基本的にはそういうことになるな」
確認のように再度、発せられた問いかけにメルクリウスは肯定の言葉を返す。そんな彼の言葉にスーフィアは瞑目すると一つ頷き、にこりと微笑むとメルクリウスに言う。
「そう、ですか。そう、なのですね。分かりました。そういうことでしたらお約束どおり、これ以上の追及はしません。それから、そうですね。差し支えなければ今後とも私たちはお二人を幼馴染であるとして、これまで通り接することにしましょう」
両手をそっと合わせ、締めくくるスーフィア。そんな彼女に待ったをかけるのはカルロだ。
「おいおい、スーフィア。待ってくれ。俺たちはまだ理解出来てねぇよ。さっきの会話のどこに安心できる要素があったんだ?」
そう、確かに。メルクリウスが危機的状況に陥ることなんて滅多なことは無いだろうと私は知っている。けれどもスーフィアたちからしてみれば、メルクリウスは人並み以上に出来るぐらいの認識であるはず。真にスーフィアが私を気にかけてくれているのだとすれば、納得するにはメルクウリスの言葉は些か、不十分と言わざるを得ない。
「ふふっ、カルロ君。あなたがよくわかっていらっしゃるでしょう?メルクリウス君がルミアちゃんと幼馴染であろうとなかろうと、これまでルミアちゃんを守ってきたのは事実。そして、これからもそれは変わらない。メルクリウス君が命を張らなければならない状態でない限りは」
「ああ。だけど、それはつまりメルクリウスがヤバイと感じたらルミアを置いていくって言ってるみたいなもんじゃないのか?」
「そうですよ?けれども考えても見てください。メルクリウス君は魔物が街に現れた、あのとき、ルミアちゃんを置いて逃げるようなことはしなかった。そして、今回だってちゃんと私たちがいる所までルミアちゃんを送り届け、ルミアちゃんはこうして無事でいる。それは裏を返せばメルクリウス君にとって危機感を感じるようなことがこれまでなかったということ。
メルクリウス君が天性の鈍感体質ならば別ですが……そうではないでしょう、ルミアちゃん」
ふわりと花の咲くような笑顔と共に私へと話を振るスーフィア。確信の色が宿った、その視線が私を射抜く。
私はどう答えたものかとオロオロしていると隣でメルクリウスが一つ溜息をつく。そして、口を開いた。
「分かった。つまり、スーフィアはこれからもルミアを守れ、と言いたいんだな?尚且つ味方として側にいろ、と」
「そうです、メルクリウス君。あなたがルミアちゃんと同棲するならば、やはり、そのくらいはして頂かないと私は安心してルミアちゃんを送り出すことができませんから」
「ああ、分かった」
「それから、最後にもう一つだけ」
「次は何だ?」
メルクリウスが半ば興味無さそうに問うとスーフィアがとびっきりの笑顔で言う。
「メルクウリス君。ルミアちゃんをこれ以上、泣かせないで上げてくださいね」
これにはさしものメルクウリスも面食らったか、それともそう反応するのが正しいと考えたのか、いずれにしろ驚きの表情を浮かべ、スーフィアはしてやったりといった顔で「それでは学院に帰りましょうか」とこの話が終わったことを宣言するのだった。
捕縛した普通科生徒を学院まで連れ歩く訳にも行かず、カフェテリアの従業員にイーラないし学院関係者が引き取りにくるまでの間、預かってもらうように頼み、半刻。学院に帰ると多くの学生は怯え戸惑ってはいるものの、つい数ヶ月前に魔物に襲われた街の住人としてはまだ恐慌状態に陥っていないだけ凄まじい精神力と言ったところだろう。
まず、校門に辿り着いた私たちはそこに立っていたのは丸眼鏡を掛けた女性教師だった。
「あなた達、大丈夫?!その怪我はどうしたの?」
私たちを見て心配と真相究明を急ぐ言葉の両方を発する彼女にスーフィアが例のカフェテリア襲撃の一件を伝え、現場検証等の後処理ともののついでに普通科生のも迎えに行ってほしい旨を伝える。
最初こそ、焦りを顔いっぱいに浮かべていた女性教諭だったが、スーフィアの要点を抑えた話し方と落ち着いた態度に冷静さを取り戻し、スーフィアが話し終える頃には教師然とした雰囲気を纏い、「お話は分かりました。あとは任せて」とほんのり微笑みを浮かべる余裕を見せた。
して、そんな彼女に私たちは各教室へ戻るように、と指示を受け、現在。特高学科の教室で自身の席に着いて、ローニウス先生が来るのを待っているというのが現状だ。
「アルト。今回のこと、君はどう思うんだ?」
「リパルシェ、どう思うも何もそのままじゃないか。ただの伝説だと思っていたロ・アーツ族が表に出てきて、聖域に張られている結界の効力が弱ってて。いずれは阻むものがなくなったことで魔物がこの聖域に押し寄せてくる。ただ、それだけだよ」
「だからだよ。今日の課外授業でグランドマスターが言ってたこと、忘れた訳じゃないだろ?希望者を集めて魔界への遠征をするって話。それと今回の放送が無関係だとは到底思えるわけが無い」
盗み聞きがしたい訳では無いのだが席の近さからアルトとクラスメイトであるリパルシェ──学年ではスーフィア、アルトに次ぐ貴族階級であるアリシアと同等の学力を持つ秀才にして、魔術師ランクは私とメルクリウスを除けば学年2位に相当する25100位の金の卵だ──の会話がふと耳に入ってくる。
勿論、私はその二つが繋がっていることを知っていて、しかもその護衛となる大役を任されているわけではあるが、今ここに置いてはそれを話すのは悪手だ。
正式に魔界遠征が決まれば、その事前説明会時には私の正体が暴かれ、表面的な生徒の安心感を高める効果を期待した舞台装置として作動することになるだろうが、否が応でもそれがプラスにしろマイナスにしろ、興味や関心を向けられるであろうことを想像するのはそう難くない。
──であらば、それを最大限引き伸ばしておくことが賢明な判断だろう──
とまれ、聞き耳を立てるのをやめた私は手持ち無沙汰になり、教室を眺め、騒騒しい生徒たちの様子を一瞥し、最後に隣へと視線を向けた。
そこにはこの1ヶ月、私の日常から去っていたはずの存在が座っている。
赤と青の双眸を今は瞼の裏に隠し、居眠りという形をとって外界との接触を遮断しているらしい彼。金の髪は女の私でも嫉妬してしまうくらいに艶やかで、均整ある長身の身体にのるのはやはり端正な顔。
彼の名をメルクウリス・レイフォントという。
彼は私の護衛対象であり、つい先程まで喧嘩別れしたっきり、今生では最早会うこと叶わないと思っていた存在だ。けれども、彼はこうしてあっさりと私の側に帰ってきた。
彼が魔術師ギルド本部が位置する中央街へ帰省していた一ヶ月を除いて、たった五ヶ月だ。彼のいない数年よりもたった五ヶ月が私にとっての日常に成り代わっているのだということが少しだけ嬉しいようで、とても怖い。
私は彼の心を読んで、そこに人間性を認めることが出来なかった。その結果、衝動的に彼の下から逃げ去り、彼のいない日々を否定しようとした。それだけ、彼は私の心の大半を占めていたのだ。
随分と前から分かっていたことだが、私は彼のこととなるとどうにも冷静でいられないし、心を強く揺さぶられてしまう。
それを好きだとか、愛だとかいう言葉で飾ってはいても実際は依存でしかない。
彼のいない一ヶ月。半分死人のようにして過ごした世界は幾分色褪せ、スーフィアたちがいなければ、間違いなくモノクロの景色ばかりが私の視界を覆っていたことだろう。それはつまるところ、私がメルクリウスという存在なくして生きていけないことの裏付けであり、私が一人で生きてなどいなかったことの証明だった。
私は物憂げにも見える彼の寝顔を見つめながら、彼に何をしてあげたいのかを想う。
ずっとそうだった。彼が私にしてほしいのはなんなのか、と。そんな事ばかりを考えていた。
それは彼を見ているようで、その実自分自身の気持ちなんてこれっぽちも入っちゃいない空っぽの奉仕だ。
彼基軸でしか世界や物事を考えられていない証拠だ。
そこまで考えると私がこれまで頭を悩ませ続けてきた疑問は氷解していくようだった。
そうか、メルクリウス・レイフォントを人として愛するならば、自分自身が人でなければならないのだ、と。
第三章はそこそこ長くなる予定です。お付き合いいただければ幸いにございます。




