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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第十一話『あなたと私で』

いつもよりちょっと長めです。



 久しぶりに身体を巡る高揚。その熱に目を細め、自らを昂ぶらせる理由に目を遣る。


 隣へ滑らせた視線に捉えるのは言うまでもなく、メルクリウス・レイフォントだ。《最強(ザ・ワン)》の称号を欲しいままとする彼の隣に並び立つことを何度、夢見たことか。


 彼と出逢うまでのあの、純粋な憧れに手を伸ばしていたときのようなものとはまた少し動機は変わってしまったけれども。大枠の意味でそこまで大差なんてない。


 これは私の物語だ。私が勝手に始めて、今も身勝手に推し進めているような、そんな物語なのだ。ならば、その落とし所もまた私の一存で決まる。


 ――このままでいいのか?


 そう問いかける己がいる限り、私は彼に私自身を捧げよう。彼がもう二度と自らの価値を擲つことなきよう、私が彼の価値を証明してみせよう。


 彼がメルクリウス・レイフォントという英雄を誇れたとき、私は本当の意味で彼に「ありがとう」を伝えられる。私の物語の結末はそんなハッピーエンドがいい。


 だから、今は。


 

「メルクリウスは下がってて。最初は私が」



 素直に私の言葉に頷くメルクリウス。彼も始めからそのつもりだったらしい。当たり前の言葉を発してしまったようで少々恥ずかしい。それも今さっき英雄としての彼を意識したせいで余計に、だ。


 瞳を閉じ、感情を平静に保つ。戦闘において感情に左右される魔術師は碌な使いものにならない。


 感情の制御に要する時間は一瞬。虚空に向けて、右手を突き出す。


 そして、開いた視界に映るのはカフェテリア襲撃の犯人と目される魔術師たち。ちょうどよく学生街に滞在していたのであろうその数名へと狙いを定め、紡ぐは雷轟。


 

 「《天の咆哮は音を隠し、その一撃を隠し。遍く全てを喰らい続けるが故、咎人を穿くまで止まらぬ:雷撃滅》」



 入学直後、メルクリウスと訓練所で模擬戦をした際に見せた私が得意とする雷の魔法。それが丁度蛇のように地面すれすれを這い、大きな顎門を開いて一直線に彼ら短絡思考の愚かな魔術師たちへと向かってゆく。


 それは己の意思によって完全に制御された電気をその身に迸らせる大蛇にして、何処ぞの異常な結界魔法を持つ魔術師や九十九の魔術師でもなければ、まずまず初見では防げないであろう一撃。


 事実、彼らは為す術なく、断末魔の叫びとともに雷蛇の口へ飲み込まれた。


 そうして役目を終えた魔法は消え、あとに残るのは手加減を施した事によって肌の表面のみを焼かれた八人の魔術師たち。


 これが彼らにとっての烙印スティグマになる。素肌を撫でるように掛け巡った雷蛇は神経系を破壊するまではいかず、今は気絶していても起きたときには激痛で一月は眠れない事だろう。


 病院に運ばれたとて反乱の芽となる意志を徹底的に取り除いてからの治癒だ。音を上げるのは遅くとも一日そこら。早ければ意識が回復してすぐだろう。


 外道魔術師に手加減はしない。それがこの狭い聖域において治安を維持するための鉄則だ。


 半年の月日は未だ私の戦闘に対する意識を平和ボケさせるほどではないらしい。上手くいけばメルクリウスには一切手出しさせないままにこの騒ぎを鎮められるかもしれない。


 そう思った矢先、黒焦げの魔術師たちが倒れる街道の向こうから、新手が現れる。


 彼らは一見して軍属魔術師のような風貌であったが、その濁った目に灯るのは人としての理性ではなく、獣としての本能だけ。それは魔術師という人外にありながら尚も堕ちた存在。


 多くの戦いをこういった輩と演じてきた。だからこそ、分かる。彼らが外道魔術師とそう呼ばれる魔に魅入られた怪物である事が。


 実際、私が彼らを視認してから数十秒後には私達の後方、つまりはスーフィアたちがいる建物への魔法による爆撃といった形で彼らが人への危害を厭わない者たちであることは証明されることになるが、しかし。


 二階部を中心に膨れ上がった魔力。それが何を意味するのかは言葉にするまでもない。



「スーフィアが上手くやったみたいだな。説明なしでスーフィアも中々どうして、よくやる」



 そういうことだろう。彼女は魔術用品に大層な興味を持っていて、魔術機構についても専門家水準で話が出来る程の才女だ。そんな彼女だからこそ、任せたのかと思っていたがどうやら、メルクリウスは自身の託した簡易型結界魔法展開装置が起動しようがしなかろうが、如何でも良かったらしい。


 ――やはり、まだ彼は私に何か隠し事をしているような気がする。


 彼の破滅的な"作戦"を聞いたあとでは尚更、そんな邪推をしてしまうのも無理からぬことだった。


 とはいえ、彼の思惑と外れたなら、それでいい。今は目の前の敵に集中するべきだ。


 新手である彼らの傍に伸びている八人は謂わば、斥候。本丸は彼ら、五人だ。


 そう思わせるのは結界に阻まれた自身の魔法に対する感情の振れ幅の少なさであり、先刻の私が放った魔法に慌てふためくひよっこ魔術師たちのような姿はどこにもない。冷酷なる老練の魔術師たちがそこにいた。


 一人はスキンヘッドにガタイの良い物理的な威圧感を持った男で両腕に魔力制御のためであろう腕輪を嵌め、首を左右にひねって肩周りの筋肉を解しているよう。二人目は黒い髪を長く伸ばしたローブの女。此方は腰に差していた長い魔法杖を気怠げに抜き出し、私への警戒を高めたようだ。

 三人目が口と顎に髭を生やした悪人面のでっぷりとした男。詳しい関係性は分からないまでも五人の中ではこの男が頭目を務めているらしく、四人目の左目が白く濁った禿頭の小男が見るからに悪そうなその男に何事か囁き、それを受けたそいつの視線が倒れた八人に向く。そこで口元に笑みを浮かべた頭目らしき男は五人目のみすぼらしい格好をした長杖を手にする歳若い青年の肩に手を乗せる。


 それで頭目の意図を理解したか、ぼんやりとした目の青年が魔法の詠唱に取り掛かる。


 身体強化によって研ぎ澄まされた聴覚が二百か三百メートル先で紡がれる魔法言語を私の脳へと届ける。



「《オルクロムス ライアクレリア.エンディゴ ロウナリア,シャンレリオ:ボルテクシア》」



 それは通常、用いられることのない禁術。外道魔術師を相手にしている私にとってはよく聞き慣れたもの。


 代償魔法と呼ばれるものの一つ、破爆ボルテクシア


 その効果を分かりやすく説明するなら――


 

「《祖は電雷の主。我に従う摂理にあるものは皆、粛々たるにその任を果たすべし:雷界》」



 熱を孕んだ風が頬を撫で、破壊された街の瓦礫が飛散。しかしながら、魔法は既に構築済み。弾丸のような速さで飛来するつぶてと私の間に帯電した薄い膜が広がり、それに接触したものは余すことなく、砂塵と帰し、結界の外側に集積していく。


 やがて、それら爆発の余波が消え、展開していた結界を解けば、凄まじい破壊痕の残る街の様子とその中で何の影響も受けた様子のない四人の姿。


 ――そう、これが禁術に指定されるのは威力に因るものではない。魔術師一人の命を代償にした、要するに自爆であるからだ。


 しかも、破爆ボルテクシアの非道性はそれだけに留まらない。この魔法には通常、スイッチとなる魔術師と爆弾本体である魔術師が大抵二人一組となっており、爆弾となる側の魔術師は人格と記憶、そのすべてを奪われた上で生命活動のみを強制的に継続させられる。


 酷い、とはこの事だ。幾人も破爆ボルテクシアにより人間型爆弾へと改造され、自我を失った魔術師たちを見てきたが、誰も彼もが未だに人格の復元を達成したものはいない。


 無論、これは防御するだけならば容易い。指向性の爆発はその流れが読みやすく、爆弾となる魔術師の魔力量に威力が左右される為に大抵は街の一角を削り取るぐらいのもので、下手をすれば大砲よりも破壊といった面で見劣りする。しかしながら、その本質は嫌がらせにある。


 例えば、自身に親しいものが爆弾化されたとしよう。ともすれば、自分には隙が生まれるだろう。爆発によって死ぬならばよし、死なずとも魔法を打ち込めば良し。そうして、外道魔術師はあらゆる手で勝ちをもぎ取りに来る。


 まさに怪物だ。その思考は人としての形さえ保つ事ができていない。

 


 ではメルクリウスは――?

 


 不意に投げかけられた問いは自身の心の底から湧き上がるものだった。


 しかし今はそんなことを考えている場合ではない。結界によって攻撃が阻まれた事を知るやいなや、四人の外道魔術師たちが動き始める。砂塵が晴れてから各々の行動に移る。その動作は緩慢なれど相手は外道。油断も隙も与えてはならない。


 内から発せられる問いを無視し、一歩右足を踏み出して半身を正面から逸し、構える。


 して、スキンヘッドとローブの女が右に、残りの二人が左に、と左右に分かれた外道たちは、私が状況の確認を完了したときにはもう既に十メートル手前まで迫り、魔法の詠唱を完成させていた。


 相手がよっぽどの馬鹿者でない限り、こういった四人連携での攻撃は一つがブラフ≒目隠し、一つが本命、もう二つが本命の補助となる。


 そして、二つの補助の内、一つはこちらの魔法を阻害するものが多い。また例え、目隠しや魔法阻害を避け、結界式魔法の起動が間に合ったところで補助付きの本命によって結界の局所的破壊が為され、生身の身体に一発貰うことになるだろう。


 そう考えると身体強化に魔力を注ぎ、回避の手を取るのが賢明。


 ――後ろのメルクリウスはまぁ、なんとかするだろう。


 そんな軽い気持ちで目隠しに対しては目を閉じることによって回避、魔法の阻害については私自身の肉体に作用するものではない為、これもまたすかし、最後に補助付きの本命が肉薄してくる。


 これを避ける、とそう一口に言ってもその方法は多種多様だ。前後上下左右、どこへいくのも自由。ただし、現段階では左右を敵に挟み込まれている為、回避するだけであれば、それ以外の手を取る他ない。


 といってもそれでは敵の思う壺だ。


 迫りくる青い火球。超高温度のそれが狙っているのは命中は当たり前のこと、生身の状態で口を開けば、その熱で詠唱などままならなくなるほどの呼吸器へのダメージだ。無論、そうと分かっているからには対策済みの事であって、怖いのはそれ以外に狙いがあるとき。


 一秒を幾つも刻み、間延びした時間の中、ギリギリまでその青火球を見極め、私の右半身を狙ったその一撃を左足を軸に二百七十度時計回り。一呼吸息を吐くのを堪えて、私の左側に居た、二人を睨めつける。


 小男の方はそれに若干の驚きを見せ、悪人面が不敵な笑みを浮かべる。


 と、左の二人を視認している間、背で感じるのは右に居た二人が攻撃を仕掛ける気配。


 そちらを見る余裕はない。飛び蹴りを小男に仕掛ける手前、後ろに向けた右の掌から無詠唱魔法である《雷撃》を射出。

 

 背後でその直撃が起こす、バリバリと喧しく鳴る音と肉の焦げる匂いがした事を頭の片隅で確認した後、私の飛び蹴りが小男の顎に直撃、脳を揺さぶられ、白目を向いたそいつを傍目に次の標的を悪人面に定めようと目線をそちらに向ける。

 

 視界に捉えた悪人面の口元には最早、例の不敵な笑みは刻まれておらず、完全に此方を敵と見定めた、真剣な面持ちで私を見据えていた。

 

 しかし、そんな風に戦闘中、認識を改めるというのは魔術師同士の戦いにおいて致命的なミスに繋がる。


 なんたって、相手は既に息の根を止める準備が整っていると言うのに、その準備を今から始めたって間に合うわけが無いのだ。


 回し蹴りをした反動で地面に着ききっていない足を崩れてゆく小男の肩に掛け、身体強化が齎す、めちゃくちゃなバランス神経と腹筋、そして、それをサポートする雷撃の余韻である電子たち。それらが合わさり、通常、人間には不可能な動きで持ってして、倒れる小男の肩に立ち、一時的に悪人面よりも高い視点を得て、顔面へ一発ローキック。堪らず、顔を抑える悪人面。それで目隠しとし、次いで小男の肩を足蹴に飛び膝蹴りを悪人面のがら空きの鳩尾へ。

 

 本来、それで十分ではあるものの、倒れている途中の人間を足場にしたために手応えが軽かった。

 

 これは良くないなと脳裏に過ぎるも体勢が宜しくない。


 軽く弾かれるような感覚で背面から地面へと落ちる。勿論、そんな無防備な状態を敵前に晒し続ける訳にはいかない。曲げた状態だった右足を膝下の振り抜きだけで蹴りを入れ、目隠し代わりにするが、しかし。これは悪人面の防御が間に合い、大したダメージにはならない。

 

 それどころか、伸びきった右の足首を掴んで持ち上げられ、瓦礫の散乱する街道に背中から叩き付けられる。

 

 

 「カッ……ハッ!」

 

 

 止めていた呼気が漏れ出て、千切れかけた意識を強引に目の前の相手に戻す。

 

 白く明滅した視界の中で思考は瞬時にクリアーなものへと変わっていき、それに伴って視界も急速に元の世界を映し出す。

 

 ――やっぱり、この人たち、軍属魔術師と戦い慣れてない。

 

 そう私に思わせるのは初見で破爆ボルテクシアを見破った相手に対し、あまりにも詰めが甘く、お粗末な動きを見せるからだ。

 

 これまで私が戦ってきた相手の中には先の叩きつけの一撃で人間一人を殺しせしめる怪物も存在した。

 

 それを考えるならば、あまりにも小さなダメージ。そして、そのダメージに満足して悪人面は束の間の休息を取っている始末。

 

 ――けど、これは私にとって朗報。

 

 鈍っていないとそう思ったのは最初だけだ。今、こうして真に魔術師との戦いをしてみて初めて、自身が如何に揺るぎない存在であったのかを理解する。


 《最強(ザ・ワン)》に憧れ、彼だけを見ていた私は戦いの中で相手を倒すこと以外の何かを考えることなんてなかった。なのに、今はほんの些細な余計を考えている。

 

 私の蹴りで鼻から垂れた血を拭う悪人面。それを前にして、次の手を考える私。

 

 第二ラウンドが始まろうとしていた。

【ちょい足し】

電気系統の魔法を得意とするルミアの身体には、自らの攻撃を受けないよう、常に斥力が働いている。その為、自分自身の放った魔法とそれに類する魔法であれば、反発力を利用した回避、移動を行うことが出来る。これにおける斥力の大きさは任意で操作可能。魔術師見習いの時には帯電状態を上手く操作出来ず、電子機器に対する苦い記憶がある。



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