第四話『祈る者、裁く者』
今回も短めです。
幸いにして食堂での一件以来、へレオンからのちょっかいもなく、遂に私たちはその日を迎えることとなった。
その日、つまりは魔術師ギルドがグランドマスター、エルザック・レイフォントの来校の日だ。
「いよいよですね、ルミアちゃん」
アルシェ邸朝食の席。軽い調子で私に声を掛けるのは青い天使もといスーフィアだ。
私は辛うじて顔を笑みの形にしながら頷く。しかし、内心は憔悴そのものだ。
考えないように、決して意識を向けないように、そうやって何とか凌いだ"あの日"からの日々。
自身の任務を忘れ、学生であらんとした普通の生活。
――それがもうすぐ終わりを迎えようとしている。
「えー、今日は皆も知っての通り、特別指導教諭として、我々も所属する魔術師ギルドより、エルザック・レイフォント【グランドマスター】がこの特別高度技術枠魔術師育成学科生の様子を見にいらっしゃる。その後、臨時講演も開いて頂く予定だ。魔術師の道を歩むものとして、こんなにも光栄な事はそうあるものじゃない。
皆、承知しているとは思うけど気を引き締めて。しっかりと自分の糧にするんだよ」
ローニウス先生からの事務連絡が終わり、HRも終わりを告げてすぐ。いよいよもってして、心の重圧に耐えかねた私はトイレへ駆け込む。
トイレの、無意識的に選んだ一番奥の個室に入って鍵を掛け、その場にうずくまる。
惨めだった。あまりにも愚かで、あまりにも無意味なこの日、この時までの日々は一体どこへ向かうのだろうか。
これまで、全てを捧げてきた信仰は裏切られ、果ては居場所も記憶も奪われる生。一体ぜんたい、後には何が残るというのだろう。
――私は、私は……。
不思議と涙は出ない。その事実が却って、笑みを誘った。
だって、自身が損なわれることよりも彼に手酷く裏切られたことの方が哀しいだなんて、なんだか矛盾している。
裏切られた自分の哀れさを悲しむのではなく、彼の英雄性が仮初のものだったことを嘆くだなんて、そんなの。
――嗚呼、そうか。
あの阿鼻叫喚の地獄で、ルミア・ラルカと云うありふれた孤児は一度、死んだのだ。
今の私は彼を拠り所とする、虚構の生を与えられているに過ぎなくて。何も悲しむことなんかなくて。
「メル……ス……」
掠れて言葉にならない声に込める感情を私はまだ探している。
数カ月ぶりに訪れた学院は軽微な時間劣化を考慮に入れないならば然程の変化もなく、存在し続けていた。
一方でその中で日夜、一流の魔術師となるべく勉学・鍛錬共に励む最高峰の教育を受ける学徒たちの成長速度は目を見張るものがある。
とはいえ、基礎の少し上をいくラインでの成長速度だ。その更に上、そのまた更に上となる内、次第に失速することは免れない。場合によっては在学中に才能の限界を知る人間もいる程だ。レニオレア学院の教育が如何に先進的なものかは泣き目を見る人間の多さが物語っている。
とまれ、そんな学院に舞い戻ったのは他でもない養父の付き添いと復学を兼ねての事だった。
養父、エルザックの考えは読み難い。
規定に基づけば、即刻処分。それが妥当だが、養父は魔術師ギルドを与る地位にある。それを鑑みれば、慎重にならざるを得ないのだろう。
――例え、その行く末が最悪の結末になろうとも。
時偶、人間という種はどんなに理性的に未来を見透かしているつもりでも最後は感情に選択権を委ねてしまうことがある。比類なき知者も、誰しもに讃えられた英雄も、人心の前では無力だ。道を誤ることもあるだろう。
――その時は俺が決断を下す他ない。
それこそが人には出来ない、機構としての在り方。メルクリウス・レイフォントが求められる姿なのだから。
久方振りに見る寮室は記憶と寸分変わらぬ姿で在り続けた。
それもその筈だ。ここを使う人間は二人に限られる。そして、その使用者の一人たる俺は今の今まで一時帰省しており、片割れであるルミアの方はアルシェ家別荘に寄宿しているのだから。
保存魔法のかけられたこの部屋では埃さえ積もることがない。リセットは一時間おきにあり、たった一時間で生活の痕跡は任意のもの以外は消え去る。
無論、この寮室が特別なだけだ。如何にレニオレア学院といえども全寮室に保存の魔術機構を刻む経費は下りないだろう。
防音防水防火防弾防虫防臭その他、多彩な機能を備えたこの寮室はこの聖域でも十指に入る程度には優れた防御性能を誇る。
無論、これは檻だ。俺を閉じ込める為の。
そういえば、ルミアにはこの部屋についてあまり教えていなかったな、とふと気付く。
背後、パタリと閉じられた寮の扉を振り返り見る。
六ヶ月前のあの日、ルミアはこの扉を開け放ち、出ていったのだ。
『あなたは……そんな風に私を見ていたの?』
脳内で涙に濡れた声を漏らすあの日のルミアが再生される。
問題は魔術師の目にしか映らない、魔術紋が刻まれたあの、赤い瞳だ。
「困ったな」
記憶を消す前に情報漏洩の程度を確認する必要がある。忘却魔法は正確性が必要だ。そして、代わりとなる偽装記憶を差し替えて初めて、忘却魔法は完成し得る。
とはいえ、今日に至るまで完璧な忘却魔法が存在していないのは忘却魔法という存在が周知されていることからして、明らかだ。
第一に他人の意識へのフルダイブは困難を極め、安全かつ深層への潜入を可能とする魔法がない。錯乱・催眠系統の魔法も同様だ。
原則、聖域における魔法は攻性魔法よりも防性魔法のほうに分がある。
ただし、例外は情報だ。守るより集める方が簡単だ。空気中を漂う魔力は情報の塊。高度な魔術教養を持つ人間が見れば、理論上引き出せない情報はない。つまるところ、この聖域における情報遮断は意味を為さない。
魔術師の死は情報の拡散を意味する。常に変動する生体魔力が死後、固定化されることで解読が容易になるのだ。
それに加えて、ルミアが魔眼を持っていることが判明した現時点では拡散されるであろう情報の重要度は更に増した。
「如何するべきか」
思考を練るのに外から情報をシャットアウトできるこの寮は都合が良いのだ。
幾つかの案が脳内を駆け巡り、意識がそのメリットとデメリットを弾き出す。
考えるのは、そう。ルミアへ最初にかけるべき言葉だ。
一人、寮室でひたすらに思考を巡らせる俺は一つの発見をする。
これが普通というものか、と。
明日は更新ないと思います。戦闘シーン全然ねぇなと思われた方はもう暫し、お待ちを。三章はバリバリの戦闘シーンが入る予定です。少しばかり心の片隅ぐらいで楽しみにしておいて頂けると嬉しいです:D




