第九話『抑止』
今回は早めに投稿できました!やはり、頭の整理は大切ですね。最近、言語能力に関する調子も取り戻してきた次第でして、執筆も順調と言えます。これからも頑張らせて頂きます:D
「ルミア、索敵」
「分かった」
メルクリウスの指示を受け、素早く周辺の建物をスキャンする。魔力波が捉えたそれぞれの情報が脳内に集まり、形作った像の全体を一瞥。
「居た。南東の建物二階のカフェテリア。四人とも一緒みたい」
「また屋根を跳び回る手間が省けたな」
そんな軽口を叩きながら、メルクリウスが左の屋根に乗り移り、そのまま屋根を降りて、街道に着地する。
私もその後を追い、万が一にもメルクリウスが迷わないよう、私が先陣を切ってスーフィア達のいる建物へと近付く。
室内にはざっと見ただけでも五十人前後の人間が玄関ホールにごった返しており、更にその奥の普段は雑貨用具の売り出しを行っている店舗部分にも何人かの人間が出入りしている様子が窺えた。
彼らは皆一様に緊張で強張った表情を浮かべ、建物内にピリついた空気が漂っていることは目に見えて明らかだ。
そう。考えてみれば、学生街に突如として魔物が現れたのはつい最近の事。それだけに先の放送を聞き、不安感を煽られた住民が多くなるのは至極当然であることに加え、学生街は結界に比較的近い位置にある。
これは詰まるところ、聖域がその効力を失った際には魔界に蔓延る魔物が一斉に雪崩れこんでくることを意味しており、学生街が聖域崩壊による記念すべき被害者第一号の候補として挙げられるのはまず間違いない。
与えられた情報は未だ少ないまま。しかし、それだけに想像の余地があるというのもまた曲者だ。
「この一ヶ月、どうだった」
と、私が彼らの心情について考察する中、メルクリウスの口から場違いな言葉が飛び出す。
「どうと言われても特には何も。ただ強いて言うなら、ずっと目の前がボヤケている感じがした」
「そうなのか?目は良いんだと思っていたが」
「そういうことじゃない」
彼でなければ小ボケかと疑わざるを得ない言葉に思わず、ため息を吐く。迂遠な表現をするにはそれだけの理由があるものだ。しかし、それを理解してもらおうというのもまた可笑しな話。比喩というものが感情と密接に関わるものであるということを鑑みれば、それも当然の事であるが兎角。
いちいち、彼の言葉一つ一つを吟味している余裕なんて今はない。
大半の人間がフロア毎に固まる中、階段に人の気配はなく、上りながら私は再度、今後について考える。
結界を構築後、周囲の人間をその中へ招くのはいいがある程度の統率は取る必要がある。となれば、スーフィアや学院関係者がその役目に適任だろう。そして――
「君は俺のことをどう思う?」
「え?」
――突然何を言い出すんだ、こいつは!
すぐ側でまたしても意図の見えない質問をするメルクリウスに私は思わず、立ちどまって聞き返す。それに対してメルクリウスもまた立ち止まり、私にはそれに対する返答を考える時間が与えられる。
確かに私は彼に感謝してもしきれないほどの大恩がある。今までだって何度も彼に助けられてきたのだ。
例え、彼にとっての私が取るに足らない存在であろうともその憧憬を止める事はとても出来るものなんかじゃない。
彼には本当に感情なんてものはないのだ、と彼の思考を読み取った今でも実際にこうして側で同じ時を過ごしてしまえば、そして、それが許されるというのならば、淡い期待を抱いてしまうくらいに私は……。
「メルクリウス、私は――」
「――君から見て、俺は"普通"を演じられていると思うか?ルミアだけじゃない。あの四人から見て、俺は果たして"普通"だろうか?もしも、そうではないというのならば俺が今更、"普通"であろうとすることに何の意味がある?」
私の言葉を遮り、メルクリウスが話すのは私の想像の域を超えたものだった。
それは謂わば、意識の外にあったもの。私とメルクリウスが関わる上でその前提を覆してしまう事は彼との関わりを根本から断つ事に変わりない。
そんな話を彼自ら話すとは一体、何を意味するのか。
その答えはすぐに彼の口から明かされる。
「ルミア。俺はもう俺が果たすべき役目を終えたと考えている」
「そんなことは……」
「ないとは言い切れないだろう。ナルカミの討伐に南方領土拡大。聖域の結界を分析し、その他魔術師として多くの功績を立ててきたが、これ以上、《最強》である俺に対して求めるものがなくなったからこそ、"普通"の俺が今求められているのではないのか?そして、それが出来ないのならば、俺というリスクを負い続けるメリットはないだろう」
メルクリウスが言うことは尤もな事だ。しかし、それは人類にとっての話。メルクリウスという個人を想えば、学院で"普通"を学ぶことは彼という人間が人間らしく出来るチャンスだ。
だから。だから、と。
「それだけじゃない。ラグレンズ卿が聖域結界の綻びを仄めかした今、これからの人類にはより一層の団結が必要だ。そんな中で俺という異分子を抱えておく必要はない。
ルミアも見た通り、俺を疎ましく思う魔術師は九十九の魔術師にさえ存在するのだ。しかし、俺も処刑だなんだといった非効率な方法で舞台を降りる気はない。俺の有用性を十全に活かすなら、俺に魔界への単騎任務を命じ、出来うる限りの魔物の排除を行った末に魔界での殉職が最も好ましい。これによって俺を苦々しく思っている連中も聖域の利益を考える余裕が生まれる筈だ。また、生き残ることを考慮に入れないならば聖域にとっての時間稼ぎぐらいは可能。
この作戦に対して俺の養父は反対したが、これが現状俺という駒を人類の貢献に最も役立てることのできる作戦だろう」
無感情で、眉一つ動かさずに、声色一つ変えず、彼はこんなにも悲しい話が出来るのかと感嘆さえ抱く。
そして、彼は彼の話すその"作戦"とやらにどれ程の喪失を伴うのか、理解さえできないのだ。
一息にそれだけの事を話してしまうと彼は止まっていた時を気にした様子もなく、再び歩き始める。
その後ろ姿に私が掛けるべき言葉はなんだろうか。私に彼へ何かをしてあげる資格なんて……。
メルクリウスが二階へと続く扉のノブに手を掛けて、それで。
――届かなくなる。もう決して彼に触れられなくなってしまう。
ここで何もしなければ、本当にそうなってしまう気がした。
だから、私は扉を開けて、来ないのかとばかりにこちらを見遣るメルクリウスに駆け寄って。私より頭一つ分以上も高い彼を抱擁し、そして囁く。
「メルクリウス。私はあなたの役目が終わったとは思えない。《最強》の称号はあなたが想像する以上に人々の支えになってる。それは今だってそう。きっと、多くの魔術師がその称号に希望を抱いてる」
メルクリウスは黙って私の話を聞いている。きっと今、魔眼を以てしてメルクリウスの思考を探れば、目まぐるしい情報の数々を視る事になるだろう。しかし、これは決してその為の接触ではない。そもそも彼の一切、感情を挟まない思考を見るのはもう御免だ。
閉ざした視覚の代わりに鋭敏になった触覚と聴覚が彼の体温と心臓の音を感じ取る。
それこそ、彼が血の通う生きた人間である証明。彼がこの手の届く所にいる証。
私は幾らかの安堵を得て、再び言葉を紡ぐ。
「もしも、あなたの役目が終わるとするなら、あなたの代わりとなり得る存在が新たに現れたときだけ。一致団結したところで人類の総力なんてたかが知れている。あなたを失って得るほどの価値があるとはとても思えない」
正直に言ってしまえれば。それで彼が踏みとどまるというのであれば。どんなに楽な事か。
けれども、こうして彼に触れ、本音を曝け出したところで、ただ懐かしい彼の心音に私がこの上ない安心を抱くだけだ。
それならば感情を殺し、損得勘定で訴えかけるしかない。
私に言えることなんて結局はその程度だ。万人にとっての幸せが彼にとっての幸せにならない以上、彼を引き止めるものなんて存在しない。彼が感情で動いていないのならば、彼の利用価値を説くしかない。
嫌々と地団駄を踏んでいる時間はとうに過ぎたのだ。
「そうか。参考にさせてもらう」
メルクリウスは一言、そう返すと今度こそ、扉の先へと足を踏み入れ、私もそんな彼に続く。
そうして、訪れた二階のカフェテリア。四人は何処かと探し始めてすぐ。
「おーい!こっちだ、こっち!」
そんな張りのある声が二階、階段を登った先のカフェテリア内に響く。
その声の先に視線を向ければ、カルロが此方に見えるように大きく右手を振っている。更にその周囲には無事な様子のスーフィアたち三人もいて、こちらの安全を確認できた事からか胸を撫で下ろしているようだった。
小走りで彼らのもとまで向かい、何事もなく合流できたことに私たちがホッと一息ついたのを見計らって、まずはスーフィアが口を開いた。
「怪我もないようで何よりです。皆ルミアちゃんやメルクリウス君のこと、心配してたんですよ。ただ、お二人を私たちがバラバラになって探しに行くよりも四人集まっていたほうが良いだろうという話になりまして」
彼女はにこりと一拍分、微笑みを挟むと四人の現状について、そんな簡潔な説明をしてくれる。
「そうそう。ルミアもメルクリウスも俺たちが手助けするまでもないだろうし、下手に動く方が良くないだろうってアルトがな」
それに対し、相槌を打ちながら補足を加えるのはカルロだ。そして、そのカルロからバトンタッチを受け、アルトが会話の内容を引き継ぐ。
「うん。メルクリウスたちも理解しているとは思うけど先のラグレンズ卿を名乗るロ・アーツ族の放送。あれに少なからず、皆恐怖を抱いたはずだ。だから、それを刺激するような行動は避けたかった。と言っても言い訳にしかならないけどけ」
「いや、その判断で間違っていないさ。直にこの緊張感に耐えきれなくなった人間が出てくる。そうなった場合、街で騒ぎが起きるのは確実だ。その現場に居合わせるのは面倒だろうからな」
最後にメルクリウスが四人の行動に対する総評をして締め括られる。改めて一ヶ月ぶりの再会と相成ったこのグループに溶け込む彼の社交性には舌を巻かざるを得ない。
普通ならば、感情が邪魔して思考に迷いが生じるべき所を彼はまるでその空白を思わせずに話が出来る。
それに違和感を抱かせないのもまた、彼が日頃よりそういった模範を演じているからなのだと考えると彼の言う"普通"を演じられていないというのにも些か、頷ける話ではあった。
しかしながら、そうであったとしても彼が学生であり続けることが無意味だとは到底、思う事などできない。
「とはいえ、二人が一緒で良かったよ。もしも何方か一方だけが僕らの方に来たら、その時は全員でもう一人を探しにいくつもりだったから」
それは事情を知る私からすれば、考え難い話ではあったがメルクリウスと私が幼馴染であるとして仲の良さを信じているアルト達にしてみれば、当然の流れとも言えなくはないのだろうか。
メルクリウスが私を探して、街中を駆け回るのを想像すると笑えるような、嬉しいような、それでいて申し訳ないような、そんな少し変な気分になる。
私が必死でメルクリウスを探すというのは……あり得ない話のように思える。見つけても彼の足手まといになるだけだと端から諦めてしまうだろうから。
「さて、メルクリウスたちも合流したことだし、これから如何するかについて改めてあっちで話し合おう」
「それについてなんだが俺とルミアで話していて――」
アルトがカフェの壁際の席を指さしながら提案する。それに対してメルクリウスがアルトたちに例の作戦を説明しながら移動を始め、私もそれについていこうと歩き始めたときだった。
「ルミアちゃん、メルクリウス君とは仲直りできましたか?」
微笑をたたえ、小声で囁くスーフィア。きっと、彼女は何より私とメルクリウスの関係を心配していたのだ。
傷心の私を気遣い、今日まで住む場所を提供してくれたのは他ならない彼女であり、今日の放課後だって私の様子が普段とは違うことに気が付いたからあんなにも不安げな瞳で見つめていたに違いない。
私が今、最も感謝すべきは目の前で私の身を誰よりも案じてくれるこの青髪の天使だろう。
「うん。それもこれもスーのおかげ。ありがとう」
「それは良かったです。ルミアちゃんが笑顔でいられる、それだけで私は幸せなのです。ですが、これでルミアちゃんと一緒に寝れませんね。むむぅ。それに関しては少しだけ、メルクリウス君に抗議の声を上げたい所ですが……今はそれよりも、ですね」
彼女はパっと花の咲く笑みをこぼすと軽い冗談を交えて、私たちの仲直りを喜んでくれる。
されど、その切り替えは早い。
「私たちも行きましょう、ルミアちゃん。メルクリウス君の話しぶりからしてルミアちゃんはもう既に知っているのでしょうけれども、これから細かい所まで詰めていくのでしょうから」
スーフィアがそう言い、少し遅れて私たちは四人の後を追う。
遅れて席についた私とスーフィアを迎え、今後の行動指針について私たち六人は話し合うのだった。
前回予告した通り、今回は今作を作るに当たってリスペクトさせて頂いている作品についてです。(本編には一切関係しませんので興味がある方だけ読んで頂けると有り難いです)
まずは『進撃の巨人』ですね。聖域の存在から連想された方も多いかとは思いますが『進撃の巨人』に作者は強く影響を受けています。軍部における働きなんかも所々、似通った部分がありますし、魔物に対する人類の恐怖は対巨人の人間心理を参考にしております。『進撃の巨人』は小説版も秀逸でして……と話し過ぎるのもよろしくありませんね。次の作品に移ります。
さて、次点で『魔法科高校の劣等生』でしょうか。これについては明確に意識した訳ではないものの、最強の魔術師が抱える欠陥として感情がないというのは如何か、というアイデアが生まれた時点で無意識に影響を受けていたんだと思います。アニメの覚醒シーンが兎角、好きでよく見かける事がありましたから見たものは一通り、調べる事を信条としている私としましては寧ろ、影響を受けていないというのも失礼な話でしょう。
創作物は作者がこれまでに受け手として培ってきたものが表れますから、これ以外にも勿論、今作を作るに当たって影響を受けたものはあるのですが本編並みに長くなるのも考えものですので今回はここまでにしておきますね。皆様、よくよく体調にはお気をつけ下さいませ。




