第六話『暗転』
開かれた扉の先にいたのは四人の魔術師だった。
一人は言わずもがな、私が後を追いかけてきたエルザックさんであり、他三人の内、二人はこの部屋の主とその補佐。つまりは学院長と副学院長の二人だ。
そして最後の一人は――
「ルミア君、まずは掛け給え」
――私の思考を中断するようにしてエルザックさんが言葉を発する。
そう、エルザックさんの言う通り、私はあの日の事を大声で喚き立てる為にここへ来たんじゃない。冷静な話し合い、或いは私の処遇、その宣告を下されるため、ここへやって来たのだから。
「さて。これで役者は揃った。レイデンもこれで異論はなかろう?」
「いや、大アリだ。
何故、軍部増強を目的に我が校が加担せねばならないのか。我が校は魔法の真髄を子らに魅せる事を教育理念としている。断じて、強い兵士を生み出す為ではない。それを、護衛は出すから魔界へ生徒を送り出せと?一方は小娘、もう一方は魔法の使用を禁じられた魔術師など、とお巫山戯も程々にしてもらいたいものだ。俺様にはとても、この二人+α程度で学生の身の安全を確保できるとは到底思えん」
「しかし、そうも言っておれん。直に嵐がやってくる。大きな嵐だ。最早、それは聖域を破滅させかねない巨大なうねりとなるだろう。それを乗り越えるには次世代の魔術師たちが必要になる。現時点での魔法教育では必ず、時の流れに押し流され、人類は滅亡の一途を辿る事になるのだぞ」
「なに?」
学院長の疑問の声にエルザックさんが嘆息し、そこで会話が一度途切れる。
私が椅子へと腰掛けるなり(意図してか否かその席は彼の右側だった)、始まった先の会話。流れを整理するにどうやら、エルザックさんの言っていた魔界への遠征とは軍部ひいてその上層組織に関わりがあり、今回エルザックさんが講演会の最後で落としていったあの爆弾発言というのは少なくとも学院内においては正式なものではなかったらしい。
そして、恐らくは私と彼を護衛として忍ばせ、遠征の安全性を保ちつつ、学生に経験を積ませるというのが今回の目的らしい。
ただ、それではまるで――
「お二方とも、まずはメルクリウスさんの口からルミアさんに説明を。彼女はきっとその答えを聞きにいらしたのですから」
――孤児院に居た頃の朧気な記憶の中で微笑むシスターと今話している副学院長が重なる。
過去の虚像も目の前の副学院長も此方の心を見透かすかのような話し方をする。
私はそんなにも分かりやすいのだろうか。
「うむ、それは確かにそうだな。メルクリウス、ルミア君に説明してあげなさい」
私の理解など彼らからすれば如何でも良い些事なのかと思えば、意外にも説明の時間を挟むことに対する異論はないらしい。説明者である彼はというとすくと立ち上がると長机の端へ移動し、視線を私へと寄越す。
今更、その赤と青の瞳にドキリとするような私ではない。
そこに何も宿らない事を知っている私がその瞳に心動かされることなどある訳がないのだ。
つまり、今さっきの動揺に不純物など何一つない。そう、それだけは絶対に言い切れる。
「では、まず事態のあらすじよりお話させて頂きます。ことは先週の治世権総会において開かれました治権会議、第二の魔流事件がその議題に上った事に始まります。この会議は当初、魔物の発生による被害、その未然防止策について話し合われるものであり、七年前の魔流事件が未曾有の人類危機ではなく、災害であった事が確認されたが故のものでした。
しかしながら、会議終盤。ロ・アーツ族ラグレンズ卿が御降臨なされまして――」
「――は?」
一体、その声は誰のものだっただろうか。
その疑問に答えるのは室内にいる全員の視線だ――つまり、私である。
「何かな、ルミア君」
先の会話に疑問を呈さなかった四人を代表して、エルザックさんが私へと声を掛ける。
此方としては、いや何かなではないのですが?と返したいのは山々だが、それを言葉にするほどの度胸がある筈もなく、かと言ってそもそも何処から驚いていいのか分からないというのが正直な所であり、何かな、の何を説明するには一言、二言ではとてもではないが足りないことは明白だ。
「嗚呼、なる程。ロ・アーツ族が人間と言葉を交わしていることに関して、疑問に思っているわけか」
と、そんな私が思考を重ねる間に彼が呟く。
そう、図星だ。そして、何故それを疑問に思わないのかと、この場にいる魔術師達の非常識さに私は呆れる他ないのだ。
ただ、それでも辛うじて彼の言葉に頷きで以てして返し、それを受けてエルザックさんが口を開いた。
「ふむ。そこは確かに明らかにせねばならぬ所かもしれんな。良かろう。では、ルミア君。君がロ・アーツ族という存在について知っていることは何かね」
ロ・アーツ族。それは魔法言語において《全て束ねし者》を意味し、聖域で現人神として崇められる絶対の存在、その総称として知られる。私が知っているのはせいぜいがその程度。とはいえ、その認識は伝説上の存在としてのものでしかない。
実在するものとして理解の範疇に捉える事は困難を窮するものであるというのが本音だ。
「ゆ、勇者や東の剣聖以上の規格外であるとして知るのみです。それ以外は殆ど……ましてや、実在して人間と言葉を交わすなど聞いたこともありませんでした……」
「それも無理からぬことよ。事実、ロ・アーツ族はここ百年になってようやく治世権総会の上役共にだけ、姿を見せるようになったばかりなのだからな。俺様も実物を目にしたことはない。しかし、問題はロ・アーツ族が前触れもなく、人間の前に現れたことにある。そうだな、メルクリウスよ」
片眉を吊り上げた学院長が再び、彼へと話を振ると如何にもと言いたげに彼が頷く。
「はい、ロ・アーツ族は皆様も知っての通り、いと尊き存在。今はそんな存在が人間の会議に割って入る程の事態が起きたという事に焦点を当てて頂きたい」
「して、その事態とは?それがエルザックの今回の暴挙に繋がったのであろう?」
「はい。それは聖域崩壊の危機に御座います」
どうやら、私の知らない所で世界は終わりを迎えようとしていたらしい。
遅くなり申し訳御座いません!!!
時間はあったものの、執筆の方とは別の方向に意欲がいっておりましたものですから、中々こちらの方にリソースを割けず……。
それは兎角。前回、予告していました通り、第一章第十三話『ありきたりでいい』の方は数日前に加筆修正を加えております。宜しければ、再度ご覧頂けますとより、メルクリウスたちの物語を楽しんで頂けるかと。特にジェルジェンドとの対峙についてはより詳しく書かせて頂きました。
『魔術師の涙』は初の長編作品と言う事もあり、稚拙な部分が特に最初期は目立つ様に感じています。しかしながら、全てを改稿するのではなく、『魔術師の涙』連載終了後は別作品の制作に取り掛かる所存ですので、ご愛読下さいます皆様にはこれから先の物語だけでも質の高いものを読んで頂けるよう、精一杯の努力をいたします。
どうぞ、これからも宜しくお願い致しますm(__)m




