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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第二話『陽だまりの中で』


 あれからというもの、私を取り巻く環境は目まぐるしく変わった。彼と二人で過ごした寮の、その五倍は下らないアルシェ家別邸に身を寄せて、はや一ヶ月。学院に入学してからは約六ヶ月経ったわけだ。


 あれから――つまりは彼の隣に立てないと心折れた日から――私はひたすら、彼について頭を悩ませることを止めていた。それはふとすれば、解放の日々なのかもしれなかった。生物が意識せずとも呼吸をするように、彼を想うことは私にとっての当たり前だったのだから。


 けれども、アルシェ家の別邸。そのふかふかとしたベッドに身を預け、輾転反側としながら思うのだ。


 

 私は……私は……。


 彼から解放されたかったの……?



 そんな事を思う私は醜くくて。


 知らず、瞳から溢れる涙は少ししょっぱい味がする。










 


「ル……ちゃん……ルミアちゃん!大丈夫ですか?」


 

 肩をそっと揺さぶられる感覚。微睡みの中、視界の隅に映るのは青の髪と整った顔立ち。そして、魅惑の光を放つ紫紺の瞳。


 左肩を濡らすポカポカとした暖かな日差しは、されど偽りのもの。


 年に数ヶ月。聖域はいつもならば、その空白地点より射し込む陽の光が日中を照らすが、魔物さえも通さない天の柱は、時期によって変化する太陽高度へ合わせられるほど、柔軟な代物ではない。


 しかしながら、太陽は人間のエネルギーのみならず、植物や家畜、そして時間にも重要な要素の一つだ。


 これを欠かすことは出来ないとして、現在の魔術師ギルドと軍部の前身である《魔術会》が定めた《昇天式》と《降天式》、この二つのセレモニーによって区切られた期間は大規模魔法術式を用いた模擬太陽が形成される。


 こうして偽りの太陽が空白地点から本物の太陽と同様、空に浮かび、聖域内部に陽の光を届けることになるのだ。


 

 ――それで、なんだっけ。私、何してたんだっけ?



 そんな思考を一拍挟み、思い出すのは此処が学院の教室であることと、今しがた歴史の授業が終わったことだった。


 

「ううん。何でもない。昨日、あんまり寝れなくて。ありがとう、スー」


 

 居眠りから起こしてくれたスーフィアに礼をいい、次の授業の用意を始める。


 


 歴史の授業といえば、私は孤児院から、いきなり軍部で魔法一筋の日々を送っていたせいで聖域の歴史について詳しい事を知らないのだ。


 たった一つ、あの忌まわしい《魔流事件》という例外を除いては。


 しかし、特高学科といってもまだ一年の中盤。学生の範疇にある勉強量なんて、訓練兵時代に叩き込まれた速記術や暗記術、魔法語学に魔物生態学といった膨大な技術と知識に比べるとほんの瑣末なものだ。


 次に始まった測量学も同様だった。


 昨夜の内に記憶してしまった測量学の基礎が担当教師の口から(多少の差異はあれ)繰り返されるのを右から左へ聞き流していく。


 ――私はこの学院で"彼"の護衛を務める筈だった――


 その事実に目を背けたくても、この学院には気紛れになるものが余りにも少ない。


 それでもどうにか、やっていけるのは"あの日"から彼の姿が見えなくなったからだ。


 まるで、それ以前に見ていた彼は幻だったかのように彼はここから消えてしまった。


 ローニウス先生からは実家への一時帰省と説明されたが、この時期にわざわざ世界最高峰の教育を放棄してまで帰るほどの理由とは何だろうかとクラス全員が訝ったのは記憶に新しい。


 それでも"あの日"、泣いていた私を見てしまったスーフィアは、薄々感づいていることだろう。――そして、それ以上の事情を知ることは例え、十五大貴族筆頭の令嬢といえどもタダでは済まないだろうことは、この聖域で最強の称号を与る彼の口ぶりからしても明らかだった。  


 私は、怖いのだ。"あの日"、スーフィアが私を見つけなくても私は躊躇ったはずだ。もう、何も失くなってしまったのだと、どんなに嘆いても。それが偽りだとしても。泡沫の夢のような、あの時間が忘れられないのだ。


 壇上で踊り続けられる人形は幸せだ。けれども、一度舞台を降りてしまえば、それがただ笑われるためのものだったのだ、と自らの愚かさを知り、人形は悲しみに暮れるだろう。


 私は人形で在り続けるべきだった。真実を知らなければ、大抵の人間は幸せでいられるのだから。


 彼が再び、私の前に姿を現すのはきっと――― 



  


 


 




 ―――魔術師ギルドグランドマスター、エルザック・レイフォント来校の一報がクラスに齎されたのは"あの日"から更に二ヶ月経ったあとの事だった。



「なぁ、グランドマスターマスターっていうと魔術師ギルドのトップで不動の五十位、《啓典》だよな。どんな人だと思う?」


「どんな人というのは?」


「だからよ、つまりはメルクリウスの親父だろ。どんな感じなんだろなって」



 言葉足らずなカルロの突然の問いかけにいつもの如く、アルトが合いの手を入れて、カルロがその質問の真意を明かす。この掛け合いも見慣れたものだ。



「如何なんでしょうか。メルクリウスさん本人は非常に理知的で親しみやすい方ですし、そのお父上様でギルドのグランドマスターともなると厳格なお人を想像してしまいますね」


「私も、そう思います」



 スーフィアが推測を述べるとこの二ヶ月、彼と入れ替わるようにして私たちのコミュニティに加わったアリシアがそれに賛同する。といってもアリシアの方は彼の名前が出た途端、未だに肩をビクリと怒らせるのではあるが。それも軍属魔術師としての鍛えられた観察眼によって捉えられる微細な変化であるため、今日まで私以外に気付く者はいなかったことが幸いといえば、幸いなのだ。


 

 ――カルネシア家の邸宅で彼がやった事はアリシアの心にそこまで恐怖を刻み込むほどのことなのだ。それを他の誰かに話せるはずがない。もしも、話してしまえば――



「そういや、ルミアはメルクリウスと幼馴染なんだよな?だったら、どんな人か知ってるんじゃないのか?」


「えっ……?」



 別の事に思いを馳せていた折、四人の視線が私に集中する。



「えっと、その……メル――」

 

「――ルミアちゃんはメルクリウス君の家には行ったことがないらしくて、メルクリウス君のお父上様とも顔見知りではない、とさっき仰られていましたわ」



 口ごもる私にすかさず、スーフィアがフォローを入れてくれる。ちらりと私を見て、ウィンクをしてみせた事から私が彼について今は話したくないという以前の会話を覚えていてくれたらしい。



「そう、なのか?でもチラッと見たことぐらいなら――」

 

「――いえ、魔術師ギルドグランドマスターという地位の、その重要性を考えれば、中々、家に帰ることもできないでしょう。私のお父様も十五大貴族筆頭としてのお仕事で半年ほど、帰っていらっしゃらなかった事もありますし、その後すぐにまた、お仕事へ出かけられることも頻繁にありましたから」


「上役ともなると携わる仕事も多いだろうからね。魔術師ギルドのグランドマスターだったら、五つの軍部全部の魔術師に加えて、僕らみたいな魔術師の卵についての情報も今後の為に捌いていかなきゃならないから、下部組織によっていくらか選別されているとはいえ、その仕事量は馬鹿にならないんじゃないかな」



 魔術師ギルドは魔術師全員が所属し、ここから発行される魔術師資格を持たないものは公共の場で魔法を使う事を禁止されている。もしも使えば、外道魔術師認定=追放だ。そして、そういった外道魔術師認定された人間を取り締まるのが本来、イーラに所属する私の仕事だった。そして、更に言えば、この護衛任務とは名ばかりの仕事を受けていなければ、今頃は魔術師と非魔術師で構成されるイーラとは違い、上位魔術師のみで構成される、実質上のエリート組織ルイズベルンへと昇進していたことだろう。


 これから如何なるのだろうか、という問いには答えが出ている。


 私はこの重要な秘密を保持したまま、これから先を生きることは出来ないだろう。

 

 仮に記憶を消したとして。あとにはもう失くなってしまったあの場所とそこにあった筈の温もりだけになってしまったとして。


 しかし、そこに生きる理由を私は持っているのだろうか……?

 


「んー、そっかー。でも、それなら尚更、ここに何しにくるんだろな?」


「先生の話では最高峰の魔術師教育機関であるレニオレア学院に、これからを担う魔術師見習いたちの様子を伺いに、っていう話だけどこの時期っていうのがね。もしかしたら、メルクリウスから話を聞いて、興味が湧いたとか、かな」



 暫しの沈黙が流れる。アルトのその考えについて皆それぞれ、考え込んでいる様子だったが、やがて、スーフィアがその手を合わせながら、言う。

 


「それも三日後には分かることなのですから、今は取り敢えず、食堂にご飯を食べにいましょう」



 

 








 昼時の食度はお腹を空かせた学生たちでごった返していた。そして、そこで嫌なものを見て、思わず目を逸らす。しかし、一難は中々、去っていってくれるものではないらしく、また自分から避けようと思っても向こうから近づいてくる厄介なものらしい。


 

「おんやぁ?特高学科の皆さんじゃないですかぁ!」



 食堂の奥からバカみたいにデカい声を発したのはあの卑怯者のヘレオン・パルシェリアだ。


 

「ささっ、お前ら特高学科の皆様に席をご用意しろぉ」



 へレオンは大仰な様子で六人・・分の席を自分の周りに用意させると、まるでこの場所の支配者であるかのような立ち振る舞いで私たちに座るよう、身振りで示してくる。


 学院の食堂は学年別に分かれている為にここに上級生の姿はなく、学生街で食事を取る学生が多い中、食堂にいるのは私たちのように特定の行きつけを決めていない、少数のグループ或いは、今目の前にいるヘレオンとその賑やかし達だ。


 つまり、この場の支配者のようではなく、実際に今このときに限ってへレオンはこの場の支配者なのだ。


 それに取り巻き達の数が多くなっているのも気掛かりだった。

 

 ヘレオンに指定された席に私たちが赴く中、私は周囲の顔ぶれをそれとなく確認するが、以前に訓練場で見た学生が頭目に――ヘレオンに――近い位置で控えており、それ以外の新規加入者は逆に遠い所で立たされている。


 分かりやすい上下関係だ。外道魔術師殲滅のために突入したアジトでもこんな光景を見てきた。


 こいつらは一体何が目的なのだろうか?


 そうして思考を巡らせる内、指定席へと辿り着く。


 へレオンは依然、ニヤニヤとした笑みを湛えるだけで行動に移る気配はない。


 仕方なく、席へと着くとヘレオンが手振りで他の学生に指示し、私たちへと食事を持って来させた。


 

「さぁ、召し上がれ」 



 両腕を開き、そう言ってのけるへレオンはやはり、何処か異様な雰囲気を漂わせている。


続けられるだけ毎日投稿、頑張ります。明日はあるか分かんないです。すいませんm(_ _)m

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