第十二話『あなたと私で 弐』
「ペッ……やるじゃねえか、お前さん」
ツツと鼻から滴った鮮血を拭い、口に溜まった血も吐き出す悪人面。
ここにきて初めて男は私へ話し合いを持ち掛けてきた。その狙いは明白だ。私の後ろに控えている筈のメルクリウスを含めずとも、既に男のアドバンテージであった人数有利はなくなり、瑣末とはいえ、男にもダメージの入った現状。男がすべきは全力決死の戦いではなく、出来うる限り負担を減らすこと。
察するに男の目的は暴動に乗じた同志の参集。そして、より大きな反乱組織の結成だ。
つまり、それらの目的を加味すれば外道魔術師がここで満たすべき勝利条件とは私から辛勝をもぎ取ることではなく、圧勝ないし逃走で。或いは――
「だがなぁ。俺には外法を用いる余裕がある。お前さんがいくら強かろうとな、所詮は学院生だ。あぁ、そこでぶっ倒れてやがる奴らと俺を一緒にすんじゃねぇぞ?」
そんな風にして、倒れた仲間たちを指さしながら言う男。
その言葉はハッタリだ。しかし、あながちすべてが嘘とも言えない。私が只の学生であるとすれば、男の言い分も理解できる――といっても、男がこうして交渉という手段に出たことからも分かる通り、言葉の上では侮ろうとも本当に私を只の学生とは思っていない。それに他の四人よりも多少は男の方が腕は立つというのも事実だろう。
しかしながら、それ故に男の言葉はハリボテの塊である事が尚更に強調される。それが滑稽で堪らない。
こんな状況、こんな場面にも関わらず、溢れそうになる笑みは何が理由だろう。
自惚れ?優越感?それとも男への嘲りだろうか――?
「ケッ、何笑ってやがる。余裕ぶっこいたその顔、直ぐに吠え面かかせてやらァ」
――嗚呼、なるほど。これは自嘲か。
交渉を持ちかけたかと思えば、一時の感情任せに白兵戦を仕掛けてくる男を見ながら思う。
この男は中途半端なのだ。理性を働かせ続けることも出来ず、本能に抑えを効かせる事も出来ない。そんな馬鹿みたいな姿がまるでここ最近の私みたいなのだ。
駄目だな。私はこんなに甘い人間ではなかったはずなのに。魔法の一撃で葬ってしまおうだなんて、相手にとっては付け入る隙を与える事と同じでは無いか。あまつさえ、その隙を埋めるために格闘技を持ち出してくるなんて、どうやら私もこういう世界の厳しさを少なからず、忘れようとしていたらしい。
きっと、それもこれもメルクリウスのせいなのだ。彼が分からないものを、彼を知るために知ろうとして、だから、私は今、こんな輩に苦戦しかけている。
頭の中にあるスイッチを切り替える。深く息を吸い、そして吐き出す。
それだけで幾分、感覚が戻ってくるように思えた。まずは、そう。
両手を開閉し、自らの得物を袖より滑らせ、取り出す。
そうして構えた両手に持つのは二振りの短剣。白を基調とする質素な見た目のそれらはしかし、鉄さえ物ともせず、引き裂く私の愛刀だ。
男は私が構えたのを見て取り、踏み込みの速度がほんの一瞬だけ落ちる。
それを見逃す理由もなく、相手の目算を更に狂わすため、一歩半程度の踏み込み。そして、その場で構えた左手を振るえば、何をせずとも相手から間合いに入ってきてくれるのだから、楽なものだ。
男は直前で私の狙いに気付いたらしいが引き伸ばされた時間の中では数秒でも、実際にその速度から軌道の修正をかければ思わぬ深手に繋がると考えたか、大人しく防御の姿勢を取る。
そんな男の上がった腕を一閃。痛みに呻く男を無視し、右手に握るもう一方で追撃を行い、そのたった二撃で男の両腕はボロボロだ。しかし、私が斬撃を加える間にも男はその速度を緩めることなく、突進を敢行。されど、それを素直に受けるつもりは毛頭ない。
「《雷撃》」
短剣を杖代わりにその刃先から魔法が射出、四足獣が如き男はそれをまともに受け、吹き飛ぶ。
といっても、防御は間に合ったらしい悪人面。直撃の寸前、ダメージの軽減を狙ってだろう、男は交差させた腕に弱電流を纏わせていた。謂わば避雷針だ。
腕に《雷撃》のダメージを集中させる事で身体全体に電気が伝わるのを回避する。雷の魔法を得意とせずとも腕にほんの一瞬、纏わせるだけなら簡単だ。男も考えたものである。
ただ本来、生身の体で受ければ全身火傷もののこの魔法。身体強化の魔法がかかっていても第Ⅰ度の火傷が局所的に表れるだろう。それを一点に集中させたのだから、そのダメージたるや否や。
派手な音を立てて、瓦礫の山へと突っ込んだ悪人面。もうもうと立ち込める土煙の中、魔術師の眼に映るのは立ち上がる、片腕のシルエットが消えた男の姿。されど、男の目に爛々と灯る戦意は消えることなく。
ともすれば、男を中心に魔力の渦が広がる。渦は大きく、そしてより深く魔力を吸い込んでいく。
「《魔渦》……?」
大魔法を使う際に、その準備として用いられるもので外道魔術師が儀式を伴い、馬鹿げたことをするときはだいたい、これを見るのだが……。
大魔法は威力よりもその範囲に重きを置く。1on1の戦いにおける優位性は――
「なぁ、お前さん。おらぁよ、ホントはこんなことしたかないんだぜ?だが、俺から退かせる選択肢を選ばせなかったってことがこらぁ、招いた被害ってわけだ」
――男が掲げたのは辛うじて、残った左腕。それで男の言う被害とやらに想像がつく。
全く、面倒極まりない。これだから、外道は。
内心、吐き捨てたその感情を魔力に変える。選んだのは投擲。
ヒュンっと遅れて風きりの音が鼓膜を振るわせ、一直線に男へ飛び行く短剣は白雷を帯びて、さながら光線のよう。
男はその悪人面を歪めて、大魔法の詠唱を速めるが、それは詠唱失敗のリスクを多分に孕む選択だ。とはいえ、今の男にはこちらの短剣が男の胸を穿つ前に魔法を完成させるぐらいしか、選択肢はない。
堅実な手段がない現状、男は博打に出るよりほかないのだ。けれど、それも男の責任。力を見誤ったあちらのミスだ。それが外道魔術師ともなれば、情けをかけるなんて百害あって一利なし、だ。
ドウッと肉の爆ぜる音共に男の胸に大穴が穿たれる。
それでも三秒は男の口は開閉を繰り返していた。しかし、悲しいかな。その口から漏れるはヒュー、ヒューという虫の息。
四秒後には身体が傾き、五秒で完全に地に伏した男。
それを見届けた私は次いで、魔法を纏わせた短剣をこれまた魔法で呼び戻し、腕を組んで建物の壁にもたれていたメルクリウスの方を振り返り見る。
彼については初めから何の心配もしていなかったが、あれだけの爆風や砂塵の中、結界さえ張らずに衣服の汚れだけで済ませているのを見ると改めて、見えている世界の違いを思い知らされるようだった。
戦いが終わったことを確認したメルクリウスが私へと近付いてくる。そして、十分に歩み寄った彼は私の肩に手を置き、一言。
「ご苦労。そろそろ俺も出る」
まぁ、そうだろう。彼からすれば、というより私からしても彼我の実力差では”守られた”、”守った”の考えは浮かばない。
「メルクリウス。私はあなたの役に立てている?」
――私とすれ違うようにして前線を張ろうとするメルクリウスの歩が止まる。その頭の中ではどんな損得勘定が働いていることだろう。人としてどうこうではない、純粋な理性によるジャッジは一体どんな結論を出すだろう?
チラリと私に向けられた彼の横顔。開いた口から紡がれる音に耳を澄ます。風が吹きすさび、街の瓦礫を転がしていく。きっと彼が見ているのはいつだってこんな街ばかり。
鋭利になった五感が最初に違和感を捉えたのは触覚だった。肌にまとわりつくような粘着く空気。それらを感じ取って、周囲への警戒を疎かにしていた自分に気付く。不味いと脳に危機感が生成され、その時には既に身体は結界を構築、メルクリウスと私を包んだ半透明の薄い膜が半円形に出来上がりきるより前にスーフィア達がいる建物とは反対側より飛来する炎球、それが結界に直撃し、軽い爆風が私達の周りを包む。
「新手みたいだな。ルミア、残存魔力は?」
メルクリウスが囁く。それに対する私の返事は決して快いものとは言えない。
「六割少々。ただ体力が保たないから近接戦闘は無理」
「分かった。予定通り、俺が肉弾戦を仕掛ける。ルミアは後方で援護を頼む」
私の現状に思案げな顔を見せたメルクリウスはそう結論付け、私も彼の判断に賛同、結界を解くより先、周囲に立ち込める煙を魔力波を用いて払い、物理的な目隠し代わりのそれが晴れるより先に索敵した敵の位置をメルクリウスに目線で合図。結界の解除と同時、メルクリウスが飛び出す。
これら一連の流れで敵は私たちの、より正確に言えばメルクリウスの接近するタイミングを掴みづらくなる。爆風に呑まれたままでは物理的にも魔法を用いてもあちらからこちらの位置は丸見えのままだ。その振りを覆すにはジャミング代わりの魔力を撒き散らし、その魔力でこちらの視界を遮る爆風を払って、イーブンにまで持っていったところで仕掛けるのが定石。
ともすれば、相手もそれを理解していることを承知の上で戦うのが常のことであるが、何を隠そう、仕掛ける側は名実ともに世界最強の魔術師。例え、魔法を封じられようとも人外の身体能力を持つメルクリウスのことだ。彼に負けるメリットがなければ、心配などせずとも勝手に勝ってくれる事だろう。
私が結界を解くと殆ど予備動作無しでトップスピードまでギアを上げ、身体を前に傾け、走り出したメルクリウスは速度と姿勢を維持したまま、反復横跳びの要領で魔法を行使した敵方へと向かっていく。
それは私がつい先程、魔力波を飛ばすと共に索敵した相手であり、数は多く見積もって五人。周囲の爆風で出来た煙幕を吹き飛ばすのに量を食ったせいで正確さに欠けるものであったことが悔やまれるが、しかし。恐らく、敵は――
「おい!なんなんだよ、あいつ!!!あんなの学生が出せる速度じゃ……ひ、ひぃ!」
――情けなく、街道に響く声。晴れた視界の、道奥に目を向ければ、見覚えのある制服姿がチラホラと。
特高学科生とはまた趣向の違う制服に身を包んだ彼らはいつぞやの愚衆。
今まさにメルクリウスが詰め寄ったのはヘレオンの取り巻きたちだった。
魔法《索敵》は習得も簡単ですが回避することも比較的簡単な魔法で、魔力の波形に頼った超感覚魔法である為に魔力波の放出といった魔法未満の妨害が有効となります。とはいえ、メルクリウスや九十九の魔術師レベルになるとその魔力が何処から出ているか、どの程度の力で放っているかなどから接敵以前より、情報を集めることも可能であり、魔力波の放出は情報を抜かれる可能性が高く、格上相手にはリスキーな手段となります。しかしながら、魔法と純粋魔力の放出ではジャミング効果は魔力を変形させた魔法よりも魔力波の放出に分があります。
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