第十話『騒がしきこの日々に』
「では、メルクリウス君とルミアちゃんが主だって予想される暴動の対処に応るということでしょうか?」
メルクリウスの説明を聞き終え、スーフィアが確認の言葉を発する。
「あくまで疑似避難所であるここを守るために、だけどな。それが今の俺たちが取れる最善であるという判断だ」
それに対し、同意しつつも鎮静化には消極的な姿勢であると強調しておくメルクリウス。予め、反論を抑えるためのものであるのは明白であるが、しかし。スーフィアは否定的な態度をみせ、彼女に貴族としての素養がなければ爪でも噛んでいたであろう様子で思考に耽ける。
「確かに私たちではお二人の足手まといになりかねない……いえ、でもそれは流石に……」
そんなスーフィアを他所にカルロが小さく手を挙げ、発言権を得る。
「じゃあ、俺たちは結界内で集まった人たちを宥める役ってことでいいのか?」
「ああ、そうしてくれると助かる。見たところ、この辺りには学院の教職員は見当たらないし、特高学科の生徒というのは案外、市民感情としては信用されているだろうから、聞く耳ぐらいは持ってくれる筈だ」
反対意見が出るより先に続きを促すカルロの声にこれ幸いとばかり、すかさず対応するメルクリウスはなんというか、彼の諸々を知る人間としてはどうにも胡散臭く思える。話の流れを完全に制御しているといえばいいのか、個々の性格を把握し、最終的な結論を自分の求めるものへと持っていく特筆すべき長所といえばいいのか。
何れにせよ、彼の腹の中は真っ黒である。感情を持たない彼のことだ。心を腹に喩えた、その言葉はより一層、現実味を帯びるようで笑える。
兎角、話の主流となっているのはメルクリウスであり、作戦の内容が大きく変わることはないだろう。というのも四人の内でスーフィアとアリシアは学生とはいえ、十五大貴族筆頭とそれに連なるもの。市民に対する影響力は絶大であり、暴動を起こすのは目下、魔法を扱う魔術師及びその見習いであると予測されることから結界内に留まって、市民への呼びかけ役に徹して貰うのが効果的。あるとすれば、彼女らを除いた二人が加勢する事になる程度。
もしも二人が前線に立つとすると、メルクリウスが魔法を用いないことに疑問を持たせないようにする為、私の負担は大きくなる。しかしながら元々、対魔術師を任務とするイーラにおいて戦績を残す私にとっては騒ぎを起こして如何こうなると思っている浅慮で短絡的な魔術師など取るに足らない。
そう考えれば、例え、メルクリウスが魔法を使用をせずとも手加減だとかなんとか言い訳出来る程度の相手とそう言えなくもない。無論、非効率であることを指摘されるであろうことは当たり前だが。
「カルロの身体強化はまだ制御の甘いところがあるし、アルトは魔力量の少なさから魔力枯渇を起こす心配がある。スーフィアやアリシアには街の人たちに対する声掛けをして欲しい。そうするとここはやはり、俺とルミアの二人が前に出るのが最適だろう。それにカルロとアルトの二人には万が一、俺たちが怪我をした時には代役をしてもらう事になるだろうから、その埋め合わせを素早くできるように待機しておいて欲しいんだよ」
難しい顔をする四人。メルクリウスが《最強》であることを知る私には微塵も心配するべき要素なんて言うのはないのだが、あまり、こんな非常時に落ち着きすぎているのも良くないだろうと私もそんな四人に混じって、同じように眉根を寄せ、少々考える素振りを見せる。
と、そんな私の仕草に気付いたのか、光明を見つけたかの如くスーフィアが私の顔を見て瞳を輝かせる。
「ルミアちゃんはメルクリウス君の意見について如何思われますか?やはり、私たちも一緒に出た方が良いとそう思うのですが」
ウッ……とそんな内心の声が漏れかけるほどに一縷の望みに賭けたスーフィアの純情さを弄ぶようでなんだか自分がひどく悪いことをしているような気分に陥る。けれども、これは皆の安全の為だ。そう、しっかり言い返そうと心に決め、四人を見る。
その顔に書かれているのは心配の二文字。
思い返してみれば四人それぞれ、程度に差はあれど私とメルクリウスの間に何かしらの亀裂があったことぐらいは察している。そんな中で一ヶ月ぶりに会った私たちが二人でいることに何かしら思うことがあるのだろう。或いは自分が間に入ることでそれを緩和し、一日も早く、この六人の仲を正常に戻してしまおうという魂胆もあるのかもしれない。
彼らが心に浮かべているのは暴動を抑えられるか否かではなく、詰まるところ、私たちが喧嘩しないかどうかであると、そういう事である。
なるほど。それは実情を知らない方からすれば危惧すべき事柄であり、メルクリウスが幾ら作戦に不備がないことを説明しても納得しない訳である。
私の顔色を窺う四人。仲直り出来たとひとくちに言ってもスーフィアは心のどこかではそれを信用していなかったのだろう。当然だ。彼女に至っては目の前であんな醜態を晒してしまったわけなのだから、当人の口から出た言葉でも疑うに決まっているのだ。
だから、そんな優しい仲間たちに私は精一杯の笑みを向け、
「大丈夫。心配ないよ」
その一言が彼らの心に届いたかどうかは「分かりましたわ」と目を伏せ、了承するスーフィアの心穏やかな様子に集約されることだろう。
そして、そんな風に全員へ方針が共有された折、先程よりも幾分、弱い魔力の波が街中に広がる。次いで、聞き慣れた若い男性の落ち着き払った声が波に乗って、学生街を駆け巡り、私たちはその声に耳を傾ける。
『皆さん、お怪我はありませんでしょうか。御家族、御友人と一緒にこの声を聞いて頂けているでしょうか。
私はローニウス・アルフォード。このレニオレア学院特高学科一年を担当とする現役魔術師兼教師です。
先の聖域の崩壊という衝撃的な放送に動揺し、不安になられた方も大勢いらっしゃることでしょう。中には学院並びに魔術師ギルド、そして軍部各所への不満を持たれた方もいるのではないでしょうか。』
「何故、ローニウス先生が……?」
放送の中でアリシアがぼそりと零す。するとそれにカルロも頷き、アルトがその疑問に答えた。
「先生は【魅惑】を得意とする魔術師だからだよ。錯覚や催眠を用いた戦法、つまりは撹乱を武器として戦果を挙げている……って話なんだけど聞いたことない?」
「いや、初めて聞いた」
カルロの相槌に頷く、私とスーフィア、アリシアの女子三人組。
私も軍属魔術師として、そこそこの経歴を持つがその興味は専ら《最強》に対するもので、それ以外にあるとするならば、九十九の魔術師たちについてぐらい。
アリシアが十五大貴族であることを知らなかった時にも痛感した事だが私はあまりにも盲目的だ。――そろそろ目を覚ますべきだろう。偶像を追い求めるのは止めにするべきだ。今回の一件が良い機会で、私はメルクリウス・レイフォントという一個の人間を見定めるべきなのだ。
『……――しかしながら、現時点において事実確認は取れておらず、先の放送が本当にロ・アーツ族ラグレンズ卿猊下によるものであるとは確定しておりません。また、放送の内容が真実であっても数十年単位のものであると考えられ、今この瞬間、魔物が再び街に姿を現すことは無いと――』
ローニウス先生の声は澱みなく、各人の耳に行き届き、これならば多少の動揺は抑えられるのではないかとそう、思っていた折、
「良くないな」
「え?」
呟くのはメルクリウス。彼の顔に浮かんだ感情を読み取ろうとするもそれより早く、建物内に轟音が響き、咄嗟に抑えた耳にはキーンと耳鳴りの音だけが残る。
周囲を見渡せば、五人全員がそんな様子。しかし、完全に聴覚を失った訳では無い事からして、何かしらの予感が働き、防御体勢が間に合ったらしい。五人の中に深刻なダメージを負っている人は居なさそうだ。
しかし、それは日夜、魔法という力に触れる、魔術師見習いの中でもとりわけ、特高学科に属する人間であるから出来た芸当。カフェにいた大部分の人間は突然、鼓膜に叩きつけられた爆音に対して、耳から血を流して倒れている人が数人に、恐怖からか叫び声をあげている人がちらほら。
しかし、直前のメルクリウスが放った「まずいな」の一言。あれが混乱に対するものでないことは具体性に欠けていたことから察せられ、ともすれば、この状況を引き起こした元凶について、考えを巡らせた結果ということ。
放送を聞き、それに関する感想が「まずい」とは即ち、かねがね、注意していたソレの引き金が引かれた――そこまで考えれば後は行動あるのみだ。
メルクリウス、そして此方を見ていたスーフィアに対して、アイサインを送る。二人がそれに了承し、スーフィアは怪我人の手当てに向かい、私は外へ向かうメルクリウスの後を追う。
ほか3人のことだ。これだけ、動けば意図を理解して各々の役割をこなしてくれる事だろう。
私は戦場の熱を肌身に感じながら、街道へと繰り出すのだった。
昨日、投稿する予定だったんです!ただ、書き終えたのが夜11時過ぎでして。
出来れば、二日に一話の間隔がいいとは思っているんですが……難しいですね。意欲×気力×思考力の具合で執筆の程度も変わってきますから。意欲と気力に関しては読者様方の読んでくれることによって支えられております。ブクマ等々して頂けますと尚更に。
目に見える応援が作者の力になりますm(_ _)m
これから、23時〜24時の間に書き終えた場合はその時点で投稿致しますので宜しくお願いします。




