第十四話『暮れなずむ街の片隅に』
遅れて申し訳!
四人を縛りあげ終わる頃には一時的な避難所としての機能を担っていたカフェテリアからカルロとアルトが出てきた。そこで既に臨戦態勢へと入っていたカルロには悪いが、縛った普通科生の面々を運ぶのを手伝ってもらうために緊縛系の魔法に長けるスーフィアを彼には呼びに行くよう頼み、その間、アルトにカフェテリアの被害状況を聞く運びとなった。
幸いにして、アルトの話によると死人はなく、重傷者一名を除けば全員が軽傷もしくはスーフィアとアリシアの回復魔法のおかげで軽傷程度にまで持っていくことが出来たらしい。
また意外なことにカルロにも回復魔法の心得があったそうでカルロもスーフィアやアリシアには並ばずとも、カフェ店舗内にいた住民並びに利用客の被害を抑えるのにそれなりの貢献をしてみせたそうだ。
とまれ、そんな風に親友の活躍を語る一方でアルト自身は魔力量の少なさが仇となって大した活躍が出来なかったことが心に引っかかっているらしい。無力感から来る卑屈な心がそうさせるのか、話の合間、合間に苦笑を浮かべるアルトにかつての自分が重なる。
メルクリウスもアルトのその、人知れぬ感情には目敏く勘づいたらしい。遠いものでも見るようにして街の惨状を眺めるアルトの横顔に何やら考え込む様子を見せていた。
して、アルトから話も聞き終えた頃、カルロと代わって捕縛場所へと到着したスーフィア。メルクリウスが彼女に頷きかけ、スーフィアが呪文を紡ぐ。そうすれば、いつぞやのアリシアを縛り上げた時同様に青い布が現れたかと思えば、ふわりふわりと浮かぶそれが縛られた四人の足元へ滑り込み、四隅が少し捲れて不完全な巾着袋の形をとる。見た目はただの布地である、それが四人もの人を乗せたまま、再び地面から離れ、浮かぶ。そして、そんな蒼布へと手をかざすスーフィアの動きに合わせて移動を始め、私たち三人もそれに続くようにしてカフェへと引き返すのだった。
カフェ内の惨状はそのままに、人的被害の回復がなされている様子は強烈な違和感を私に抱かせた。まるで廃墟に安らぎを求めて多くの人が寄り集まっているかのような異様な光景。しかし、そんな中にあって建物の被害に準じた傷を負う人間が一人。床に敷いた布の上に、その友人であろう数名に囲まれ、顔半分が包帯に巻かれた状態で寝かされていた。
顔がよく見えないせいで性別の判断は難しいが身体の起伏から辛うじて女性であると見当がつく。着ている服からは一般的に流通している服装であることから、学生街に住まう住民の中でも学院に然程の関わりがなく、また、学院に関わりがないにも関わらず、今や最西端と言って差し支えない学院街に居住を決めたということは少なくとも裕福な家庭の出ではないのだろうとも考えつく。
そして、聖域はそんな裕福ではない人間が大多数を占めている。十分な魔法教育を受け、正規の魔術師として大成する人間なんていうのは全人類の三割にも満たない。魔術師の数は年々増えているとはいえ、基本的にはどんな職業よりもその命は儚く、また魔法という人力を遥かに凌ぐ仕事率を誇る技術だろうと瞬間的なものが殆どだ。残りの七割強が作り出す半永久機関には見劣りしてしまう。
魔術師は研究者というよりは圧倒的な強さを持つワンマンソルジャーだ。そんな兵士たちを支える他多くの生産者たちなくして、この聖域という地における危うい均衡は保つことは出来ないだろう。
今回、起きた一連の騒動は外道魔術師が仲間集めの為に偶発的事象を利用したに過ぎず、へレオンのあるか分からない真意がそこに相乗してしまった結果、極めて部分的かつ突発的な誰の意図にもない連戦だった。しかしながら、これから多くの市民は常にいつかこの聖域に魔物が溢れかえるかもしれないという悪夢を抱えながら、過ごすことになる。更に外道魔術師から命令され、カフェを襲撃した若い魔術師たちのように聖域内の不安を煽るため、これまでに増してそういった事件はその頻度を高めていくことだろう。そうして膨れ上がった内部の不安が向かうのは……。
あの聖域中に流れた放送が齎す暗鬱とした影は考えるよりもすぐそこまで迫っているのかもしれない。
そんな内心の焦りはこの場において、そしてこの聖域において、最強を冠する彼へ視線を向けさせる。彼の支えになりたいと思う一方でその力に絶対の信頼を置いているというのも変な話ではあるが、と苦笑交じりの感情を視線に含ませたのが悪かったのか。
前を歩いていたメルクリウスがついと振り返る。赤と青の瞳に射抜かれ、一瞬固まる身体はほんの少しの恐怖と変わらない想いを抱えたままのようだった。
私が瞬きで何もない事を伝えるとメルクリウスもそれ以上の追及はせずに歩みを再開させ──
「ルミア、俺は普通であることをやめようと思う」
「え……?」
──不意に鼓膜を打った、そんな言葉に私が聞き返す間もなく、メルクリウスは辛うじて残っていた椅子を集めて四人で話し合っているスーフィアたちのところまで向かっていく。その背中は現実の距離よりも尚、遠く感じられて。
嗚呼、確かに掴んだとそんな錯覚を抱いた私は大馬鹿者だ。
私がメルクリウスに続いて、数刻前を再現するように合流を果たすと話し合っていたことと言えば専ら、これからを憂い、それらにどう対処するべきかということだ。
勿論、彼女らはメルクリウスというチートが度外視された状況下で、限りなく自分たちのみの力で出来ることを考え、実現可能な策を練っているのだが。
「やはり、僕らが如何にレニオレアの特高学科生とはいえ、所詮は学生。市民感情として広がりつつある不安を緩和させるには心許ないといったところでしょうか」
「そう、ですわね。学生街においては先生方や学生の模範たる私たちの存在が安心感の拠り所となり得るよう努力せねばならないのでしょうけれども……。聖域が近い将来、その効力を失うとなればこれまで以上に大々的な実績が必要となるでしょう。しかし、そんなもの一体如何すれば……」
話は佳境に入っていた。今の、自分たちにできることはあまりないと。そんなふうにして話は切り上げられる筈、だった。
「なら、魔界に行けばいい。大多数で魔界に行って帰ってきたという実績、そういった実例。そういうものがあれば、今よりは希望が持てるんじゃないか?」
メルクリウスが放った一言はこの状況下でなければ、一笑に付すべきものだった。いや、この状況にあってもやはり、学生が魔界へ行くなどと正気の沙汰ではない。多くの魔術師が、その命を散らし、普くすべての人々が忌み嫌う魔物蔓延る地。この聖域を一歩出れば広がるのは強きが絶対の世界。そんな場所に好んで出向く人間なんてものは相当な好事家か、狂人だ。
全員が正しく、そういう認識の下にメルクリウスの発言を解釈していた。そして驚きを通り越して半ば呆れに変じかけた感情はされども、魔界へ出ればいいと事も無げに言った当の本人が浮かべる無表情と相対し、初めて凍りついた。
先の発言が笑えない冗談の類ではなく、かと言って自信過剰による強がりでもなく。
考えても見れば、スーフィアたちがメルクリウス・レイフォントという人間の異常性をその表層意識に浮上させた初の瞬間だったのではないかと思う。
「確かに学生が魔界へ出れば、その多くは帰ってくることは難しいだろう。だけど、それは技量の問題じゃない。特高学科生に限って言えば一ヶ月程度、魔界を想定した訓練を積むならという条件付きで、年度始めに行われる遠征作戦、その新米軍属魔術師生還率と同程度の割合で帰ってこられるだろう。それに……」
「ま、待ってください、メルクリウス君!いきなり何を言うんですか。魔界だなんて、そんないきなり……。それに新米軍属魔術師の生還率ってつまり――」
「――そうだぜ、メルクリウス。こんな時にそんな滅多なこと言うもんじゃないだろ。流石の俺でもそれぐらいは分かるんだから、お前が分からないわけないだろ」
メルクリウスの一見して建設的な意見はスーフィアやカルロの言葉とそれに同意する視線によって即座に反対の票が集まった。当然の流れではあったがメルクリウスはあくまで「そうか」と肩を竦めてみせるだけで自身の意見を冗談として取り下げることはしない。そこにあるのはつまるところ、彼は大真面目にこんな惨状を前にして学生の何人かが――場合によっては数十人が――死ぬかもしれない遠征を学友たちに勧めているということだ。
「ですけど、メルクリウス……君がそう言うということは何かしら勝算があるということでは無いのですか?」
そんなアリシアの言葉が断固反対の流れを断ち切る。そして、冗談としてメルクリウスの言葉を飲み込もうとしていた面々は改めて、彼の口から説明することを望む目を向けた。メルクリウスはそれを受けて、顎に手を遣ると如何にも渋っているという様子をみせると意味ありげに私へ視線を寄越す。
その不思議な輝きを放つオッドアイが口よりも尚、雄弁に「今度はお前が話す番だ」と語っていた。
しかし、話すと言っても今回の遠征要項について私が持ち得る情報は少なく、その少ない情報の中で最も確実な安堵を齎すものはメルクリウスという考え得る最強のカードを開示する事なのだが……。それをここで公のものとすることは言うまでもなく、出来ない。
となると、あとはその補佐として生徒に紛れ込み護衛を務める私の正体、軍属魔術師という身分を明かすことというのが一つある。
ただ、これを今言ったところで何になる?魔界に出向く不安を払拭できるほど、私の実績なんて大したものじゃない。そんなわざわざ非力な軍属魔術師一人の素性を学友に知らしめ、メルクリウスは何を求めている?
分からないまま、それでもメルクリウスが私に向けるその目に急かされるようにして、私は口を開く。
「その、実は今回の魔界遠征。護衛がつくことになっていて……」
「えぇ、そういえばエルザック会長が遠征のお話をされている時に仰られていましたね。しかし、エルザック会長は一人の死者もなく、だなんて言っていましたが一体どんな護衛をつければ魔界を安全なものと出来るのでしょうか。それにきっと魔界に行く、その事自体は目的では無いのではないでしょうか。魔界へ行って、それできっと……」
スーフィアは自身で言葉にする内、魔界遠征における"目的"が達成された時へ思い馳せ、反対に言葉は尻すぼみになっていく。
そんな彼女と同様の疑問をメルクリウスを除いた三人も抱いている事だろう。
「そう。確かにエルザックさんが言っていたことは少しでも多く生徒が参加するよう、建前として言ったんだと思う。その一方で学生主体で魔界に行く、ということも目的の一部ではあるんだろうし、護衛をつけるといっても大々的に九十九の魔術師が一緒に来てくれるとは考え難い。ただその内の一人は………」
じんわりと掌に滲む汗を強く握り込む。いざ、という段階でもう今までとは別の目で見られるかもしれないという躊躇が待ったをかけるのだ。
一つ、深呼吸をして。瞑目の後、私は再び口を開いた。
「護衛の一人というのは――」
「――皆には今まで隠していたがルミアは軍属魔術師なんだ」
「え、」
思わず、口をついた疑問符さえも間に合わない声は一体、私とスーフィアたち、どちらのものだったろうか。無論、私は虚をつかれた形から出た軽いものだがスーフィアたちに至っては愕然とした表情で驚きに目をみはった思考停止に陥った結果の「え、」である。
そんな彼らが現実に回帰するのを待つ間、いやいやここを言わせるために私へ意味ありげな目線を向けてきたんじゃないのか、とメルクリウスを見遣ると「なんだ」とでも言いたげな表情で見つめ返してくるのだからとことん、私はこの人が分からない。
だとすると、なんだろうか。説明が面倒になったとかそういうあれだろうか。話を円滑に回すためのそういう舞台装置的役割を担わされた、とそう考えて良いのだろうか。まだ彼にとって私は道具なのだろうか?
そんな私の憤りも何処吹く風、メルクリウスはあまりの衝撃に呆けていた四人の完全な回復を待たずして、話を再開した。
「薄々、皆も勘づいていた頃なんじゃないかと思うがルミアは特高学科の中でもトップレベルで魔法を修めている。魔術師ランクは9741位。イーラに所属していて、功績としてはルイズベルンに……いや、まずは隠していた理由だな。そこに関しては俺が理由の大半を占めている。というよりも軍属魔術師であるルミアがここに来ることになったのは俺の護衛任務の為だ。知ってのとおり、俺は現魔術師ギルドグランドマスター、エルザック・レイフォントの息子であるからその家名故、命を狙われることも少なくない。その警護にあたってもらうことになったのがルミアだ」
すらすらと言葉が出てくるあたり、出会った当初に抱いたあの胡散臭い印象が思い起こされる。スーフィアたちも明かされていく私の正体に興味津々なのか、疑問を挟むことも無く、メルクリウスの話に聞き入っていて、それが自分の事なのだと思うと少し恥ずかしい。
「彼女はルイズベルンに移籍することも可能な優秀な魔術師であり、俺の学院生活における、あらゆる面でサポートをしてくれているが、ルミアが軍属魔術師と知られれば、一個人に対して優遇措置を施したという事実が浮上し、市民感情として印象は決して宜しくはないだろう。また、刺客により一層、警戒させることになり、それも俺たちにとっては不利に働く。他にも雑多な理由はあるが隠していた主な訳はその二つだ」
概ね間違ってはいないのだろう。メルクリウスが警護なんて必要としないほどの超級魔術師であるという一点を除けば、自然な成り行きであると考えられるし、そもそもの話として事実の方が信じ難いこの現状は嘘を交えることによって、より現実味を増すのだ。
「っていうことはメルクリウスとルミアが幼馴染だっていうのも嘘ってことか」
メルクリウスが説明する、その傍ら。ふと漏らされるカルロの言葉。些細なカルロの、その一言に思いがけず、胸がドキリとする。だって、それはまるで――
「そうだな。俺とルミアは赤の他人だ。この学院に来るまで何の関係もなかった」
――そう。私とメルクリウスは赤の他人だ。私が勝手に彼の背を追っていただけ。
そんな分かりきっていることでも、こうして周知の事実として白日の下に晒されてしまうとなんだか、悲しくなる。
私のそんな感慨も置いてけぼりにメルクリウスはこの話題の終着点へと危なげなく着地を果たす。
「とまれ、そんな彼女が今回の遠征で護衛を務める。"学生"としての彼女は今まで実力を思うように発揮できなかったが今度は"軍属魔術師"として思う存分、その力を奮ってくれるだろう。勿論、ルミアにカバー出来ない点はあるだろうが先生方もいる。全くの負傷者なしとはいかずとも予定している場所は聖域拡大を目的に魔物の殲滅が定期的に行われている場所だ。この間、街に沸いた魔物を基準に考えて問題ない」
そう締めくくるとメルクリウスは四人に問いかけるような目を向ける。
そんな赤と青の瞳に彼らは少しの困惑と大きな不安と微かな期待を孕んだ表情で顔を見合わせるのだった。




