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魔術師の涙  作者: 冬雅
第三章 狂騒の夜
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第一話 『暗雲立ち込めるは西の方』


 遠く稲妻が鳴る。


 龍の咆哮かの如く、鳴り響くそれは新たな災厄の産声のよう。


 しかし、実際はただの嵐であろうことはここ数日の降りしきる雨模様が如実に表すところだ。

 

 男は雨に打たれ、びしょ濡れになりながらも街道を走る人たちを窓から見遣りながら、同室の少年に声を掛ける。

 

 

「あの日もこんな天気だったか?」



 静かな問い掛けだった。ともすれば、慈しむかのような声音に返るのは妙に起伏の少ない声であり、



「はい、記録ではそのように。俺は"あの日"をもう覚えていませんから」


「そうか。そう、だったな。お前はもう、お前が救ったものを覚えてはいないのだったな」



 男の口調に含まれるのは哀切だった。それから、幾らかの憤りを世界に、そして他ならぬ自分自身に抱かざるには得なかった。

 


「それで?」



 しかし、今はその罪を償う事さえも許されない身の上。最大限の、サポートを施すより尽くす事も出来ない。



「任務の失敗です。情報の制限を緩めた結果、秘匿事項保持者に逃げられました。その上、該当者は十五大貴族筆頭の別荘にて匿われている為に現状態では口封じの成功確率も五分です」



 思わず、頭を抱えたくなるような大問題だ。

 もしも、機密が漏れでもしたならば。その時は、この聖域内に大きな混乱が生まれるに違いない。


 ――最悪、内乱も覚悟せねばなるまいな。


 魔術師という生き物を抑えておくには並大抵の枷では足りない。古くは魔法を扱える人間を魔人と呼び、恐れ敬った時代とはその存在価値はもう既にかけ離れているのだ。聖域ルナベリオンに住む魔術師はその数をねずみ算式に膨れ上がらせ、上は天災を降らし、下は物を浮かすに汗を流す始末。


 今は魔術師ランクという制度が魔術師たちの向上と忠誠の心を高めているが、それも根底にあるのは魔物という圧倒的な怪物への恐怖が団結せねば、死あるのみという共通の思想を抱かせるからだろう。それは魔術師という一癖も二癖もある怪人たちを見れば、火を見るより明らかであった。


 そんな中にあって、心を持たない魔術師が聖域内部に存在するとなれば。外に向けられていた恐怖心は一斉に内に存在するソレへと向けられるであろうことは想像に難くない事だった。


 しかしながら、真に恐るるべきは民衆や有象無象の魔術師たちの反乱にない。


 彼は、出来てしまうだろう。


 反乱した者すべての制圧をしろ、と言われれば出来てしまうだろう。


 そして治世権総会は、ひいては聖域の管理者達は迷い無く、その無慈悲な決断を下す。


 "彼ら"にとって大切なのは人類という種の保存である。それを鑑みれば、反乱の旗下に集う木っ端魔術師たちやそれに賛同した蛮勇はその目的にそぐわないとして……。


 それはつまるところ、人類種の選別に他ならず。残った一部の上位魔術師とただ震えるばかりだった人民で構成された聖域では最早、人の温もりは消え去るだろう。


 "彼ら"が、大多数の取るに足らない存在を選ぶ事は有り得ないのだ。


 何故ならば彼こそが――

 

  

「なぁ、メルクリウス。お前は如何したい?」


 

 ――メルクリウス・レイフォント。《最強(ザ・ワン)》の称号を与えられし、唯一つの魔術師にしてその罪と罰を負う者。

 

 故に、この名も無き世界は彼を選ぶ。


 かつて、人類の管理者はその称号をメルクリウスに与えし時、こんな言葉を口にした。

 


 『これで事足りる。お前こそが――』


 

 けれども。せめて男だけは彼を、メルクリウス・レイフォントを人として扱う。それが今代の魔術師ギルドグランドマスター、エルザック・レイフォントが出来る養父としての最大限の役目だった。


 そんな養父の気遣いに、しかしメルクリウスは首を傾げる。


 

「如何したいとは如何なる意図でしょうか。混乱が起きるより前に速やかに私を処理するのが世間の為、ひいてはこの聖域の未来の為でしょう」



 嗚呼、と声が掠れるのも仕方のない事だった。目前に座る、齢十五もそこそこの少年にこのような運命を背負わせたのは他ならぬエルザック本人だ。


 それを罪と呼ばずして、何とする。そして、その罪の贖いまでもこの子に背負わせるというのか。


 それならば。それならば、こんな世界なんて焼いてしまえとさえ思うのはエゴであると言えようか。


 本来、聖域の命運は四年前のあの日、既に滅びの道にあったのだ。それを救い上げたのは誰か。


 犠牲を払ったのは誰だと言うのか。


 それだけではない。メルトン平野に溢れた魔物、その殲滅の任を与り、見事、成し遂げたのは他の誰でもないメルクリウスではないか。


 その救世の英雄と仇名される人間が、たかだか数人の命と天秤にかけるまでもないのだ、本来ならば。


 そう、本来ならば、だ。


 しかし、そうはいかぬ。混乱はやがて、聖域全土を飲み込み、メルクリウスという圧倒的なまでの災禍を根絶せんとするだろう。そこに生まれるのは――悲劇あるのみだ。


 メルクリウスが幾ら、理性を保とうとも、起きることは目に見えている。


 幾ら、焼いてしまえとそう思っても。


 エルザックがメルクリウスに生きて欲しいと願うのはこの聖域で只の人間として、生きてほしいとそう思うのだ。


 彼を人間として生かすには、聖域はなくてはならないものであり、そこに住まう者とメルクリウス、両方があってこそ、その願いは実現する。


 熟考の末、エルザックは決断する。



「メルクリウス。お前の友達に会わせてくれ」



 魔術師ギルドのグランドマスターは生まれてこの方、初めて口にする保護者としての言葉に深い感慨を抱くのであった。





 






 エルザックは部屋をあとにするメルクリウスの背に今は亡き恩人たちを思う。

 

 そっと、心のうちに吐露するのは後悔だ。

 

 

 守れなかった。託されたものを守る事もできなかった。


 命だけは、と。生きてさえいれば、とそう願った。


 その結果がこのザマだ。


 これで一体、何を守ったと胸を張れる?"あの人たち"に何を誇らせてやれる。


 

 エルザックは償いをせねばならなかった。この先、一生かかろうともメルクリウスを人にするため、全身全霊をかけて。


 それだけを胸に、これからを思う。


 

第二話の更新は明日です。ただ第三話からの更新は不定期になると思います。11時の投稿ではあるものの、投稿日は未定です。感想やブックマークを頂けると作者のモチベ向上に繋がります……お願いいたします。

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